chapter4-1-12:しんじつ
◇◇◇
学校を後にしたわたしは、ハルカさんに入院している病院……「センダイ第一総合病院」へと向かった。
思えば、あそこは都内有数の超高層、かつ大規模な医療施設。
ハルカさんの治療や入院の費用だってバカになるものじゃないだろう。でも、その費用もせんせいの仕事が、ヒーローを狩ることなのならもしかしたら、賄えるのかもしれない。
その仕事?がどれほどの報酬を約束するのかはわからないけど。それとももしかすると、病院自体がせんせいに協力してる可能性も。
そんなことを思いながら、わたしは慣れたように病院に侵入する。
いつものように、コンプレックスな低い背丈を活かしてナースステーションの死角を縫い、足早にエレベーターへ。
押すのは21階。
ハルカさんが入院している病室のある階だ。
……やがて、「ピンポン」と音がなってエレベーターが到着を知らせる。
それと同時に開いた扉から、わたしは三度病院の21階、その廊下へと降り立った。
(あ、そうだ)
そこでわたしはひとつ思いつき、ある場所へと向かう。
そこは自販機だ。
この間きたときはリンゴジュースを奢ってもらっちゃったから、今度は自分から買って差し入れねば。
そうしてわたしは、なけなしの小遣いで2本リンゴジュースの缶を購入する。
それを懐に仕舞うと、足早に病室へ。
他の患者さんにだって、あまり見られるのはよくないだろう。
もしかすると巡回のお医者さんが来たりするかもしれないし、早く彼女の部屋に向かわなければ。
わたしはそそくさと、もう場所のわかっている彼女の部屋へと向かった。
―――「2108」号室。
名前の書かれていない札のあるこの病室が、ハルカさんの病室だ。
……それにしても、何故名前がないのだろう。
前回までは気にもしていなかったが、改めて見てみると謎である。
ハルカさんの名前が露見すると、なにかまずいことでもあるのだろうか。
そんな仄かな疑問を抱きながらも、わたしは扉を4回ノックする。
「―――あ!リナちゃん!どうぞー!」
すぐに、中のハルカさんの声が上がる。
この合図はわたし達が決めた、秘密の合言葉のようなものだ。
そして「どうぞ」という言葉と共に、部屋のロックが内部から解除される。
わたしはそれを確認すると、ゆっくりと扉を開き彼女に挨拶をした。
「こんにちは、ハルカさん……これ、このあいだのおかえし」
「リンゴジュース!やった!」
心底嬉しげな顔で、わたしの渡した缶ジュースを受け取ってくれるハルカさん。そんなに喜んでくれている様子を見てしまうと、なんだかわたしまで嬉しくなってくるというものだ。
そんなわたしたちの背後で扉がひとりでに閉まり、電子錠の音が響いた。
「これはわたしもなんかお礼をしないとな……!あぁでも、病院は出られないし……」
「いいよ、そんなの……わたしは、わたしがハルカさんにプレゼントしたいって思ったからしたんだもん」
お返しをしたい、と繰り返すハルカさんを窘める。見返りを求めてしたことじゃないし、なによりそんなものが貰える立場じゃないのだ。
わたしは最初、「憧れのヒーローの親族だから」なんて軽薄な理由でハルカさんを探してて、結果的にこうして仲良くなれただけ。
今回だって、ユウせんせいがヒーローだという直感を確かめるために、ここに来たのだから。
……もちろん、ハルカさんと会いたいという想いもまた、はっきりとあったのだけれど。
「ハルカさん、わたし聞きたいことがあって……」
「?」
だからわたしは、端的に切り出すことに決めた。
正直、もはやそのことを探るのは少し躊躇われることでもあったのだけれど。
……もしこのことを聞いてしまったら、ユウせんせいの正体を知ってしまったら。
いいやそれだけじゃない……ユウせんせいのことを詮索したことで、ハルカさんに嫌われてしまったら。
そう思うと、なんだか嫌で―――、
だが、そのとき。
ドアの施錠が、外から解除される。
「……!?」
まずい、誰か来て……!?
わたしは思わず身構えて、しかし動くこともできずにその場に固まってしまう。
「―――おや、ハルカちゃん?そこの子は……」
……現れたのは、一人の白衣姿の男性だった。
彼は眼鏡をくいっとあげると、怪訝そうな顔でわたしを見る。
おそらく、ハルカさんの主治医かなにかなのだろう、この人は。
「あ、先生!この子、リナちゃんっていうんですけど……この間偶然出会って、仲良くしてて!」
ハルカさんは素直に、お医者さんにわたしのことを説明する。
そしてそれは嘘偽りない事実だった。わたしが病院に不法侵入している、という点を除けばだが。
……だが、それを聞いて驚愕に表情を強張らせたのは、医者の男だった。
「そんな、ハルカちゃんが、他の人に……!?」
……彼はわたしでなく、ハルカさんの方をみて信じられないような顔を浮かべる。
一瞬の、静寂。
わたしもどうしようもなくて、微動だにできなかったその時。
「……先生、どうしたんですか?またハルカがなにか―――」
「あ」
一人の、男性がまた病室に足を踏み入れる。
最悪のタイミングである。しかもその姿は……わたしのよく見知った人のものだった。
服装こそ私服だが、間違いなく。昨晩は同じ屋根の下で夜を明かした、わたしの。
「―――お、まえ……」
せんせい。
矢本……否、違う。
―――鳴瀬、ユウ。
鳴瀬ハルカさんの兄にして、黒いヒーロー狩り……『
彼もまたこちらを見て、身を見開く。
正直ここまでタイミングが最悪の方向に噛み合うとは。
そして、そんなときだった。
「……ハルカちゃん、ここに残っていてもらえるかな?そこの子に、少し事情を聞かなきゃならないんだ」
お医者さんは、ハルカさんにそう言ってわたしとユウせんせいを外へと招く。
取り残されたハルカさんは不満げな顔であったが……わたしが頷いた姿をみたことで、一応の納得をしてくれる。
「え、わかりました……でも、リナちゃんを怒ったりしないでね、わたしの友達なんだから!お兄ちゃんも!」
そんな中でせんせいに向けて発された、「お兄ちゃん」という言葉。
……それこそ、わたしの推理を確定させる言葉だったのだ。
◇◇◇
「それで、面会の手続きもとらずに侵入した、と?」
「……はい」
わたしは、せんせいとお医者さんに連れられて別室にやってきた。
ハルカさんだけ病室に残して、だ。
「すみません先生、自分の不手際のせいで大変ご迷惑を……」
せんせいは心底申し訳なさげに、お医者さんへと頭を下げる。
自分が迂闊だったがばっかりにわたしに正体がバレ、病院にも迷惑をかけてしまった―――と。
だがそれは、わたしが勝手に知らべ始めたのがそもそもの原因なのに。
そう言おうとしたが……せんせいの言葉を受けた相手が口にしたのは、予想外の言葉だった。
「いや、むしろ……これは好機かもしれない」
「は?なにを―――」
好機。
そう口にしたお医者さんに、せんせいは困惑しつつ問う。
「彼女の表情と反応、見ましたか?私たちと話しているときよりもよほど、イキイキしているあの顔を」
「……そんな、まさか」
「つまり、最近のハルカさんの容態の安定は、彼女が一因かもしれないということです。事件以降私たち二人にしか反応しなかった彼女が、ナース達にも少しずつ心を開き始めたというのも、納得がいく」
二人の会話は、わたしからすれば信じがたいものだった。
ハルカさんが、人に心を開かない。
そんな様子は……一度たりともなかった、気がする。わたしが初対面のときにも、転倒した相手を気遣う優しささえ見せてくれた彼女が?
