chapter5-5:返却


 ◇◇◇


 ワニ型怪人「クロコダイル」が盗難された荷物の奪還と、明通イクト―――ヒーロー「フェイスソード」との邂逅。


 それから、数分後。


 二つの面倒事を手早く済ませた俺とリナは、商店街裏の路地へと戻ることにした。

 盗まれた荷物を持ち主へと返すため、来た道へと引き返していく俺達。

 先程のヒーロー周りの騒動からか、幾分か混雑も解消されていて、元の路地に戻るまでもそう時間は要さなかった。


 到着した俺は、人目を気にしつつも路地に入る。

 だが、一見してそこには誰もいなかった。

 不審に思い、奥の方まで進んでいくと……、


「―――おかえりなさい!」

「っ!?」


 突如、道端のゴミ箱の蓋がパカンと開く。

 そしてそこから、どこかで見たことのあるような絵面で、クロコダイルが立ち上がった。


「あ、その荷物!見つけてくださったんですね!あいてっ」


 盗まれた荷物の主、クロコダイルは大げさすぎるくらいに喜んで駆け寄ろうとして、見事にすっ転ぶ。

 ……足をゴミ箱にいれたまま、まともに前進できるわけがないだろうに。


 そう思いつつも、俺は手に持った鞄を、倒れた彼に差し出す。

 それを受け取ったクロコダイルは、心底大事そうに抱きしめながら、こちらに向けて感謝を叫んだ。


「ありがとうございます、ありがとうございますー!」


「鞄が無事でよかった……ね、せんせい?」

「ん、あぁ……」


 クロコダイルからのあまりの感謝に気圧され、俺はリナへも生返事で返してしまう。

 ……思えば変身をしてからというもの、誰かに素直に感謝されることなど、そうなかった。

 リナと出会った学園での一件を除けば、レイカからのビジネス的な感謝くらいではないだろうか。


 だからだろうか。

 ……何か、むず痒い。


「このご恩は決して忘れません!ほんとうに、ほんとうにありがとうございました!」


 そう当惑してる間にも、クロコダイルは爬虫類の目をキラキラと光らせて俺を上目遣いで見つめてくる。

 やめろ、そんな目で俺を見るな。


「……そうだ、今度もし許可がでたら、僕らの拠点にでも!」



 そのうえ、怪人たちの拠点に俺たちを誘おうというのか。

 そりゃクロコダイル自身は良いだろうが、その仲間まで人間に対して友好的なわけでもないだろうに。

 なにせ、迫害されている身だ。むしろ反感を抱き、襲いかかってきたとしても不思議はないだろう。

 それはなにも、彼らが怪人だから、という話じゃない。

 人間同士であっても、当然に起こりうることだからだ。それがヒーローでも、怪人でも。


 ……とはいえ、向こうが好意でしてくれた提案。

 理由もなく無下に突っぱねれば、余計に話が拗れそうだ。

 ここは上手く、話を合わせよう。


「―――まぁ、考えておく」


 そう返事した瞬間、クロコダイルの目は一層キラキラと輝く。

 ……とても眩しい。

 お願いだからその目で真っ直ぐに俺を見るのをやめてほしい。

 明通イクトもそうだが、俺なんかに憧れられても困るのだ。


 俺はただの自分勝手な復讐者で、本当はただの臆病な餓鬼でしかないのだから。

 そういう憧れとか、感謝を受け取るに相応しい人間では、絶対にない。


 だが、そんな俺の内心を知ってか知らずか。

 クロコダイルはなおも大仰な手振りで、満面の笑みでその場をあとにしていく。


「ぜひ、ぜひ!それでは失礼します、ありがとうございましたぁ!」


 俺はただ、その背中を見つめる。

 人の身体とは違う、広くて鱗のある身体。

 そして、それでいて人間と同じく自分の心を持ち、対話の行える存在。


「意思のある、怪人か」


 その時。

 俺は以前に垣間見た、ある資料に記された表題を思い起こし、呟く。


「―――真人類社会、創造計画」


 それはあの、学園の学長室に忍び込んだ日。

 認証された回線を介して、「英雄達ブレイバーズ」のサーバーにアクセスして手に入れた文章群に記された名だ。


 そしてその中に書かれていたのは、およそ「英雄達ブレイバーズ」の理念、そして実際に行われている行為からすら乖離した―――、


「……せんせい?」


 そこで。

 リナに声を掛けられて、俺は意識を、現実の路地へと引き戻す。


「いや、なんでもない」


 リナを置いてけぼりに、ここで考え込んだって仕方がない。

