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chapter2-4:鏡写しの平穏




 ―――結局のところその日の夜、国見ヶ丘くにみがおかダイキは寝付くことが出来なかった。


 両親の通報に駆けつけた警察の調査に始まり、騒動にようやく気付いて起きてきた隣人達への応対。

 周囲がガヤガヤとにわかに騒然とするなかで、我が家はおよそ寝ていられるような状況ではなくなってしまったのだ。


 いまや既に我が家には規制線が貼られ、警官やら鑑識やらでごった返しており入ることすらも叶わない。


 そんな中、お隣の家のご家族が厚意で泊めてくれていなければ一家揃って野宿になっていたところだ、と俺はすこし安心する。


 だがそんな騒動の真っ只中で、もっとも驚いたのは、談笑中に聞いた隣人の言葉だった。


「―――それにしても、音もなく怪人が現れるなんて、世も末ですなぁ」


「えぇっ!?かなりの轟音がしてたと思うのですが……?」


「いやぁ?少なくとも気付かず寝てるくらいには静かだったかと……起きたのだって、パトカーの音でですから」



 ―――なんと、あの破壊音の雨あられが一切合切いっさいがっさい聞こえていなかったというのだ。


 正直、とてもではないが信じられなかった。

 あの建物の崩れる音や衝撃、そして現れたヒーロー達が殴り会う度に響き渡っていた衝突音。


 そのすべてが、隣人にすら聞き取られなかったなんて。


 ―――だがこれはマンションの人々が揃って口にしていたことであり、騒動の音を聞いていたのは俺たち一家だけだというのが紛れもない事実だった。


 あり得ない、事実。

 そこで俺はある仮説を立てた。


 あの二人組のヒーローはなんらかの方法で周囲の住人達に音が聞こえないよう細工をし、隔離した状態で襲撃をしたのではないか、と。


 黒いヒーローとの戦いの最中に周辺の人たちが外に出てすらこなかったのも、それである程度は説明がきくだろう。


 つまりは事前の仕込みを何重にも用意しての、あのでっち上げ襲撃だった、ということだ。

 その念入りすぎる手口から、他にも被害者は居そうだと俺は邪推する。

 だとすれば助けられたその人達は、彼等に感謝をしているのかもしれない。


 全く、外道のやり口だ。



 ―――だが、まだひとつ疑問があった。


 それは何故、あんなに遠くにいたヒーロー達の会話が俺に聞こえたのかだ。

 少なくともそんなに大声で向こうが話していたわけではない。


 それどころか、黒いヒーローがしていた通信までもが俺に聞こえたのだから、要因はきっともっと別のものだろう。



 ―――妹の治療。


 黒いヒーローとの通信で、誰かが口にしていたその言葉。


 それがどうしても引っ掛かって、気になって。


 そんな疑問を少しでも忘れたくて。


 翌日俺は両親の猛抗議も一切無視して、いつも通りに学校に登校することを選択したのであった。




 ◇◇◇




「え―――?」


 登校するなり、俺の顔は間抜けにも唖然としたものになっていた。


 いつもの学校の、朝の光景。

 だがそこに居たある人物の姿に、俺は思わず驚愕した。



「おはよう、ダイキ……久しぶり」


 ―――鳴瀬なるせ、ユウ。

 国見ヶ丘ダイキの無二の親友。


 彼は実家の崩壊以降、一切登校してきていなかった。……昨日の襲撃で家がボロボロになった今では、自分もそう変わらない立場ではあるが。


 ともかくそんな長らく登校してきていなかった彼の姿が、俺の隣の席にあったのだ。


「ユウ……」


 ……声をかけようにも、うまく考えが纏まらない。

 そうして俺がまごついている内、チャイムが鳴る。

 朝のHRホームルームの時間だ。


「はーい、それじゃあHRを……」


 それと同時にガラリと音を立て教室に入ってきたのは、教師である勾当台ユイ。


 彼女もユウの存在を視界に認めた瞬間に、その顔が驚きと喜びの入り交じったような色に染まる。


「―――ユウくん!よかった、登校できたんだね……!!!」


「あぁ……うん、クラスの皆も、ご心配をおかけしました」


 そうしてユウの挨拶と共に始まった、その日の授業。

 今まで欠けていた友人の復帰に、周りのクラスメイト達のテンションも今まで以上に高いように感じられる。



 ―――こうして、今までとは違う、「いつも通り」の学校生活が帰って来た。


 ただ、いくつか変わったこともある。



「鳴瀬くん、家のこと……大丈夫だった?」


「ちょっとナオ……!」


 休み時間のときに、クラスメイトの女子二人が話しかけた際の出来事だ。



「ごめんねユウくん、この馬鹿が無神経なこと聞いちゃって……」


「あぁいや、大丈夫」


 前のアイツなら、もう少し女子に対して挙動不審になるところだった。

 クラスメイトと仲は良いが、そもそも吃りがちなユウだ。

 ちょっとした談笑でも少しおどおどとした感じで話していたのが、今までのユウだったのに。



 ―――だが、今のユウはそれに対して、平然と返す。


 それだけでも何かの変化は感じるところだったが、これ以上の変化があったのはその直後。


「―――の家の事は……まぁ、大丈夫。勿論全部が解決したわけじゃないが、ほとんどのことは落ち着いたから」



 ―――口調が、前までと大きく違ったのだ。


 同級生の女子には敬語で話していたアイツが、タメ口で話している。

 しかも、「俺」?あのユウが?


