chapter2-5:幻妖、再び





「じゃあ、ゲーセンに行こうか、ダイキ」



「おう……」




 下校途中の夕暮れの、商店街。

 退勤、下校ラッシュのその時間を俺らは歩き、久々のゲームセンターへと向かっていた。

 辺りには学生は誰もいない。

 恐らくは皆、先程のヒーローの周りで今も行列を成しているのだろう。



 ―――それにしても、なんだか体調が悪い。


 まるで車酔いになったかのような感覚が、ずっと続いてような気持ちの悪さ。

 先程学校にいた時はこんなことはなかったのだが……


 まぁ、二人で遊ぶのに支障があるほどではないだろう。

 折角久々にユウと遊んで回れるのだ、この程度の不調でダウンしてはいられない。


 そう思い、自分の体調に関しては考えるのをやめて辺りを見渡す。


 それにしても、今は夕方だ。

 辺りはにわかに人通りが多くなる時間帯―――のはずなのだが。


「人が……いない?」



 周りを見渡すと、びっくりするほどに人通りはない。

 道端には何人か見えるが、その人たちも特になにかをするでも話すでもなく、突っ立っているばかり。




「なんだ、これ……」


「なんか今日、人少ないね……まぁでも、これならゲーセンも空いてる気がするよ」


 ―――あぁ、ユウの言葉は最もだ。


彼の言葉はいつも以上に、俺の頭にすっと入る。

 確かに人通りのなさが気になりはするが、ともすればこれは好機かもしれない。

 もしかしたら、いつも行列の出来ているアーケードゲームだって並ばずに連続で遊べるかも。

 そう思うと、少しは違和感と体調への不安も晴れるというものだ。


 この目眩だって、もしかしたら授業中寝すぎて身体がまだ目覚めきってないせいかもしれない。

 ならば尚更、ゲーセンで筐体にでも触って覚まさなければ、爆音を聞けば嫌でも目が覚めるだろうし。



 ―――そうして俺たちは、交差点の前へと辿り着く。

 信号は赤で、その向こうには目的のゲームセンターのあるアーケード街。


 信号が青になったら、そこを渡るだけ。


 しかも今は人通りがびっくりするほどなく、車通りに至っては一切走っていない。

 なんであれば信号無視して渡ったって誰も咎めはしないだろう。



「ま、普通に待つけど……」



 とはいえそこまで急いでるわけでもない。

 交通ルールを無視してまで急ぐほどゲームに魂を売っているわけでもないしと、当たり前にダイキは信号が変わるのを待った。


 視界の右に見える信号が赤に変わる。

 もうすぐ、俺らが今から向かう方向の信号も青に鳴る頃だ。


 そして、遂に。





 <<<信ご■が、あ■になり■ した>>>




 信号が、青になった。

 もう渡ってもいい、いい、はずだ。


 ―――だが、何故だろう。


 足を踏み出すその瞬間、言い様のない強烈な違和感が、俺を襲った。


「どうしたの、ダイキ?ほら、青だよ?」


 横断歩道の真ん中、中央分離帯のところで先に渡っていたのであろうユウが手を振る。

当然だろう、だって青信号なのだから。

 確かにユウの言うとおり、車が来るわけでもないし、なにも気兼ねせずにもう渡っていいはずだ。


 だが―――


 なにかが、おかしい。





「……はやく、渡ってよ?僕と遊びたくないの?」


「いや、そんな―――」




 足を踏み出すことをしない俺に対し、ユウの語気が強くなる。

 その声は、今までに聴いたことがないほどに強烈な敵意を秘めた物で、俺は少し焦りを覚える。


 昔喧嘩したときだって、これほどまでに糾弾するような言い方はしなかった。

 まるで、人が変わったようで……




「ほら、早く」




 しかしてそこまで言われては、ダイキとしても断る理由はない。自分のなかの何かがそれを拒否しているが、一先ず今は友の元に行くしかないのだ。




 そして気圧された俺は、仕方なく足を一歩踏み出し―――、






『―――止まれ、ダイキ』



 道路に踏み出すその瞬間に聞こえた声に、足を止めた。







 ◇◇◇





「え―――?」




不意に閃光に包まれたような感覚を覚え、俺は一瞬目を瞑る。


そして、次に目を開くと。




 ―――瞬間、辺りの風景の雰囲気が変わった。

 それはまるで、張りぼて、平面のようだった背景が急に立体的な実像へと変換されたような、そんな違和感。




 自分の目の前には横断歩道、それは変わらない。



 ―――だが、その信号は赤。




 そして。




「きゃあっ!?」




「なんだあの車、あんな速度で!?」



「人が居るのに、なんであいつら止まらねぇんだ!?」



飛び交う、怒号。


「私の子が―――」






 絶え間なく響き続ける衝突音と爆音。

 幾重もの悲鳴、そして―――、





 ―――時速100kmはあろうという速度で国見ヶ丘ダイキの前を車が何台も走っては正面衝突し、爆発する異常な光景。




「なんだよ、これ……!?」


 思わず、俺は腰が抜ける。

 意味が分からなかった、どうして急にこんな……!?


