chapter2-6:何故友は悪魔に魂を売ったのか






「え……?」


 ―――目の前の光景にただ、呆然とした。


 辺りには、俺以外にも野次馬たちが大勢ごった返しており、その惨状を撮ろうとするものや、通報するものでいっぱいだ。


 そして俺の眼前、そこには殴られたはずの「鳴瀬ユウ」の姿は無く、突然現れた黒いヒーローが立ち尽くすばかり。


 そして、殴られたのであろう傷を擦る、昨夜の襲撃者「ホロウ・ヴィジョン」の姿。


 そうだ、彼の能力は―――、


「幻、影……?」


 まさか、あの学校を出たときに感じた違和感。

 そしてこの車酔いのような―――否、3Dのごとき倦怠感。


 そしてフラッシュバックしたのは、昨日の戦闘でのそのヒーローの姿だ。

 自身の姿を透明にし、そして怪人の姿へと擬態する。


 そう、擬態、幻影を見せて何かに化けるのがあのヒーロー、「ホロウ・ヴィジョン」の能力に他ならない。


 そう思い立った瞬間、脳裏で点と線が結び付き今までの謎が一斉に解決する。


 ―――まさか、今まで感じた違和感の原因はすべて、あのヒーローの造り出した虚像……!?




 そんな疑念の目で俺が睨み付けると、偽鳴瀬ユウ―――もといホロウ・ヴィジョンは慌てたように、黒いヒーローへと怒鳴り付ける。


『お前、なんでまた来るんだよ!?まさか、そいつの近くでずっと張ってたのか、俺を倒すために!?』


 見苦しい慌て方。

 嘘が暴かれたことに逆ギレして暴れまわっている、同年代とは思えないほどに幼稚な姿がそこにあった。


 だがその問いへの答えは、正直ダイキも気になるところではある。

 偶然、にしてはあまりにもタイミングが良すぎるのだ、黒いヒーローの突然の救援。


 そして彼が現れたのは、ホロウ・ヴィジョンが俺を殺そうとする、今まさにその瞬間。

 となれば昨夜からずっと、ホロウ・ヴィジョンのことを着けていたのか、一晩中?



『半分正解で、半分外れだ……お前みたいな小物を注視してるほど俺も暇じゃない、自惚れんな』


 だがその疑問を、黒いヒーローはばっさりとシャットアウトする。

 まるで「今から倒す相手と話すことなんてない」、そう告げるように。


 そして、その返答に頭に血が登ったのは当の質問者、ホロウ・ヴィジョンだ。


『くそ、がァ!』


 彼は勢いよく起き上がると、そのまま黒いヒーローへと突撃を試みる。

 自分のような一般人であれば、とても相対の構えすら取れない速さ。


 ―――だが、昨夜の黒いヒーロー、そして「ルーパー・リーパー」の動きを思うと、いくぶんか見劣りする速度だ、と国見ヶ丘ダイキは直感的に感じた。


『だから、遅いって』


 そしてその認識は、黒いヒーローも同じだったらしい。

 向かってきたホロウ・ヴィジョンのタックルを難なくいなし、その無防備な背中へと狙いを澄ます。


 刹那、強烈な打撃がホロウ・ヴィジョンの背後、肩口の付近へと直撃する。


『ぐうあッ!?』


 それを食らったホロウ・ヴィジョンはたまらず体勢を崩しざるを得ない。

 しかもタックルの勢いを殺されずにいなされていた彼は、そのまま痛みに耐えかね横転。


 無様に転がりながら、たまらず大地に倒れ伏した。


『くそ……いや、へへ』


 ―――だが、その表情は苦痛に耐えるものではなく、嘲るように口角が上がる。

 それはまるで自分自身の勝利を確信したかのような、優越感に満ちたもの。


 それを見て俺も、黒いヒーローも、思わず不気味に思い動きが止まる。


『―――これなら、どうだ?』


 ―――瞬間。


 辺りが激しい閃光に包まれる。


「うわっ!?」


 四方八方へと照射された異常な光量の奔流。

 その全てはホロウ・ヴィジョンの全身にくくりつけられたカメラ、もしくはモニタ状の形をした鎧から一斉に放出されたものだ。


 俺はそれを受けて、思わず目を閉じてしまう。

 おそらくは黒いヒーローも、目を閉じるとはいかないまでも、顔くらいは背けただろう。


「まぶっし……」


 思わぬ閃光に目が眩んだ俺は、恐る恐るその瞳を開く。

 そして、目元をごしごしと掻きながら俺が振り替えると、そこには。




『……!』



 俺は、思わず驚きに目を見開く。

 そこには、信じられないような奇妙な光景が広がっていたのだ。




 ―――ホロウ・ヴィジョンが、12人に増えている?



