chapter5-4:白の剣士
俺達はビル群の暗がりから抜け、開けた大通りへと戻る。
時間はすでに夕方。帰宅中の会社員や学生、それに買い物にきている家族連れなどでごった返して、非常に雑多な印象だ。
……このなかで探し物を?
およそ正気じゃない。当てがあるならまだしも、全くの
「どうして、こんなことを俺が……」
今更ながら、後悔の言葉が漏れる。
とはいえ一度請け負った仕事。今更投げ出すわけにもいかない。
目を皿のようにして方方を探すしかないと、歩き出す。
だがそこで、気だるさを隠そうともしない俺の裾を引っ張り、リナが言う。
「せんせい、前からあの怪人さんの因子を感じる。たぶん……この人混みのなか」
因子。
なるほど確かに、と手を打つ。
怪人とは能力因子が暴走して変異した存在。であるなら全身はヒーローの戦闘衣のように、因子で構成されているわけだ。
そんな状態でずっと持っていた鞄、それに因子が付着していないはずが無い。
加えてリナの能力は因子自体の制御と変換だ。
それを応用し、起源を同じくする同質の因子を検索し、照合すれば……連動するものを感知することは可能というわけだ。
当然距離があればそのぶん検索の範囲も広がるわけで、今近くに見つけられたのは奇跡のようなものだろうが。
「―――せんせい」
鞄の方角を指差すリナの声色が、突如低くなる。
そちらに目を凝らすと……確かに人混みの中に、ボロボロの鞄を抱えて歩く一人の男がいた。
だが、それだけでない。
俺たちの目を引いたのは、奴の右手に装着された金属製の腕輪、もしくは手甲めいた装備。
即ち、『
「ヒーローか……!」
そこにきて俄然、俺のモチベーションはあがった。
確かに人のものをこっそり盗むなど、『
俺はリナにその場で待っているように言いつけ、人混みの中に入っていく。
一石二鳥、とはまさにこの事だ。
そうして意気揚々と、俺は目前の民間人たちを掻き分けるようにして真っ直ぐに進み、男の肩を掴む。
「なぁ、あんた」
「な、なんだお前!?」
あからさまに挙動不審な態度を取るヒーローに、俺は要件を伝える。
「俺は忙しいんだ、後に……」
「あんた、その荷物……ローブ姿の男から盗みとったな?見てたぞ」
勿論、カマかけだ。
俺はこいつがどこで鰐から鞄を盗ったのかなど知りはしない。
だが。
「見ら、れ―――な、なんの!」
その反応は、あんまりにもお粗末に分かりやすい。
「……今さら隠しきれるわけないだろ。悪いが、返してもらうぞ」
俺は狼狽する相手に構わず、鞄を奪い返そうとする。
だが瞬間、男の身体は目の前から消える。
「……!」
「そう簡単に捕まるか!」
すると。
突然目の前にいた相手の声が上方から響き、俺は顔をあげる。
そこには身体を宙に浮かせた、鞄泥棒の姿があった。足元には風の塊のようなものが生成されており、それが奴の能力だと直ぐにわかる。
見たところ、大気を操る能力。だが効果範囲は大したことがない。
そして泥棒ヒーローは、そのまま人混みに飲まれる俺を見下ろしつつ、先の先にまで飛んでいった。
「逃がすか」
当然、それをみすみす許す俺ではない。
すぐさま脚部に力が集まる像をイメージし、能力因子をそこに込める。
鳴瀬 ユウに与えられた能力、「身体強化」だ。
俺は力が集まったのを感じると、勢いをつけて跳躍した。
瞬間、足先が地を勢いよく離れ、あとには衝撃波が生じた。
土煙と突風が吹き上がり、辺りの通行人たちがむせる。
そして俺の身体は勢いよく空へと打ち出され、相手と同じように人垣を一足飛びで乗り越える。
「―――、早!?」
余裕こきながらふらふらと飛んでいた相手も、思わず驚愕の顔で固まる。
そして飛翔する相手の高度は、少しづつ下がっていっていた。
動揺も原因のひとつだが、一番は能力鍛錬の不足だろう。
鍛えれば能力の持続時間は格段に向上する。たった数カ月鍛えた俺でも、数時間は身体強化を持続できるほどには。
しかしほとんどのヒーロー達は変身機による絶大な力を得た瞬間、それをすることをやめてしまうのだ。
驕り、慢心。
それこそ、俺が『英雄達』を忌み嫌う理由のひとつでもある。
鞄泥棒のヒーローは、ついに地に降りて息を切らす。
俺はそんな奴に、じりじりと距離を詰めていくが……そこで、鞄泥棒が懐に手を伸ばす。
「くそ、こうなったら!」
そのまま取り出したのは、
ヒーローが変身に使用するキーアイテム。
だが民間人一人を相手にこんなことをして、ただで済むと思っているのか?