確かに、「自分が自分なのか、わからなくなるときがある」ともハルカさんは話していた。
けれどもまさか、わたしと話しているあの姿自体が、珍しい「たまに」のタイミングの方だったなんて。
「……」
ユウせんせいは思わず黙りこむ。
恐らくはこの人からしても、ハルカさんは塞ぎ来んでいるような機会のほうが多かったのだろう。
「しかし、です」
お医者さんはそう続けると、画面にハルカさんの部屋の映像を映し出す。
監視、カメラだろうか。
簡素な家具と、ベッド。そしてその上には、ハルカさんが腰掛けている。
極めて普通な、一見して何事もないような光景だ。
だがしかし、そこに映るハルカさんの姿は。
「―――」
……驚くほどに、無表情だった。
まるで電源が切れたように、人形のように。微動だにもせず、虚空を見つめるその姿。
それはまるで、過去の自分を見ているようで……わたしは思わず、口を覆う。
その姿を一瞥すると……お医者さんは再び、ユウせんせいへと言葉をかけた。
「あの「大量破壊事件」からずっと、彼女はずっと苦しんできた。それを救える糸口があるならば、彼女に協力を扇ぐのも一つの選択肢だと私は考えます」
……大量、破壊。
「あ、あの!」
そこまできて、わたしはようやく口を挟む。
「その、ハルカさんって事故でご両親を亡くされたって……大量破壊事件って、いったい……」
そう、調べた限りでもあの日の出来事は徹頭徹尾「ガス爆発事故」として処理されていた。
ニュースも警察の発表も、ネットの話題でさえ。
それを「大量破壊事件」だなんて表現している場所は、どこにだってなかったのだ。あのクニミニュースですら、そこまで直接的には。
「……リナちゃん、それは―――」
お医者さんは、「しまった」とばかりに狼狽える。
……あの日、わたしが『
その同じ日に起きた爆発事故が、もしも人為的な事件なのだとしたら。
だとしたら……あの日、わたしが目撃したのは一人の男性が、復讐鬼に変貌するその瞬間で。
リナさんとユウせんせいの、その家族や知り合いが、皆殺しにされた―――、
「―――先生、その説明は俺からします。志波姫、着いてきてくれ」
……わたしの脳内での邪推は、ユウせんせいの言葉に遮られた。
着いてきて。そう告げた彼はそそくさと、リナさんの主治医らしきお医者さんの私室を去る。
それを見送るお医者さんの顔は、気の毒そうな、気遣うような。そんな曖昧なものだったのが、わたしの脳裏に焼き付いていた。
◇◇◇
高層のビルが如き高さを誇る病院の、その屋上。
そこでわたしは……他に誰もいないその空間で、真実を知らされた。
「そんな、まさか―――」
街中でヒーローに目をつけられ、無理難題を叩きつけられ、それをなんとか達成するも無惨に家を焼き払われたこと。
そこで家族や隣人を皆殺しにされ……リナさんも、そのせいで身体や精神に深い傷を受けてしまったこと。
そして……そんなリナさんを守る為に、ヒーローを狩るヒーロー―――『リヴェンジャー』となったこと。
その全てがわたしの推論に近いもので、それでいて……想像以上に、壮絶なものだった。
「あぁ、そうだ。俺達の両親は、あのガス爆発事故……ってことにされてる、ヒーローの起こした破壊活動で命を落とした。両親もそいつに家ごと消されて、ハルカは……なんとか生き延びて、それで今この病院にいる」
そう語るユウせんせいの語り口に、もはや感慨も感情も、ありはしなかった。ただ淡々と、過去の出来事としてわたしへと語り続ける。
……きっと、本人のなかで割りきってしまっているのだ。
辛い経験で心が摩り切れてしまって、最早何があろうとそれが動くことは。
……そんな経験が、自分にもあったから。
だからわたしはその話を、ただ聞いていた。
ユウせんせいは病院屋上の手摺を掴んで、空を仰ぐ。
たぶん、本当ならわたしに話すつもりもなかったことなんだろう。
いやそれどころか、人にそれを説明する機会自体も初めてかも。ユウせんせいの性格からして、身の上話を自分からするタイプではないだろう。
わたしにこうして話してくれているのも、リナさんのことがあったからというだけ。
妹を守るためなら、どんなことでもする。
そんな彼の、せんせいの信念のようなものが会話から伺えた気がして……だから。
「―――じゃあヒーローと戦っているのも、ハルカさんのため、なんですね」
わたしは単刀直入に、胸に抱いていた推理を口にする。
それを聞いた瞬間、ユウせんせいの目は見開かれ……そしてふとため息をつくと、わたしに向き直る。
「……まぁ気付いてるよな、そりゃあ」
「タイミングが、良すぎたから……」
あまりに決定的だったのは、カナコちゃんの家へ侵入したときのあの救援だった。
せんせいとシズクちゃん、二人とはぐれた瞬間に『リヴェンジャー』が現れ、ヒーローを圧倒する。そんなことがそうタイミング良く起こるなんて、あり得ないことで。
「―――そうだ、俺がヒーロー狩り……『リヴェンジャー』、だ」
