chapter4-1-2:いじわる




 廃墟を後にしたわたしが向かったのは、当然学園の校舎だった。夏を過ぎても未だ眩しい陽の光は、根暗なわたしの目を眩ます。

 ……まだ時刻は13時を僅かに過ぎたあたりだ、授業へ戻るには余裕がある。


 そんな真昼の校庭を、わたしは静かに、しかし急ぎめに歩いていた。

 だが、その最中でも頭のなかはあのヒーローのことでいっぱいだ。一体どんな人なのか、電話で話していた病院には、いったいなにがあるのか―――そんな益体のない妄想ばっかりが脳内に浮かんでは、消えていく。


 ……こんな気持ち、本当にはじめてだ。

 周りでイジメが起きていても、それをイヤとは思っても止めにいくほどの勇気はなく、しつこく付きまとわれてもさして反応しないで無視し続けた、周りに関心のないわたし。

 それが、まさかヒーローの行動に釘付けになって、ついにはその正体を暴こうとまでしてるなんて―――、


 ―――そんな風に延々と巡らされていた思考。

 だが、そんな考えは次の瞬間に、無惨にも吹き飛ばされた。


「……あ、リナちゃんだ☆」



 ……よく見知った、心底人をバカにした喋り方。

 その甘ったるい声にわたしは振り向くと、消え入りそうな声で挨拶をする。


「―――どうも」


「なーんだ暗いぞー?もーっと元気に挨拶しなきゃ、ワタシみたいな可憐さで☆」


 目の前の明るい金髪の少女は、頬に指を当てながら、いかにも可愛さをアピールしたようなポーズをとる。


 そんな彼女―――「多賀城たがじょうマナカ」の姿をとても直視できなくて、わたしは不意にうつむき、呟いた。


「……わたしにはむりだよ、学校内のカーストも下位だし、マナカちゃんみたいにかわいくないし」


 そんなわたしの表情を覗きこむように、彼女はキョロキョロとしてから、満面の笑みで言い放った。


「―――もー、今日も完璧な受け答え感心しちゃーう☆」


 少し顔をあげ、彼女の顔をみる。

 ……その表情は、まさしく死にかけのネズミをなぶる猫のもの。弱者が萎縮する様に、思わず高揚しているのだ、彼女は。


「でもね、リナちゃんはかわいーと思うよ!わたしの次の……次の次の次くらいには!」


 そうして、マナカちゃんはわたしのことを珍しく褒める。

 でも、それは対して嬉しくなかった。なにせ。


「―――でもその白髪赤目、薄気味悪いからやめたほーがいいよ?ワタシより目立つしー、化け物みたいじゃないー?」


 ……どうせ、こんな嫌みを挟んでくるからだ。


「……ごめんなさい、これうまれつきだから」


 そしてそれを、わたしはいつも通りに受け流す。

 もう、散々に言われ慣れた差別だ。生まれつきわたしは遺伝子疾患をもっていた。


 ―――所謂、アルビノ。


 目は血のように真っ赤で、髪は雪のように真っ白。この世界に対して異質な容姿を綺麗だといってくれた人も何人かいたが、大多数はこの周囲から浮いた存在をみて、忌避感をもって私に接してきた。