 そもそもここは屋外、それも買い物の途中だ。買い込んだ食材も、これ以上外に晒していては傷んでしまうというもの。


 俺はリナに促すようにして、路地から出る。

 そしてあのクロコダイルという怪人のことを考えながら、家路へと急いだのだった。




 ◇◇◇



「んー、おいしい」

「……そりゃよかった」


 拠点に戻って、数分。

 気付かぬうちに高速で袋からスイーツを取り出し頬張るリナに、呆れつつも返事をする。


 ……今日はやけに出来事の多い日だった。

 まさか、あんなところでフェイスソード……もとい明通イクトに出会うとは。

 彼は善良な男だが、その能力は極めて厄介だ。

 真正面から相対しても勝ち目がないと思うほどに、俺とは相性が悪い。


 あるいはリナの能力による範囲攻撃であれば、有利に立ち回れるかもしれない。

 だがそれは攻撃の溜めが完了するまでの間に、相手が何もしてこないというあり得ない前提の上の空論だ。

 だから、俺が全力で時間稼ぎをしてリナが止めを刺す。現状だと、それが唯一の勝ち筋だ。


「……自分の能力の凡庸さがいやになるな」


 それは心の底から出たぼやきだった。

 因子自体の破壊エネルギー化、分身、幻影投射、未来予知。

 それに比べたら、単なる「身体強化」のなんとシンプルなことか。


 変身機トランサーで他人の因子を行使することができなかったら、今頃俺は生きてはいまい。

 そんな綱渡りの連続、そのうえに俺は立っている。

 ……そして、大きな爆弾を、抱えてもいる。


「せんせいはたべないの?」

「え、あぁ……そうだな、食べるか」


 後ろから話しかけられ、俺は眉間によった皺を手でほぐす。

 考え込むと周りが見えなくなるのは俺の昔からの悪癖だ。

「リヴェンジャー」となってからは特にそうだ。ずっと誰に構うことなく一人で戦い続けてきたことで、よけいに視野が狭まっている。


 ……これからは、リナも伴い二人で戦っていかなければならないのだから、いい加減改善せねばいけないだろう。


 そう思い……俺は、袋から抹茶クリーム大福を取り出してリナの隣に座る。

 ソファーはホテルに元からあったもので、座り心地は大変いい。

 俺はそこで包装紙を剝がしつつ、大福を口に運ぶ。


「―――!」


 うまい。

 とてもうまい。

 リナの勧めで買ったものだったが、なかなかどうして絶品な味だ。

 抹茶の練りこまれた生地に、包まれた餡子と生クリーム。

 その甘味とクリーミーさが口の中に広がり、絶妙なハーモニーを醸し出す。


 思わず……頬が綻ぶ。

 甘いものを食べたのなんて、いつぶりだろう。

 確か―――


「―――あ」


 そう、数か月ぶりだ。

 まだ家にいたころ、ハルカや母さんが買ってきたものを渡されてよく食べていた。

 あの頃は、家族がみんな揃っていて……ハルカも、病院のなかではなく楽しく暮らしていた。


 それ、で……


「せんせい、泣いてるの……?」


「え……?」


 リナに声をかけられて。

 俺は初めて、自分の頬を伝う涙に気づく。


 ……復讐者と化した自分に、涙を流す機能が残っていたなんて。


 自分で自分に驚き、うまく返事をすることもできない。

 このままじゃ、リナに馬鹿にされたって仕方がないくらい、無様だ。

 そう思い、涙を拭おうとする。


 だが。


「ないていいんだよ、せんせい。ここにはわたししかいないんだから、無理はしなくていいんだよ」


 その言葉で。

 堰を切ったように……涙が、とめどなく溢れだした。

 最後に涙を流したのは、力を手にしたあの日だ。

 それ以降俺は全部、余分な感情を封じ込めて意図的に、無視した。

 超人揃いのヒーローに立ち向かう恐怖も、ハルカの現状に対する罪悪感も。

 そのすべてを表には出さないようにして、耐えて今日まで戦ってきた。


 俺は一人だから。

 そうしなければ、折れてしまいそうで。


 ……でも。


 今はリナがいる。

 俺が仕事の行きがかり上救い、あまつさえ仲間に引き入れた少女が。

 年だって何歳も下だ。

 そんな彼女に……俺は弱さを、見せてもいいのか?


 疑問は尽きない。

 けれど……彼女のやさしさに触れて。


 俺はただ、その目を泣き腫らすことしかできなかった。

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