chapter3-3:ヒーローのすゝめ




 ◇◇◇



『……それでは、あそこで何があったのか、改めて話してくれるね?』


 ―――「英雄達ブレイバーズ」のアオバ区支部の建物、その一室。

 そこで僕こと明通イクトは、先に起きた一件の説明のため、事情聴取をされていた。


 事情聴取といっても、ごく一般的な警察による物とは大きく異なる。

 その最たる違いは、聴取をする担当者がヒーローであること。


「はい、あの女性が不良の能力者たちに拐われそうになっていて……」


『それで、応戦した、と』


 僕の陳述に、ヒーローは頷きながら調書らしきものを録る。

 聞くところによるとこれは「英雄達」が能力者絡みの事件が発生した際に行う一種の慈善活動の一貫らしい。


 警察が事情聴取をしようとしても、相手は子供とはいえ能力者だ。その能力の強弱によっては、暴れ、脱走することなども考えられる。

 それに合わせて最近の警察の設備というのは更に厳重になっているとはいうものの、結局の所それは対処療法以上のものにはなり得ないのだ。


 ―――そこで「英雄達」が始めたのが、この事情聴取。

 能力者達よりも圧倒的な力を持つ「ヒーロー」という圧倒的な存在を担当者の位置に置くことで、万が一にも容疑者が暴れたとしても容易に鎮圧が行うことができる。


 そんな聴取に僕が今何故かけられているかといえば、あの場でまともに話ができる当事者が僕くらいしか居なかったからだ。

 僕は結局、犯人たちを止めるどころか一撃与えることすらも叶わなかった。

 だがそのお陰で「被害者」という体裁が整ったというのは、ある種の幸運だったのかもしれない。


「はい……とはいっても僕は向かっていっただけで、大した活躍もできなかったんですけど……」


 僕は徹頭徹尾素直に、眼の前のヒーローからの質問に答える。


「キミの持つ能力は?」


「「直感」……って呼ばれてます。身の危険とか、誰かの危機とか、そういうのに気付きやすいというか……」


 能力について聞かれたとき、自分の肩が一瞬震えたのがわかった。

 ……何を隠そう、僕は自分の持つ能力―――「直感」と呼ばれるものに、ある種のコンプレックスがあったのだ。


「発動も意識的にはできない能力、か」


「はい……」


 いつも、そうだった。


 遊んでいるとき、寝ているとき、辛いとき、悲しいとき。

 いつもそれを妨害するように、僕の脳裏には誰かの辛い顔、酷い光景が唐突にカットインしてきた。


 それが「人の危機を直感として感知する能力」であると知ったのは、小学生入学時の能力測定のとき。

 そこで初めて僕は、夢か幻かと思っていたその光景が、実際に周りで起きていた悲劇だということに気付いた。


 ……否、気付いてしまったのだ。


 その日の夜に見たビジョンを、僕は永遠に忘れることはないだろう。

 誰かに殴られ、倒れ伏す男性。

 彼は最後まで抵抗し、生きようとした。でも、無残にその命を散らして。


 ―――助けたい、と思った。


 誰かの危険が見えるこの力を活かして、どうにか人々を助けたいと思った。

 でもそれを為すにはあまりにも自分は無力で、不甲斐なくて。


 先の一件だってそうだ。

 咄嗟に見えたビジョンを頼りに現場に駆けつけ、相手に殴りかかったけれど、結果は散々なものであった。


 あの、黒髪の男性。


 もしあの人が来てくれなければ、僕も彼女も今頃はどうなっていたことか……



『もう一人の能力者は、知り合い?なにか、その人は名前とかは言っていなかった?』


 ひとしきり文章を書き終えると、目の前のヒーローはゆっくりと顔を上げ、質問をする。


 もう一人の能力者、「鳴瀬ユウ」さん。


 普段から鍛えているのだろう彼のその身のこなしは、僕を魅了するに十分すぎるほどの華麗さを誇っていた。

 颯爽と現れ、相手を鎮圧し余計な言葉も発せずその場を立ち去ろうとする。


 もし僕が名前を聞いたりしなければそれこそ正体不明であったはずの彼のことを、果たしてヒーローとはいえ目前の他人へと告げるべきか。


「いえ、初対面です……名前は……」


 ひとしきり考えたが、答えは出なかった。

 でも、約束が確かにあった。


(ただ、少し訳ありで、「英雄達」なんかには伝えないでくれると……)


 その言葉に、確かに僕は深く頷いた。

 約束を破るというのは、いけないことだ。例え相手が「英雄達」という正義の組織であったとしても、個人間の約束よりもそれが優先されることなど、あってはいけないだろう。


「―――名前は、わからないです。なにせ初対面だったもので……」


 だから僕は、嘘をついた。

 とはいえ犯人を隠したとか、そういうことではないのだからそこまで咎められるようなことでもあるまい。


 そう、胸に言い聞かせた。


『……なるほど、よくわかった。キミの話は目撃した人達の証言とも、犯人達の証言とも一致している』


 幸いにもヒーローはその小さな嘘には気づきもしなかったようで、今まで書いた調書や持ってきた文書などを纏め、席を立った。



『キミの行動は適正な判断だった、そう我々『英雄達』は認定する。このことで、警察のお世話になったり学校に連絡がきたりするようなことはないから』


 これで無事、無罪確定だ。

 英雄達から認定があれば、ここから煩わしい手続きに苛まれる心配もないし学校などへの連絡もない。


 正直今回のことで三番目に心配していたことではあったので、助かった。


「すみません、ありがとうございます……お手数おかけしました」


『いや、いいさ。願わくば、そのもう一人も加えたかったところだが……まぁ仕方がない』


「?」


 ヒーローの言葉は、何か裏に思惑があるようなものだった。

 それに対して僕がキョトンとした顔を浮かべていると、ヒーローは居住いを正して、一言告げる。




『―――キミに、良い報せがあるんだ』




 それは、僕にとっては願ってもない申し出で、これからの明通イクトの人生を大きく変える、分岐路でもあったのだった。



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