chapter3-11: JUSTICE WILL WIN
『これ、この姿―――ッ』
割れたガラスの破片に、産まれたばかりのヒーローは自らの姿を見る。
白を基調とした流線的なフォルムの
その姿を見たそのときに、彼の脳裏には自身の新たな名が、文字を伴って浮かんだ。
『……僕の―――私の名は、「フェイス・ソード」!』
……彼は宣言する。
ヒーローとして生まれ変わった自分の矜持を、これからの生きる指針を。
『この力は全て「
その声は劇場全体へと響き渡った。
それはまるで、その場に居た人への物だけではなく、天、そして地に轟かせた誓約だ。
人を救うために手にいれた力を、徹頭徹尾その為だけに使う。
それこそが彼の「直感」した、自身の天命。
『おぉ……おぉ!よもや因子なしで変身を成功させるとは……!』
そんな勇ましい声明に、グランド・ティーチャーは感嘆の声を上げる。
新しい仲間の誕生……それも、強きを挫き弱きを護るという宣言と共に産まれた、新たなヒーローの勇姿。
候補者達をある種、入学してきた生徒のように認識していた彼にとって、その晴れ姿は教職者として感動の念を抑えきれぬほどのもの。
『……』
だが、そのなかで。
『……どうあれ、変身した以上お前は俺達の敵だ』
鳴瀬ユウ……復讐を胸に生きる「リヴェンジャー」だけは、その仮面の内で唇を噛んでいた。
その胸のうちにあるのは後悔、はたまた落胆だろうか。
それは終ぞ、本人すらも知るところではなかっただろう。
しかし、彼は一度会っただけの明通イクトに対して、奇妙なシンパシーを覚えていた。
……だからだろうか。
普段よりも彼の拳は鈍り、ついには相手への降伏勧告を行うに至った。
『……おとなしくその
『お前達のそんな甘言に、騙されるわけがないだろう!』
『こんな街のどまんなかで、平然と攻撃を仕掛けてくるような悪辣な連中に、この私が流されることなどあり得ない!』
だが、にべもなく断られる。
『……なんかキャラが違くないか』
元の彼の性格を知っていたリヴェンジャーは、当然気付く。
その口調は、まるでカートゥーンに登場するヒーローの如く尊大で、テンプレートだった。
それは恐らく「
『潔く去るのはお前のほうだ、黒仮面の戦士よ!』
『……きらいじゃあ、なかったんだがな』
白鎧の剣士の取りつく島もないその言動に、黒き仮面の男は諦めたように、
……そして次の瞬間には、「リヴェンジャー」の纏う雰囲気は一変した。
相手を敵と見定め、意識を切り替える。
そうして彼は今まで、幾人ものヒーローを屠ってきたのだ。
『来い、「
そんな刺すような敵意を受けてもなお、白い剣士―――フェイス・ソードの信念は欠片も揺らがない。
背にある剣をその手に握り、前へと突きだす。
それと同時にその刀身が展開。刃の根本にある発振器から、エネルギーで構成された光刃が剣に沿うように構築された。
お互いに戦闘体勢が整い、ついに火蓋は切って落とされる。
ついに、両雄による初の正面衝突。
後の戦いに大きな変革をもたらす二人の邂逅が行われるのだ。
―――フェイス・ソードの、その決め台詞と共に。
『―――この剣と、「
◇◇◇
……そして、時は現在に戻る。
雛鳥が如き生まれたてのヒーロー、「フェイス・ソード」。彼は剥き出しの戦意と共にその手に光剣を構え、意気揚々と吼える。
『いざ、勝負ッ!』
刹那、脚部の装甲から光が放たれ、フェイス・ソードは勢いのままに前進してきた。
だがその剣の構え方には、明らかに不慣れさかある。当然だ、彼―――明通イクトに戦いの経験などあるわけがない。
それは、つい数日前のいざこざからも十分に分かっている。なにせ彼は、どうしようもなく、一般人だったのだから。
―――だから、そこが付け目。
フェイス・ソードが攻撃動作に移ったその瞬間に、俺はカウンター気味に拳を差し向ける。
『そんな甘い攻撃に……!』
大振りな、その斬擊。
当然そんなものを今の俺が喰らう訳がない。リヴェンジャーとなった直後ならばいざ知らず、幾人ものヒーローを屠った今の俺には、闘い続ける責任があるのだ。
だから、この闘いにも必ず勝利する。
そんな想いと共に、がら空きとなった奴の懐へと攻撃を加え―――、
『……が、あ』
だが、次の瞬間、俺の顔は激痛に歪む。
―――何が、起こった?
