chapter4-1-15:少女覚醒
―――破壊音が、向かう先から響く。
圧倒的な、力と力。わたしのような低級の能力者とは比べ物にならない、「ヒーロー」同士の争いが、そこでは繰り広げられていることは、疑いようもなかった。
……だがそれに構うことなく、わたしは進む。
恐怖は、もちろんあった。マナカちゃんの本性を知ってしまうこと、カナコちゃんの真実を知ってしまうこと。
でも―――わからないままで、なぁなぁにして逃げたら、さっきまでのわたしとおなじだ。
そう思うと、自然と足も逸る。
たとえ自分の命が危険に晒されるのだとしても……それでも。
事の善悪は、あくまでも自分自身の意思で判断したい。そう誓ったのだから。
―――廊下には他の生徒達が、どよめきたって立ち尽くしている。
誰もがその事件に巻き込まれることを恐れ、ただ呆然としているばかりだ。そんな人垣を掻い潜るように……わたしは、ただ走り続けた。
やがていくつかの階段を降り……地上より1階層掘り下げられた区画にある、学園の体育館へと入る。
先程まで音が響いていたのはここだ。
だがしかし、わたしが到着するころには、その様子は様変わりしていた。
そこには既に煙があがっているが……もはや、破壊音はしなかったのである。
もう二人は居ないのか、それとも。
そんな不安と共に、わたしはその扉を開き……その中へと足を踏み入れる。
―――そして内部に入ったわたしが、見たものは。
「……あ、あ!」
『う……ぁ…………」
―――光で出来た杭のようなもので、壁に張りつけにされたせんせいの姿。
手足にはぽっかりと穴が開いているようで、その隙間からは大量の血が流れている。頭からも、手足からも。五体の全てから血を溢し、息絶え絶えの状態のせんせいが、そこにいたのだ。
……その姿はわたしの朧気な記憶の中の、死に際の両親と被るようで思わず、息がつまる。
城前家で目にした腐乱死体は、特に心を動かすこともなかったというのに、なぜか。
だが、そんなわたしの反応とは対照的な声も響く。それは陽気で、場違いで、愉悦に染め上げられた少女の声色。
『変身解除☆これにてマナカちゃんの勝利ってことで!』
―――そこに居たのは、「魔法少女プリンセス☆マナカ」。
多賀城 マナカにいじめられたカナコちゃんが、「
その姿こそ、彼女自身の怒りの象徴なのだと、わたしは思った。
いじめの被害者が新たないじめを産み……そして今、無関係な人すらも傷つけている。そのことはとても、看過できるものではない。
―――だが、今は。
「せんせい!起きて……せんせい!」
わたしはそれに構わず、血を流すせんせいのもとへと駆け寄る。
その足元の影には……彼が変身に使っていた機械と、いくつかの記憶触媒が転げ落ちている。
再三の声かけにもせんせいは目を覚ます気配もなく、その瞳を閉じたまま。そんな彼へと必死に声をかけるわたしへ……背後から、嘲笑があがる。
『アハッ!あぁ、そういえばアンタがいたんだった☆でも残念だったね、頼みの綱のせんせーはもうすぐ死んじゃうよ!』
瞬間。
光の杭が消滅し、せんせいの身体が地面へと落下する。
わたしはどうにかそれを受け止めようとするが……男性の重みに耐えられるはずもなく、共に地面へと倒れてしまった。
『あーあ、ちゃんと受け止めないと☆せんせい怪我しちゃうよ?』
『……もうしてるけど!』
嘲るカナコちゃんは、随分と上機嫌な様子だ。
……長らくこの学園で悠々自適な暮らしをしてきた彼女にとって、自分と同等に渡り合いかねないヒーローとの戦いは、片手間では済ませられない仕事だったはず。
だが、ついに相手―――「リヴェンジャー」は、その変身を解くに至った。そのことは彼女の圧倒的な勝利と共に、今後の平穏をも保証する、重大な出来事であったといえるだろう。
だからこその、上機嫌だ。もう、カナコちゃんを邪魔するものは殆どいない。わたしと……そして、事の真相を唯一知る本物のマナカちゃんだけ。
『はーあ、変な記憶触媒使わなければ、もう少し生きられたかもなのにね?』
上機嫌なカナコちゃんは、口が軽くなったのかそんなことを話す。
……変な
カナコちゃんが口にしたそれがどのようなものなのか、戦いを見られなかったわたしには想像もつかないけれど……その結果として、せんせいは彼女に敗れてしまったようだ。
血を流し、その頭を地面に押し付ける形で倒れている彼。
わたしはそれを介抱しようとしたが……そこで、あることに気付いた。
(傷が……)
そう、ユウせんせいの手足に開いた傷と、それ以外の箇所の擦り傷。
その全てが緩やかに……だが、確実に塞がりはじめていたのだ。
(これが、ヒーローの―――)
ヒーローの、ヒーローたる由縁。
能力因子による人間離れしたその超人性。それがせんせいの場合……全身の強化、すなわち身体の治癒能力にまで作用していたのだ。
そしてそれが働いているということは、せんせいが生きているということ。
彼がいつ目を覚ますかはわからないけれど……時間さえ稼げれば、せんせいはきっと再び立ち上がってくれる。
