chapter4-X-X:魔法少女☆誕生/終焉






 ―――あれは一年前の四月、八日。





 そう、これはわたしたちが、初めて会ったときの記録。

 わたしが記す、わたしの日記だ。




「―――ねぇ、貴方名前は?わたし、多賀城 マナカ!同じクラスなんだし、仲良くしよ!」


 弾けるような笑顔で、教室の隅にいたわたしに語りかけてきてくれた少女がいた。

 ―――多賀城、マナカ。クラスのなかでも特に存在感を発揮していた、美少女だ。

 対してわたしは、暗くて……クラス替えで知り合いもいなくなって、話すことすらままならないほどに緊張しきっていた。


「……わ、わたしは、城前 カナコ、です……よろしく」


 どんくさくて、根暗で。

 そのことは自分自身でもよくわかっていたからこそ、余計に内向的になっていたわたし。


「カナコちゃんね!じゃ遊ぼ!」


「リナー!それにみんなも!カナコちゃんも遊んでくれるってさー!」


 そんなわたしは、底抜けに明るい彼女のような存在に心から憧れた。

 もしも彼女のようだったら。そんな妄想もしてしまうほどに……そのカリスマ性に、心酔していたのだ。


 それから、暫くしてからだった。

 彼女の家が大金持ちであること。

 そして彼女が、この学業特区ワカバヤシ有数のお嬢様学校……「ワカバヤシ学園」の、学長の愛娘であると知ったのは。



 ◇◇◇



「……いいなぁ」


 それから知った彼女の家庭事情は、とても言葉では言い表せないほど、自分のものとはかけ離れていた。

 使用人がいて、専属の家庭教師がいて……身の回りのことは、全部任せられる。けれど、やれることは出来るだけ自分でやるようにしている……というのが、彼女の話。


 ……つまりは誰かに、一方的に命令できる立場。

 マナカちゃんはもちろんそんなことをしようとはしないんだろうけど、わたしからすればそれはとても贅沢というか、勿体なく思えた。


 だって、他の人を自由に従えられるなんて、すごい特権。もしわたしが持ってたら……きっと、率先して、すごくたのしんでつかう。そんなことができたらどんなに爽快だろうって、そう思ってしまうのだ。


「……わたしじゃ、むりか」


 でも、結局は思うだけ。

 わたしの家はずいぶんと貧乏で……学校の給食費を払うのだって精一杯なくらいだ。まさしく、マナカちゃんとは天と地の差。正直、羨ましいなんてレベルではないけれど……いくら羨んだって仕方なかった。



 だって、わたしはマナカちゃんにはなれないんだから。



 ◇◇◇


 ある日。

 確か授業参観の日だ。わたしに父親は仕事に疲れて家で寝ていて、母親だけがやってきたその日。

 見ると、マナカちゃんの方も母親だけが来ているらしい。その服装はブランド物っぽい高そうなもので、やっぱり良いとこの子なんだな、と再認識。


「じゃあここを……多賀城!」


「はい!」


 授業は佳境に入り、もう少しでチャイムがなる。

 そのタイミングでマナカちゃんがせんせいに当てられて……問題に答えようとしたとき。



「―――っ!?」



「……?」


 お母さんが、凄い形相でマナカちゃんを見つめていた。さっきまではわたしのことを見ていてくれたのに、今では見向きもせず。

 まるで彼女の方が大事であるかのように、じっと。



 ―――その日の、帰り。


「……ねぇ、カナコ。あのマナカちゃんって子、多賀城って苗字なのね?」


 お母さんが不意に、マナカちゃんの話を切り出した。

 なんでだろう、と思う。

 特に面識もないし、マナカちゃんの話を家でしたこともないのに。

 もしかしたら、知り合いなのだろうか。そんな


「?、うん、そうだよ。近くの学校のせんせいの子で―――」




「―――やっぱり!」


 私が言い終わるより、早く。

 お母さんは食い気味に、手を合わせて……自分の推理と事実の符号に、歓喜の声をあげる。


「え……?」


 その顔は、この12年間みたこともないもの。

 瞳孔は開ききって、まるで能力者が能力を使ったときのように、輝いて見えた。


「やっぱり、あの人の子なんだ……!やっと見つけた、やっと……!」



 その日からである。


 ―――私の人生が、いよいよ壊れ始めたのは。



 ◇◇◇


「あのマナカちゃんって子に相談して、コウゾウさんに……あの子のお父さんにこれを渡して欲しいの!」


 帰って早々、母はそんなことを言い出した。

 渡してきたのは……いつから用意していたのかもわからない、手紙の入った封筒。

 宛名は……「多賀城 コウゾウ」。噂できいた、ワカバヤシ区一の学園の、その学長の名前だ。


「え、どうして……」


 当然、わたしはきいた。

 だってわけがわからない。

 なんで、母がマナカちゃんのお父さんに当てた手紙を、わざわざ私を介して渡させるのか。


 ―――だが。


「……いちいち詮索するな、黙って言うとおりにしろ!」


 そんな私の疑問は、父の怒鳴り声にかき消された。


「ひ……」


「ちょっと貴方!外に聞こえたらどうするの!」

「え、あぁ……すまない……」


 母がそれを諌めて……父は、やり過ぎたとばかりにおどける。

 けど、そこに私への配慮は一切ない。心配しているのは、近所への迷惑だけだ。


 そうして、母は私の前へと歩んでくる。

 ……こわ、かった。

 にこやかな、母の顔。それは間違いなく、昨日までも見てきたものだったはずなのに。


「……よく聞いてね?カナコ。貴方は、パパの子じゃないの」


 ―――なにを。



「コウゾウさん……多賀城 コウゾウさんと私の子。あのマナカちゃんって子はね、貴方の腹違いの姉妹の一人なのよ!」


 ―――なにを言って、いるんだろう。


「だから、なんとしてもあの人にこれを渡して?ぜったい、ぜったいよ?」


 けど、点と線が繋がる。

 父が急に、無表情で無関心になったのか。母が挙動不審になったのか。


 ―――きっと、今日この日のためだけに、彼等は私を育ててきたのだ。


 ……それから、すぐ。

 翌日の朝、私はその手紙をもち、学校へと向かった。そして何事もなく授業を乗り切り、放課後にマナカちゃんのもとへと向かい声をかける。

 決して……両親のため、などではない。


「あの、マナカちゃん」


 きっと、私は嬉しかったのだ。

 憧れのカリスマ、「多賀城 マナカ」に……少しでも近付けたと思ったから。たしか誕生日は、私のほうが先ではなかったか。

 だとしたら、私のほうがお姉ちゃんか。そう思うと、余計に可愛くも思えてきた。


「?、どうしたのカナコちゃん?」


「その……マナカちゃんのお父さんに、この手紙を渡してほしくて」


 不思議そうにこちらをみるマナカちゃんに、私は努めて冷静を装って、手紙を渡す。


「……なんで、お父さんに?」


 当然、怪訝に思ったのだろう。

 マナカちゃんは当たり前の疑問を口にするが……それは、わたしも抱いている疑問。


「その、わたしのお父さんとお母さんが伝えたいことがあるらしくて、それで……」


「―――うん、わかった!ちゃんと届けるね!」


 だが、答えられないが故に素直に答えたのがよかったのか、マナカちゃんは受け取ってくれた。

 ……彼女のお父さんが読んだら、なんて思うんだろう。

 一緒に、暮らすことになったりして。あぁでもそうしたら、彼女の側にいるというお付きの人に、命令できたりしちゃうんだろうか。

 父親は、血の繋がらないわたしにすっかり塩対応だし……正直、出られるものなら出たい。

 もしかしたら、ここからは貧乏とは無縁な生活が送られるかもしれない。



 そんな益体のない、平和な妄想に浸りつつわたしは帰宅した。

 ……きっと、この時が一番幸せだったかも、しれない。


 ◇◇◇



 その翌日。

 朝登校すると共に、わたしは直ぐ様マナカちゃんのもとへと向かった。


 半分でも、血の繋がった姉妹。

 そのことをマナカちゃん自身が知っているかはわからなかったけど、とにかく今は顔が見たかったのだ。


 けれど。


「あ、マナカちゃ―――」


「近寄らないでくれる?」


「え……」


 ばっさり、と。

 拒絶の意を明確に示されて、わたしは思わず固まってしまう。



「これ、中身読んだんだけどさ」


 そう言う彼女の顔は、非常に厳しいものだ。

 誰に対しても笑顔で、怒った顔なんて見たことがなかったマナカちゃん。それだけに……その姿は、衝撃的だった。


「「カナコは貴方と私の子です」、「認知して、養育費を支払ってください」、「でなければ、このことを世間に公表します」……こんなもの、よくわたしに渡させようとしたよね?」


 手紙を破り捨てながら、彼女はわたしを睨み付ける。

 ―――まさか、渡す前に中を見てしまったの?

 わたしは思わず狼狽え、咄嗟に嘘をつく。


「え、そんな、中身なんて知らな……」


 知っている。

 あの中身は、多賀城 コウゾウにわたしたちが姉妹であり、母が彼との子供を産んでいたことを報せる内容。彼女らが慰謝料を要求して、安泰な暮らしをするための。


 ―――でも……ここで、「彼等から暴力を受けていた」と報せれば。

 そうすれば、わたしは被害者扱いされて、二人は脅迫で捕まって。

 あわよくば、血の繋がっているマナカちゃん達の家……、


「別に、カナコちゃんが知ってようが知ってまいが関係ないの。問題は貴方とその両親が、私たちを脅そうとしたってとこでしょ?」


 ……あれ。

 わたしの予想に反し、マナカちゃんはその厳しい表情を崩さない。

 なんで、どうして?わたしは利用された、可哀想な子なのに。


「……なにが隠し子よ。こんな嘘で、お金を盗み取ろうとするなんて」


 嘘?

 違う、嘘なんかじゃない。

 わたしは咄嗟に、そう叫ぶ。


「ちが、違うよ!うそじゃない!お母さんはマナカのお父さんと二人でいるときの写真、見せてくれたし……マナカちゃんとわたし、ほんとはしま―――」




「気持ち悪いこと言わないでよッ!貧乏人の分際でッ!あんたみたいな根暗女と私の血が繋がってるわけないでしょうがッ!!!」



 ぴしゃり、と。

 彼女は激昂のままに、そうわたしに吐き捨てる。


「……え?」


 対するわたしは、その豹変っぷりに呆然とする他なかった。

 いつも、にこやかなマナカちゃん。

 先程までの静かな怒り方にも驚いたけれど、今のヒステリックな叫び声がマナカちゃんのものとはとても思えなかった。


「……はぁ」


 そして深いため息。

 そこには呆れや、嫌悪感が充分に詰まっていた。普段のマナカちゃんのキャラクターからはとても、想像できないその態度。


「あー吐き気がする……前からキモいと思ってたけど、性格までクズなんて救いようないよアンタ」


 ……愚かな城前カナコは、ここでようやく気付いたのだ。


「これから、まともな学生生活なんて送れなくしてやるから」



 これこそが本当の……「多賀城 マナカ」の姿であるということに。



 ◇◇◇





「おかあさん、わたし―――」


「―――なんで、手紙すら渡せないのよ役立たずっ!」


 平手が、飛ぶ。


「あ、あ」


「何のためにアンタを産んだと思ってんの!?さっさとあの娘説得して、コウゾウから金をふんだくりなさい、早く!」


 ヒステリックに叫ぶ、母。


「おとう、さ」


「はぁ……だから俺はいやだったんだ、血も繋がらない餓鬼を育てるなんて……クソの役にも立たないじゃないか」


 冷酷に言い放つ、父。


「わたしのせいだって言いたいの!?」


「そうはいってないだろ……相手の遺伝子が悪かったんじゃねえのか?こんだけ無能なのはさ」


 あぁ……もう。


「……」



 ◇◇◇


 結局のところ、両親がわたしの中学校をマナカちゃんと同じ「ワカバヤシ学園」にしたわけ。

 それは……わたしの出生をだしにして、多賀城 コウゾウからお金をふんだくるためだった。


 しかも、自分達の手は汚したくないからと私を道具として使って。

 相手の娘を介して渡せば、少なくとも娘にはその真実が伝わる。そしてそこから家庭の不和が産まれれば、必然的にコウゾウも自分達に取り合わざるを得ない、そういう作戦。

 しかももし、向こうから何かを言われても「バカな娘が勝手にやった」とでもいって逃れられる。自分達は……責任を負わなくて済むというわけ。


 ―――リビングでの彼等の話を盗み聴きした限り……このことは、わたしが産まれるよりも前に決まっていたらしい。

 コウゾウに捨てられて怒り心頭の母と、半ばお金目当てで彼女と結婚した父。

 彼等はこの計画のためだけに、ここまでわたしを育てたというのだ。


 ……だが結果、この十年近くのおままごとはここにきて破綻した。

 手紙は娘に渡され、しかし信じはしなかった。内容も信じてもらえず、コウゾウへの交渉の道は最初よりも遠くになったからだ。


 これまでの我慢が、仕込みが。失敗する可能性が、わたしの失敗によって僅かなりとも産まれてしまったことで……二人の対応は、大きく変わってしまったのだ。



 それから……度々、母からの暴力があった。

 家に帰るたびに説得の進捗を聞かれて……芳しくないと、平手が振るわれる。

 父はもはや無関心。ヒステリックに激怒する母を止めもせず、ただテレビを見つめるばかりだ。

 母はやがて家事をサボり始め、そのうちいくつかをわたしに押し付け始めた。


 僅かにでも手順を誤れば、また平手が見舞われる。それは世間一般のやり方と違ったからというときもあれば……母親独自のルールによることもある。

 そんなの、教えられてもいないのに。


 一方、地獄は学校も同じことだった。