 能力を持った子供達のなかにはそれまでにない鮮やかな髪色を持つものも一定数いるが、アルビノはそれとは一切関係のない遺伝上の欠損の表出。

 暦が変わって25年と経った今でも、そんな昔からの異質なものへの忌避感というのはそう簡単に拭い去られるものではなかったのだ。


「あら☆そーなんだ!それはごめんね、マナカったら嫌なこといっちゃった☆」


 ……でもそれは、たぶん仕方ないことなのだ。

 ひとは誰でもきっと、自分とは違うものが受け入れがたいものなのだ。理屈の上では取り繕っていたとしても、その内面までは、わからない。


 ……だからわたしは、実害のないイジメには、抵抗しないことにしたのだ。

 無反応であればあるほど、いじめっこ達はやりがいのようなものを失う。

 怪我をするようなものならまだしも、ちょっとした嫌み程度のものなら、どうとでも受け流せる。


「……じゃ、今月もあんまりイヂメ☆ないであげるね?今後もそんな感じで頑張って☆」


 その先になにがあるか、といえば「いじめの矛先の変更」だ。

 わたしが無反応で、つまらない人間であるとわかるにつれて、その矛先は別のカースト下位の生徒へと向かっていった。


 ……本当はそんなの、いやだ。


 自分がこんな卑怯な逃げ方をしたせいで、ほかの誰かがひどい目にあう。

 でも平穏に学園生活を送るには、そうして押し黙り、のらりくらりと逃れるしかなくって。

 ……結局わたしは、自分で行動することすらせずにのうのうと、安穏と、つまらない学生生活を送る。


「……」


 でも、もし。

 こんな膠着状態のなかに、なにか新しい光が。


 ―――そう例えば、あの黒鎧のヒーローが来てくれたなら、もしかしたら。


「はぁ……」


 そんな益体のない妄想ばかりが膨らむなか、わたしは嫌々と教室に入っていった。


 ―――あぁ、今日も虚無の時間がはじまる……。




 ◇◇◇



「やめ、やめて……」


 教室に入ってしばらくすると、マナカちゃんがまた、嫌がる誰かに対してなにかを強要し始めた。


「えーなんでー?ワタシ、貴女をかわいーく、してあげようとしてるんだよ?」


 どうやら、強引にメイクをさせようとしているらしい。

 その子本人は嫌がっていたが、マナカちゃんの取り巻きに手足を抑えられ、抵抗するも押さえ付けられている。


 ―――この教室では、これは日常の光景だ。


 急に髪を染めさせられる、買い出しにいかされる、教師に媚び答案の答えを手に入れてこさせる。


 それはマナカちゃんがいつも、取り巻きに命じて皆にやらせていることだ。

 とはいえ、取り巻きの彼女らもいつも安全で、加害者というわけではない。

 マナカちゃんの不意の思い付きで、取り巻きの彼女たちがその矛先となることはよくある話だし、反抗して返り討ちにあい、カースト下位に逆戻りした子だっていた。


 誰もが、同じ立場なのだ。

 いじめっこ、いじめられっこ……そのどちらもが、次の日には逆の立場にだってなりえる。


 ―――それがこの学校、「ワカバヤシ第一学園」なのだ。



「……」


 ……そんな彼女たちの様子を、わたしは今までのことを思い起こしながら見ていた。

 止めるでもなく、ただ、怪訝な目で。


「んー、リナちゃんどうしたの、その目!」


 そしてそれに、マナカちゃんが気付く。

 ……しまった、目をつけられてしまうと面倒だ。


「……紅いのは生まれつき」


「そーじゃなくて!……反抗的な顔してたよね、さっき?」


 いつもの通りにのらりくらりと逃れようとするが、それも彼女の追求により不可能となる。

 ……しまった、朝のやり取りがなければ上手く避けられたかもしれなかったのに。


「別に……そんなことないよ。顔つきは……ちょっと、体調がわるかったからそう見えたんだと思う」


 わたしは誠心誠意、表情で彼女に訴える。

 実際、朝から気分が悪いのはほんとうだ。その原因は間違いなく彼女の蛮行だが。


「……うーん、わたしの勘違いかな?」


 特にうそは言っていないわたしの言葉に、マナカちゃんは天を仰ぎながら、指を口元あて考えるようなそぶりをする。


 その動作のいちいちがぶりっ子全開な彼女は、ひとしきり考え込むと納得したように頷き、言い放った。


「ま、いっか!もしもワタシの邪魔をしたりしたら、次のイヂメ対象はリナちゃんだから。……気を付けて、ね☆」


「……」


 ……そうして、学校でのひと悶着は一応の解決をみたのであった。



 ◇◇◇



 その後のことは、語るまでもない。

 ただ目をつけられないように気をつけて授業を受け、チャイムがなると同時に下校をした。

 イジメには不快感を抱くものの、止めるちからは自分にはない。そんな無力で、そして無気力なわたしはその光景を、ただ見ていることしかできなかった。


「もしも、あのヒーローが来てくれたら……」



 もし彼がこの学校にきたなら、あの子をこらしめてくれるだろうか。

 そんなひどく他力本願な考えが、ふと頭のなかに浮かんだ。


 わたしはちいさい頃から感情を出すのが下手で、ずいぶんと困ってきた。でも、ないわけではないのだ。

 目の前でいじめが起きていればいやな気分になるし、きつい言葉をぶつけられたらかなしくなる。それが表に出ていかないだけで、モヤモヤはどんどんとわたしの中に溜まっていって、発散することもできず。

 だからそれがイヤで、あの廃墟にいっているのだ。


(……でも来てくれたとしても、マナカちゃんを倒すなんて)


 そんな思いが、一瞬よぎる。

 マナカちゃんはとてもつよいし、取り巻きの子だっている。

 昔はいじめなんてする子じゃなかったのに、気付けばあんな、ひどいことに。


 ……そんな彼女を、果たして彼が来てくれたとしても止められるのだろうか。

 あの自らを「英雄達ブレイバーズ」の幹部だと公言して憚らない、多賀城マナカという女の子に。


「……そうだ」




 そこでわたしは、あることを思い出した。

 偶然聞き取った、あまりにも重要な情報。そしてそれは、先程までしていたつまらない妄想を、もしかしたら現実にできるかもしれないもので―――、


「病院の、21階……!」


 ―――気づいてしまっては、もう手遅れ。


 だからわたしは向かったのだ。

 彼が……ヒーローが残した、その痕跡を辿るために。

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