……だから。
「……カナコちゃん」
『?、なぁに?』
―――わたしが、頑張らなきゃ。
カナコちゃんと話して、時間をかけて。
そして二人の関係がどうして周りを巻き込むような惨事になったかを知らなければならない。
それはきっと、せんせいの為でもあり……わたし自身が「友達」というものの呪縛から脱するための、大事なこと。
「マナカちゃんから聞いたの……学長せんせいの娘だって、本当?」
そんな思いを胸に、わたしは問いかける。
内容は簡単、マナカちゃんが口走ったその関係性についてだ。
彼女がマナカちゃんに伝えたという事実。それが最初のいじめを引き起こし、そしてこの不毛な連鎖の機転となったのだから。
『……』
わたしの問いに対して―――カナコちゃんは珍しく、沈んだ顔を見せる。
それは彼女が未だ、自身の過去に縛られていることをありありと示すようだ。
そして一拍置き、ぽつりと呟く。
『―――うん、正直吐き気がするけど』
それから、カナコちゃんは静かに語りだした。
先程までの残酷な顔はどこへやら、極めて真面目で……深刻な顔で。
自身の身の上……彼女と、多賀城家の関係を語り始めた。
『わたしのお母さん、あの学長と不倫しててさ?そこで出来たのが私ってわけ。……そのことを、両親はずっと言ってきてさ』
『「あいつの娘に、自分が姉妹だって伝えて父親と話をつけろ」、「慰謝料を確保してこい、育ててやった恩を返せ」ってさ?あの頃は私もいいなりになるしかなくて……言うとおりにして、マナカにそのことを伝えたわけ』
それは……それは、素直に気の毒だと思った。
実の両親にそんなことを言われても、小さな頃の彼女になにが出来たというのか。
その口振りから、半ば脅しのような命令であったことは想像に難くない。そして、彼女は……多賀城 マナカへと、それを打ち明けた。
だが……それに対しマナカちゃんが取ったのは、過剰な報復。カナコちゃんが言った言葉を取り入る為の嘘と断じ、自分と家族を害す敵であると吹聴して叩き潰そうとした。
それは「多賀城 マナカ」自身の本性で……わたしも含め、友達などとは端から思ってもいなかったのだろう。
『―――そしたら、次の日からイジメ開始!しかも他の子達まで手のひらを返すみたいにマナカの味方で、わたしの味方は一人もいなかったんだ』
そう、あれは中学入学直後。
突如として始まった友人同士のいじめを前に、わたしは……動揺し、そして関わることを恐れた。
結果として、わたしはイジメを開始したマナカちゃんから離れ疎遠となり、やがていつの間にか、カナコちゃんは「多賀城 マナカ」と刷り変わっていたのだ。
……きっと、彼女が両親を殺害したのもこの時期にちがいない。城前邸で起きた殺戮事件は、彼女自身が引き起こしたものなのである。
そして彼女は、手元の杖からなにかを引き抜く。
そしてそれが記憶触媒であると、わたしが気付いた瞬間……彼女の身体は、閃光に包まれる。
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『だから、これを手にいれたの」
声と共に、彼女がゆっくりと大地に降り立つ。
その服装は小綺麗なもののまま。しかしその髪、その瞳。その姿は……わたしが知っていた姿から少し成長しているようだが、間違いなく「城前 カナコ」ちゃんそのものへと変貌を遂げていた。
「全員に、仕返しをするために。わたしをいじめた連中と、おとーさんに復讐するためにね?」
そういうと、
「……でも、関係ないひとまで巻き込むことはないんじゃ」
「関係、ない?」
「―――あるよ、大有り!だって……私を助けてくれなかったんだもの!」
「知らないとか、助けられないとか、私には関係ない!私が助けてっていった時に助けなかった連中なんて、私を見捨てたのと同義なの!」
「マナカも、おとーさんも、学園の皆も街の人たちもヒーロー共も、あんたも……みんな、みんな嫌い!」
畳み掛けられた罵声。
そして彼女が翳すのは……彼女自身を象徴する、内なる力が凝縮された鉄の器。
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「―――だから、そんな連中を制裁するの。それって、間違いなく正義じゃない?だから……』
彼女はふと、笑顔を浮かべ。
それを手にした変身機に、そのまま装填する。
「
<
―――瞬間。
彼女の身体を再び光が包み、その姿を別のものへと置換していく。
フリルのついたファンシーな衣装。変身機は変形を遂げ、如何にも魔法少女然としたステッキへと姿を変えた。
―――再度、変身したのだ。
『わたしは「英雄達」幹部……四天が一人「魔法少女プリンセス☆マナカ」として、それを全うするってわけ!』
自身を偽るためのものでなく、相手を貶めるためだけの姿。多賀城 マナカの擬態である、自身のヒロインとしての姿へと。
『そしてあの女に思い知らせるの!能力も、実力も、全部全部!あの女がやれることのすべてを、私が凌駕してるってこと!そしたら―――』
