chapter2-8(end):復讐





「―――ユウゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!!





 …………あ、れ?」



 ―――その日俺は、叫びと共に目を覚ました。


 差し込む朝日と、見慣れた風景。

 決して夕暮れでもなく、町のど真ん中でもない一軒家の部屋。

 置き時計を見ると、針は朝7時を指している。

 カレンダーの日付は10月17日。間違いなく、俺の意識の上での騒動があった昨日、10月16日の翌日だ。


 つい先程まで夕方だったはずなのに、俺は気を失って……?


 俺は困惑のなかで、当然の疑問を抱く。

 あそこから家へと運ばれたのか、だがなんでよりにもよって一部が崩落した家の自室へ?

 起きたここは間違いなく俺の家だ。それだけは、住んでいた俺が間違えるはずもない。

 この慣れ親しんだ布団と間取りを、万が一にでも忘れるわけがないのだから。


 ―――だが、家はまだ警察でごった返していたはずでは……?



「ダイキうるさい!近所迷惑でしょ!」


 居間から響くのは、確かによく見知った母の声だ。

 外からは明るい日差し、そして鳥のさえずり声。およそ、事件現場とは思えない様相に俺は動揺する。


「あれ、母さん……うちって、ぶっ壊れたんじゃ……」


 つい口をついて出てしまった質問。

 だが、母さんはそれに対しておかしなものでも見るかのように言い放つ。


「?、なに寝ぼけてるの?」


「いや、え?だって……」


 俺は思わず、そう言って天井を見上げる。

 そうだ、あの大穴だ。


 怪人に化けたヒーロー、ホロウ・ヴィジョンと、成瀬ユウ―――リヴェンジャーが降ってきた穴が、確かに家には刻み込まれているはずだ。



 だがそう思い、見つめた先。


「――えっ?」


 ―――そこには、穴など一つもなかった。


 信じられないことに、昨日の襲撃やその調査の痕跡をひとつも残すことなく、我が家は一昨日までの平穏な姿を取り戻していたのである。



「どうしたんだ母さん、ダイキがどうしたって?」


「もう、ダイキったらずっと寝ぼけてるみたいで……」


 両親は居間から怪訝そうに、俺の姿を見守っている。


 その様子からは本気で心配してくれていることがうかがえる。

 少なくとも二人して俺を騙そうとしている、なんてことはないだろうと判断せざる得ない、説得力があったのだ。



「ほら、顔洗って来なさい、今日は学校だろ」


「うん……」


 俺は不承不承ながら、とぼとぼと洗面所に向かった。

 水を顔にかけ、しっかりと目を覚ます。



 ―――だが、何度見ても我が家の天井に、穴が空いているようなことはなかったのであった。





 ◇◇◇



『―――鳴瀬くん?一月前から登校してきてないでしょう?』


 クラスの担任―――勾当台ユイにそう言い放たれたとき、俺は大きく動揺したことは言うまでもない。

 たまらず周りにいたクラスメイト全員にも問いただしたのだが、それでも結果は同じ。


 ―――昨日、鳴瀬ユウは登校してきていない。


 その事実を誰もがあっさりと、簡単に受け入れた状態で授業が始まったのである。

 そんな状況下で、いつも以上に授業は頭に入らなくなるのは当然。


 結局俺は体調が悪いと告げ、昼休みすら待たずに早退することにしたのだった。



「どうなってんだよ、これ……」


 下校中に髪を無造作にかきあげながら、俺は頭を抱える。


 ―――まさか、あれは全部俺の夢だったのか?


 挙げ句の果てにはそんな不安すら抱くほどに、昨日の出来事を社会全体が忘却している。


 だが、確かに俺の知る「昨日」は来ている。

 それは今日の日付が証明しているし、昨日誰と下校し、何が起こったのかという記憶も確かにある。

 クラスメイト達に聞いたところ、「ディノ・バイト」というヒーローが学校へ来た事実までもが確かなのだ。


「……あ」


 ―――そのとき脳裏に過ったのは、リヴェンジャーよりも後から現れた、青い装甲に身をつつんだヒーローの言葉。



『……撤収するぞ、リヴェンジャー。作戦はこれにて無事完了だ、間もなく記憶処理、隠蔽部隊が来る』


 そうだ、記憶処理と隠蔽。

 確かにあの蒼いヒーローはそう口にしていた。


 もしかすると、彼らの所属する組織が手を回してあの事件の関係者の記憶を操作したのではないか?


