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chapter4-1-14:夢であって、ほしくて


 ◇◇◇


 せんせいたちが地上で死闘が繰り広げている、丁度その最中。

 暗い暗い地の底、学園下の地下牢獄では、二人の少女が対峙していた。


 ―――志波姫リナと、多賀城マナカ。


 本物のマナカちゃんと出会うのは、実に2年ぶり。

 それ故に……話をするにも、ある種の緊張感が産まれていた。


 だが、聞かねばならなかった。

 彼女が、城前 カナコが語った言葉の、その真偽を。

 だがそう思案し、話そうとした瞬間……先に口を開いたのは、マナカのほうだった。


「―――リナ、ここを開けて?早く逃げなきゃ、またアイツがわたしを……!」


 必死の形相で、そう訴えるマナカ。その様子から、彼女がこの二年で受けた仕打ちが余程手酷いものであったことが窺える。

 ……だが、そうなるにも理由があったはず。


「ねぇ、マナカちゃん。カナコちゃんが言ってたことって、本当だったの?」


 ただお互いが理由もなく、こんな蛮行に手を染めるなどとは考えられなかったのだ。だからその真実を聞きたくて……わたしは、マナカちゃんへと問いを投げた。


「え?あぁ……いや!そんなことよりもここを開けてよ!このままじゃ二人とも殺されちゃうよ、リナ!」


 マナカちゃんは焦っているようで、わたしに牢獄の外へ出すように懇願してくる。

 ……だが。


「……マナカちゃん」


 ―――彼女がなにかを隠そうとしている。

 そんな直感が……わたしのなかに走った。

 理由は、言うまでもない。彼女のその顔が、苛立っているときのカナコちゃんの顔に似ていたからだ。

 ただ命の危機を感じている顔でない、「いらないことに踏み込むな」と言わんばかりの声色。


 だからわたしは……それに臆すことなく。


「―――答えて、どうして……急にカナコちゃんをいじめたの?」


 聞かなければならないことを、聞いた。


 それに対して……マナカちゃんは押し黙る。

 ……ついに、聞ける。

 どうして彼女がカナコちゃんをいじめ始めたのかが。わたしにもあんなに優しくしてくれた、親友だった頃のマナカちゃんが……どうして、変わってしまったのか。


「……あの子が」


 自身が苛めていたカナコちゃんの姿で、多賀城 マナカちゃんはついに口を開く。


 ……そして彼女から発された言葉は。




「―――あの子が、「自分もお父さんの子供だ」なんて言い出すから!「血が繋がってるんだから認知して、養育費をよこせ」なんて言い出すのが悪かったの!!!!」


「―――」



 想像以上に、予想外の言葉だった。



 ◇◇◇



 カナコちゃんが言い出したという事実。そして……それに対する、マナカちゃんの激昂。

 そんな突然の話にわたしが呆然とするなかも、マナカちゃんの恨み節は続いていった。



「貧乏人の分際で、うちに取り入ろうなんて……気持ち悪かった!だからイジメたの!別にわたし悪くないでしょう!?」


 そう告げる彼女の顔は……今の彼女の姿を捨てた、カナコちゃん―――「プリンセス☆マナカ」と全く、そっくりだった。

 ……それに気圧されながらも。


「それは、カナコちゃんの言ったことは……本当だったの?」


 わたしは務めて、聞くべきことを聞く。

 カナコちゃんが語ったという衝撃の事実が、果たして本当だったのか。

 本当であれば、学長せんせいがなんらかのアクションを起こす筈だ。……けれどもしそれが真実なら、今頃のうのうと学長などという座にいられていないのではないか。


 ……だが、そんな思案は、マナカちゃんの叫びに撒かれて消える。


「知らない……そんなの、関係ない!わたしの家を滅茶苦茶にしようとしたんだもの、悪いのはあの娘のほうよ!お父さんが浮気なんてする筈ないし、全部、全部!それを逆恨みして、監禁なんて……冗談じゃない!」