 ワカバヤシ学園に進学したはいいものの、マナカちゃんと同じクラスになり……そして案の定、いじめが始まった。


 マナカちゃんは他校から進学してきた子達とも既に面識があったようで、わたしについてあることないことを吹き込んでは、いじめに参加するよう促した。


 対して、同じ学校から進学した子達が参加することはほとんどなかった。

 中でも度々話すこともあった志波姫 リナは、マナカちゃんの変貌っぷりに怪訝な様子だったのが印象深い。

 とはいえ彼女は事なかれな雰囲気で、ついぞ助けてくれるような雰囲気はなかったのだけれど。




 ―――どこへいっても、地獄。学校も、家も。


 わたしは、もうそれがいやで。

 遂に、1日家事も学校も投げ出して……外に逃げ出した。


 ―――とはいえ、学生が徒歩でいけるところなんてたかが知れていた。

 お金もなければ、夜遊びをした経験もない。結局どこにいくのかも定まらずに……歩き続けて、隣町の公園へとやってきた。


 もう、空は真っ暗だ。月明かりはなく、街灯だけがわたしの背を照らしている。

 そんななかをわたしは、独りブランコにゆられて考えた。


「なんで」


 ただ、その一言が全て。


「なんでわたしが、こんな目に」


 産まれた時から、道具だった。

 そしてその原因は。


「……マナカのせいだ」

「あいつと、あいつの親さえいなければ、わたしは―――」


 そう思うと、怒りが込み上げてきた。

 そもそも多賀城 コウゾウの不貞がなければ、起きなかったことじゃないか。


 拳を握りしめ……怒りを、滾らせる。

 爪が食い込み、血がでる。けれどわたしは、それに構うことなく。


 ―――その時だった。


『そこの可愛らしいお嬢さん?』


 上品で、美しい声色が響いた。

 こんな真夜中の公園に、そうそう人など来るはずもない。

 ……もしかしたら、怪人か。

 でも、それでもよかった。楽になれるなら、それでも。


 わたしはそう思い、ゆっくりと振り向く。


「……」


 しかし。

 そこにいたのは、怪人などではなかった。

 ―――ヒーロー、いやヒロインか。腕に機械を取り付けた、流麗なデザインの衣装を見に包む女性。

 そう、「英雄達ブレイバーズ」の戦士だ。まだ両親が優しかった頃、テレビでも見たことがある。名前はわからないけど。


『その年なのに、随分と疲れた顔。もしよければ、話を聞かせてもらえない?』

『なんと今なら……耳よりな話があるのよ。きっと、貴方の力になるんじゃないかしら』


 まるでキャッチセールスのように、彼女は踏みいってくる。


「……誰?」


 当然の返事。

 けれど、それは彼女にとっては予想外のものだった様子で。


『あぁ、ごめんなさい……名乗ってなかったわね?』


『―――わたしは「英雄達ブレイバーズ」最高幹部、四天カルテットが一人「リヴァイヴ・アクター」。よろしくね、城前 カナコちゃん?』


 その女……「英雄達ブレイバーズ」の最高幹部の一人である彼女は、静かに腕輪を差し出しながら、わたしに穏和な笑顔を向けたのであった。



 ◇◇◇



 ―――それからは、あっという間だった。



「おい、何時だと思ってんだ!さっさと入って家事をやれ!」


 家に帰ると、いつものように怒号が響く。

 ……とってもうるさい。


「ねぇ、お父さん」


「……気持ち悪い、血も繋がってねぇんだ、二度と―――」


 うん、そう。

 血が繋がってないこの人は、ただの他人だ。しかも義理とはいえ、娘である私へと問答無用に暴力も振るってくる。


 それはよくない。



「よ、ぶ……な……?」




 ―――だから、正義を執行しなきゃ。


「ぁ、あ?ぐ、うぁ……!」


 心臓を、杖で一突き。

 父だったそれは、ごろんと大地に転がる。


 けれどすぐには死なないらしい。うぞうぞと、芋虫のように這いながらリビングへ向かっていく。


 ……にんげんってけっこう頑丈だ。


「ヨシ、コ……逃げ、ろ、ころさ、れ―――」


 そこまで口にしたところで、ようやくHP0。


