chapter5-3:路地裏と財布とワニ怪人






 旧暦時代に建てられた、高層の廃ビルの合間にある暗所のなかで。

 俺とリナの二人は……極めておかしな怪人と対面した。


 怪人でありながら、自身を「危険な存在ではない」と弁明する人型のワニ。

 鱗に覆われた表皮、巨大な口……そしてそこに生え並ぶ鋭利な牙。

 およそ安全、とは程遠い容姿のそれは、しかし繰り返し自身が危害を加えたりはしないと、懸命に訴えてきている。


 その奇妙と形容するのが正しい状況を理解するため、俺は努めて冷静に、彼に語りかけた。


「……それで、なにもしてないから見逃せと?」


「はい、あの、皆さん一口に怪人っていいますけど、僕ら決して人に危害なんて加えておりませんで……」


 ワニ型怪人はやたらと丁寧な口調でそういうと、どう伝えたものかと悩むような素振りをみせる。

 こいつの言を噛み砕くと、怪人だからといって危害を加えるものと、そうでないものがいる、ということだろうか。

 なんとなく理解はできる話だが、納得できるかというと微妙。

 とはいえ、悪行を目の当たりにしたわけでなし。

 一旦は彼の言を信じて、矛を収めることにする。


「群れの違いみたいなもんか?」

「あぁ、それに近いです!」


 理解を示す俺の言葉に、怪人は正にそれだ、と同調してくる。

 しかし、すぐにその顔は曇り……申し訳なさそうに、言葉を切り出した。


「ただ……僕らは人の頃の記憶があるので、そう例えられるのはちょっとあれですけど……」

「……わるい、失礼だったか」


 ……ひどく落ち込んだような様子に、思わず謝罪の言葉がこぼれる。

 確かに、ひどい言い様だったかもしれない。思えば怪人も、元は能力者だ。因子によって人格を塗りつぶされるのが常だとしても、その全てが醜悪な人格をもつ、というわけではないだろう。


 それに、非人間扱いしたのは……本当に、よくないかもしれない。それは「英雄達」の連中が弱い能力や非能力者を見下すのと、きっと変わらない。

 俺は反省と共に、目の前の怪人に。

 いや彼に、素直に頭を下げることにした。


「すまない、そんなつもりで言ったんじゃないんだ」

「あ、いえいえそんな!頭を上げてくださいよ!もう人じゃなくなったのは確かですし……」


 そんな俺の謝罪に対し、ワニ型怪人ははたはたと手を振りながら制止してくる。

 変に気を使わせても悪いと、俺が顔をあげると……ワニ型怪人は、心底意外そうにこちらを見る。


「……あの、僕ら怪人にも謝ってくれるんですね、貴方は」


 それはまるで、珍しいものを見たような顔だった。いや……実際のところ、珍しかったのだろう。怪人に対して謝る、なんてことは数分前の自分にだって考えられなかったことだ。

 怪人は、人を襲うもの。そんな前提は、時間が起きて「リヴェンジャー」となる、その遥か前から教えられてきた常識だった。


「怪人だからって、無条件に悪だとは思わない。……いや、それも言い訳か」


 それが、まさかまともに対話できる存在もいたなんて……今日この日がなければ、一生知ることもなかった話だ。

 しかも物腰も柔らかで、こちらへの気遣いも見せてくれるというのだから、本当に。


「だが少なくとも今、こうして話せただけで、怪人に対しての印象は、少し変わったよ」


 俺は素直に、ありのままの感想を口にする。

 そしてその言葉に、ワニ型怪人は感極まったように涙を浮かべつつ、笑顔を向けてくれる。


「あぁ、あぁ……よかった、一人でもそう思ってくれる方がいてくれてー……!」


 およよと、泣き始めるフード姿で人間のような体格をしたワニ。

 その絵面は大変シュールであるが、しかし胸を打つ光景でもある。

 とはいえ、往来の人々に彼の存在を見られては騒ぎになること間違いなし。

 俺は宥めて、彼を落ち着かせようとする。


「その、なんだ。ヒーロー面して、裏で悪事を働くような連中を何度も見てきたし……それに比べれば、なんでもないさ」


「せんせい……」


 しかし。



「―――そう、ヒーロー!ヒーローなんですよ!」


 俺の言葉に、ワニ型怪人は勢いよく反応する。

 何かにハッとした顔で、涙も止まったらしい。そして彼は真剣そのものの顔で、俺に訴えかけてくる。


「?」

「あの、こんなこと言っても信じてはくれないとは思うんですけど……僕ら「自然に怪人になった者」は、人を襲ったりしたりはほとんどしないんです。殆どは―――」




「その、怪人化したヒーローが……」



 ―――その事実は初耳で、しかし驚愕に値するものではなかった。


「―――変身機トランサーの、副作用か」


 なにせ俺は実例を見た。追い詰められたヒーローが暴走して、自身の因子にその全てを呑み込まれる姿。

 今懐にある『盗賊THIEF』の因子など、正しくそれだ。


「は、はい……あれで怪人になると、意識もなにもなくただ人を襲うようになっちゃうみたいで……」

「……なるほど」


 詰まるところ、「怪人の危害から人々を護る」などというお題目を掲げて誕生した『英雄達ブレイバーズ』という組織は、はじめから嘘に塗り固められた組織だったというわけだ。

