chapter4-1-11:「ユウ」

 ◇◇◇




 ……わたしは、夢をみた。



 そこは、地獄だった。


 突然横から全速力で突っ込んできた自動車に、わたし達の乗っていた車は為す術もなく引き裂かれて。

 後部座席に乗っていたわたしは、身体に切り傷こそ受けたものの、どうにかその意識を保っていた。


 ―――あぁ、覚えている。

 何度忘れようとしても、忘れられなかった光景。


 父と母。


 大切な二人が、ドアの破片や相手の車両の部品で、グチャグチャに潰されたその姿。

 それはわたしの脳裏に、今でも焼き付いてる。

 心の原風景ともいえる、今のわたしの始まった場所。



 その後孤児院にいってからも、その記憶は常に胸中にこびりついていた。

 ……もしも誰かと仲良くなったら、また同じようにそれを喪うかもしれない。


 いつからか、そんな風に思い込むようになったわたしは……周りとの関係性を極力絶とうすらするように。


 皆、確かにいい人達だった。むすっとしているばりのわたしに、手を差しのべてくれるほどに。結局それが報われなかったとしても、今度は「よりよい環境を彼女に」、とこのワカバヤシ第一学園にいれるため、必死で手を回してくれた。



 ……その、お陰だ。


『―――へー!あなた、リナっていうんだ!』


 学園の初等部に異例の6年生から転入したわたしには、初めての友達ができた。

 名は……「多賀城 マナカ」。盗み聞いた会話から察するに、相当な金持ちであろう少女。


 ……初めはそんな彼女の明るさを、煩わしくも思った。

 でもいつの間にか、その輪に加えられて、いつの日か笑顔で話すようにすら。



 ―――だったと、いうのに。


 中等部に上がった瞬間に、彼女は人が変わったように攻撃的で、なおかつ苛めを先導するようにすらなった。

 わたしからすれば、その変化は衝撃的だった。あれほど心優しく、受け入れてくれた彼女が、どうして……と。


 そしてその変化をいよいよ決定的に感じた瞬間に、吐き捨てられた言葉。






『―――リナちゃんさ、私にもう話しかけないでね?釣り合いが取れてないんだからさ☆』



 ……それ以降、彼女との付き合いはほとんど喪われた。

 たまに思い出したかのように、ネチネチとした嫌みを言われるくらいで、その他の絡みはほぼゼロ。


 どうして、こんなことになってしまったのか……考えても、答えはでない。


 ―――そんな、悩んでいる最中の出来事だったのだ。


「黒い、ヒーロー……!?」


『お前達が正義だっていうなら―――』


 衝撃的な、鮮烈な邂逅。


『俺は、悪で充分だ』



 ―――黒き復讐者の誕生に、わたしが居合わせたのは。



 ◇◇◇






『―――リナ」


 近く から、声がする。

 あのヒーローの声だ。黒い鎧をきた、「復讐者」の。

 それにしても、エコーが……



「―――リナ、起きろ。そろそろ学園に向かうぞ」


 ―――意識が、徐々にはっきりとしてくる。


「え……」


 目の前にあったのは、黒い仮面じゃなくて、慣れ親しんだせんせい……「矢本 ユウ」の顔。

 そしてそれを見た瞬間に……急速にわたしの目は覚めていった。


 先程までのは……夢か。懐かしい、とても懐かしい夢だった。

 わたしはそう思い起こすと、ソファーから起き上がる。


 見ると、傍らではまだシズクちゃんが眠っていた。

 しかしその寝相は非常に悪く……足はわたしの肩の上に置かれていた。



「お前もいい加減起きろ」


「……ん、ぁいった!?」


 ユウせんせいのデコピンで、ようやく彼女も飛び起きる。

 そこから身支度を整えて、わたし達は学園へと向かうことになったのであった。




 ―――学園の寮までへの道のりには、特筆すべきことはなかった。

 それがかえって不気味なくらいで……わたし達は、なんのお咎めもなく帰宅し、登校を果たしたのである。


 ……今にして思えば、おそらく教師達にも伝わっていたのだろう。

 ユウせんせいが、あの多賀城 マナカにすら一目置かれた存在であると。

 あるいはこの学園を、元の姿に戻してくれる救世主なのではないかという、期待もあったのかもしれない。


 なにはともあれ、そのお陰で今何事もなく学校に戻れたのだから、ありがたい話ではあるのだけれども。


 わたしは授業中、周りの生徒達をみる。

 この学園は今の新都では珍しく、二桁の人数のクラスで授業を行っている。

 うちのクラスには、総勢25名のクラスメイトたちが在籍していた。


 だが……今日の授業では、その半数近くが欠席している。


(また外に遊びにでもいってるのかな)


