chapter4-1-16:魔装少女★誕生


 ◇◇◇




 ―――ああ、言った。言ってしまった。


 ずっと、ずっと我慢してきた。

 昔の友達だから、彼女も実は被害者だったから。

 色々な要因があって、色んな事情があるって……それに気を使って。

 わたしはずっと、自分の心を偽ってきた。


 可哀想、気の毒、仕方ない。

 そんな言葉でもって、彼女や、周りの生徒達の行いを看過して……見ないふりをしてきてしまったのだ。



『……は?今、なんて?』


「いやだって、いったの」



 でも、それも今日まで。


 せんせいがわたしに言ってくれたように、自分の心のままに……好きなことは好きと、嫌なことは嫌といっていきたい。

 自分の意思を、願いを。それが抱けたらとてもいい。


 ―――きっとここが、分水嶺だ。

 彼女を打ち倒し、自分を押し通した時にこそ、わたしはわたしになれる。

 ……そんな気がする。


『あなた、なにを……た、立場分かってるわけ?今さら―――』


 反論が予想外だったのか、カナコちゃんは狼狽えたように吃りながら、わたしを威圧する。

 ……でも、もう欠片も怖くない。



『―――だから、わたしは貴女の言いなりになるのがやだっていったの、ちゃん……!』


 だって、彼女の言動の全ては虚勢だ。


 いじめられっ子が、偶然いじめる側に回れたからと調子にのってはしゃいでるだけで、怖いことなんてなにもないじゃないか。


 ―――だからわたしは告げる。

 彼女の、真名。多賀城 マナカではない、私が知る彼女の本当の名前だ。


『は、はぁ!?だ、誰のことを言って……』



「城前って……誰だっけ?」

「なんか、おんなじクラスだった気も……」


『……な』


 瞬間、周囲の生徒達がざわつき始める。

 わたしが口にした、聞き馴染みのない名前を頭のなかで反芻し、検索しているのだ。

 この一年ほど、きっと誰の話にも上がらなかった名前。


 小学校の頃から知っていた私たちしかはっきりと覚えていることのなかった、哀れな被害者の名前を。


 そして、一人。


「……あっ!」

 一年のときに、わたし達とおなじクラスだった女の子が、それを思い出す。


 そして、無慈悲に告げた。





「あのこだ!めっちゃ暗くてどんくさかったいじめられっ子―――」




『―――黙れェッ!!!』






 閃光が、再び走る。


「うわぁぁぁぁっ!?」


 だがそれは先程とは違い、明後日の方向に向けて放たれて天井を穿つ。

 彼女……城前 カナコの様子は、明らかに平静を欠いている。そのことは、彼女に呼び出された生徒達にも当然伝わる。


「……自白したようなものだね、今の」


 わたしはため息と共に、そう言い放つ。

 まさか、こんな芋づる式にボロを出してくるなんて思わなかった。

 だってカナコちゃんは、この一年間ずっと完璧に「多賀城 マナカ」を演じてきていたのだ。わたしの指摘なんて簡単に突っぱねて、圧でもって生徒達を従わせて襲わせることだって簡単だったはず。


 でも……結局は、カナコちゃんもわたし達とおなじ子供だったのだ。予定が狂えば動揺する、ピンチになれば焦燥に駆られる。

 あれほど天上の存在のように思えた学園の支配者は、今やなんてことのない、ただの女子中学生と化した。そこに威厳もなにもあったものではなくて……苛立ちと共に、ただ叫ぶ。



『うるっ、さいなぁ!根暗女が偉そうに!』


 そんな彼女が、焦りと共に苛立った声でわたしを侮辱する。

 でも、それ自体はわかりきった事実だったから、特に動揺することもなかった。


「うん……そうだね」


 わたしは静かに、口を開く。



「わたしは結局、貴女と同じ。暗くて、どんくさくて、主体性もなくて、ただ流されるだけの人」


『……黙れ』


 結局、わたしとカナコちゃんは同類だ。立場が違えば、わたしもああなってたかもしれないからだ。場合によっては……カナコちゃんのいじめの標的とされていたのなら、恨みを抱いて第三の「多賀城 マナカ」となった可能性だってある。


 ……「自分を救ってくれるヒーローを待ち続ける」。それは自身をヒロインと変身させたカナコちゃんよりも後ろ向きで、内向的で……他力本願さでいったら、むしろ彼女よりも質が悪いくらいだ。


「でも」


 だけど、人に迷惑をかけることはしなかった、と思う。

 その一点だけは、わたしが自分に誇れることで……それ故に、許せない。



 そして、なによりも。


「目の前でわたしを守ってくれた人が倒れてるのに……背を向けて逃げるなんて」


 足元に横たわるせんせいを、わたしは一瞥する。


「っ……う……司波、姫……!」


 せんせいはにわかに、意識を取り戻しているようだった。だが、傷は塞がりきってはいない。動くことは無理だろうし……戦うなんてもっての他。


 だから。


「絶対に、できない!」


 <魔女WITCHCRAFT



 わたしが、戦う。

 戦えない、せんせいの為に……いや違う。


『まさか、あんた―――』


「―――マジカルチェンジ




 ―――目の前の気にくわない女の子を、叩きのめすために。




 ◇◇◇




『―――あぁ』


 黒いオーラが……周囲を包む。

 それはわたしの身体を外界から切り離し、その服を消滅させていく。

 それと同時に腕輪から金色の光が現れて……全身を包み、わたしは宙に浮遊する形となった。


 そして、空間中に同質の光が無数に展開される。暗闇のなかに投影されたそれらはまるで夜空の星のよう。光は順番にわたしの身体へ飛来して……それぞれ、別の形をとっていった。


 靴、タイツ、スカート……そして露出度が微妙に高いデザインのインナー。続けて飛来した光がローブとなり、それはわたしの全身を包みこむ。


 そして最後に飛来した光が帽子の形を取り……手元には腕輪が変形した巨大な杖。


それらを身につけ、杖を大きく振ると……空間は即座に霧散し、体育館内には暴風が吹き荒れた。



『……これが、わたしの』


 全身に、力がみなぎる。

 爆発しそうな程のそれが、自分自身の能力によるものだと気付くのに……そう、時間はかからなかった。

 変身したということは、ヒーロー/ヒロインとなったということ。それはカナコちゃん―――「プリンセス☆マナカ」の因子剥奪の効果を受けなくなったということでもあったのだ。


 だからわたしは、宣言する。

 この手に戻ってきた力……「空想投影」の力から伝わる、自身の名。

 ヒロイン、魔法少女としての……わたしの名を。




『―――魔装少女リトルウィッチ・リナ、参上』



「……は」


 絶句した様子のカナコちゃんは、暫くそのまま呆然としていたが……やがて気を取り直し、元の笑顔を繕う。


『は、ははっ!』


 けれど、その口許はひきつっている。

 明らかに動揺していて、わたしを……目の前の脅威を、恐れていたのだ。


 そして苦し紛れの挑発。


『じめじめリナにお似合いの姿じゃん!わたしの綺麗でかわいい服に比べたら―――』




 ……むかっときた。


 だから、素直に言おうと思う。思えば、彼女の正体を知ったときからずっと言ってあげたかった言葉を。



『それ、その服だけど……』




『マナカちゃんの姿が似合ってるだけで、カナコちゃんには似合わないと思うよ』




『……ハァ!?』



 わたしからそんなことを言われるなんて、思ってもいなかったのだろう。本物のマナカちゃんと同じで、わたしのことを心のなかで見下していたのだ。


 だからこそ、効く。わたしの煽りは。



『あぁ……あぁぁぁぁぁもう!!!!!』


 激昂した様子のカナコちゃんは、絶叫と共にわたしを睨み付けてくる。

 その瞳は、彼女が発していたのと同じピンク色に発光している。

 それはすなわち……因子の過剰増幅。

 学園中の子達から奪い取った膨大なまでの因子を、あのステッキで更に増幅。

 そしてその上で―――制御を、やめたのだ。


『ほんと鬱陶しい!だからアンタきらいなの!いっつも暗い顔して俯いて……大人しい振りして!』


 ―――瞬間。

 彼女の背後から、無数の光が放たれる。

 数多の線、背後を覆わんとするその高密度の光は、一つ一つがせんせいの腕を貫く威力をもつ必殺の一撃だ。


 ……怖い。


 あれほどの力、もしも僅かにでも身体に受けてしまえば、わたしは跡形もなく粉々に消し飛ぶだろう。


 ……でも。


『負け、ない』


 諦めるわけにはいかない。負けるわけにはいかない。

 ただその一心で。


 わたしはその死を振りかざす光雨に対して、手の巨大な杖を振りかざす。ついでその先端から、巨大な魔法陣のようなものが現れて、金色の光の粒子が周囲を満たした。


 ―――二つの光が、衝突する。

 桃色の光線は、わたしの産み出した光に触れると共に……まるで傘に当たった雨のように、四方八方へと弾かれていく。

 それが、自分自身の能力因子であると気付いた時には……マナカちゃんの攻撃は、その全てが霧散していた。


 だが、彼女は諦めはしない。

 魔法のステッキを宙に翳した彼女は、今度はその先端に、桃光の珠を産み出す。

 それは刻一刻と増大し、肥大化。無尽蔵に膨れ上がって、体育館の天井にまで届くと、それを消し飛ばす。


「きゃあ!?」


 それをみた幾人かの生徒達が逃げ出そうとするが……出入り口が、倒壊している。残る出口はマナカちゃんの背後側のみだが、そこにも恐怖で近づけないらしかった。


 このままでは、わたしはよくても周りが怪我をしてしまう。


『でもわかる、私には!アンタはずっと、周りのことを見下して、悦に入ってるんだ!自分は―――』


 それを知らずか、それとも被害のことなど気にしてすらいないのか。

 カナコちゃんはただ、わたしを睨み付けて叫ぶ。

 ぶつけられるのは、侮蔑の言葉。だがそれは、どこか同情的で、同意を、協調を求めるような色を孕んでいた。


『周りとは、違うって!』



 ……正直、否定も出来なかった。



『……そう、かもね』



 いじめをみて、特にアクションを起こすこともせずに見て見ぬふりをして。

 昼休みに学園を抜け出して、廃屋でまとめサイトを漁って悦に入って。

 端からみれば、わたしだって充分にクズだし、最低だ。

 そのことは重々承知しているし、被害にあってた他の子達にそれを指摘されたら、謝るほかないこと。


『でも』


 だけど。

 ただ一つ、反論があるとすれば。


『それを剥き出しにして周りの迷惑をかけるカナコちゃんよりは……たぶん、ずっとマシだよ』



 ―――お前が、言うな。





 わたしが胸に抱いた感想は、ただひとつそれだったのだ。


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