 それが事実かどうかなど、マナカちゃんは気にしても、確かめてもいなかった。

 ただ「自分と家に対して不当な要求をしてきた」、それだけを理由にイジメを開始したのだ。

 ……勿論、それ自体は驚くべきことで、彼女からすれば到底容認できることではなかったのだろう。


「―――だいたい、前から嫌いだったのあの子!リナだってわかるでしょう?リナみたいに孤児院産まれとか、そういう特別な事情があるわけでもないのに暗くて、ボソボソって喋って……気味が悪かった!それが珍しくちゃんと喋るもんだから仕方なく取り合ってやったのに、「父親に認知させて養え」?バッカみたい!」


 だが、彼女の攻撃性は常軌を逸していた。

 完膚なきまでに叩き、周りを扇動し、相手を孤立させる。

 それはきっと、カナコちゃんによる申告があってから生まれたではない。彼女がずっと、胸のなかに抱いていたものにちがいないのだ。


 ―――だって、本物のマナカちゃんは……ヒーローでもヒロインでも、なんでもなかったのだから。




「ね?わかるでしょ?カナコはイジメられて当然だったの!……でもわたしは違う!多賀城家の娘で、いずれこの学園を継ぐ私が、こんな目にあっちゃ―――」



「もう、わかった」


 ―――もう、聞きたくなかった。

 そんなマナカちゃんの姿は……見たくなかった。だからわたしはまた、逃げるようにして背を向けて、歩き出す。


「え―――?」


 ……背後から、呆けた声が響く。

 だが、それに構ってはいられなかった。


「わたし、カナコちゃんの所にいってくるよ。だからマナカちゃんはそこで隠れてて?」


 ただ片方の話を聞いただけで、善悪の判断なんてできない。カナコちゃんがマナカちゃんに語った言葉が、本当なのかどうなのか。


 わたしは……それを、確かめなければ。

 決してマナカちゃんの前から逃げるわけじゃない、逃げるわけじゃ―――、



「な、何言って―――こんな牢屋にいるなんてもう沢山なの!出してよ!ねぇ!」


 背後から、マナカちゃんの糾弾が響く。

 でも、それは仕方のないことだ。鍵の開け方も分からないし、結局カナコちゃんのもとには行かねばならない。

 きっと彼女も、今は平静でなくて理解できなくとも、冷静になればわかってくれる、だから。


 ―――だが。


「―――なんの為に!!!孤児院出身のあんたなんかと仲良くしたと思っ―――――」




「あ」



「―――っ!」



 ―――瞬間、背筋が凍る。

 震える手足。本当のことを知りたかった筈なのに……いざ知ってしまったら、後悔しか。




「ち、ちが―――」


「……ごめん、ね、そもそも鍵の場所もわからないし、助けられない。だから、後で」


 ……冷静に。

 沈着に。

 心を動かすことなく、ただ無心に歩く。

 エレベーターのなかへと、逃げ込むように……


 ―――違う!

 逃げる訳じゃない、わたしはただ。


 ……ただ、なんの為に。

 いやきっと、自分を守るために……わたしはその個室に逃げ込んだのだ。



「ねぇ、待って!開けて!出してよ!置いていかないで!今のは、間違―――」




 ―――マナカちゃんが言い終わる前に、扉は閉まる。



 それと同時にエレベーターは無常に駆動を始め、その行き先を学長室の書棚裏へと定める。


 浮き上がるような感覚と共に、上昇する箱。そのなかで―――わたしは、声を殺して、涙を流したいた。



「―――っ、うぅ」


 ―――友達だと、思っていた。

 笑顔でわたしに語りかけてくれたあの頃も、周りの子をいじめたりし始めた頃だって。

 心のどこかでは、あの頃のマナカちゃんがいつか帰ってくると……そんな希望を抱いて、それを為してくれる可能性のあるヒーローの存在に憧れさえした。


 だからこそ、ここ最近のマナカちゃんの行動がカナコちゃんによるなりすましだと聞いたとき、驚きと共に安堵したのだ。

 あの聖人君子のようなマナカちゃんに限って、そんなことをする筈はなかったのだと。なにかの間違いでしかなくて、マナカちゃんはあの頃のままのやさしい彼女だったのだと―――。



 ……けれど、結局。


「―――わた、しに……ともだちなんて、いなかったんだ……」


 それは今更突き付けられた、残酷な真実。


 マナカちゃんもカナコちゃんも、どちらも。

 どちらにとってもわたしは、ただの根暗な引き立て役でしかなく……遅かれ早かれイジメの対象とされる存在だったのか。


 ともだちを自分から作ろうとせず、周りに合わせて、そして避けるようにして暮らしていたわたしには、当然の末路。

 そう思うと……訳もなく、涙が、止まらなかった。


 こんなことなら、本当のことなんて知らなければよかったのかもしれない。

 あの日、ユウせんせいに着いていかなければ。あの日、あの時間に……ビルで黒い英雄に出会わなければ。

 そんな後悔が、消しても消しても、すぐに湧いてでてきて……そして、そんなことを考えてしまう自分に嫌悪感を抱いてしまう。



「……でも」


 ―――だが。


 悪いことばかりではなかった。

 それは今回のことでいい人達にも出会えたからだ。


 その時、涙に濡れるわたしの瞼の裏に浮かんだのは、知り合ったばかりの、でも大事な幾人かの顔。


 ―――ハルカさんの顔。事故の後遺症に苦しみながら、わたしの話し相手になってくれた優しい人。


 ―――シズクちゃんの顔。お調子者でマナカちゃんとおなじイジメっこだけど、どこか憎めない不思議な子。


 ―――そして、ユウせんせいの顔。

 いつもしかめっ面で、何かを抱えていて。黒い仮面を纏い、英雄を狩る英雄としての姿をも持つ男のひと。

 けれどそんなせんせいも、ハルカさんのことを話すときは……優しい、穏和な顔をしていた。


 みんな、それぞれやれることをして、戦った。

 ハルカさんは自身の身体と、シズクちゃんは学長せんせいと、そしてユウせんせいは―――「英雄達」全てと。


 ……ならわたしには、なにができるだろう。誰と戦って、なにを得られるのだろうか。


 いくら考えても、それは分からなかったけれど……でも、行かなきゃいけない場所は、なんとなく分かってきた。



「―――せんせいと、カナコちゃんのところへ」


 ……もう、逃げていてはダメだ。

 せんせいがわたしを助けに。自分を颯爽と助けに来てくれたあの日のように。わたしになにが出来るわけでもないとしても、それでも。


 マナカちゃんに告げた通りに、カナコちゃんのもとへと向かう。それがきっと……わたしに課せられた、大事なことだ。


 そんな決意を抱くとともに、エレベーターの扉が開く。そこには学長室が広がるが……その中心部の床には、地下からせんせい達が飛び出したのであろう大穴が空いている。


「―――!」


 そして感じたのは大きな震動と、衝撃音。

 それに驚き、学長室の窓辺に駆け寄り外の様子をうかがった。

 見ると、学校の体育館から煙が上がっている。


 ……きっと二人はあそこに。



「……!」



 ―――瞬間、わたしは走りだした。

 数多の生徒達が、事態も分からずに混乱する廊下を、一直線に。

 冷静に考えれば、真っ直ぐ学校から逃げるべきだったのだろうけれど……それは、できなかった。


 非力なわたしでは、みんなと同じように上手くやることはできないだろうけれど……それでも。


「―――それでも、逃げるよりは、きっと」



 そう唱えて―――わたしは、初めて自分の心のまま、自分のために……他人のもとへと一目散に駆け出したのであった。

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