 こんなことは、日常茶飯事だ。

 彼女の力の前には、教師陣すらも口出しはできない。今の新都では殆どの学校で1クラスの人数を少人数にする施策がとられている。しかしうちは元々はお嬢様校だったからこそ、特例で大人数でのクラス運営が行われていたのだ。


 なのにマナカちゃんの存在が原因で、かつて「英雄達ブレイバーズ」が結成されたときに起きていた集団暴徒化事件のように、強い能力をもつ生徒達だけが徒党を組んで大人達を支配しようとしている。


 そして渦中のマナカちゃん自身が、「英雄達ブレイバーズ」の幹部だというのだから……なんとも、いえない。


(「英雄達ブレイバーズ」って……なんなんだろ)


 思わず、そう思ってしまう。

 あのニュースサイト、「クニミニュース」でも散々記事にされていた「英雄達ブレイバーズ」の起こしている事件の数々。


 それが真実であるならば、マナカちゃんの蛮行も組織には認められていることだというのか。

 そんなことが、許されていいのか。


 ぐるぐると思考がめぐる。


(……あ)


 だがそのなかで、1つのことが思い起こされた。


 病室で出会ったわたしの新たな友達、ハルカさん。彼女とお兄さんが巻き込まれたという事件のことだ。


(もしかしたら……)


 わたしは思い付くやいなや直ぐ様、それを調べた。

 検索ワードは「爆発事故」、「鳴瀬なるせ」……そんなところだ。


 そして。


(―――あった……!でも……)


 1つの事件と、それが起きた日付が検索結果にあがる。


「イズミ区で起きたガス爆発事件の真相を追う」。

 そんな見出しの記事には、確かに記されていた。


 その爆心地にあった家が「鳴瀬」という名字の家であることを。


(あれ、ここって……)


 そこで、わたしは気付く。

 その場所が、わたしが初めて黒いヒーローと邂逅したビル街と程近い場所であること。

 日付が間違いなく、あの日……わたしが彼と出会った日であること。


 そして、被害者の名前が。


「鳴瀬…………!?」


 驚きのあまり、思わず声に出てしまう。

 そのわたしの声に、周りのクラスメイトや先生も怪訝に視線を向けてくるが……すぐに、何事もなかったかのように授業を再開する。


 鳴瀬 ユウと、矢本 ユウ。

 この名前の符号は、決して無関係では。

 今この教室にはユウせんせいはいない。何か理由をつけて、学校内の探索と調査に向かっているのだ。

 もしこの場にせんせいがいたら……もしかしたら、わたしも始末されたりしてしまったのだろうか。


 だが、気付いた真相に蓋をすることはできない。

 わたしは確かな確信と共に、脳内で真実を反芻する。


(やっぱり、せんせいがあのヒーロー……!)


 マナカちゃんのいるこの学園に潜入した謎の人物と、わたし達がカナコちゃんの家に潜入した際のタイミングの良すぎる救援。

 そして鳴瀬邸での事故との符号に……彼自身の、圧倒的な強さ。


 そのすべてが「鳴瀬 ユウが復讐者リヴェンジャーである」という真実へと、わたしを連れていった。

 そしてそれにつれ、もうひとつ。

 ユウせんせいの復讐以外の目的が……なんとなく、理解できた。


(戦ってるのは……ハルカさんの為?)


 ハルカさんの口振りから、ユウせんせいとの兄妹仲は極めて良好に見えた。

 そして……彼女の容態やあの病院の規模からすると、決して医療費が安いだなんて思えはしなかった。


 もしも彼女のために、数多のヒーローと相対する道を選んだのなら。



 だとしたら、その生き様はきっと―――「英雄達ブレイバーズ」などよりも余程に、ヒーローらしいのではないか。



「……行って、みよう」


 わたしは荷物を持ち、教室を出ようとする。

 ……でも誰も、わたしを止めることはしなかった。それが、わたしをユウせんせいの仲間と認識したからこそのことかは分からないけれども。


「せんせい、わたし……体調がわるいので、早退します」


「え、えぇ……その、気をつけてね……?」



 だから、リナちゃん達とは違って。

 わたしはきっちりと、正当な理由をつけてその場を去ることにしたのであった。




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