「?、あなた、どうし―――」


 母親がキッチンから顔を出したところで、ちょうどよく絶命したようだった。


「―――キャアアアアアアアアア!?」


「……」


 うーん、うるさい。

 もうちょっと品よく驚けないだろうか。年を考えてほしい。

 こんなのが母親だなんて……なかなか、恥ずかしいものがある。


「な、に?なによこれ!?なんで……」


「お母さん」


 半狂乱になって涙を流す母を、わたしは呼び止める。けれど母は頭が悪いから、わたしの話も聞かずに自分の話ばかりをしようとする。


「お父さんを、殺したの!?あんたが!?どうし、て―――」


 ―――だから、ビームで頬に傷をつける。

 瞬間、青ざめる彼女。

 彼女はそこにきて、自身の死が目前だとようやく気付いたようだった。おそすぎる。


「ねぇ……お母さんにとって、わたしはなに?」


 わたしはただ、問いかけた。


「……た、大切な、子よ!お腹を痛めて産んだ、大事な!」


 うん、それはそう。

 わたしは大切な存在だ。この世界から庇護されるべき。世界で一番かわいそう。


「……」


「ほんと、ほんとよ!愛してる。だから、たすけて……たすけてよ!おねがい!」


 うーん、もう一押し。

 なんかもう少し、心に訴えかけるようなことをいってくれればわたしも止まれる気がする。


「……そっか」


 まだ、止まれない。


 だから彼女を壁際にまで追い詰め、ピンク色の光の球体を、背後に展開する。


「―――」


 それを、みて。

 母は一瞬無表情になり……そして。


「ばけ、もの!アンタなんか産むんじゃなかっ―――」


 叫んだ、瞬間。

 その喉を、光が貫いた。


「ア、ハハ」


 次は腕、その次は足。

 撃ちまくって、全身をバラバラにする。


 ―――もう、止まれない。

 いや、止まる必要なんてない。


 だって、私は被害者なんだから。やられたことを倍にして返すくらい、正当防衛。


 そう思うと、すごく愉快で……




「アハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」



 ―――結局、その夜はずっと笑顔がとけなかった。



 ◇◇◇


「きゃあ!?」


 わたしは片手でマナカをひっつかんで、鉄の檻に投げ込む。

 ……両親を殺して、日も経っていない。

 わたしのやったことに気付いた近所の人には、申し訳ないが死んでもらった。

 その結果団地ごと皆殺しにはなってしまったが……まぁ、「リバイバル・アクター」さん……私の先生がどうにかしてくれる。

 なにせ私達は正義の組織、「英雄達ブレイバーズ」なのだから。


「今日から……ここで過ごしてもらうから」


「アンタ……!なんのつもりよ!こんなことして、ただで済むと思ってんの!?すぐにパパが、たすけて―――」


 檻に閉じ込められても、威勢よく噛みついてくるマナカ。

 ……うん、やっぱそうでなくちゃ。

「多賀城 マナカ」とはそういう人間だ。余程のことがない限り、自分の発言を曲げたり、反省したりはしないだろう。

 絶対的な自信と、それに裏打ちされた言動。


 うん……それでこそ、私が憧れたマナカちゃんだ。


 ……だから、心を折るにはコツがいる。


 なおも吠えるマナカちゃんを尻目に、私は後ろへ合図する。

 すると……一人の、大柄な男性が暗がりから現れた。


「……パパ?どうしてそいつの隣にいるのよ!?」


 ―――そう、多賀城 コウゾウである。

 多賀城 マナカの父親であり……城前カナコの本当の父親でもある、ワカバヤシ学園の学長。


「―――すま、ない」


 彼はただそういうと、実の娘に向けて膝をついて頭を下げる。


「貴方のパパね、私の味方になってくれたんだよ?わたしの出生を……浮気と隠し子についてバラすっていったら、すぐにね!」


「うそ、うそだ……パパが、そんなこと……」


 やはり、父親は効くか!