ユウせんせいは観念した、とばかりにわたしに真実を口にしてくれる。
自分自身が、体制に立ち向かう戦士なのだと。妹の為に命を張る、復讐鬼なのだ……と。
だが、そこからの話は初耳のものだった。
「あの学校の運営に『
わたしたちの学校の運営に、『
そんな話を今まで聞いたことすらなかったわたしは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてしまう。
ヒーロー……『
けど……そのどちらもが、想像以上に身近に潜んでいたなんて。
「そして……マナカのいじめもそうだな。能力因子の回収も俺の目的だ」
だが。
マナカちゃんの名前がでた瞬間に、その驚愕は納得へと変わる。
彼女が『
そこまで理解したわたしは、改めて考える。
つまり、せんせいがあの学校にきたのは『
つまりは、せんせいに協力しているわたしたちは……確かに、善行をしているということ。
「あの、じゃあ、今学園で起きているあのいじめが解決すれば、せんせいやハルカさんのためにも、みんなのためにもなる?」
そう、誰かのためになる。
こんなわたしでも、誰かの為になることを出来るのなら。
こんな、無価値な。
「……ならわたし、せんせいに協力する、みんなのためにも、ハルカさんのためにも」
「……ありがとう」
せんせいはわたしの申し出に、曖昧な表情で返事をする。
……その顔にはどこか、疑問をもっているような色があった。そしてそれを、彼はすぐに口にする。
「そういって貰えるのは、素直にありがたい。……でも、ひとつ忠告がある」
忠告。
そう宣言してから発された言葉は、確かに。
「「皆のために」とか「人のために」、みたいな考え方で戦うのは、やめたほうがいい、少なくとも、社会的に大多数な正義と戦うならな。だから……」
「戦うなら「自分のために」、だ 」
―――わたしのなかに、確かに息づく。
自分の、為に。
そんなこと……今まで一度だって、考えたことはなかった。
わたしにはしたいことなんてなかったし、ただ流されるままに生きてきた。両親が死んだあの日……いや、きっともっと前から。
周りの求めるままに、周りに合わせて。ただ波風が立たないようにと、努めて。
でも……そのなかで始めて、自発的に興味を抱いたわたしのヒーローこそが、せんせいだった。
そんな彼が、わたしに「自分の為に戦え」と告げている。
それはわたしにとっては、大きなことで……でも、自分の為に戦う理由は見つからなくて。
「……
せんせいはそう言って、わたしに目線を合わせてくれる。
「そのときに心が揺れて使えなくなると、大変困る。……だから、考えてみてくれ」
「お前が……いや、キミ自身が、なにをしたいのかを」
(わたしが、したいこと……)
自分のしたいこと。
……けれど、それは分からなかった。考えたこともなくて……むしろ、考えないようにしていたことだったからだ。
けど、彼がそう言ってくれるなら。わたしにもそれが許される?
おめおめと生き残ってみんなに迷惑をかけたわたしにも、わがままを言う自由が、あるというなら。
―――結局のところ、わたしは今まで以上に思い悩むことになったのであった。
しかし、だ。
その前に……せんせいに告げるべき大事なことがある。
「……その、したいことは思い付かないんだけど、伝えたいことが……」
「ん、なんだ」
わたしは恐る恐ると切り出す。
それはつい数日前に盗み聞いた、マナカちゃん達の秘密の会談のことである。
「……学長室に、「
「な……」
それを聞いたユウせんせいは、思わず面食らったようにして驚く。
せんせいからすれば、それは目的と推理に完璧に合致する話。そしてわたしは……加えて自分の考えを口にする。
「もしかしたらその捕まってる子って、あの城前ちゃんなんじゃないかって……」
マナカちゃんはあの日、確かに言っていた。
―――なんなら、外の警察にでもリークする?学長室から直通の地下に、虐待された女の子がいるって?
校長室の地下に、虐待された女の子。
状況からしてそれはきっと……家からその姿を消した、カナコちゃんではないか。
そしてその後の校長の反応からしても、事実であることがわかる。となれば……。
「……わかった」
せんせいは頷き、立ち上がる。
その顔は、決意を決めた男のものだった。
つまり……ついに、この事件に決着を着けようという合図。
「なら明日、仕掛けよう。
そう告げて、ユウせんせいは病院のなかへと向かう。
わたしもそれに着いていって……これからの準備を手伝うことにした。
―――こうしてわたしたちは、最後の決着を着けるための決戦に、赴くこととなったのであった。
その先にある結果も、真実も、自分のしたいことも。
まだ分かりはしなかったけど……それでも。
何かがあると、そう信じて。
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