chapter4-1-3:鳴瀬ハルカの邂逅



 ◇◇◇


 廃墟の屋上で黒いヒーローを目撃してから、早数日。

 わたし―――志波姫しわひめ リナは、ついにその親族がいると思われる候補のうち、最後のひとつ―――「センダイ第一総合病院」へと、やってきていた。


「ここで、最後……」


 そう思うと、自然と気が引き締まる。

 もしもここで出会えなければ、もうあのヒーローへの足跡を掴むことなど、夢幻になってしまう。


 そう思うと俄然、気合いも入った。

 今まで得たことのない充実感に、わたしは内心ワクワクしていた、のかもしれない。


 病院のスタッフや他の患者たちに怪しまれないよう、そそくさとエレベータへと乗り込む。

 もちろん目指すは、21階。あの黒いヒーローが電話で口にしていた、関係者が入院してると思わしき階だ。


「21階、ここに、もしかしたら―――」


 ゆっくりと、エレベータの戸が開く。

 その先に広がっていたのは、なんてことのない普通の廊下だった。


 入院着を着た何人かの子供が、自販機の周りで遊んでいる。そしてそれを母親が注意しながらも、笑顔で眺めているのどかな光景。


 それを横目に、リナは辺りをキョロキョロと見渡していく。

 探すのは、ナルセ、という名字の患者がいる病室だ。それを探すことだけに、全神経を集中させる。


「ない、どこに―――」


 その時だった。



「―――きゃっ!?」


 顔がなにかにぶつかり、わたしは思わず尻餅をつく。

 誰か、患者さんとぶつかってしまったのだ。


「!?」


 相手もわたしと同じく倒れてしまったようで、わたしは慌ててそこに駆け寄る。

 どうやら見たところ大事はないようだが、これがもしリハビリ中の人などだったらえらいことだ。


「ごめんなさい、だ、だいじょうぶですか……?」


「う、うん……ちょっと転んじゃった」


 幸いにも、相手の女性は笑顔で語りかけてくれる。

 そしてわたしの肩を借り、ゆっくりと立ち上がった。


「起こしに来てくれてありがとう、ちっちゃいのに優しいね!」



 ―――ちっ、ちゃい。


 それはわたしが密かに、アルビノであること以上に気にしていることであった。


「ちっちゃ……」


 見れば、相手の女性の胸はわたしのモノとは比べ物にならないくらいには豊か。


 ―――嗚呼、世界はどうしてこうも、不公平な―――!