 わたしは心のなかで爆笑を抑えつつ、目の前のマナカの様子を眺める。

 父親の権力だけが取り柄の女が、その名声の如何を見下しきっていた女に握られた。

 その絶望たるや、どれほどのものか。できれば蹲るあの女を引き起こして、見てやりたいくらいだ。


 ……だから、折角なのでもうひとつ現実を教えてあげることにする。


「あーごめん、確かに嘘。あなたのパパに言ったのはもうひとつあってね」


「―――多賀城 マナカの命を私に奪われるか、言いなりになるかってやつなんだけど!」


「……は!?」


 その声に、マナカは信じられないとばかりに顔を上げる。

 その様子はまさしく顔面蒼白で、面白い。


 けれどまだ信じきれていない様子の彼女は、わたしの様子を仰ぎ見て、吐き捨てる。


「そんな―――そんなこと、できるわけない!アンタみたいな気持ち悪いジメジメしたヤツに、そんなこと!」


「……うん、確かに」


 半狂乱の彼女が言い放った言葉は、確かにそうだった。

 ……「城前 カナコ」。自分の出生も、製造理由すら知らずにこの年までぬくぬくと育って、そして勝手に製造者から失望された女。

 確かに、無意味で無価値だ。それはわたしが一番、よくわかっている。


 この名を冠している限り、わたしはいつまでも過去に囚われるだろう。

 もう死んだ両親の怨嗟の言葉に悩まされ、血の繋がった妹からのいじめを永遠に引きずる。そういう、つまらない人間。



「「城前 カナコ」ならできないかもしれない。いくら力があっても、「自分はゴミなんだ」ってどこかで思っちゃう……それじゃ無理だよね」


 けれど。



「―――でも、「多賀城 マナカ」ならできる」


 ―――瞬間。

 わたしは懐にしまっていた記憶触媒を取り出し、背に握っていた魔法のステッキもどきへと装填する。


 すると……私と、マナカの足元から光が現れる。


「きゃあ!?な、に!」


「ふ、ふふ」


 そしてその光は、二人の全身を包み……やがて、霧散した。

 身体への異常は、大きくは感じられない。

 マナカもそれは同じだったようで……何事もなかったことに安心したのだが。


「……あ、れ?」


 自分の、服の袖。

 それを見た瞬間、彼女は気付く。


「な、なにこれ、いや、いや!?なによ!」



 ―――自分の身体が、「城前 カナコ」のものになっている。

 無造作に伸びた濁った緑の髪、いじめや家庭内の暴力でよれよれの服、隈だらけの目元。

 それは鮮やかなピンクの髪に、新品同然の制服の彼女とは極めて対照的な姿だった。


 そして……頭のいい彼女は、すぐに気付く。

 自分と同じような光に包まれた者がいたこと。そして……自分がその姿になっていること。


 マナカは咄嗟に、相手の顔を確認して……そして、絶望する。


「その、顔―――」


「―――今日から、私が「多賀城 マナカ」!……だから、アンタはずっとここにいてね?あぁ身の周りのことは任せて!」


 彼女の前にあったのは、つい数秒前の彼女の顔。



 ―――いいや、違うか。


 もう、あの子は「城前 カナコ」だ。暗くて気持ち悪くて、これから一生あの牢屋で生きてく哀れな存在。

 そして飽きたら、復讐代わりに殺してやる。それまで飼ってあげるというのだから、私ってすごくやさしい☆



 対するわたしは……わたしこそが、「多賀城 マナカ」。

 正義、カリスマ、天才。

 すべての名を、欲しいままにする。

 学園中の子は全部手駒で、教師共も、もちろん父親だって下僕!


 そう……、


「私は貴女よりずっとうまく、「多賀城 マナカ」をやってみせるから!」



 ―――なにをしたって許される、学園のアイドル。それが……これからの、わたしなのだ。





 ◇◇◇



 不意に、脳裏に自分が書いた日記が浮かぶ。


 ―――はじめは、本当に偶然だった。


 わたしは、マナカという凄く優しく、話していて面白い子とクラスメイトになって、よく話すようになった。


 その時は彼女と■■、そしてわたしの間にあったひみつなんて、お互いに何も知らなかった。


 そして始めてそれを知ってしまったのは、マナカと校長の会話を偶然聞いたとき。


 ……そして、その日から、あの辛くて、どうしようもなく嫌なイジメが、はじま て




 殺して、やる―――





 ◇◇◇


 ◇◇◆


 ◆◆◆



 ―――どれほど、寝ていたのか。


 わたし……「多賀城 マナカ」、いや……「城前 カナコ」だっけ?

 とにかくわたしは、その意識を覚醒させて、起き上がる。

 周りを見ると、そこは一面ぼろぼろな体育館。


 ……そうだ。

 わたしはリナ……あの暗い、不気味なアルビノ少女に打ちのめされて、意識を手離したのだ。


 そして目の前を見ると……そこには、二人の影があった。

 少女と、全身キズだらけでボロボロな青年。

 それはわたしを追いつめ、ついには倒してくれやがった二人の邪魔者。


 そして一人……教育実習生を騙っていた反英雄組織のスパイ「リヴェンジャー」は、手にした記憶触媒を、今にもわたしに触れさせるところだった。


 ―――能力を、消される!?


『―――いや、だ、いや、いやいや! 』


 わたしは腰を抜かして、後ろに倒れこむ。

 能力を、奪われる?

 そんなのはいやだ……絶対にいや!


