chapter5-6:誰が権力を得るのか
無様に涙を流した、翌日。
「……頭痛が」
俺は頭を抑えながら、洗面所で鏡を見ていた。目元にしっかり泣いた跡がついてしまっていて、大変無様な有様だ。
どうして昨日、甘味を食べただけでああも泣き崩れてしまったものか。
我ながらなんともまぁ……情緒が不安定だなと、内心であざ笑う。
結局のところ、俺は昨日リナに慰められたままに寝落ちしてしまったようだった。
あれは夕方あたりの出来事だった筈だが、外を見る限りもう朝だ。
ソファに座ったまま、変な体勢で寝てしまったせいか全身が痛い。
それに頭痛もなかなか深刻で……俺は倦怠感を振り払うために、冷水で顔を洗う。
そんなとき、背後から唐突に声が響く。
「あ、せんせい起きたんだ。また泣きたくなったらいってね」
「なっ、げほっ!?」
突然の不意打ちに、思わずむせる。
くそ、弱みなど見せるんじゃなかった。
この調子だと、向こう数週間は昨日のことで延々擦ってきそうだ。
早いうちに、話を変えねば。
「そ、そんなことより準備はしたか?今日は忙しいぞ」
「んー、大丈夫。いざというときのためにお菓子も持ったし」
心配する俺の言葉に、リナは当然とばかりに答える。
そう、今日はやることが多い。
そして俺の妹、鳴瀬ハルカの見舞いに食糧の買い出し。
ついでに世話になってる人のもとに少し顔を出せれば重畳だが……まぁ、それは難しいだろう。
なにせ、
そうなれば、ハルカの見舞いにもしばらく行けなくなる。
例の学園への潜入以来、病院の先生にも長期の遠征について釘を刺されたし……なにより俺自身、長い間ハルカの顔を見れないと心配で気が気でない。
今の妹はだいぶ容態が安定しているが、それでも不安はある。いつ心の傷が開いて、不安定になってしまうか。
そんなことは、本人にだってわからないのだから。
「よし、いくぞ」
だからこそ、手早く済ませなければ。
手始めに組織への報告からだ。
……あの、信頼できるとはいえない、怪しげな組織へと。
そうして俺たちは、まず真っ先に面倒事を片付けに向かった。
◇◇◇
それから数十分後。
俺とリナは目的地に向け、二人で横並びに街路を歩いていた。
区画整理された街中の道はどれも横幅が広く、数人が横並びで歩いたところで邪魔になることはそうない。
休日の朝にしては人通りは程々にはあるようだったが、特に混んでいるという印象は受けなかった。
……俺達の目的地である反英雄組織の本拠地は、新都の北西、アオバ区の古いビル街に隠されている。
朝一で廃ホテルを出た俺たちは、真っ直ぐにそこまで向かっている途中だった。
そしてその道すがら。
「?、せんせい、なんかおまつり?」
リナがなにかに気づく。
その声を受けて、彼女の指差すほうを見ると、そこでは何人もの作業員がなにかの会場を設営しているようだ。
周りには朝も早いというのに、多くの人々が集っている。
道が空いてるように見えたのは、皆あちらのほうに集まっていたからか。
……その光景に俺は既視感を覚え、そしてすぐに答えを得た。
なにせ彼らの集まっているところには、看板が立てかけられていたからだ。
「都知事選挙の選挙活動だろうな、最近よくやっているらしい」
見ると、看板には顔写真とともに大きく名前が張り出されている。
―――新都アオバ都知事選候補、青葉 キョウヤ。
その名前に覚えがあった。
この新都で、最大の規模を誇る企業「ゴルド・カンパニー」。
合成食品やプラントで生育した野菜や食肉の卸し、果ては俺らが変身に用い、一般人も記録媒体として使用している記憶触媒の生産まで行っている総合企業。
そしてそれほどの大企業を、たった一代で築き上げた敏腕社長の名こそ、青葉 キョウヤだ。
年齢は25歳、能力者が生まれる原因となった大災害―――国断事変と、ほぼ同時期に生まれた第一世代と呼ばれる最初の能力者の一人。
「なんだ、あんまおもしろくなさそう……」
俺が答えると、リナは途端に興味を失ったようで端末をいじり始める。
…がそういえばこの公園では定期的に、有名な「肉祭り」を始めとした多くの催し物が開催されているのだったか。
だとしたら、リナの落胆ぶりにも納得だ。
よっぽど面白い催しでもない限り、変に冷めたところがある彼女にとっては興味の対象にはならないだろう。
「選挙……ね」
それにしても。
いよいよ政治という場にまで能力者世代が入ろうとしているのかと、ふと思いを馳せる。
