chapter4-1-17:決着

 ◇◇◇



 ―――極大の、エネルギー球が眼前に迫る。

 そしてわたしの背後にはせんせい、そして先程まで多賀城 マナカ……カナコちゃんに付き従っていた少女たち。


 みんなを、傷つけさせるわけにはいかない。

 そんな想いと共に……あの攻撃を、どうにか止めようと思案を巡らせる。


 先程のように光で弾くだけでは、あのエネルギーを止めるのは無理。それどころか……周りに広がって、この体育館どころじゃ済まない被害になってしまう。


 だから、あれ自体をどうにかしなきゃいけないのだ。跡形もなく消滅させる……のは無理だし、なにか、別の。


『―――そう、だ』




 そこまで来て、自身の能力をふと、思い出す。

 わたしの能力は……因子で、自分の思い描いたものを作り出す能力。


 しかしそれは極めて微弱で……カナコちゃんに取られてからは、ほぼないに等しい力だった。



 だが、今なら。

 変身したことで能力は返還。そしてこの杖によって、その力は大きく強化、増幅されているのだ。


 今の自分なら、できるか。

 わたしは自分を信じられるか……胸のうちに問いかける。

 答えは、ない。けれど。


『―――!』


 せんせい達なら、信じてくれるか。

 ―――それならば……うん、頑張れる。


 わたしは杖を構え、自身の力を集中する。

 するとその時、機械的なデザインの杖から音声が鳴り響き……、


 <WICTHCRAFT:最大解放チャージアップ


「ふぅ……」


 ―――わたしの中の力が、加速度的に増していくのがわかる。

 身体中が沸騰しそうな熱量。それはもはや、わたしの小さな身体に収まるようなものではなく、全身から噴出しそうなほどに高まっていく。


 それと共に、わたしの、瞳が。

 周囲から孤立する一因ともなった、不気味なほどに真っ赤な瞳のその片方が、金色に輝く。


 そして輝きが増すにつれ、わたしの脳内にひとつの文言が浮かび―――わたしは、衝動のままにそれを吠えた。



『―――因子ファクト変換クリエーションっ!!!!』



 ◇◇◇





 不気味な、静寂。

 先程まで轟音をあげ、わたしに迫っていた光球は……その勢いを失い、ただ静謐のままにそこに在った。


 その場にいた、誰もが。

 目の前の事態に、信じられないとばかりにぽかんと口を開ける。




「え……」



『……は?』


『おー』


 わたしだけが、想定通りになったことに歓びの声をあげる。

 なかなか難しいとも思ったが、なかなかどうして、うまくいくじゃないか。


 そんなわたしは、目の前にある光球ものを眺め、良くできたものだと感心するばかりだ。


「なんで……」


 生徒の一人が、上ずった声で呟く。

 信じられないといった様子のそれは、まぁ……当然の反応で、わたし以外の誰もが、きっと同じ気持ちだっただろう。


 なにせ、そこにあったのは。





「―――なんで、ケーキに!??????」




 ―――半径、数メートルはあろうかという巨大なクリスマスケーキ。

 それが体育館のど真ん中に鎮座し、異様なまでの存在感を放っていた。


 上部には等間隔で巨大苺も乗っているのだが……なにせ大きすぎて、角度的に見えない。

 まぁ側面のクリームやスポンジなどもいい感じに再現できているし、きっと完璧だろう。


『な、なによこれぇっ!?』


 カナコちゃんがあげた悲鳴が、体育館中に木霊する。

 こればっかりは彼女に虐げられて子達も同意せざるを得まい。なにせ彼女が本気で放った必殺の一撃。それが……突然、大変美味しそうな超巨大ケーキへと姿を変えたのだから。


『―――これが、わたしの能力』


 わたしは少々ドヤ顔で、彼女に向け宣言する。

 ……そう、これこそが、変身機によって強化されたわたしの能力―――「空想投影」である。


 元来わたしの能力は、自前の少量の因子を使って、小さなイラストなんかを空中に映し出せるくらいの……ごくごくしょぼい能力だった。


 だが……ヒロインへと変身したことで、それは大きく強化された。

 因子の一つ一つを現実の物質に変換し、それを本物へと仕立てあげる。……ケーキなんて、それこそ様々な具材が入りまくっているものだから簡単にはコピーできないけれど。それを実現したのは、カナコちゃんの超特大攻撃によって生じた大量の因子に他ならない。