 それは、非常に奇っ怪な様相だった。


 黒いヒーローをぐるりと囲むように、12人のホロウ・ヴィジョンが仁王立ちの姿勢をとっているのだ。



『―――』


 それに対し、黒いヒーローは少し動揺したような素振りを見せるが、臆することなく構えをとる。


 その拳に迷いはなく、「ただ目の前に居る者を打ち破る」という信念だけが燃え、全身からエネルギーの燐光が蒸気のように迸る。



『―――ッ』


 ―――瞬間、黒いヒーローは地を蹴り拳を翳す。

 その縮地めいた高速移動をするヒーローの拳が狙う先は、先ほどまで本体であろうヒーローが立っていた地点、そこに居るホロウ・ヴィジョンだ。



『うわ、来るな!?』


 攻撃対象となったホロウ・ヴィジョンはそんなオーバーリアクションを取りながら、殴られることに対して怯えるように身をすくめる。



 ―――そして、拳が着弾する。




『……あーあ残念、外れだ』



 ―――だが、その破壊力がホロウ・ヴィジョンにダメージを与えることはなかった。

 殴られたホロウ・ヴィジョン―――否、それを表示したはまるでモニタの電源を切ったかのように消滅したのだ。


 そしてその中を突き抜けた黒いヒーローの腹部を、その真下にいつの間にか出現していたホロウ・ヴィジョンが捉える。


 黒いヒーローは瞬間的にそれに気付いたのか、反射的に受け身をとろうとするが―――



『……ガッ―――!?』


 ホロウ・ヴィジョンの強烈な蹴りが、真っ直ぐにその肉体へと打ち付けられた。


 防御姿勢を取ることすらできずに攻撃を喰らった黒いヒーローは、その蹴りの衝撃に耐えられずに大きく吹き飛ぶ。


 そして近くのビルへと衝突した黒いヒーローは、巻き起こった土煙と砕けるガラス、コンクリートと共に地面に打ち付けられる。



『さっきまでの威勢はどうしたよ、ヒーローもどき?』



 嘲るような声。

 それと同時に12人の分身が一斉に、黒いヒーローの落下地点へと向かっていく。


 黒いヒーローはゆらゆらと起き上がるが、思いの外ダメージがでかかったようで十全の状態での迎撃とはならない。


『自惚れてんのは―――』


 そんな相手の都合など無視し、12体のホロウ・ヴィジョンは全く同じ速度、同じ走り方で強襲をかける。


 当然黒いヒーローは迎撃の構えを取る。


 だが本体がどれか分からない黒いヒーローには、向かってきた相手を撃退することしかできないのだ。

 そして1体の攻撃を避け、2体目の拳を受け止めようとしたその瞬間―――、


『アンタのほうだったな』


『―――ッ!?』


 突如、黒いヒーローが吹き飛ばされる。


 完全なる死角からの攻撃。当然だ、全身に目でもついていない限り前後左右、全方位からの攻撃などおよそ関知できるはずもない。

 それどころか、関知できたとしてもどれが本物かもわからない十二人の幻影を同時に対処するなど、とてもじゃないが不可能だ。


 ―――かくしてその攻撃の勢いのままに道路を転がり、激突するヒーロー。

 それに対し、ホロウ・ヴィジョンは言い放つ。


『調べたぜ?アンタのこと。「英雄達ブレイバーズ」所属じゃない、一切合切が詳細不明で神出鬼没の黒い仮面の英雄……「リヴェンジャー」、だって?』


 ―――「リヴェンジャー」。

 それが、あのヒーローの名前か。

 俺は遂に知ることのできた黒いヒーローの本名を、脳裏に刻み込む。


 ……しかし、「英雄達ブレイバーズ」所属じゃない?

 ヒーローになるための道具は、「英雄達ブレイバーズ」によってのみ管理されていると聴く。

 その情報秘匿レベルは凄まじく高いらしく、国や警察ですらその技術がどこからやってきたのか検討もつかないと、そういう噂だ。


 そんなものを、個人で持っている?