……列島が災害によって分断され、その影響により多くの人命が失われたこの新都では、人材不足から都知事候補の最低年齢が引き下げられた。
その新たな基準の年齢こそ、25歳だ。
これは議員も同じ年齢となっていて、すなわち今年が始めて、能力者が直接政治に参画を始められる年ということになる。
そして今年候補として名乗りをあげている青葉 キョウヤは、若いながらもこの街で一、二を争うほどの実績をもつ敏腕社長。
正に、鳴り物入り。能力者であるという色眼鏡を加味したとしても、誰も彼の手腕に疑問は抱くまい。
当選すれば、世界初の能力者都知事の誕生。
いったい能力者がこの都市のトップとなったら、なにか起きるのか。
――能力者が、権力を手にする。
「……」
その言葉から、真っ先に連想されたのは『
もしも、彼が連中と同じく他の人々を虐げるような存在であったのなら。
それはきっと……俺が、倒すべき。
◇◇◇
「―――さん」
「―――ユウさん?聞いてます?」
ふと考え込み、周囲を完全に無視していた俺は、かけられた言葉にようやく気付く。
「ん、あぁ……」
ここは、反英雄組織の本拠点。
そのなかにある、ブリーフィング用の会議室だ。
俺は話を聞いている最中、ふと思い出したように、英雄達や、先程みた都知事候補の準備風景を想起していた。
……そのなかで上っ面だけの彼女の言葉は、右から左に抜けてしまっている。
いかん、これでは。
「もう、ブリーフィング中に呆けるなんて感心しないですよ?ユウさんらしくもないなぁ」
「……すまない。だがリナが聞いてくれていただろ?特に益にもならない経過報告は」
俺は思わず、素直な感想を口にする。
実際、俺がいなかった間の反英雄組織の近況なんてどうでもよかった。
元々大して親しくもせず、任務があれば協力するだけの関係だ。
ともすれば、仲間とすら言えないかもしれない。それくらいに彼等と俺との関係は浅い。
強いて親しい間柄を挙げるなら、通信役のラビット・ナビットと、武装を整備してくれるミス・スミスくらいか。
スナイプ・グレイブは……むしろ、険悪なくらいだろう。
組織に心から心酔している奴と俺では、水と油だ。
「はぁ……ちっちゃい子に仕事を押し付けるなんて、レイカさんそんな悪い子に育ては覚えはないですよ、もう!」
「大丈夫ですレイカさん、私も半分くらい聞いてなかったから」
「似た者同士かぁ……いや、話聞いて!?」
レイカはわざとらしく怒ったような素振りをみせる。
流石におちょくりすぎたか。
ここからは真面目に話を聞くとしよう。
「……とにかく!ユウさんが確保してきたデータからは、ヒーローの名簿や配置表などの有益な情報が多々獲得されました。これで私たちの活動も、今まで以上に臨機応変に行えるというわけです!」
レイカはため息をつきながらも、嬉しげに語る。
―――彼女がいっているデータというのは、俺がワカバヤシ学園に潜入した際、学長室の専用有線回線から盗み出したものだ。
俺はそれを一度拠点に持ち帰り、内容を慎重に精査。
そして、
だからこそ。
……レイカの態度を「白々しい」とも思ったが、それを表に出すことはしない。
「はぁ……まぁ、俺はヒーローを倒せればそれでいい。仕事があれば声をかけてくれ」
「ほんとに適当なんだから……リナちゃん大丈夫?今からでも反英雄組織の拠点に住まない?」
「ごめんなさい、知らない子達と一緒に住むのはストレスたまるから、もうこりごり……」
レイカの提案に、リナが協調性皆無の返事を返す。
というか、俺はいいのかよ。
一人暮らししろ、なんて言うつもりはないが、俺と一緒だって大概ストレスが溜まるだろうに。
……言ってて悲しくなってきたが、それは棚に上げておこう。
「この師弟コンビは揃いも揃って……」
そんな俺達に呆れるレイカ。
だがその表情からも、裏にある真の感情や、思惑を窺い知ることはできない。
コミカルに、社交的に振る舞うのが彼女の基本スタイルだが、それ故に誰も本質に迫れない。
ある種、俺らよりも厄介なのがこの女性だ。
反英雄組織という組織に従順であるように振る舞っているが、それだって本心からかどうか。
「―――ところで、レイカさん」
「?、なんです」
だから、俺は探りを入れることにした。
……手札は、多々ある。
それを少しづつ切って、解き明かしていくとしよう。
そして……、
「「怪人」についての話なんだが……」
怪人という、新たな人類との間に隠された真実を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます