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chapter4-1-1: たいくつなひび
◇◇◇
それは、わたし―――「
―――居住区画イズミの住宅街、その只中で、白昼に突如巻き起こった大規模な原因不明の爆発事故。
その日、その炎天下の夏日に、事故が起きた地点から程近い商店街にわたしは確かにいた。
そして誰もが混乱するなか、一人のヒーローがわたしがいた場所近くのビルへと衝突し、もう一人がそこに颯爽と降り立った。
元々、わたしは『
だって彼等はわたしの両親を、怪人から守ってくれなかったから。
「証拠がないから」、「人手がたりないから」と、二人の職場に潜伏していた怪人を調査することもせず、ついにその人が正体を表したときにもその出動は遅れに遅れ……
そんな過去があり天涯孤独のわたしは、ヒーロー同士が戦ってる、なんていう周りが驚愕するような出来事をも、一歩引いた目でみていた。
……でも、目の前の黒い鎧を纏うヒーローにだけは、それとは違う何か、違和感のような物を覚えて。
『―――お前らみたいな奴らが正義だっていうなら』
『俺は、「悪」で十分だ』
……その震えた声に、「
「ヒー、ロー……!」
わたしはつい呟き、その場に立ち尽くしていたのであった。
……だがそれも長く続きはしなかった。
徐々に回りには黒服の男や車が増え、ついには倒された大柄なヒーローと、彼が囲まれていった。
そして遠巻きにそれを見つめていた人々は、その黒服達に何かを見せられると身体の力がなくなったようにだらりと、地面に倒れる。
そしてそれをみていたわたしは、咄嗟に建物の影に隠れて……しばらく、息を潜めていた。
……物音がしなくなった頃、恐る恐る顔を出して、辺りを見渡す。
だが、そこには何もなかった。まるで何事も起きていないかのように、薙ぎ倒された建築物だけがある光景。
そんな光景を目の当たりにしたわたしは―――志波姫 リナは、恐怖と、すこしの高揚を覚え、貝のようにその一件について口をつぐみ続けた。
……だが結局その後、わたしのもとにその黒服等が現れるようなことはなく。
わたしはいつも通りの、自由の少ない暗い学生生活を送り続けることとなった。
◇◇◇
―――時は流れ、それから数ヵ月が立った。
秋も深まり、夏の暑さはどこへやら肌寒い日々もそう珍しくはなくなってきた。
そんな寒空の下でわたしは、錆びたビルの屋上で静かに食事をしながら、端末にてネットサーフィンに精を出していた。
―――日数の経過につれ、あの黒いヒーローの噂や目撃談は日に日に増加していった。そんな彼の起こした事件、事故の情報を追うことは、わたしの日々のなかで文字通り、唯一の楽しみになっていたのだ。
内気なわたしには趣味もなかったし、やりたいこともなかった。だから……不意にできた憧れの人物に、文字通り釘付けになったことで、ほぼすべての時間をそこにつぎ込むことがてきてしまったのである。
両親が死んでからというもの、わたしは無気力で、しかも何事にも興味を失った。
それからというもの誰に話しかけられてもむすっとし続け、今では話しかけてくれる人など数えるほどしかいない。
……そんなほとんどのことにも他人にも関心がもてないわたしが、はじめて熱中できた存在が、彼なのだ。
そんな生まれて始めての経験をさせてくれた彼のその勇姿に、わたしの心は完全に奪われていたのかもしれない。
「でも、やっぱり―――」
わたしは複数の写真や、体験談がかかれたサイトを見ながら、あることを再確認していた。
―――このヒーローは、明らかに他のヒーローを倒そうとしてる。
なぜわたしがそう思ったかといえば、彼が怪人と戦ったという情報が、ごくわずかしか流れていないからだ。
そしてその少数の怪人との戦いに関する情報にすら、他のヒーローらしき怪しげな影がちらつく。
この頃は「
だがそれはあくまでもマイノリティーな意見に過ぎず、世間では「
……それに違和感を覚え始めたのは、いつ頃からだっけ。
そんなことを思いつつ、わたしは「
ここの記事は他所と違って徹頭徹尾冷静だから、読みごたえがある。疑惑に関する記事も、単なる批判ではなく「
……そのどちらともつかない姿勢のせいで、よくコメント欄が荒れたりもしているが。
そんな記事をひとしきり読み終えたわたしは携帯端末を閉じ、手元の菓子パンを口に運ぶ。
学園の昼休み、わたしは校舎のなかに居るのがいやで、いつもこの廃墟に足を運んでいた。