 その嘘の正義を信じて付き従っているヒーローには心底同情する。

 ……特に、フェイス・ソードなどは特に。


 ともかく、怪人の話は理解した。

 だが、彼が街中にいる理由は、また別だろう。

 俺はそう思い問いかける。


「お前たち怪人についての話はわかった。……それで、どうしてお前はこんなところに?」


 なにせ、俺でも見つけられたくらいだ、怪人退治にきたヒーロー達ならもっと容易に発見することだろう。

 ラビット・ナビットのような索敵系の能力持ちが相手なら、もしかすると今正に刺客が差向けられているかもしれないくらいだ。


「あ、それなんですが……」


 ワニ型怪人はなにやら言いづらそうに、もじもじとしだす。

 ……なかなか口に出さないものだからつい、威圧するように睨んでしまう。

「ひ!?」


 視線に気づき青ざめるワニ。

 ……鱗なのに青ざめるというのもおかしな話だが、まぁ怪人なので気にしたら負けな気がしたので、突っ込まない。


 慌てたワニはついに、困りごとを切り出す。


「じ、実は、鞄をどこかに落としてしまいまして……買い出しの為の財布も入れてたもんで難儀してたんです……布もちょっと破けちゃったみたいで、このまま出るとヒーローに……」 


 思ったより、しょうもない理由。

 とはいえ本人……本鰐?からしたら死活問題なのだろう。

 財布にいくら入っているのかは知らないが、怪人がまともに収益を得られるとは到底思えない。

 なけなしの金が無くなるというのは、つらいものだろう。


 しかし、財布探しとは。

 本人が場所の検討もつかないような口ぶりだし、なにより。


「……まぁ、そりゃあ出てって探したら狩られて終わりだろうな」 


 それでこんな路地裏でどぎまぎしていた、というわけだ。

 ……警戒して、心底損をした気分だ。

 助けたところで見返りは望めないし、なによりリスクが高い。

 捜索中にヒーローと遭遇したなら撃退すればいいだけだ。だが、反英雄組織アンチテーゼの構成員に見られてもまずい。

 なにせ反英雄組織は「英雄達」の撃滅以外に、怪人の殲滅も目標に掲げているのだ。

 世界から能力を消す、という目標を掲げる彼らにとって、能力因子で変異した怪人達も等しく敵にあたる。


 もしも俺でなく、組織に忠実なスナイプ・グレイブなどであれば、このワニは今頃銃弾で撃ち抜かれていたところだろう。


 だが俺とて、危害は加えないにしても助ける義理はない。

 助けるメリットがない、この時点で決まっている話なのだ。


 ……だが。

 

「ねぇ、せんせい……」

「だめだ」

「聞く前からだめって言わないでせんせい」

 突っぱねる俺に、リナは即刻詰めてくる。

 ……まずいぞこれは、押し切られる訳には!


「……悪いが、こいつを助けるメリットがない。利益がない以上、厄介事に首をつっこむわけには―――」

「でもこの人たち、「英雄達」の被害者だよ」


「―――!」


 うぐ、と。

 痛いところをつかれて、内心でうめき声をあげる。


「たぶんだけど、「怪人が人間の敵」っていうのって……自作自演なんじゃないかな。暴走したヒーローの退治を楽にするため、みたいな」

「―――」


 そう、だろう。

 怪人が悪、というレッテル張りは確かに「英雄達」が積極的にしているものだ。

 それは逆説的に、彼らを狩る自分たちが正義だ、という宣言にも言い換えられる。

 つまり彼らは英雄達に迫害された被害者。なにも抵抗できずに狩られる、哀れな子羊。

 ……俺たちと、同じように。



「あぁ……うん……はぁ……」


 そろそろ、諦めもついてきた。

 俺は大きくため息をつくと、不精不精な態度をあかさまにしながらワニに向き直る。

「お前、名前は?」


 ワニだの、怪人だのと呼ぶのも面倒だから、名前を問う。

 ……遺憾ながら、彼は依頼人になるわけなのだから、ちゃんとした名前くらいは聞いておかねば。

 そう思ったのだが。


「名前……」

「どうした?」


 ワニは曖昧な表情で、こちらを見る。


「人間の頃の記憶もうないんですよね、本当の名前って覚えてなくて」

「仲間には「クロコダイル」って呼ばれてます!」

「まんまだな……」


 頬を掻きながら名乗った名前に、俺は思わず呆れてしまう。

 動物扱いされたくない奴等が、自分に動物まんまな名前をつけてどうするのだか……。


 とはいえ、名前は知った。

 なら、もう行動の時だ。

 俺はクロコダイルに背を向け、ただ一言。


「ここで待ってろ」

「……!」


 それだけを口にして、大通りへと向かう。

 傍らにはちょこちょことリナがついて回り、そして背後からは。


「ありがとうございますー!」



 クロコダイルの快活な声が、響くのだった。


 

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