 ―――結果、この超弩級クリスマスケーキは誕生した。

 正直、人の因子を変換するなんて芸当、はじめは思いつきもしなかった。


 だがそれを可能とさせたのは、カナコちゃんが目の前で見せた数々の芸当だ。

 借り物の因子を好き放題につかって、周りの被害もお構いなしに暴れまわったあの姿。

 それを見て思ったのだ。


 カナコちゃんがやれたのなら、あるいは……と。


 そう信じた結果が、これだった。

 今、わたしは大変にお腹が空いている。

 城前邸に潜入してからというもの、気の休まるときはほとんどなかったしご飯も対したものは食べられなかった。

 ここに来るまでもずいぶん走ることになったし……身体が、甘いものを求めていたのだ。


 それが、正直に反映されたのがこの光景。



『ふざ、けんなァ!』


 ―――時間差で、今起きていることを完全に理解したカナコちゃん。

 その怒りのボルテージは、もう最高潮だ。



『わたしの因子を、攻撃を!こんなふざけたことにつかってェッ!』


『みんなから奪った因子、の間違いでしょ』


『黙、れ―――!』


 わたしの言葉に、彼女はなおも激昂する。


 対してわたしは宙に撒かれた金色の光粒子を固め……あるものを練り上げる。


 凹凸のある結晶体と化したそれは、光線を不規則に反射させる強力な端末だ。

 そして反射した先には、また別の結晶体。

 それを繰り返し、相手の光線を弾き……そしてついには、打ち返す。


 ―――名付けて、「金平糖ビット」。


 もうケーキ完成以降、わたしの頭のなかの攻撃/防御手段はお菓子に固定化された。

 それが因子に適合した結果なのか……それはわからないけど。


『ぐ、あっ!?』


 ―――ふざけた見た目に反して、そのパワーは絶大だ。


 反射された光線、そのうちの一本が彼女に直撃する。

 カナコちゃんの周囲には結界のようなものが張られていたが、それは彼女自身が放った強力な光線によって貫かれ、その体表を襲う。


 結果……出血こそないものの、彼女は地に墜ちた。もはや演技でもなんでもない、確かなダメージ。


 彼女が落下した後には土煙があがる……ことはなかった。

 なにせ彼女が落ちたのは、さきほどわたしが作ったケーキのうえ。

 彼女の全身はクリームまみれで、そのなかで……カナコちゃんは顔を真っ赤にしながら、目に涙を浮かべつつ叫んだ。



『あぁ、服がよごれちゃう!?ってそうじゃ……あぁもう!?』




『―――もういや!そこのクソ教師も、アンタも!マナカも、おとうさんも、学校のゴミ共も……』


 それはもはや、怒りなのか羞恥なのか。


 感情を暴走させた彼女は、それに伴い力を解放し、上空に飛翔する。


『みんな、みんなきらいだァァァッ!!!!』


 再び、力をその杖に貯めるカナコちゃん。

 だが……




『ごめん、カナコちゃん』





『なにを、今さら謝ったって―――』


 わたしの謝罪に、カナコちゃんは呆けたような顔をしつつも、怒りを表明する。

 ……だが、わたしの謝罪は、許しを乞うためのものではない。




『わたしの、勝ち』




 確信された勝利。そしてこれから彼女を襲う、極大の痛みに対しての確認だ。

 だがカナコちゃんは訳がわからないといった様子で、わたしをみる。


 そして。


『は、ぁ……?』



『それと、だいじょうぶだよカナコちゃん』



 わたしの言葉と共に。


 ―――上空にいるカナコちゃんの身体が、光に照らされる。

 それは足元からの光。桃色の、目映い閃光である。




『―――な』



 そこには、もはやケーキなど存在しない。

 ―――代わりにあるのは、超巨大な光の珠。

 破壊という概念。それを凝縮したように怪しく輝く桃色の光の塊。


 それが今、天に向かって打ち上げられていく。


 ……元々、彼女が放った攻撃。

 しかしそれを完全に制御することは、変身したてのわたしには無理だった。


 けれど動きの指向性をいじることくらいならできる。地面に向け放たれていたそれを回転させて、宙に向けて発射する。それくらいならば。



『みんなも同じくらい、カナコちゃんのことがきらいだから』




 ―――呟いた、無慈悲な言葉。



 我ながらどうかとも思うその言葉と共に、カナコちゃん……「魔法少女プリンセス☆マナカ」は……光に包まれ、消えていく。





『……ぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!!!!!』




 学園を支配した、元いじめられっこの現いじめっこ。生徒と先生、そのすべての人生を狂わせた少女は、光に呑まれその姿を消す。




 ……その最期の声は、心底怨嗟に満ちたもので。



 わたしはその消えゆく光景を……金と紅の瞳で、しかと見届けていたのであった。

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