「あ、ごめん、そんなつもりじゃ!」


 ……目の前の女性は手を合わせて、謝るようにして目配せする。


「……お詫びにジュース奢ってあげるから、ゆるして!おねがい!」


「……いいんですか」


 ジュース、その言葉にわたしの気持ちは昂る。

 甘いものはすきだ、嫌なことを忘れさせてくれる。


「うん!あ、自己紹介してなかったな……」


 わたしの腕をひき起き上がらせると、目の前の女性はパタパタとおしりをはたき、向かいなおる。


 そして名乗った。その名前を。


「わたしは鳴瀬ハルカ!ちょっと身体悪くしちゃって、ここに入院してて―――」


「ナル、セ……!?」


 ―――そう、わたしが探し続けてやまない、その『鳴瀬』という苗字の、その名前を。



 ◇◇◇




「―――んー、やっぱリンゴジュース美味し!」


 彼女の病室にやってきたわたしは、まるで借りてきた猫のように縮こまっていた。


 ……なにせ、目標の人が見つかったあとのことを、なにも考えていなかったからだ。


「そっかぁ、リナちゃんは友達のお見舞いで」


「……うん」


 病室に来ていた理由は、咄嗟のうそで誤魔化した。

 わるいなぁ、とは思うが、ようやく見つけた人の元から追い出されてしまってはたまらない。


「そっかぁ、いいなぁ……私入院してから誰にも会えてないから、あなたの友達がうらやましいな」


「あの、ハルカさんが、入院をしたのって?」


 わたしは思った疑問を口にする。

 見たところ、包帯などを巻いている様子もなければ杖をついてもいない。

 先ほどだって一人で廊下を歩き、ジュースを自分で買いにいっていたほどだ。


「……2ヶ月前くらい。でもそれ以降、ずっとここに居っぱなしなんだ」


 そう話すハルカの様子は浮かない。


「話し相手もお兄ちゃんとここの先生以外いなくて、すごく退屈でさ」


 きっとこの2ヶ月間、彼女はずっと寂しさを我慢していたのだろう。

 ……なんとなく、その気持ちはわたしにもわかる。両親がなくなって、孤児院に引き取られるまでの間、ずっと誰もこない病室にいれられて寂しかった経験がわたしにもある。


 その結果すごく親切な孤児院に引き取ってはもらったのは幸福だった。

 ……今では、あんな学園の囚人になってしまったのたが。


「―――だからリナちゃんが来てくれて、凄くうれしい!」


 ハルカさんは明るい表情で、わたしに微笑みかける。

 その太陽のような眩しい笑顔に、わたしもつい、頬が綻ぶ。


「……えへへ」


「ね、もしリナちゃんがよければなんだけど……」


 するとハルカさんは、不意になにかを切り出す。


「なんですか……?」


「お友達のついででもいいから、またお話にきてよ!わたし、リナちゃんのこともっと知りたいな!」


「―――」


 ……その言葉に、わたしの心はかつてないほど踊った。

 この数年間、そんな明るい言葉は一度だってかけてはもらえなかった。

 最初はいじめられ、上手く立ち回るようになってからは最早触れられる機会もすくなくなり、人と会話すること自体が億劫になっていたわたし。


 ―――そんなわたしと、話したいといってくれる存在が、今初めて現れた。


「う、うん!」


 当然、二つ返事で了承した。

すべてが嘘であったやりとりのなかで、わたしは心の底からの意思を示したのだ。


「やった!」


 ハルカさんもまた、嬉しそうに喜んでくれて。


 自然と、わたしの顔もまた柔く綻んでいくのであった。




 ◇◇◇



 病室からの帰路、わたしは名残惜しげに背後を振り替える。

 後ろ髪を引かれる、とはまさにこの事だ。


「はぁ」


「―――良い人、だったな」


 ―――鳴瀬ハルカさん

 彼女はとても優しい、大人のお姉さんといった感じだった。

 わたしの周りにはいなかったタイプの、頼れる年上の女のひと。


 思わず、憧れずにはいられない。


「……ごめんなさい」


 ……だからこそ、申し訳ない気持ちが産まれてしまう。

 わたしはハルカさんを騙して、その先にいるヒーローへと近付こうとしている。


 あの人の美しい善意と好意を、踏みにじって……



「あ」


 そこまで考えて気付く。


 ―――黒いヒーローに関すること、聞き忘れた。



 ……そのことに気付き、注意が散漫になってしまっていたのだろう。


「―――きゃっ!?」


 急に、視界が暗転する。

 本日二度目の、誰かとの衝突だ。


 しかも今度は柔い感触ではなく、硬い腹筋に打ち付けた感じ。

 間違いなく、相手は男性だろう。


「あっ、悪い……注意が散漫だったな」


 そして聞こえた声は、案の定男性のものだった。

 まだ少し高く聞こえるその声は、成人男性ではなく、きっと学生だ。


 目を開き、相手を確かめる。


「起きれる?」


 ……そこにいたのは、黒髪の青年だった。

 少し地味に思える風貌の、少し年上の男性。


 だがその顔にはどこか、誰かの面影があるようにも思えた。


「は、はい……大丈夫です」


「悪かった、考え事をしていて……いや、よくないな、こういう言い訳は」


「いえ、わたしも考え事してて、前を見てなかったので……」


 わたしたちはお互いに謝りあいながら、言葉を交わす。

 ……よかった、怖いひとじゃなくて。

 もしも不良とかであったら、今頃どうなっていたことやら。


「あぁそうだ、もしよければこの飲み物を受け取ってくれ、リンゴジュースだけど」


 そう呟くと、相手の男性は手にしていたレジ袋から一本の缶ジュースを渡してくる。


「あ、ありがとうです、いただきます」


 ラベルは……ついさっき、ハルカさんの病室で飲んだものと同じだ。

 流石にさっき飲んだばかりだし……と、わたしはそれを鞄にしまう。


「妹の為に買ってきたんだけど、流石に買いすぎちゃってね」


「それじゃあ悪いけど、俺はここで……気をつけて帰るんだよ」


 そういって、男性は足早にその場所を去っていく。行く方角から察するに、きっと妹に面会しにいくのだろう。


 ……妹?


「リンゴジュースがすきな、妹……?」


 まさか、と思う。

 いやでも、そんなに都合よく見つかるはずがないだろう。


「……帰ろ」


 わたしは不思議に想いながらも、寮へと帰ることにした。



 ◇◇◇



 だって、この時点では気付きもしなかったのだ。


 ―――先ほどすれ違った青年が、わたしの探し求めていた「リヴェンジャー」……鳴瀬、ユウであることには。

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