俺は戦闘の最中、そんな疑問を抱いた。……確かに、おかしな動きだった。
俺は確かに、奴の攻撃の隙を付き、カウンターを無防備な箇所に撃ち込む為拳を振るった。
だが、その攻撃は通らなかった。
フェイス・ソードは剣を振り切った直後、全身に仕込まれた
それにより俺の拳を避け、更にまるで居合斬りが如き神速にて、俺の身体をその剣で穿った。
まるで俺の行動を全て読みきったかのような、適切な迎撃。
振り切った刀の勢いをそのままに突き立てられた奴の剣の峰、その打撃が鈍く、ゆっくりと俺の腹部へと……、
『ぐ、ぅ……!?』
たまらず俺は仮面の中でなにかを吐き出した。
唾液、胃液、血液。
あらゆるものが入り交じった血反吐が、口の中から溢れる。
紅く染まる視界の中。
だが、それでも俺は止まるわけにはいかない。
だから立ち上がり、相手を見据えた。
……まだ、戦える。
もしこれが、あの光剣側で斬られていたなら、俺は今頃再起不能となっていただろう。
だが、奴はそうしなかった。
―――否、できなかったのだろう。
奴は頭の中に浮かんだイメージに、技量が追い付いていない。
推進器による三次元機動なら、戦闘衣に思念を通すだけで思いのままだろうが、剣術となれば話は変わる。
だから奴は剣を持ち変える事もできずに、折角の勝機を逃すことになったのだ。
『なん、だ、今の感覚は……?』
渦中のヒーロー、フェイス・ソードを見ると、頭を抑え困惑しているように見受けられた。
……やはり、奴はまだ自分自身の能力を把握しきれていない。
仮に理解出来ていたとしても、脳がそれを処理するのに追い付いていないのだ。
だから、倒すなら今。
今を逃がせば、こいつは……、
『フェイス・ソードぉ!よく聞け、キミの力は変身したことによって、大きく強化されているはず!』
『今キミが感じたことぉ、これから起きることの全てがキミのちからだ、慎重に、確実に自分の能力を把握しろぉ!』
『はい!』
―――間違いなく、「
だから、今のうちに倒さねば。その想いと共に拳を握り、戦いへと臨む。
歩み始めた俺の脚は、音を立て瓦礫を踏みしめた。
―――その音に相手も気付いたようで、その剣を再び構え、俺を斬る為の体勢を取る。
空白の時。
それは駆け引きか、それとも双方の恐れ、日和の結果か。果たして俺たちは、お互いにその姿を見合い、硬直する。
……だが、そんな時が長く続くはずはなく。
『……ハァァァァッ!!!!!』
『……ッ』
お互いの身体が、弾丸の如く走り出す。
そしてその中間地点にて奴と俺は交錯。その拳と剣が、挨拶代わりにお互いに振るわれた。
……まずは一発。
そんな考えと共に振るわれた拳は、空を裂き相手の身体へと差し向けられる。狙ったのは、先程と同じ懐ではなく左肩。
奴のその剣の持ち方から、利き腕は右だと推測された。
ならばその隙を狙う。
意識、神経が手先へと集中するその瞬間に、あえて急所となり得ない箇所へと攻撃を加えることで、先制攻撃による利を取る。
それが瞬時に導き出されてた、俺の取るべき最適解だった。
……だが。
『……左!?』
フェイス・ソードはそれに気付いたのか、再び戦闘衣から推進エネルギーを放出、空中にて姿勢制御をし、切って返す。
そして一転俺の頭上を取り、今度は蹴りを放ってくる。
だが、その反撃は予想の範疇だ。
俺はその蹴りの応酬を戦闘衣の籠手でいなし、衝撃を逃すことでダメージを受けるリスクを無効化する。
そして今度こそ、と俺は飛び蹴りを放ち、完全に迎撃の手段を喪った状態のフェイス・ソードへと見舞った。
長剣を持っているのは右手、左手は地につき脚は俺にいなされた直後。四肢のほぼ全てを駆使し尽くした奴に取れる攻撃手段は最早ない。