……いや、そうだ。
こいつらは都合が悪くなれば、街の一区画を纏めて消し去るようなイカれた連中じゃないか。
<
俺の考えはまさしく杞憂だった。
相手は民間人のことなど全く気にする素振りすらなく、ただ俺の排除のためだけに
……面倒なことになった。
当然変身すれば撃破できる自信はある。
だが周りの目がある以上、迂闊に変身するのは危険だ。
大勢の民間人に正体が露見すれば反英雄組織からの援助は打ち切られるだろうし……なにより、ハルカに、妹に危険が及ぶ。
どうにか、変身せずに撃退するしか。
そう、俺がにわかに焦りを覚えた。
ちょうどその時だった。
「―――変、し」
「―――な!?」
突如。
男の変身機が、背後から現れた人影に強引に引き剥がされる。
「お、おい!返せよおい、それは俺……」
文句の叫びをあげる鞄泥棒。
しかし、次の瞬間には。
「あ、あ……」
その怒りの表情は、戦慄の色にすげ変わる。
現れた相手が、それほどに恐ろしい相手だったからだろう。
そして……俺はそいつのことを、よく知っていた。
白銀の戦闘衣に、一本の剣。
金色の双眼を煌めかせるそのヒーローは、何度も交戦したことのある強敵。
『―――「英雄達」規則第七条、「みだりに変身し、民間人に危害を加えることを禁ず」。貴方はそれに反した』
自信に裏打ちされた、清廉な態度と口調。
既に英雄達のなかでも有数の実力者として数えられるようになったその男……「明通 イクト」は、高らかに謳った。
『よって自分、「フェイスソード」が貴方を拘束します。神妙に、お縄についてください!』
武勇と誇り、それらを象徴する、ヒーローとしての自らの名を。
◇◇◇
目の前で事務的に粛清され、簀巻きで足元に転がされている鞄泥棒。
その哀れな姿を、俺は何をするでもなく見つめていた。
「……」
『?、あ!ユウさんじゃないですか!』
<
やがて周辺の警備員や警察官らとの話を終えたフェイス・ソードこと、明通 イクトは変身を解除してこちらに駆け寄ってくる。
「まさか、ヒーローの悪事にまで立ち向かっているなんて、流石です……!」
「……いや」
「でも気を付けてください、ヒーローの力は強大、もしも変身されていたら、命の危険がありましたよ!」
そう、こいつは俺が復讐者であることを知らない。しかもやたらと尊敬の念を抱いてくれているらしく、馴れ馴れしく駆け寄ってくるのだ。
これでヒーローでなければ、まだよかったのだが。
「あぁそうだな、気を付けるよ。しかし……ヒーローにも、犯罪者がいるんだな」
俺はなにも知らない体で、イクトに問いかける。
実際、ヒーローは犯罪者の集まりだ。だが民間人にはそれは伝わらないよう、情報操作や隠蔽が横行している。
「―――えぇ、残念なことに」
だがイクトは、俺の質問を誤魔化すこともなく肯定してきた。
組織の方針と大きく外れた行動、としかいいようがない。あるいは、コイツなりに英雄達へ疑心を抱いているのか。
「得た力に溺れて、悪事を働く者が増加している。……それは、紛れもない事実です」
「特に、最近加入したヒーローに数多くその傾向が見られまして……入団試験を厳しくしたり、定期的な巡回等も行われてるんですけど」
そう語るイクトの顔はいたく沈痛な
……あれほどヒーローに強く憧れていたイクトが、ここまで落ち込んでいるとは。
組織の内部に入って初めて見えたものもあるのだろう。組織自体の腐りっぷりに、暴走する小悪党共。
憧れの対象に幻滅するのも、無理はないことだ。
そこで。
俺は思わず、声をかけてしまう。
「―――辞めようとは、思わないのか」
「え?」
それは、自分でも意外な言葉だった。
ヒーローとなった以上、コイツも俺にとっては復讐対象の一人でしかない。
そう、俺は自身に規定した。それが俺の『復讐』なのだと。
けれど。
「ヒーローを、辞めようとは思わないのか?そんな悪人だらけの組織にいたら、お前だってそいつらと同一視されてしまう。正しいことをしたいなら、「
言葉は、止まらなかった。
俺はどうしてか……こいつを、英雄達から引き離そうとしていた。
「……僕は」
「僕は、今の自分の仕事にやりがいを感じているんです」
……彼の決意があまりに固いことを、知っていたはずだったのに。
「いろんな人を助けたり、逆に助けられたり……子供たちの応援を背に戦うだなんて、昔じゃ考えられもしなかった」
「だから……僕は、「
真っ直ぐに見つめるその目は、まるで星のような煌めいていた。
それは俺が、つい最近に失ったもの。
……光、だった。
「……できると、思ってるのか?」
俺の問いに、イクトは一層目を輝かせる。
駄目だ、これ以上は光にあてられる。
暗がりにしか居られない矮小な俺では、焼き尽くされてしまうような、そんな感覚。
「僕だけではたぶん無理です……でも、もしユウさんが来てくれたなら!入団試験への推薦は出しますから、もし―――」
「断る!」
―――だがそんな感覚は、一瞬では冷める。
「あ……」
困惑と、申し訳なさとで狼狽するイクト。
しかしその要求は、それだけは。
絶対に聞けない……俺の中での、逆鱗のような一線だった。
「……悪い、だが「英雄達」だけには、天地が返っても入ることはない。すまないな」
「い、いえ……仕方がありません。急に変なお誘いをしてしまってすいません……」
気まずくなった雰囲気に、俺は耐えきれず背を向ける。
このまま、去ってしまおう。
そう思ったのだが……、
「あ、あの」
背後から、声がかけられる。
「その……もしかして、「
それは、何かを察したような言葉。
いや、当然か。今の拒絶は、あんまりにもあからさますぎた。
「―――」
言えるはずもない。
言ったら「リヴェンジャー」の正体が知られてしまう危険性がある。鳴瀬家近辺の一件が知られれば、ハルカの生存だって明るみに出てしまうかもしれない。
そしてなにより、言いたくない。
「す……すみません、詮索をしてしまって、その、話したくなければ……」
気まずい沈黙、重い空気。
俺はそれを無視して、歩き始める。
鞄は回収した、もうここに用は、なにもない。
「あ、あの!なにかあれば頼ってください!僕にできることなら、なんでも!」
徐々に遠くなる声。
それを背に受けながら、俺は誰にも聞こえない声で、呟いた。
「……お前は」
「―――お前は本当に甘いよ、明通イクト」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます