chapter2-7:去り行く友よ



「――――――やめろ、ユウ!!!」




 咄嗟に出た、俺―――国見ヶ丘ダイキの言葉。

 曖昧で、不確かな確信からの物であったその言葉は、確かに辺りへと響き渡った。



 そしてその声に、黒いヒーロー―――リヴェンジャーは、確かに動きを止めたのである。



『―――』


 しばしの固い沈黙。

 だが、その反応だけで、国見ヶ丘ダイキが自分の確信を本当だと理解するには十分だった。


「ユウ、なんだな……?」


 恐る恐る口にした言葉。

 当然、信じたくはなかった。目の前で人殺しを相手にしてとはいえ、命を以て罪を処断しようとしてる仮面の男が、自分の親友だったなんて。


 ―――リヴェンジャーはこちらを見ると、青年の首を掴んでいた手をあっけなく離す。



「ぐふぉあっ!?げほっ、げほっ……」


 締め上げられていた少年は力なく落下し、窒息しかけた喉を抑えながら咳き込み悶えている。


 そんな足元の人物を羽虫でも見るかのように一瞥した後、彼は俺へと視線を向けた。



『―――気付いてたのか、ダイキ」



 ―――その声から、電子の加工の色が消える。

 変身を解除こそしないものの、そこに居て話しているのは間違いなく、「鳴瀬なるせユウ」その人だ。


 理屈ではなく、直感でわかる。

 ホロウ・ヴィジョンの映し出した偽物とは違い、昔とは全く違う口調、声色。


 だが、そこには偽物には出せない本人と直感させる何かが、間違いなく介在していたのだ。

 親友である俺だけに分かる、本能的な直感。


 それが彼を鳴瀬ユウだと、俺が確かな確信を持つにたる理由だ。



「……あぁ、昨日の夜から、違和感はあった」



「……そうか」


 俺の言葉に、リヴェンジャー―――ユウは小さく俯く。


 ―――その仕草には覚えがあった。


 なにか辛いことや、悲しいことがあると彼はいつもああやって肩を落とし、俯くのだ。


 ―――俺はそれを見て、ふと彼とは反対に天を仰ぐ。


 変わってしまった彼の中に、変わらないものを少し見出だせた気がして、俺はどこか安心した、のかもしれない。


 でも、だからこそ。

 そうであれば尚更に、俺には友に聞かねばならぬことがあった。


「どうして、お前がそんな……あの爆発事故と、なんか関係が―――」



「悪い、答えられない」


 ばっさりと、切り捨てられた問い。

 だがそれだけで十分だった。


 彼が今、他人に事情を知らせられないような立場にある。

 もしくは何らかの巨大な組織に属している、とか。


 俺は一呼吸置いて、心を落ち着ける。


 ―――大丈夫だ、落ち着け俺。


 少なくとも、ユウが属しているのは悪事を働くヒーローを優先して撃破対象にする程度には真っ当な組織のはず。

 それが分かったことで、幾分かの安堵には十分な材料だ。



 ―――だから、直近で一番に聞かなければならないことを。



「……その人、殺す気なのか?」



 その問いは現状最も重要とすら言える問いだった。

 彼が意地でも人殺しをしようするのか、もしくはあのルーパー・リーパーの時のようにただ確保して去るだけか。


 どちらにせよ、俺の伝えたい言葉はただひとつだ。


 ―――なにもお前が、その手を、血で汚す必要なんて。



「……あぁ、当然だ。周りを見てみろ」


 だが、それに対し帰ってきたのはただ冷たい言葉。


「今日だけで、こいつは何人殺した?こいつが辺りにばら蒔いた下らない幻覚のせいで、ここは滅茶苦茶だ」


「こんな奴等が正義な訳が、英雄な訳がないんだよ。面白半分に人を笑顔で殺すコイツらみたいな屑を、生かして置く理由なんてない」


「それは、そうだと思う……でも、だからってお前が人殺しをする必要なんて……」


 心からの、俺の言葉。



「……」


 だがユウはそれに対し、またも俯きながらつぶやく。


「……もう、手遅れなんだよ、ダイキ。俺の手はもう、とっくに汚れてるんだ」



 ―――その言葉が意味するところは、ただひとつ。

 やはりユウは、俺の親友は、既に人の命を……


「ユウ、お前……」


「だから、これが―――」


 ユウの声が、変化する。

 冷たく重く、そしてエコーがかかって真意を計りかねるその声。

 それはまるで、今までの関係との訣別を意味するかのような変わりかたで。


『これが、俺に似合いの仕事なんだよ』



『―――さぁ、猶予は終わりだ。ここで死ね』



 ユウ―――「リヴェンジャー」はそう言い放つと、再び足元に無様に転がり逃げ出そうとしている少年を持ち上げる。


 だが持ち上げるその少年の様子には、今までのような余裕も命乞いの様相がいっさいない。


 ―――当然だ、先程からの俺との問答で、如何にリヴェンジャーがヒーローの殺害に抵抗がないか、十二分に知れ渡ったのだから。


 命乞いをしても、助からないとしってしまった彼はただ、後悔を口にするばかり。


「嫌だ、いやだァ……リーパー……春斗、助け―――」


 話す言葉といえば、自分の目の前に直面した死への恐怖と、リヴェンジャー達に拐われた友への助けを乞う言葉のみ。


 そして、リヴェンジャーはそんな彼へと拳を振り上げる。


 それを振り下ろせば、少年は間違いなく死ぬだろう。万が一にもヒーローの拳を生身で受けなどしたら、どれほど凄惨な光景が広がることか、想像に難くは―――、



 ……だが、そう俺が述懐したその瞬間、辺りに発砲音のようなものが響いた。


 ―――刹那、一筋の閃光が稲妻の如く宙を走る。


『―――っ』


 俺がそれに気付いた瞬間、リヴェンジャーは少年その手から落とし、痛そうに腕を抑えていた。


 ―――そう。ユウが腕を撃たれたのだ、何者かに。


 幸いにもダメージは僅かであるようで、すかさず彼は銃弾の飛来した元、狙撃主の方角を仰ぎ見る。

 見るとその視線の先、小高いビルの屋上には確かに人影があった。人影、といっても一般的な人間物とは思えない機械的な姿だが。



『―――そこまでだ、「リヴェンジャー」』


 ―――響き渡る声。

 それはリヴェンジャーのものと同じくエコーがかった声であったが、どうやら成人男性の物のように聞こえる。


 そして次の瞬間、俺とユウ達の間に黒い影が舞い降りる。


『その男をこちらに差し出せ。ソイツは能力摘出対象者、「アンチテーゼ」本部の許可無く殺害することは許されない』


 その影はインナースーツがグレーで、深い蒼色の装甲の装甲を纏ったヒーローのものだ。

 片腕は前腕部から先が丸々狙撃銃のようになっており、その姿は先程の射撃の主が彼自身であることをまざまざと物語っているようであった。



『……早かったな、「スナイプ・グレイブ」』


『貴様がこの程度の雑魚に苦戦していなければ、間に合わなかっただろうな』


 ―――新手のヒーロー、リヴェンジャーに「スナイプ・グレイブ」と呼ばれた男はそう言い、片腕に取り付けられた銃の砲口を向ける。


 そこに、躊躇ちゅうちょというものは感じられない、

 あるのは「言うとおりにしなければ撃つ」という、問答無用の覚悟。


『……』


 その本気さを悟ってかリヴェンジャー―――ユウは、もはや恐怖で気を失い倒れ伏すばかりのホロウ・ヴィジョン、だった青年から遠ざかる。



 それを見たスナイプ・グレイブは一足飛びで青年の元へと向かい、その身体を肩で担ぎ上げた。

 そして耳元を抑え、どこかへと電話するかのように言葉を発声する。


『レイカさん、こちら対象を確保しました』



『……撤収するぞ、リヴェンジャー。作戦はこれにて無事完了だ、間もなく記憶処理、隠蔽部隊が来る』


 スナイプ・グレイブと呼ばれたヒーローは、リヴェンジャーへと撤退命令を報せる。

 だがリヴェンジャーはそれにすぐ返事をせず、一瞬こちらを一瞥いちべつした。


 そんなリヴェンジャーを見て、スナイプ・グレイブは返事を待たずに背部のブースターから煙を吹き上げる。


『―――これ以上反抗するなら、次はゴム弾ではなく実弾にて相手をせざるを得ない、そのつもりで』


 去り際、スナイプ・グレイブはそう言い捨て飛び上がり、ビル街も抜け空へと消えていく。

 その加速はまるでロケットのようで、俺が煙に呆気をとられている隙に彼の姿は見えなくなってしまった。



『……了解、雇われは辛いな』


 リヴェンジャーは、誰にともなく呟く。

 そして辺りの惨状にも目を向けず、俺にすら視線をよこさずに撤退しようとする。


 ―――行って欲しくない。


「ユウ!」


 心の底からその気持ちを込めて、俺はアイツの名を叫んだ。

 10年近く呼び続けた、親友の名前。

 俺の知らないうちに変貌し、そして今また俺の預かり知らぬ世界へと足を踏み入れようとする友の名を。



「―――じゃあね、ダイキ。楽しかったよ、今まで」



 ―――その意図が、伝わったのかは分からない。


 だが、その時最後に聞いたその言葉に、エコーがかった加工や虚飾は一切なかった。


 きっとそれは心からの言葉。

 辺りの野次馬に正体を悟られずに、俺に本当の気持ちを伝える為、それだけの為に有りのままの声を響かせた彼の気遣い。


 そこには確かに、俺の知る誰よりも優しい彼の姿がそこにはあったのだ。



「待って……待て……!ユウ!」



 俺は叫ぶ。

 そしてそんな彼が、修羅にちざるを得なかったこと。

 大事な時に共に居てやれず、ちからになってあげられなかったこと。


 ―――それが、どうしようもなく悔しくて。





「―――ユウッ!」




 ―――その姿が見えなくなったあとも、慟哭どうこくの如く彼の名を雄叫おたけぶことしか、無力な俺には出来なかったのだった。


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