そしてその口で、語る。
過去の自分の姿を上書いた少女、多賀城 マナカが如何に、自身より劣っているのかを。
『あの見下したような面を、本気の絶望に突き落とせる!』
……そう、高らかに空へと、目標宣言するカナコちゃん―――「魔法少女プリンセス☆マナカ」。
その様子にはもはや正気はなく、衝動のままに行動していることが窺える。もし僅かにでも機嫌を損ねれば即座にその命を奪われかねないと思うほどに、だ。
そして彼女は手に出現した杖を地面に突き立て、その足元に能力因子でできた魔方陣を展開する。
『さ、みんなおいで☆』
その声と共に。
無数の人影が、その魔方陣の中から出現する。
それらは一様に、見慣れた学生服に身を包んでいる少女達。
……彼女らはマナカちゃんの側近の子だ。彼女への忠誠の見返りに、限定的に能力を返してもらって他の子達を虐げた人達。
彼女らはカナコちゃんが奪った能力によって、元いた場所から強制的にここに呼ばれているのだろう。
「マナカちゃん、来たよ!」
「マ、マナカちゃんの為なら、わたしたちなんでも!」
だが、誰一人としてそれを喜んでた様子はなかった。表面上はノリノリな振りをしていても、その目にはいつも恐怖の色が浮かぶ。
しかも事前の連絡もなしに、急にボロボロの体育館に呼ばれたのだ。廊下で巻き込まれまいとしていた子もいるようだし、その迷惑は計り知れない。
この学園で巻き起こった騒動は……被害者、加害者。その誰しもが、多賀城 マナカの名を騙るカナコちゃんの被害者といえた。そして、彼女自身も、間違いなく被害者のひとりだ。
……けれど、これは。
『おーけーおーけー☆それじゃ……』
カナコちゃんは目の前で媚びる子達を満足げに見渡すと、その指を差し向ける。
まるで猟師が、猟犬に獲物を示すように。わたしのもとへと。
そして……、
『―――そこの志波姫リナちゃん、ぼこぼこにしちゃって?裸にひんむいて、写真とかSNSに流しちゃってもいいから☆』
「……!」
信じられない、ことを命令する。
国中に向けて、わたしを辱しめようとするのか、カナコちゃんは。
そんなことをされたら、これからどうやって生きていけばいいのか……あり得ない、許されるはずがない。
そんなこと、想像しただけでおぞましい。どうして、そんな発想を平気で。
「え、そんな、なにもそこまで……」
そのうち、彼女の取り巻きのうちの一人が呟く。
続いてざわざわと、側近の子達の動揺の声。今までは学校内で済んでいた話が、急に社会を利用した制裁に変わったのだから当然だ。
下手をすれば、彼女たちも加害者として巻き込まれることになる。多賀城 マナカがいかに権力をもっていたとしても、学園外に波及することまで揉み消せるとは到底思えなかったのだろう。
『は?』
―――だが。
その反応は彼女の逆鱗に触れた。
『なに意見してんの、この「多賀城 マナカ」に向かって?』
真顔で、向き直るカナコちゃん。
その眉間に皺など微塵もなく、いつもの彼女の美麗な顔があるばかり。だが……そこからは明確な怒りと殺意が発されていて、そこにいた皆は一様にその危険性を悟る。。
そうして、彼女が杖を微動だせず、指をピクリとだけ動かした瞬間。
「……あ、あ?」
―――光が、走った。
ついで少女の呻き声。そして……制服の袖にはぽっかりと穴が開き、そこから赤い染みが広がる。
「腕、血、ちが……」
誰もが、恐怖にその顔を歪めた。
撃たれた少女はもはや失神状態。そのまま叫び声すらあげずに、その場に崩れ落ちて動かなくなる。
『次は心臓いくから、死にたくなかったらわたしの言うこと聞いてね☆』
―――それは、決してお願いなどではなく。
その脅迫に、十代の無力な少女達は……従うしか、なかった。
「……リナ、ちゃん」
少女らは口々に、蒼白な顔でわたしへと告げる。
「その、恨みは、ないんだけどさ……」
「ごめんね、ごめん……」
ごめん、と謝りながら、ゆっくりと近づいてくる生徒達。
……彼等に、かけられる言葉はない。
わたしは黙ったまま、地面を見つめているばかりだ。その視線の先の物体を、ただ。
そんなわたしの様子をみて、抵抗を諦めたと思ったのだろう。
無様なわたしを馬鹿にしたように、カナコちゃんは空中に光で作られた椅子にふんぞりかえり、足を組んで愉しげに吐き捨てる。
しかし……、
『じゃ、リナちゃんも覚悟決めてね?ま、頼りのせんせいもおやすみ中だし、主体性のないリナちゃんには何もできないと思うけど―――』
―――それが、あんまりにも不快で。
「いやだ」
『……は?』
わたしは気が付くと、素直に自身の気持ちを表明していた。
そして手元には、せんせいの持っていた絵柄もなにも描かれていない記憶触媒と、黒い腕輪。
わたしは……それを手に立ち上がり、カナコちゃんに向きなおって―――、
「いやだって、いったの」
―――その腕輪を、自身の腕に取り付けたのであった。
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