chapter4-1-18(end):私達の戦いは、ここから
◇◇◇
初めてせんせいに出会った、廃ビルの屋上。
そこの貯水タンクの上へと座ったわたしは、足を伸ばしながら……ふと、目前に広がるビル街を、何するわけでもなく俯瞰した。
―――あぁ、今でも、あの日々を思い出す。
地下からマナカちゃんを救いだし、カナコちゃんと対峙したあの日。
短い期間だけど、濃密な。わたしが初めて自分自身と向かい合った……そんな気がする、あの戦いを。
……あれからわたしは、せんせいの拠点で暮らすことになった。
寮を出ようとしたのは……まぁ、意地でも相部屋になろうとしてくるシズクちゃんをかわす為とか、やたら媚を売ってこようとする、数少ない真相を知る生徒達から逃げる為とかということもあるのだけれど。
一番は、戦う為。
わたしに優しくしてくれたハルカさんには、幸せになってほしい。その為には「英雄達」が邪魔で……そしてせんせいも、同じ目的の為に戦っているから。
その手助けになればいい、そう思ってこの選択をした。
けどもちろん、誰かの為だけというわけでもない。
学生であるわたしにとって、アンチテーゼから送られる賃金というのは破格のものだったし、正直お金に目が眩んだと言われてもそのとおり。
アンチテーゼのレイカさんは、随分わたしのことを買ってくれたようで、かなり色をつけて賃金を設定してくれた。
そしてその半分は、ハルカさんの治療費に当ててもらうことにした。
要はその代わりとして、ユウせんせいの身近に置いて貰ったわけである。これでせんせいはわたしに頭は上がらないし、無下にもできまい。
これならハルカさんにも今まで以上に頻繁に会いに行けるし……学校もたまに行けばいいしで、一石二鳥どころでなくお得だ。
我ながら中々にひどいことをしてしまった気がするが、まぁ「心のままに行動しろ」といったせんせいの御言葉を守っているので、よしとしよう。
とはいえ。
こうしてあの牢獄のような学校を出て、アンチテーゼのデータを閲覧してから町並みを見ると、その風景もまるで違って見える。
わたしが何気なく、訳知り顔で「裏でなにかが起きている」などと呟いていた、この町。
けれどその実態を知ってしまっては……あの頃の自分は、随分と狭い視野だったな、と恥ずかしくなる。
怪人、「
彼等は昼夜問わず、人々にも知られないうちにその利益の為……あるいは私欲の為に力を振るって、色んな人を傷つけている。
その手は学校にも、警察にも。そして誰もが名を知る大企業にまで延びていて、最早何事にも無関係な人間など、どこにも居はしなかった。
『……』
―――今にして思えば、あの学園で起きていたことは……極々、小さなレベルのことだったのかもしれない。
そう錯覚してしまいそうになるほど、世界は広い。
街中にはもっとたくさん、いろんな人たちに迷惑をかけているヒーローがいて、それは命を奪うようなことも、当たり前にあって。
勿論マナカちゃんも、何人もの人にそれをしたのだけれど。
それと同じことが、ワカバヤシ区だけでなく、この新都全てで起きてるのだとして……それを、見てみぬふりで捨て置くなんてことは、わたしにはできなかった。
だから、決心したのだ。
わたし、志波姫リナは……「
ユウせんせいと、ハルカさんが幸せに暮らせるように。そしてなにより……自分自身が、安心して暮らせるように。
(もしかしたら孤児院の人たちも、被害にあっちゃうかもしれないし……)
知り合いがまた何かに害されるなんて、そんなの、気が気じゃない。
そんな悲劇を産みかねない禍根は必ず、自分自身の手で絶たなくては。
……そんなわたしの決心を、せんせいは止めはしなかった。
否、止められなかったというべきか。自分の心のままに行動しろ、そう教えてくれたのはせんせい自身だったし……なにより、わたしがあのレイカという人に気に入られたというのもあったし。
―――廃ビルの屋上で、そんなことを述懐していたわたし。
けれどその思考は……深い、深いため息によって中断される。
「……はぁ」
「せんせい?」
その発生源は、いつの間にかやってきて、わたしの傍らで作戦の開始を待っていた男性「鳴瀬 ユウ」。
わたしのせんせい、師匠のような存在だ。居候相手でもあるし、仲間でもあるし……無二の友達のお兄さんでも、ある。
せんせいがため息をつくと共に、わたしは心配の意図をこめた声をあげる。
……けれど、彼が沈みきっているその理由がなにか、わたしは知ってる。わたしが戦いに向かうことを、快く思っていないだけなのだ。
……彼は自分自身を心ない冷酷な復讐鬼だ、なんて嘯くけど、本当は違う。
昔の友達の身の安全を心配してこっそり物陰から見張ってたり、妹の為に命を張って敵を倒したり。
挙げ句の果てには行きずりの仲間であるわたしを心配しているほど、彼はお人好しだった。
そしてその印象は、ハルカさんから聞いた兄の話とも符合する。鳴瀬 ユウは……せんせいは、本当はそういう人間だった。
きっと、「アンチテーゼ」に所属している他の人たちのことだって、口では悪くいうけれど、決して憎からず思っているに違いない。
けど、それが認められるほど大人でもない。
当然だ、わたしとだって対して年は離れてないんだから。せんせいだって本当はまだ学生だった筈で、何事もなければ、今でも家族で仲良く暮らしていたのだから。
――でも、その決意は。
家族を殺した「英雄達」を壊滅させると誓った彼のその祈りは、決して柔な物ではなく。
「いくぞ、リナ」
「うん」
とても、不器用な人。
<
<
「―――
「―――
……だからせめて、共に行こう。
<<
二人で、終わりの見えぬ戦場へと。
……どこかで苦しむ、だれかを助けるために。
―――chapter4,END
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