否、生成された戦闘衣にその機能があったとしても、奴にそれを理解する時間は与えられていない。
だから通る、確実に。
そんな確信と共に、俺はその足を相手の首元に向けて、死角から突き出したのだが……、
『、!』
果たして。
奴は後ろ向きのまま首を傾げて、俺の蹴りを間一髪で回避する。
そしてそのまま、全身のバーニアを全力噴射し、一歩後退していった。
それに合わせ、俺もバックステップで一旦下がる。
『なん、だ、この避けられ方……!』
俺の感想は、それに尽きた。
こんなの、どう考えてもヒーローになりたての人間のできる読み合いじゃない。
まるで未来が見えてるような、そんな対応。俺の攻撃がそこに来ると、予知でもしてない限りは避けられないはずの……、
(―――まさか)
そこに来て、俺はついにその可能性に至る。
それはきっと、奴の能力。そしてその効力とは、もしや……
そこで俺が思い出したのは、最愛の妹の顔だ。
―――鳴瀬ハルカ。何故その名が今この局面で出たかといえば、あの子の能力と目前のヒーローの能力の内容に、明らかに類似が見られたからだ。
そう、「未来視」。
ハルカに発現したそれは、数秒後の未来を見るものだと、担当の医師が教えてくれた。
勿論それは彼女固有の物で、他にそんな能力者がいるなんて聞いたことはない、それくらいには希少な能力だと聞き及んでいる。
だが、近しい能力はある、らしい。
……謂わば「直感」とも取れる、虫の知らせに近い能力。
ハルカのように未来のビジョンを写し出すようなことはなくとも、感覚で先に起こることを感知できる、そんな能力を持つ者が何人かいる、と。
もしもそれが、奴なら。
そしてもしその能力が、『変身』によってハルカの未来視と同程度、もしくはそれ以上に強化されていたとしたなら。
『―――見える』
勝ち目は、あまりにも薄いかも知れない。
そんな後ろ向きが過ぎるほどの感覚が、己の中で芽生えていくのを感じた。
『なら、近接戦は、分が悪いか……ッ』
だが、退く訳には。
そんな想いだけが俺の中に渦巻き、その身体を逸らせる。
ともすればそれは、強迫観念とも取れるものだったかもしれない。だが俺には、それに身を任せる以外に生きる術はなかった。
―――再び向かってくるフェイス・ソード。
だが最早、俺に駆け出す体力は残されていなかった。
仮面の中は血塗れで、今や呼吸をすることすら己への負荷となる有り様だ。
だが、それでも。
その言葉と共に、俺はまだ、拳を構える。
そして奴が接近してきた、その時。
『ッ、危なっ!?』
フェイス・ソードの足元に何かが着弾し、爆発を引き起こす。
それは先程彼が放った物と全く同じ威力の爆風だった。
『……チッ、これも避けるか』
銃弾の主、スナイプ・グレイブの悔しげな声が響く。それに対して、俺は素直に感謝を伝えた
『助かった、スナイプ・グレイブ……あいつは、とんだ大型新人みたいだ』
『あぁ、十二分に分かっているとも……因子なしで変身したことで能力をフルに活かせている状態だ、これ以上の交戦は得策ではないだろうさ』
スナイプ・グレイブがそういった瞬間、妙な視線を感じたが……それは置いておこう。
ともあれ、指針は固まった。
これほどの劣勢を強いられてしまっては、襲撃作戦は失敗といって差し支えないだろう。
だが少なくとも「
「
「英雄達」の
だから後顧の憂いがあるとすれば……物資だけだ。
『第一部隊各位、我々は一時撤退する、せめて変身機だけは確保したいところだが……』
『……俺がいく、お前は射撃で援護を』
『リヴェンジャー、何を――ッ』
スナイプ・グレイブの制止を待たず、俺は飛び出す。
―――変身機と、適合因子なる怪しい薬品。
あんな物のせいで、狂った英雄様が誕生するというのなら、決して奴等の元へと残して置くわけにはいかない。