 力を失ったら、もう「多賀城 マナカ」になれない。

 そうしたら一体、自分に何ができるというのか。なにも、なにもない。


 付き従ってくれる子達も、恐れて言うことを聞いてくれる下僕共も。

 みんな、みんな失ってしまうなんて、ごめんだ。


「お願い、わたしから……この姿も、能力も、記憶もとらないで……これがなかったらわたしは、なにも―――」


 わたしは目に涙を浮かべ、彼らに懇願する。


「うん……そうだね」


「―――なら」


「!、せんせい!」


「―――記憶だけ、残しておこう。触媒の出力を調節してやれば不可能ではないはずだ。万が一に消えたら困るが……まぁ、誤差だろうさ」


「は……」


 なにをいっている?

 記憶を……残す?力だけ奪って?

 無様なこの姿で、一年近く自分でいじめ続けたこの姿で、今の記憶のまま生きていけというの?


 冗談じゃ、ない!


「やめ、やめてよ!それだったら記憶もないほうがいい!」


 それだったら全部なくなったほうがまだいい!

 多賀城 マナカとして生きた時間のことを忘れられれば、わたしはまだ被害者でいられる!



 ……被害者で、いられる?

 なにをいってるんだろう、わたしは。

 被害者じゃないか、どう考えても。親からも、血の繋がった義姉にも友達にも嫌われて、いじめられて。

 わたしがやったことは全部、正当防衛。それが罰されるっていうなら、他の連中も同じ目にあわないと。


「多賀城 マナカだったことは忘れる!能力もなくていい!なんなら、みんなに謝ってだってあげるから……だからぁ!」


 思い付いた限り、心にもない懇願をする。

 ぜんぶ悪いことではない筈だけど、こうでも言わないと目の前のバカたちは気付いてくれないから。


「なら、記憶があるほうが丁度いいだろ?ないと謝れない」


 ……は?

 訳がわからない。

 そもそも悪くないんだ、わたしは。

 謝って回るのなんて、今の「多賀城マナカ」じゃなくて、前の「城前カナコ」にやらせればいいだろう。

 正しいことを、正義を執行したわたしが謝罪しなきゃいけない理由なんてない。……アンタらがそれをすれば納得するっていうから、仕方なくやってあげるだけなのに!


「ふざ、ふざけん……そうだ!おねがいリナちゃん、わたしたち友達でしょ?マナカになった後だって、貴女のこと大してイジメたりしなかった!あれだって、わたしなりに気を遣って!」


 このバカな教育実習生……「鳴子 ユウ」では、話にならない。


 そう確信し、説得する相手をリナに切り替える。この子は……気に入らないけど、わたしに似たところがある。あのイジメが始まったときも、助けてこそくれなかったけど、マナカの変化に不信感を抱き、同調してわたしをいじめることはなかった。


『……仮に、そうだったとしても』


 けど。

 こいつも……話が通じない?


『他の皆に謝りもせずに、なぁなぁでやり過ごそうとしてるカナコちゃんを、見逃せるはずないでしょ?』


 おかしい。


『ちゃんと、謝って。みんなに……心の底から』


 こいつらは、おかしい。

 いじめっ子をのさばらせて、わたしばっかり糾弾して。


「やだ、やだよ!だってわたしわるくない!みんなが、わたしのおもいどおりにならないみんなが―――」


 わたしがなにをしたっていうの?

 ただ、両親を殺して……勘ついた周りの人達も全員殺して。

 実の父親を脅して、いじめっ子を一年以上地下に監禁して。

 他の子達から能力とって、その子たち同士でいじめが起きるように仕向けて……その光景をみて、楽しんでいただけ。


 ……たしかに、考えてみればちょっとわるいかもしれない。

 でも全部理由があったの。だから、仕方ないんだって。



 <白紙BLANK因子回収コレクト



「いやだよ……やめ」


 たす、けて。


 吸われていく……わたしが、多賀城 マナカが。

 短い夢が……ずっと抱いていた、「誰かの尊厳を踏みにじって生きていきたい」って願いが―――!


 やめて、わたしのことだけは踏みにじらないで。



 大切な、大切な夢なんだから……わたしだって、みんなと同じように。





「いや、いやぁァァァァァァァァ!?」




 ―――夢を、叶えたかっただけなんだから。


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