 時速100kmで真っ向から正面衝突し、宙へと吹き飛ぶ何台もの車。

 そのうちの一台がアーケード近くのビルへと着弾し、黒煙をあげる。


 吹き飛ばされた車たちはまるで子供の投げた玩具のように宙を舞い、辺りへと悪戯に被害を拡大する。


飛び散る瓦礫、潰される人々、逃げ惑う人々。



 その光景はまるで、ここが戦場かなにかだと錯覚させるような様相で。



『―――大丈夫か』


「!?」



 その時不意に近くから響いた、エコーがかった声。

 それを聞いた瞬間、血の気が引いた俺は大きく後退り恐る恐る前を向いた。



 ―――その瞳に映ったのは、黒い鎧。

 その姿には見覚えがあった。それもつい、十数時間前に。


「昨日の、ヒーロー……?」


 そう、我が家に降り立ちあの二人の襲撃者を撃退してくれた、黒い仮面のヒーロー。

 その姿が、俺のすぐ隣にあったのだ。


 ―――だが、何故ここに?

 そしてこの状況は一体?



「あ、あの……えっと」


 聞きたいことは山ほどあった。


 だが、上手く頭が回らない。

 元々の気持ちの悪さも相まって、ただでさえ一杯一杯の思考が更に乱雑になっている。


 目の前の、光景。

 大量の車が高速で飛び交い、ぶつかり、爆炎と共に崩壊していく光景。


 もし、これに気づけずに足を踏み出していたら。



『くそ……っ!』



 響く、声。

 それは慣れ親しんだついさっきまで聞いた声のようで、それでいてなにか違和感のあるような声で。

 だがそれが聞こえてきた方向は、先程まで俺の親友である鳴瀬ユウが立っていた道路。


「ユウ……?」


 俺は声を便りに、そちらを見詰める。


『―――さっさと始末するはずが』


 道路の真ん中、中央分離帯の付近。

 ―――そこを見ると、立ち尽くしたユウはひどく歪んだ顔でこちらを見つめていた。

 こんな表情、今まで見たことないほどに―――


 ―――始末?



 その言葉に違和感を抱いた、その時。


『―――』


『なぁッ!?』


 ―――黒いヒーローが、鳴瀬ユウの眼前へと現れていた。


 そして奴は拳を振りかぶり、その周辺には紫の燐光がまたたき……


「なっ……!?」


 まさかアイツ、ユウを殺そうとしてるのか!?

 俺の心拍数は、一気に早くなる。

 そんな、あのヒーローは信じられると、心強いと本気で思いかけていたのに……!



「やめろッ!逃げろユ―――」



 俺は必死に、声を上げる。

 昨日の今日で、こんなことになるなんて思いもしなかった。

 しかもユウはただでさえ、家族を喪ったばかりだというのに。


 ―――どうして、アイツにばかりこんな。


 そんな憤りが隠せず、俺は怒りの視線で黒いヒーローとユウを凝視して―――




『―――違う』


「……えっ?」




 ぼそりと呟いた、誰かの声。


 よく聴き、見知った声。

 でもそれがユウの物なのか、黒いヒーローの物なのか、判別できずに―――、


 ―――瞬間、拳が振るわれた。


 そしてその黒い拳は的確に、そして確実に鳴瀬ユウの頭を狙い澄ます。

 加速したその拳はユウのこめかみを捉え、沈みこみ……、



「―――ッ!」


 思わず、目を閉じてしまう。

 だって見たくない、信じたくない。




 ユウが、死んでしまうなんて―――






『ぐぶおゥあッ!??????』




 ―――しかし、次に響いた悲鳴はユウの声とは似ても似つかない、汚い悲鳴だった。




「えっ……?」



 それを聞いて、恐る恐る目を開ける。



 見るは中央分離帯、その真横。

 散らばる自動車の破片、燃え上がる車体と、響き渡る誰かの悲鳴。

 

 それらを全て振り払い、黒いヒーローが憮然と立ち尽くすその横断歩道の元を見つめる。



 ―――だがそこに有ったのはユウの死体、ではなかった。

 飛び散る血も肉も、彼の来ていた服の切れ端すらもない。



 そこに、在ったのは。





『いっ……てぇ……!』


 巨大なビルに刻み込まれた、巨大クレーター。



 ―――そしてそのなかで、全身を白いモニターにて鎧状に武装した昨日の襲撃者、「ホロウ・ヴィジョン」が無様に倒れ伏す、そんな光景であった。



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