一からの変身機の製造には膨大な時間と物資を要するという。だからこそ「反英雄組織」もそれを求め今回の戦闘を仕掛けたのだ。
なら、少しでも奪い取れれば、奴等への打撃になりうるに違いない。
『せめて、三個……!』
……だが。
同じ発想で、最後の最後に変身機を確保しようと飛び掛かってきた者が、もう一人いた。
『させるか!』
『ぐぅ……!』
―――勿論、フェイス・ソードだ。
彼は俺がこれを奪いにくると読んで、同タイミングで飛び掛かってきたのだろう。
再び振るわれる斬擊。
流石に見慣れたその攻撃を、俺は避けてなんとか手を伸ばす。
そして奴も、その手を台座へと伸ばした。
お互いの手が、5つ並べられたうちの両端の変身機へと触れた、その瞬間。
『―――なんだ、うわぁッ!?』
―――コンサートホールの外壁が、発泡スチロールのように易々と砕け、その中から巨大な掌が現れ出た。
◇◇◇
誰もが予想だにしない、その出来事。
巨大な手が、まるで玩具箱に手を突っ込む子供のように差し込まれたホールは、混乱の色に染め上げられた。
『ぐ、ゥ……!』
特に俺とフェイス・ソードは、その巨掌によって突き飛ばされ、重度の打撲を負った。
そう、その手の目的は俺たちと同じ、「変身機」だったのだ。
見ると、その造形は正に機械で造られた義腕といった外見だ。
そして俺は、この中の誰よりもその見た目の共通点に見覚えがあったのだ。
火力ビル各階に現れた、機械歩兵。その見た目とその手の構成パーツの造詣が、あまりにも一致していた。
つまり、奴は。
「第三、勢力……!」
そして巨大な手はその内に、変身機が配置されていた台座を呑み込む。
そして目標物を確保したからか、その腕はゆっくりと、壁の中へと引き抜かれていった。
『フェイス・ソード!』
『立てるかね?』
『厳、しいです……』
グランド・ティーチャーと、フェイス・ソードの会話が聞こえる。
今なら双方とも仕留めるチャンスなのだろうが……流石に状況が状況だ、それどころではない。
何人かのヒーロー達は、最早俺たちには目もくれずに手が引き抜かれた後の大穴へと走っていく。
暫くして聞こえてきたのは、彼等の驚嘆の声だ。
『これ、は……!?』
『巨大ロボット!?』
……やはり。
俺の予想した通り、今の腕はあの無数の機兵が合体した姿であったらしい。
メカニックマスターの瓦礫兵で出来るのだから、奴等にもそれが可能だろうと考えていたが、その考えは的中していたようだ。
『待て貴様ぁ!
フェイス・ソードを担いだグランド・ティーチャーは、飛び去ろうとしているであろう巨大ロボットへと怒号を飛ばす。
だが、相手からの反応はない。
それが自動操縦だからなのか、それとも黙りを決め込んでいるのかは分からない。
しかし、この好機を逃すわけにはいかない。
『……今のうちだ、リヴェンジャー、さっさと撤退しろ!』
『……あぁ、わかった』
俺の手には、「英雄達」製変身機「エヴォ・トランサー」が確かに一個、握られている。
あの衝撃の最中にも、決して離さなかった一品だ。なんとしても、持ち帰らなければ。
―――そうして、俺達は火力ビルから引き上げていった。
道中追撃があるかと警戒もしたが、これが拍子抜けなほどに一切なかった。
チョロチョロとこそ泥をしただけの俺達よりも、ド派手に攻撃を仕掛けた何者かの方が、奴等にとっては優先度が上だったのか。
それは分からないが、確かなことは2つ。
あの混迷する戦況の中、俺達が無事に生還できたということ。
―――そして、作戦の目標は、ごく僅かしか達成できなかった、ということである。
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