chapter3-10:WAKE UP YOUR FAITH
◇◇◇
スナイプ・グレイブ達の窮地より、時間は数分遡る。
「……中々にピンチだな、これ」
その時俺―――鳴瀬ユウことリヴェンジャーは、火力ビルの最上層、コンサートホールのその屋根裏へと到達していた。
どうやって1階からここに来たか、は言うまでもない。
後方から援護にきたヒーロー達と、再度変身したメカニックマスターとの共闘。そのお陰で、謎の第三勢力達の築いていた防壁に綻びが出来たのだ。
そのタイミングでレイカから「スナイプ・グレイブ達との連絡が取れない」という情報を受けた俺は、単身そこへと突入した。
……そう、通信が切断されていたのは、決してアンチテーゼの作戦によるものだけではなかったのだ。
俺との連絡用に一時的に通信妨害を解除したアンチテーゼ本部の人員達は、上層にいるスナイプ・グレイブ達とのみ通信が繋がらないことにすぐに気付いた。
それは地上に現れた、第三勢力の仕業だと思われた。その為に俺は、単騎にて上層の調査と第二部隊の援護にいくよう打診され、今に至る。
故障しているエレベーターの横から非常階段で上に上がった俺は、その途中で各階の状況を確認もした。見ると開け放たれた扉の先では、今でも「
……その光景を確認しただけで、彼らが「
ともあれ俺は無事、襲撃作戦の目標地点である火力ビルの最上層へと到達したわけだ。
……その場に広がっていた光景は、俺の予想外のものであったが。
「……あの、杖か」
なにもされていないにも関わらず突如として崩れ落ち、地面に頭を擦り付けるスナイプ・グレイブ達。
そして相手方のヒーローの手にする杖からは、怪しげな蒼い光。
俺はその光景から、現在のこの異常な状況が奴の能力によって、引き起こされていることを看破した。
つまりは、あの杖さえどうにか落とせば。
そう気付いた俺は手にした銃を、ヒーローへと天井から差し向ける。
……だが、まだ。
今撃てば、即座に気付かれる。
少なくとも俺でも、余程油断してない限りは突然の射撃でも相応に回避することはできるだろう。
だから、ダメだ。
俺のような素人であっても対応できるなら、奴等プロフェッショナルは更に容易にこなしてくる。
俺に出来ることを、相手が出来ないと考えることは悪手。そう考えた俺は、引き金を引くのをギリギリまで待ち構えることとした。
狙うならば、極限までの油断の瞬間。
意識が一瞬でも周囲から隔絶され、ただ目前の勝利を確信し、極限まで慢心したその瞬間こそを。
―――そしてスナイプ・グレイブが追い詰められ、口を開く。
その瞬間にグランド・ティーチャーの動きが、変わる。勝利を決定付けるに十分すぎるその出来事は、奴からすれば重畳のことだろう。
そして食い入るようにスナイプ・グレイブを覗きこみ、そこに耳を澄ませたその瞬間。
―――今だ。
語られようとしている秘密。それに、相手が絶対的勝利を確信した、その瞬間に。
『うぉわぁ!?』
―――俺は、その紫に光るエネルギー弾を、件のヒーローのその眼前、杖の根元へと放ったのであった。
◇◇◇
斯くして、無事に援護は成功した。
拘束から解き放たれたスナイプ・グレイブの爆破により相手の杖は全損。
これで先程の、広範囲の相手の身体を掌握する珍妙な能力も使用はできまい。
相手方のヒーローは煙のなか、その戦闘衣に取り付けられたマントを大きく翻しながら立ち上がる。
『くそ、この、グランド・ティーチャーの能力の範囲内で、よくもこんな真似を!不良の中の不良か、貴様ぁ!』
その声は、最早怒号だ。
思えば学校に通っていた頃、生徒指導の先生が友達に本気で切れたときもこんな感じだったような気がする。
とはいえあれは進路を訊かれて「面倒だから無職がいい!」などとほざいたダイキが10割悪いので、今回の件とは一概に比較できる訳はないが。
『……一応、優等生ではいたつもりだったがな』
懐かしき学園生活時代に想いを馳せながら、俺はそう呟く。
俺―――僕は少なくとも教師に歯向かうことは一度もなかった。
それどころかむしろ内向的に、彼らにも、クラスメイト達にも一歩引いた態度で接していたと、思う。
だがそれは嫌いとか、そういうわけじゃなかったのだ。ただ、自分が口を挟むことで皆の面白い話の流れを切ってしまうことが怖かっただけ。