 家の修復も、記憶の操作も、なにかしらの能力者が所属していれば容易におこなえるだろうし、「英雄達ブレイバーズ」に事件が露見しないように隠蔽を行ったと考えれば違和感はない。


 ―――というかこんな奇妙な状況、そうでなければ納得できない。


 俺はそう考えると、ゆっくりと頭を上げる。

 ふと街頭の巨大TVモニタを見ると、ニュースが流れている。

 そしてその下部に流れるテロップを見た時、俺の中の疑惑は確かな確信へと変わった。


 <何故?大規模追突事件発生の原因に迫る>



 流石に街中でのあれほどの大惨事を隠蔽しきることはできなかったらしい。

 結果、ヒーロー同士の交戦という情報がピンポイントで抹消され、暴走車両同士の大規模な追突事故として報道されているようだった。


『これはともすれば自動車メーカーの責任問題にもなりますよね、老若男女問わずの暴走なんて。もしくは西側の日本の仕掛けたテロか―――』


 コメンテーターの的はずれなコメントを聞き流しながら、俺はその場を去る。

 皆、真相を知らずに好き勝手に物事を語っている。

 あの騒動の渦中に居た「英雄達ブレイバーズ」のヒーローの悪行も、俺の親友の活躍も、皆知るよしもない。



 ―――そのときだった、信じられないものが眼に入ったのは。


「……ッ、あんたら!?」


「えっ……?」



 なに食わぬ顔で街中を歩く、二人の青年の姿。

 それが目に入った瞬間、俺の心臓の鼓動は加速度的に早くなる。


 命の危険、まさにそれを感じ、全身が俺に警鐘を鳴らす。なにせその二人の顔は、恐ろしいくらいに彼等に似て―――否、同一人物に他ならないほどに見覚えがあったのだ。


 ―――「ルーパー・リーパー」と、「ホロウ・ヴィジョン」。


 見紛うはずもない、自身の命を狙った襲撃者の変身解除後の姿が、そこにはあった。


「まさか、また俺を……!」



 俺は思わず二人を睨み付け、身構える。

 ―――きっとユウも近くに居ない、一体どうすれば……!?


 再三の命の危機。

 それをどう切り抜けようかと、俺の脳内はフル回転で思考を続けている。



 ―――だが、二人から発せられた言葉は、俺の想像の斜め上を行くものだった。


「春斗、その人は?」


「いや、知らない人……あの、どこかで会ったことあります?」




「え、あの、え?」


 唐突にあまりにも普通のテンションで話しかけられたせいで、変に叱ってしまう。



「あぁ実は俺ら、なんかちょっとした記憶喪失らしくって……道端で倒れてたところ拾われたンすけど、なんか能力まで消えてたりして」


「で、もしかして俺らのこと知ってたりします!?」


 二人は期待を込めた眼差しで、真っ直ぐに俺の顔を見つめてくる。

 ―――記憶、喪失?


 つまりは彼らは、俺のことを忘れている、ということだろうか。

 ……それがわかった瞬間、俺の全身の力は一気に抜けて、ふにゃふにゃとしゃがみこんでしまう。


 そうだ、これもきっと記憶処理部隊とやらの仕業だ。

 思えば俺の家族の記憶までもどうにかするような組織が、当事者である彼らの記憶をそのままにしておくわけがないじゃないか。


 一定の納得をした俺は、地面を見ながらため息をする。

 そしてゆっくりと顔を上げると。


「……?」


 二人が変なものでもみるように、こちらを見つめていた。


 ―――しまった、安心するより前にこの二人をどっかにいかせねば。


 そう考え、俺は咄嗟に適当に作った嘘で相手に対応する。


「あ、あー!実は前お二人に財布を拾ってもらったことがあってー!」


 記憶がないのであれば、これくらいは信じるだろう。

 そんな考えで、思わず口から出鱈目を口にする俺。


「ホント!?そっか、最近の俺らもやっぱヒーローっぽいことしようとしてたんだなぁ!」


 だがそんな適当な嘘でも、彼等はさも当然のように受け入れる。

 まるで疑わずに、ただ言葉通りに信じこむ姿はおよそ昨日までの狡猾な彼等とは別人。


「お前ならそのまま中身ちょっと盗んだりしそうなもんだけどなー」


「うっせ!」


 その軽妙かつ内容のないやりとりはむしろ、自分よりも年下の―――小中学生くらいのもののように思えて。


 ―――ヒーローの力なんてものを手にしなければ、この人たちはもっとまともな道を歩めていたのではないか。


 そんなことを考えるといたたまれなくて。


「ははは……それじゃ失礼しますー……」


 俺はそそくさと、その場を逃げるように後にしたのであった。



 ◇◇◇




 二人組と別れて数分。

 俺はいつもの夕暮れに、商店街の前を通りながら思案を続けていた。

 それというのも、未だに解明されてない謎があったからだ。


 街中は概ね修復され、関係者の記憶も徹底的に隠蔽された。今ではこの街にいる誰もが、昨日までの一件を完全になかったこととして無意識のうちに記憶から忘れ去っている。


 ―――そんななかで、どうして俺の記憶は保持されているのか。


 俺の記憶は、ある一定期間のみ消去されている。

 ホロウ・ヴィジョンの再度の襲撃、そしてその決着とリヴェンジャー―――鳴瀬ユウとの別れの瞬間。


 その直後から自宅で目を覚ますまでの期間の記憶が、まるで電源が落とされていたかのように欠落している。


 それは、いったい何故か。


「―――あぁ」



 ―――瞬間、俺は真実に思い至る。

 というのも人混みのなか、その雑踏の最中に見知った人影を見つけたからだ。



 その人影はこちらを認めると、優しい笑顔で静かに首を横に振る。


 ―――「この数日間僕達は出会わなかった、そう思ってくれ」と、そう告げるかのように。


 俺はそれに頷くように俯き、再び表を上げる。



 するとそこには、誰も居ない。


 ―――否、初めから誰もいなかったのだ。


 黒いヒーローも、親友との再会も、全てが夢だ。

 それが事実なのだと、俺はここに至ってようやく得心がいった。


 そう思うことが、お互いの平穏となり、救いとなるのだと。


 だけど、それとは違う思いはある。

 一月以上も出席してこないクラスメイトを、どうにか教室へと呼び戻したいという思いはどうしても捨てきれるものではないのだ。



 ―――だから、俺は諦めない。

 いつか再びクラス全員で笑い合えるその日を、俺は信じ続けよう。


 この記憶を誰にも話さず持ち続け、いつか、きっと来る好機にぶちまけ、親友を助ける。

 それこそがきっと、俺がすべきこの理不尽な世界への「復讐」だ。


 一人の復讐者は、親友の助けになれる日が来ることを願い、見えない明日へと歩みだす。


 一人の復讐者は、親友や家族、属する全てを護るために、血と泥に塗れた連獄のような不明の未来へとその足を沈める。


 二人の道が交わる日はいつか来るのか。

 それはきっと、本人にも、神にも誰にも分からない。



 だけど、2つだけ確かに言えることがある。



「―――ずっと、お前が帰ってくるのを待ってくるからな、ユウ」




 この地球は丸いのだから、長く続く道を歩き続ける限り、必ず道が重なる日は来るということ。


 そして俺、国見ヶ丘ダイキが親友のことを信じ続けている限り、不可能なんて決してない、ということ。


 それだけがきっと、何者にも否定できない、俺たちだけの真実なのだから。




 ―――chapter2,END

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