chapter5-2:潜・伏・暗・所
◇◇◇
思えば志波姫 リナとの生活が始まってから、随分と経った。
そんなこんなと、かれこれ数週間ほどで俺も彼女も今の関係性にだいぶ慣れ、すっかりと同居人らしい間柄だ。
しかし、いつまでもなぁなぁでパシられているほど、俺は素直でも温厚でもない。
そこである日、買い物を頼まれた俺は遂に反撃の一手を打った。
「……お前の食べたい菓子を買うのはいいが、それならお前自身もついてこい。でないと全く関係ないもん買ってくるぞ、激辛カップ麺とか」
「からっ……!?」
―――この脅しが、なかなかに効いた。
大の甘党で、辛いものが苦手なリナは危機感を抱いたのか……文句をいうでもなく、素直に買い物に同行することになったのである。
正直、なにも根本的な解決にはなっていない気もするが……まぁ癪だった件は改善されたのでよしとしよう。一緒に店を見て、本人が選んで持ってきたのならまだ買ってあげようという気持ちにもなる。
過剰な量を買おうとしたのなら、制止することだって。
「せんせい、あれも食べたい……!」
「明日にしろ明日に……どんだけ買ったとおもってんだ」
「でもあれ数量限定で……期間限定で、夕方なのに奇跡的に残っていて」
「うぅん……」
制止することだって……。
◇◇◇
「ありがとうございましたー!」
―――レジでの会計を終え、俺達はケーキ屋を出る。
手には期間限定で数量限定のスイーツ。それも……抹茶味のもの。
「……せんせいってもしかして、抹茶味すき?」
「まぁ……そこそこ」
大概、俺も意志が弱い。
思えばちゃんと学生をやっていた頃は、抹茶味の菓子をよくコンビニで買っていた気がする。
最近全然食べることもなかったからか……その美味しそうな見た目に、つい誘惑に負けてしまった。
……思えばこの数ヵ月、甘いものを食べる機会なんて殆どなかった。
復讐に駆られて奔走するばかりで、最低限のエネルギーを確保できるような食事だけを取っていたからだ。
味なんて、ほとんど感じることもなかった。そんな余分な感情を抱く余裕すらなかったのだ、弱い自分には。
……それでいくと、そんな俺が少しでも気を抜けるようになったのは、リナのお陰かもしれない。
彼女のお陰で、気がかりだった大切な家族であるハルカの病状もだいぶ改善され、何もなかったパーソナルな空間に会話が産まれた。
そのことが、どれほど大きかったことか。
面と向かって礼を言う気は、今のところ起こる兆しもないが……あの学園でリナと出会ったが為に改善されたことは数多い。
特に戦闘での戦力増強などは、その最たるものだ。単身では格上のヒーロー相手に対しての戦いに不安が残るが、二人がかりなら勝算も浮かぶというもの。
何せ俺たち二人で既に、「四天」の一人である「プリンセス☆マナカ」を打倒したことだってあったのだから。
「……?、せんせい?」
「ん、あぁ、なんでもない」
……気付いたら、見つめて考え込んでしまっていたらしい。
俺の視線に怪訝な様子のリナをかわし、前を歩く。
今俺達がいるのは新都アオバの居住区画、「イズミ区」の商店街だ。異様に高層なビルや、ネオン、表示版が乱立する首都部とは違い、日本分断以前の街並みが残るここらは、俺の生まれ育った地から程近い位置でもある。
ビルは程々に立っているが、そのいくつかは廃ビル。アンチテーゼが拠点としている地下区画の上部もそうだが、俺たちの拠点はそんな廃墟を改造したものとなることが多い。
特に俺とリナが居住する廃ホテルは街からだいぶ離れた山に立っていて、およそ一般人は来られない位置にある。
その為何かの接近=敵襲と断じられ、トラップの設置やいざというときの為の迎撃にもフレキシブルな対応が取れるというのが利点だ。
とはいえ、単純に買い出しの手間は増えるので、そこは欠点と言えば欠点なのだが。
今だってこうして、長々と歩く羽目になっているわけで、鍛練としての側面がなければ、俺とて御免被る距離だ。
さっさと切り上げて、早く帰らなければ。
そうして、俺たち二人がビル街を後にしようとするなか。
「……?」
リナが、ふと立ち止まる。
「どうした」
俺がそう呼び掛けると、リナはビルとビルの隙間にできた、細く暗い道を指差す。
配管や換気扇などが置かれたそこには一見なにもないように見受けれたが……彼女の指差した場所だけは、違った。
「せんせい、あそこ……」
見ると、路肩にあったバケツが倒れている。それもまだ揺れていて、今しがた何かの力によって落ちたばかりのようだ。
だが、特に風があるでもない今の天候で、ひとりでにそれが倒れることなどそうはない。
そもその程度のことなら、リナがわざわざ反応することなどないのだから。
「今、変な影が」
「……」
リナの言葉もあり、俺はその路地裏へと足を踏み入れる。
そこは程よく薄暗くなっており、建物の輪郭こそ見えるが……その先がはっきりとは見通せない。
進めば進むほどに背後の光は遠ざかっていき、そこに何があるかなど分かりはしない。
だが。
「―――おい、お前」
「……ッ!?」
そこでゆっくりと動く物体を、俺の動体視力は見逃さなかった。
そして相手が戦慄と共に立てた音と声で、俺はそれが人であると確信した。
びくついたその人影は……ゆらりと、観念したようにそこにへたりこむ。
フードのような物を被っていて、顔ははっきりと窺い知れないが……どうやら、大柄な男性らしい。
俺はその人物へと近づき……顔を覗きこむ。
だが、そこにあったのは。
「な―――」
「せんせい?」
「そこで止まれリナ!」
「っ」
不意に大声を出してしまい、リナを萎縮させてしまう。
……かわいそうなことをしたが、この際仕方がない。危険を避けさせるためだ、この目前の明らかな脅威へと近づけるわけにはいかない。
俺がみた、フードの男の容姿。
―――全身を覆う、暗緑の鱗。ギョロりとした橙色の瞳に、鋭利な牙と爪。
俺が知る言葉でそれを形容するなら、「鰐人間」。それはすなわち……、
「……お前、怪人か」
この新都に蔓延るという、人の心を失った怪物。
反英雄組織すらも、その撃破に関しては「英雄達」の唯一の正当性と認めるほどの未知の生命体。
心の壊れた能力者の、成れの果て……それが……、
「は、はい……あ、でも悪いことしてないんで!通報だけはなんとか……!」
「……えぇ?」
―――えらく腰の低い様子で、俺へとすがり付き嘆願をしてきたのであった。
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