俺は皆の楽しげな姿がそこにあればよかったのだ。それは家族でも友達でも、何も変わらない。
その点、親友であったダイキはずかずかと話に割り込んでく度胸もあって、そこは素直に尊敬したりもしていたりもしたが。
だが、しかし。
全く、そんな酷く気弱な男が、どうしてこんなことになってしまったのだったか。
―――いや、忘れるわけもない。
僕、いや俺がこのような身に堕すことになったのは、「英雄達」の、あの暴虐が原因ではないか。
燃え尽きることのない奴等への怒りが、そのまま俺の
以前までの俺が見たら、信じられないだろうな、と俺は一人苦笑する。
家族は自らの迂闊な蛮勇で残酷なヒーローに殺され尽くし、生意気だった妹は精神を病み……、
(今では俺は、下らない復讐鬼だ)
そう小さく呟く俺の口角は、仮面の下で自嘲ぎみに微かに吊り上がっていただろう。
人の末路とは往々にして散々たる物であろうが、そのなかでも自分は最たるものだ。
何せ今の俺は、殺戮の報復に殺戮を行う自己矛盾の塊。
誰かを助けるために少数を犠牲に、などという覚悟もできず、ただ悪戯に二陣営の間をうろちょろと飛び回る存在だ。
……そんなこと、少し考えれば分かるはずなのだ。自分が如何に愚かで、取り返しの付かない行動をしているか、なんて。
―――だからこそ、過去はもう捨てた。
あの頃の鳴瀬ユウはもう、死んだのだ。
今さら歩んだ道に後悔などないし、そんなことをする権利はない。考えるのは、もうやめだ。
今は唯、心のままに復讐を。
この混沌とした時代を変革する為の、必要悪の殺戮を。
その果てにこそ、ハルカが、ダイキが。ただ平々凡々と暮らす無辜の民達が平和に暮らせる世界が、きっと待っている。
きっと―――そう、きっとだ。
俺はそう思い込んで、思考を閉じる。
今は戦闘中、人生を思い悩むにはあまりにもタイミングが悪かった。
思考を閉じおもむろに戦闘体制を取った俺は、地面からよろめきつつ立つグランド・ティーチャーへと、声を上げる。
『……さ、第2ラウンドと洒落混もうか。この数の優位に戦意を折らないならば、だが』
その声に応じるように、立ち上がるグランド・ティーチャー。
その拳は固く握りしめられ、杖を失った彼が、近接戦闘を仕掛けてくるのを俺は直感する。
『……うおぉぉ!!!!』
地を蹴る、グランド・ティーチャー。
『ッ、早いな』
その体は猪の如く、正しく猪突猛進の勢いで加速、突進してくる。
そして握りしめられた拳は大きく振りかぶられ、その勢いを殺さないままに風切り俺の身体へと撃ち込まれる。
それを俺は、戦闘衣の小手で受け流して追撃を挟もうとした。
……だが。
『……ッ』
その拳の勢いは、思った以上の苛烈さだった。
受け流そうとした拳に相手の拳が掠った瞬間、激しい火花が接合点から滝のように上がる。
その怒濤の勢いに面した装甲が、火花と共に削られていくのがわかる。
―――まずい、これでは戦闘衣の装甲部が耐えられない。
装甲が破壊されれば、剥き出しになるのは無防備な生身。そうなれば最悪、左腕が持っていかれてしまう危険性だってある。
そう考えた俺は、回避に専念することにし、追撃を取り止め即時後退。
距離を取り、銃形態のANTI KUKURIで遠距離からの射撃を行う。
銃口から数発の光丸が放たれ真っ直ぐと、体勢を立て直すグランド・ティーチャーの戦闘衣へと着弾。
『……通らないか』
だが、その射撃はグランド・ティーチャーの装甲に有効打を与えるには至らなかった。
光弾はその戦闘衣に弾かれ、辺りへと分散され着弾する。
分散された光は壁や瓦礫に無数の穴を開け、分散されてもなお絶大な攻撃性能を示す。……それはつまり、その大元をも弾いたグランド・ティーチャーの防御性能はそれ以上のものにすら耐えうるということだ
そう考えた俺は、拳を構える。
射撃攻撃に致命傷が望めない以上、信じられるものは最早拳より他にない。
撃ち込んだ拳から流し込む、爆発性のエネルギーと化した因子による内部破壊。
どうやらそれしか、俺に勝ち筋はなさそうだ。
俺はグランド・ティーチャーの装甲を注視し、その接合部―――装甲のない戦闘衣部に向け狙いを定めて、拳を向ける。
だがそれにも、グランド・ティーチャーは構わず再度タックルの体勢をとる。
その姿はまるでアメリカンフットボール選手を思わせるもので、彼はその経験者かもしれない、と俺は思案する。
『しかしあんた、随分と近接が得意じゃあないか?俺はてっきりサポート系統のヒーローかと疑っていたが』
『これでも本領は体育教師なのでなぁ!』
応酬の最中にそう叫ぶグランド・ティーチャーは、姿勢をそのままに、背後の装備から推進用の爆炎を放ち突撃する。
そして、急加速。
……まずい。
これでは、防御が間に合わない。
『ッ、避けきれ―――』
俺はどうにか、身を捩り致命傷を避けようとした。
最悪左肩、左半身の機能を喪失する恐れもあるが―――これ以上、どうしようもない。
風切るその突進は、確実に俺の身体を的確に定めて、砲弾が如く迫る。そして、それに対してなんとか回避運動を取ろうとした、その時。
『取っ、!?』
グランド・ティーチャーの突進、その弾道が左に反れる。
原因は、明後日の方向から放たれた弾頭による爆発だ。その結果、左側への回避行動を行っていた俺の左肩を掠るようにしてグランド・ティーチャーは高速で通過、壁に激突していった。
突然の攻撃、その主は言うまでもなく。
『……ッ、援護助かる!』
『―――先程の借りは、返したぞ』
他のヒーロー達を相手に大立ち回りを演じるスナイプ・グレイブ。
奴がその最中に撃ち放った弾のお陰で、俺は命拾いしたのだ。
他の構成員が複数人ががりで相手をするヒーロー達を、単騎で相手取るあの男の技量は、大概人間離れだ。
しかもそれをこなしながら味方の援護をも行うというのだから、底が知れない。
そんな逡巡をしつつ、俺は目の前の敵を視界に捉える。……だが、それが遅かった。
『捕まえたぁ!』
『!』
グランド・ティーチャーは音もなく、背後に忍びより俺に掴みかかってきた。
どうにか振りほどこうともがくが……どうやら脱出は不可能らしい。
『「
そうしてグランド・ティーチャーの瞳が輝く。
それはきっと、能力の発動。
―――そうか、恐らくあの杖は単なる能力の増幅、広域伝播の為の端末だったのか。
思えばそうだ、杖を破壊したときに俺たちはあの「指導」の能力を完全に封印した気になっていた。
なにせスナイプ・グレイブやその仲間達の拘束はそれによって溶けたし、なによりグランド・ティーチャーのその反応からも、きっとそういうことなんだろうと納得しきってしまったのだ。
だが、変身後の能力とはそもそのヒーロー達個人が元々所有していた能力を強化したもの。
そもそも、武器にその能力が集約されている、やんてことはそうそうあり得ないのだ。
そして、グランド・ティーチャーの手もにわかに輝く。
そして遂に彼の能力が俺に効力を―――
『どうだ、これでぐぼぉあああッ!????』
発揮することは、なかった。
拘束されることなく普通に動かせた脚は、紫の光焔と共にすぐ目前のヒーローの腹部へと直撃する。
油断しきった奴は、予想外の攻撃に対応することは出来ずに、その破壊力をもろに喰らうことなったのだ。
斯くしてグランド・ティーチャーはたまらず吹き飛ばされ、無数の客席を薙ぎ倒しつつ顔面から突っ込んでいった。
『―――まずは、一撃だ』
痺れた拳にスナップを効かせつつ、俺は呟く。
やはり、あの防御力は驚異だ。
『何故、何故私の能力がぁ……ッ!?』
土煙の中、グランド・ティーチャーはただ疑問を呈する。
何故自身の力、『指導』が目前の相手には通用しないのか、と。
―――そんなの、簡単な話だ。
『リヴェンジャー、貴様』
近くからスナイプ・グレイブの冷たい声が響く。
恐らくは、その原因に気付いたのだろう。ならばそのような態度になるのも、当然とすら言えるだろう。
『そうだな』
俺自身も、その理由には気付いていた。
グランド・ティーチャーの効果は、相手の組織に対する恭順性を引き出しそれを暴走させるもの。
それが通用されないとなれば、それは恭順性というものが、俺自身にないということに他ならない。
『―――多分俺が、
結局は、これに尽きる。
僕は、俺はアンチテーゼに忠誠など誓ってはいないのだ。
妹を助けてくれたことには感謝しているし、俺に力を与えてくれたことにも、感謝という言葉だけでは言い表せない。
だが、どうしても。
あの組織の理念にも、目標にも、賛同はできないと思っている。
能力が無くなれば社会が元の形に戻る、なんて夢物語を、本気で信奉することなんて出来やしない。少なくとも、能力と記憶を喪った者がヒーローだった頃と同じく人殺しをするような光景を目にした今では。