 それとももしかしたら、なんらかの目的を持った集団で―――、



『……名が、知れてるとは光栄だな、俺みたいな新人が』


 俺がそんな邪推をしている最中も、会話は続く。

 相手の言葉にリヴェンジャーは皮肉めいた言葉を吐き捨て、それでもなお立ち上がろうと身を起こす。


 それは苦し紛れの独白、ただそれだけだったのかもしれない。

 ―――だがその中の「新人」という言葉、それが胸のどこかに引っ掛かって。


『らしいなぁ、アンタの出現はつい一月近く前、つまりはアンタが力を得たのもそんときってわけだろ?』


 その言葉と共に、再び拳と蹴りの応酬が黒いヒーロー―――否、「リヴェンジャー」を再び襲う。


 最初のうちには倒れてもすぐに起き上がっていたリヴェンジャーだが、それも時間の経過と共にダメージが大きくなっていく。


『グァ……ッ!?』


『―――道理で、戦い慣れてないわけだ』


 幻影を織り混ぜた、容赦のない数多の攻撃。


『……グ……ゥ……ッ!』



『アンタはヒーロー相手に戦い慣れてない、ただその馬鹿みてぇに強大な力を振り回してるだけだ』


『それじゃあ初見殺しはできても、二度目はない』


 罵詈雑言と、鋭い打撃の数々。

 それに反撃することもできずに耐え続けるリヴェンジャーの姿は、悲痛という言葉が似合う様相で、俺は思わずみていられなくなってしまう。


 一通り殴打を繰り返したホロウ・ヴィジョンは肩を回しながら、それを見下ろして言い放つ。


『アンタはここで死ぬんだ、俺の幻影に呑まれて。何が見たい?リクエストに答えるぜ?』


 つまりは、時間。

 彼の遊びはようやく終わり、ついに必殺の時が来たということ。


『―――人生最期の光景なんだ、精々幸せの中で殺してやるよ』


 そう言うホロウ・ヴィジョンの声色はひどく愉しげだ。

 昨日は散々と辛酸を舐めさせられた目の前の外敵を、一方的になぶって排除できる。

 そんな喜びでいっぱいの彼は、そのスーツの奥で下卑た笑顔を浮かべながら除きこんでいることだろう。


 ―――だが、


『あぁ……、そうだな、俺が見たいものは……』



 リヴェンジャーは、諦めてはいなかった。

 いや、その表現は違うかもしれない。


 その立ち上がる姿に、今までのような疲弊した雰囲気は感じられない。


 むしろ、逆。

 まるで、この瞬間、タイミングが来ることを待っていたかのように―――、


『―――お前が負けた時の無様な顔、かな』



 そう、言い放ったのであった。




『―――ッ!粋がんなよ、新参者リヴェンジャーァ!!!?』


 それに対して、当然のごとくホロウ・ヴィジョンは激昂する。

 先ほどまで押されていたはずの相手が、平気な顔で減らず口を叩いてきているのだ、頭に来るのも無理はない。


『これでェ……死ねェッ!!!』


 ―――だが、その煽り体制の有無が勝負を分けた。




『……確かに、この中から本体を探し出すのは骨が折れる』


 十二人のホロウ・ヴィジョンが、今まさに飛びかかろうかという最中。


『だから、これを使おうか』



 リヴェンジャーは平静に、どこからともなく長方形の物体を取り出す。


 ―――あれは、記憶触媒メモリ・カタリスト


 俺は見間違いかと思いつつ、それをよく見る。

 あの見た目、確かに記憶触媒メモリ・カタリストだ。


 この街では広く使われている記録媒体。

 その容量は1000円台のものでも3TBを超え、普段使いするぶんには一家に一つあれば十分すぎる性能を誇っている日用品。


 ―――だが、それが何故このタイミングで?