授業中でもない限り、校外に出てはいけないという校則はうちの学校には存在していない。
……なぜかといえば、学校が所謂「お嬢様学校」で、ルールがあろうとなかろうと寮と学校以外に出ようとする人間がきわめて少ないからだ。
そんな場所に天涯孤独のわたしがどうして入れたかといえば……まぁ、親の遺産だ。
特にお金に執着もなかったわたしは、自分を引き取ってくれた孤児院にその大半を寄付していた。
こんなわたしを引き取ってくれた物好きな人々に、少しでもなにかを返せれば。
そんな思いで渡したものだったのだが、そのことにいたく感激した様子の施設の人たちは、その資金を元にわたしを全寮制のこの学園へと入れてくれたのである。
今でこそあまりいい思いをしてはいないが、当時はそのことに感動をしたのを覚えている。
思えば、ヒーローのことを除けばあれが最後の他者への関心だったかもしれない。
そんなわけで、わたしは今日もひとり、学園を離れ人気のない廃ビルのなかで甘いものを食べる。
ここは誰もこないし、学園と違ってカースト上位の子達に気を遣わなくていいから楽でいい。
……それに、学校で日常茶飯事的に起きている陰湿なイジメの光景なんて、そうそう見ていたいものじゃないし。
―――そんな風に思った、そのとき。
「ッ、なに……?」
―――裏でわたしが食事をしていた屋上の塔、その表側に、なにかが落下してきたような音が響いた。
それはまるで金属の音。突然のことに、わたしの心臓の鼓動は思わず早くなってしまう。
『―――ふぅ』
そしてそのすぐあとに聞こえてきた、エコーがかった声。
……それを聞いて、わたしはすぐにその正体が「ヒーロー」であると理解した。
そして恐る恐る、壁の裏からその相手を見た。
すると、そこにいたのは。
『今日も、疲れた……』
―――イズミの街中でみた、黒いヒーロー。見間違えるはずもない、今唯一わたしが尊敬している人物が、そこにはいた。
『これで―――、通算20人、か」
(あのときの、ヒーロー―――!?)
『ん……?』
そういいながら、振り抜こうとする彼。
それに対して咄嗟に、わたしは首を引っ込めて息を殺す。
その変身解除後の顔は見れなかったけど……でも、声は確かに聴こえた。
「もしもし、鳴瀬です」
どうやら、彼は電話をしているらしい。
どこから掛かってきたのか……先程の黒いヒーローと同一とは思えないほどに、平凡な受け答えの応酬が繰り返される。
―――ナルセ、それがあのひとの苗字……!
思いがけず知ったその事実に、わたしは驚きと歓びの入り交じった、なんともいえないきもちになる。でもそれと同時に、申し訳ないような、後ろめたいような……そんなモヤモヤとしたきもちも、胸のうちにふつふつと浮かんでくる。
「……いつも、お世話になってます、それで……」
「はい、21階の病室ですね、すぐ向かいます」
病室、という言葉にわたしは反応する。
つまり、今あの人がしてる電話の相手は病院なのか。
しかし21階とは……そんな高層の病院、そう複数はないだろうと、わたしは思った。
この近くだと、確か……。
そんなことを考えているうち、彼は廃墟の階段をゆっくりと降りていき、屋上から姿を消した。
それを確認したわたしは、あの人が戻ってこないかを念入りに確認してから、ゆっくりとその身を表へと出した。
「まさか、こんなところに……」
本当におどろいた。
ニュースサイトで彼を調べていた、ちょうどその時にこんなことが起きるだなんて。
正にいまだ興奮覚めやらず、といった感じだ。
憧れの存在との、偶然の邂逅。しかも相手は正体不明、目的不明のヒーロー。
こんなの、興奮しないわけ―――!
「……あっ」
……だがそんなわたしの感動も、不意に目にはいった携帯の時計、その時刻を見た瞬間に吹き飛んでしまう。
「もどらなきゃ……」
―――あぁ、学校の昼休みが終わっちゃう。
そう呟いて、わたしは廃墟からでた。
驚きと喜びの色に染まっていたわたしのこころは、直ぐにいつも通りの退屈で、空虚な色褪せたものへともどってゆく。
そうしてわたしは帰ることにしたのである。
あの何も良いことの起きない、伏魔殿……、
一人の少女を除いた全員が、不安と恐怖に苛まれている牢獄のような学園―――私立「ワカバヤシ第一学園」へと。
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