だから、そのような組織に帰属心も、愛着もない。
もしも今よりも好条件で、ハルカの安全も担保できる組織があれば、俺は簡単にそちらに寝返るだろう。
『俺は俺の復讐を為す為に戦う。その為の力をくれるってなら、何処へだって蝙蝠のように取り付くとも』
『……』
スナイプ・グレイブは、何を言うでもなくただ俺を見つめる。
その鎧の奥でどのような表情をしているのかは分からない。……だが、少なくとも好印象は抱かなかっただろうなと、俺は理解する。
『くそ……!本物の不良じゃあないか、貴様……!』
よろめきつつ起き上がろうとするグランド・ティーチャーもまた、まるで「信じられない」とばかりにそう呟く。
あぁ、そうだろうとも。
少なくとも「
―――だから、さっさと終わらせよう。
『ああ、それでいいとも。理解されようなんて気は更々ない。さぁ、止めを―――』
俺は変身機の装甲をスライドさせ、必殺技を放とうとする。相手は最早ふらつき気味で、回避するような余力は残されていないことを確認して、だ。
今こそが止めを刺すチャンスだと、俺は確信していた。だが組織の人間の前だ、半殺し程度で止めよう。でなければ後が面倒だ。
そんな算段を立てつつ、記憶触媒から再び能力を引き出そうとする俺。
……だが、その時だった。
「おい、君、なにを!?」
『―――待て!それを使えば!』
周りが、にわかに騒がしくなる。
最初に聞こえた声は……おそらくこの場に集められていたヒーロー候補、その一人だろう。なにせ声にエコーがかかっていなかった。
だが、気になったのは眼前のグランド・ティーチャーの視線だった。
これからヒーローとしての自分に終止符が打たれるかの瀬戸際だというのに、彼の意識は俺でも、まして自分でもなく、第三者の元へと向けられていた。
『?、なんだ……』
俺はそれらの異変に習い、コンサートホールの壇上へとその意識を向けた。
すると、だ。
『―――ッ!?』
壇上に居たのは、一人の学生だった。
その右腕には、「
なんてことはない、ヒーローの変身。
ならば何故、彼……グランド・ティーチャーが驚愕しているのか。
その原因がなんであるか、俺には十分に理解できた。
……否、せざるを得なかった。
だってその動揺は、誰あろう俺も抱いたからだ。
そこに居たのは確かに、街角で遭遇した暴力沙汰の時に現れた少年だった。
―――名前は確か……そう。
「―――数の優位が劣勢の原因なら、僕が変身すれば……!」
「待て、因子の投与なく変身するのは危険だぁ!明通くん!」
明通、イクト。
街角で出会い、その雰囲気から少し過去の自分に重ねて勝手なシンパシーを抱いていた彼が、何故かこの戦場にいる。
非力だった俺は、何もかもを喪い、そしてその代わりにこの歪な力を手にいれた。
だが、彼は、あいつは、何も―――、
『な、んで……いや、そうじゃ……!』
―――いや、それよりも。
まずい、あの
一度でも変身してしまえば、きっと他のヒーロー達のように欲望に取り憑かれる。
……それはダメだ。彼のような誰かを助けようと思えるような義憤に溢れた人間であるのならば、なおのこと―――、
「―――もしもこの力が、誰かの窮地を救う為のものであるならば」
……彼は叫ぶ。
それはまるで、正義の味方の口上のよう。
その言葉は果たして、本人の心からのものか、
どうあれ、彼は確信したのだろう。
自分自身の力が、伸ばした手が、ヒーローという座についに届いたのだ、と。
「今が、その時だッ!」
<
変身機から、勇ましい語調の電子音声が鳴り響く。
そして彼自身の身体がその変身機から発される光に包まれた瞬間に、満を持してその一言は発された。
それはきっと、彼にとっては決意を伴った勇壮たる宣言で。
……俺にとってのそれは、復讐相手が一人増えたという、ただそれだけのことだった。
「―――変、身ッ!」
―――その言葉と共に、正義の光が戦場を包む。
誰もが目を覆い、眩むような輝きのなかでもなお、戦闘にすぐ移れるよう体勢を整える。
そのなかで俺、「リヴェンジャー」は、ただ光輝の前に立ち尽くすばかりで。
もしかしたらこれが、俺が求め、そしてなれたかもしれない本来の未来なのかもしれない―――と、
そのようにただ、腑に落ちるばかりであった。
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