 そしてリヴェンジャーが表面にあるボタンを押下した、瞬間。



 <REAPERリーパー



 そんな電子音声が、辺りへと響き渡った。

 ―――その音を聞いて血相を変えたように震えだしたのは、ホロウ・ヴィジョンだ。


『な……!?それは、ルーパー・リーパーの!?なんでお前が―――』


 ホロウ・ヴィジョンはそう言い、狼狽えながらも十二人一斉に指を差す。


 そしてリヴェンジャーはそれを無視しながら、腕に付けられた機械にそれを近付けて、装填する。


『お前の友達の力、お借りする』



 <<REAPERリーパー能力抽出エクストラクト>>



 装填した瞬間、鳴り響く電子音声。

 それと共に、怪しげな黒い霧が彼の足元から現れ、そして―――、


 瞬間、リヴェンジャーの姿は現れた煙と共に、その場から消失したのであった。



『―――へ?逃げ……』



 消えたリヴェンジャーのその姿を、俺も十二人のホロウ・ヴィジョンも右往左往と探す。

 そして。


「え?」


 惨状を前に立ち尽くしていた一人のサラリーマンの後ろに、それは現れる。

 そしてリヴェンジャーはおもむろに拳を振りかぶり……、


「えっ……!?」


『―――お前が、本体か』



 問答無用で、拳を振り下ろした。




「……グブォアァ!!!?』


 殴られたサラリーマンは、悲痛な叫び声を上げながら吹き飛ばされる。

 だが、そこに噴き出す血のような物はない。

 あるのはホログラムめいた、画像の揺らぎ。


 ―――そう、そのサラリーマンこそがホロウ・ヴィジョンの化けた姿だったのだ。


 幻影を操作しながら攻撃を加えるには、リヴェンジャーをその視界に捉える必要があったのだろう。

 だからこそ対象を視認していても違和感のない野次馬に紛れ、安全地帯で高見の見物をしていた。


 おそらくは、分身の攻撃のタイミングに合わせてその瞬間だけ透明になって、背後などから攻撃きていたのだ。素人考えだがきっと、そういうことだろう。



 ―――そして全てを暴かれたホロウ・ヴィジョンは、無様に大地に転がり苦悶の表情を浮かべる。


 そして、転がるなかでその腕から、金色の機械が外れ転がり落ちた。


『なっ、変身機トランサー……!?」


 外れた機械から、白い記憶触媒メモリ・カタリストが転げ落ちる。


 それと同時に、ホロウ・ヴィジョンの『変身』が解け、その正体が明らかとなる。



「……ッ」



 ―――俺やユウとそうは変わらなそうな年の、極々平凡そうな少年。

 それが、俺や家族を殺そうときてきたヒーローの、正体だったのだ。


 俺は、そのことに怒りを通り越して憐憫れんびんすら抱く。

 今この世界の若者の誰もが持つ異能力、それだけでも一部の人間の増長を招いたからこそ、「英雄達ブレイバーズ」なんて組織ができたはずなのだ。


 なのに今度は、その「英雄達ブレイバーズ」に入って手にした「ヒーロー」という肩書きと能力が、若者に新たな増長と腐敗を招く結果になるだなんて。



 俺がそんな思いを抱いている最中、少年は地面に転がった機械と記憶触媒メモリ・カタリストを手にしようと、瓦礫のなかを這い回る。


 ―――だがその手が届く前に、目標の道具たちは黒いヒーロー、「リヴェンジャー」の手に回収される。



「クソ、返せ、俺の―――」


 少年は怒りに燃えた目で、リヴェンジャーの足へと掴みかかる。


 ―――だが、それはリヴェンジャーも同じだった。


「グ、ァ……!?」


 リヴェンジャーは少年の首を掴むと、締め上げながら持ち上げる。

 足を掴んでいた手は、苦しみのあまり離され、少年は抵抗することすらできずに宙へと浮く。



「待、待ってくれ、殺さ、殺さない、で……」


 少年は恐怖にまみれた表情で、眼下の黒い復讐者へと命乞いをする。

 その顔は泣きじゃくっており、どこか後悔に染まったものでもあるように見える。



『あぁ、普段なら殺さない。だけど―――』



『―――よりにもよって二度もの命を狙った、お前だけは特別だ』


 だが、リヴェンジャーはそれを完全に拒否する。

“アイツ“、つまりは俺を二度も襲撃したという、そんな理由で。

 その声にはエフェクトがかったエコーがかかっていたが、だが、その瞬間だけ。


 そのごく瞬間、その声が鮮明に、見知った声に聞こえたような気がして。




 ―――そしてそのこと、そしてこれまでの言葉や行動の数々。

 その結実によって、俺は全てを理解するに至った。



 新人、一月前、そして―――復讐者という名前。


「ひ、ヒィ……!?」


 目前に懸かる命の危機に、何も出来ずただ怯える少年。

 それに対し、その身体を宙へと掴み上げているリヴェンジャーは手心を加える気は一切ない様子だ。


 ―――間違いない、本気で殺そうとしている、目の前の力を失った少年を。




 ……どうして、なんでそこまで変わってしまったのか。

 それを聞きたくて、こんなことはやめさせたくて―――、



 だから、俺はたまらずに叫んだ。叫んでしまったのだ。



 ―――その、悪魔に魂を売ってしまった、大切な友の名を。




「――――――やめろ、ユウ!!!」


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