 一個一個を挙げれば、ちょっとした変化。

 だが積み重なったそれは、俺の中で大きな違和感へと変わっていった。



 両親を失った事による変化、と言ってしまえばそこまでなのだが、それ以上のなにかを感じた。

 そして、脳裏に過るのは。


「―――ダイキ?」


「……え?……うわぁ!?」


 急にユウに話しかけられ、驚きすぎて思わず席から転げ落ちる。

 ふと時計を見ると15時半。


 ぼーっとしているうちに、帰りのHRすら終わっていたらしい。


 それで授業も終わったのに一向に帰ろうとしない俺を、ユウは不思議に思って話し掛けてくれたのだろう。


「―――なぁ、ユウ」


「……なに?」


「あ……えっと……」


 後先考えずに、した質問。

 だがそれを口に出そうとして、俺の舌は上手く回らなくなる。


 まるで本能が、それを聞くことを拒絶しているよう。

 今聞こうとしている事の返答で、もし俺の思った通りである確定してしまったら。

 その瞬間から、国見ヶ丘ダイキという男の日常は崩壊する、そんな悪い予感があるのだ。


 だから、俺は逃げたのだ。

 知ることから。

 本当のことを、直視することから。


「―――さ、帰るか!腹減っちまった!」


「あぁ、うん……?」


 ―――自分の平穏の、その向こうを覗いてしまうことから、ただ逃げたのだ。



 ◇◇◇



 昇降口を後にし、校門へと向かって歩いていく俺たち。

 二人で下校するのも随分と久しぶりだ。

 そんなことを思いながら、他愛ない話をしつつ俺たちは道を歩いていた。


 すると校門前には、昨日と同じくまたしても人だかりが出来ていた。

 どうやら、またヒーローが来ているらしい。



「―――」


 ―――それを見て、俺は思わず血の気が引く。


 派遣された「英雄達ブレイバーズ」所属の、ヒーロー。

 そのうちの一人に、俺達一家は皆殺されかけた。しかも「マッチポンプで名声を得たい」、そんな浅はかかつつまらない理由で、だ。



 もし、あそこで生徒達に囲まれているのが、昨日襲ってきたヒーローだったら。

 真実を知っている俺を殺しにくる、なんてことがあり得るかもしれない。


 それに「英雄達ブレイバーズ」のなかに、昨日の二人組のような悪事を働く者がまだいる可能性だってある。


 勿論、「英雄達ブレイバーズ」のヒーローが皆そうなわけではないだろう。でなければ、社会的にここまでの名声や地位を得られるはずがない。

 でも、一度抱いてしまった疑念はそうすぐに振り払えるものでもないのだ。



 そういえばそうだ……昨日の二人のヒーローのうち、片割れは確か逃げたのではなかったか。

 いやでも、確かあの黒いヒーローの通信では「包囲をしている」なんて言っていたし、きっと捕まっているに違いない。


 捕まっていなければ、その時は―――、


「どうした、ダイキ?」


 ふと、脳裏にユウの声が響く。

 どうやら考え込んでいる俺のことを見兼ねて声をかけてくれたらしい。



 その声に一瞬に冷静になり、俺は滝のような冷や汗を拭う。


 そして、人だかりの中心にいるヒーローの姿を改めて注視した。


『やーどうもどうも!みんなを守る正義の味方!「ディノ・バイト」さんですよー!』


 そこにいたのは、まるでトカゲのような顔をした屈強なヒーローだった。


 確か、テレビなんかでもたまに出ていることのあるヒーローだ。

 ひょうきんな性格と軽妙なトークで、にわかにお茶の間で人気を博している「英雄達ブレイバーズ」のなかでも比較的有名な戦士だ。

 その戦闘での実力もかなりのものらしく、彼が怪人を倒す姿は度々ニュースでも報じられる。


 そしてその姿は当然の如く昨日のルーパー・リーパーやトリック・ヴィジョンとは似ても似つかなくて、俺は思わず溜め息をつく。


 ―――こんな心配、杞憂だな。


 きっとあの黒いヒーローとその仲間が、逃げたトリック・ヴィジョンを倒してくれたに違いない。

 うん、そう思おう。


「なんでもない、さっさと帰ろうぜ!」


 そして、校門から出て歩道に足を踏み出した途端。




「―――っ!?」




 ―――一瞬、強い目眩が俺を襲った。

 まるで立ち眩みのような、ひどく酔う感覚。


 吐き気が込み上げ、俺はそれを必死に呑み込む。

 なんだ、これ……?


 俺は思わず、頭を抱える。


 吐き気と頭痛、そして目眩―――、

 先ほどまでは一度たりともなかったような症状が雪崩の如く押し寄せ、判断力が加速度的に失われていく。






 意識が―――、







 ◆◆◆







「……あれ?」


 ―――だが、それも一瞬で無くなった。



「?、どうしたのダイキ、やっぱり様子おかしいよ?」


「あぁいや、なんでもないよ、ユウ!」


 俺は慌てるようにして、先を行く鳴瀬ユウに着いていく。


 吐き気はまだあるが、頭痛なんかはもう影も形もなく完治した。


 ―――昨日の一件のせいで寝不足なせいなのかもしれないな。


 俺は根拠もなくそう判断して、思考を閉じる。

 久々の友人と一緒の下校なのだ、変な心配はもうよそう。

 体調は確かに芳しくないかもしれないが、一月ぶりの友人との邂逅なのだから、楽しまねば。


 そう思い、俺は全ての懸念を手放し、楽しんで帰ることに決めたのであった。


「さ、ゲーセンでも行ってから帰ろうぜ、ユウ!」


「う、うん、そうだね!」





 だから、気付けなかった。

 親友である、鳴瀬ユウ。


 ―――その口調が、あの爆発事故以前までの物に戻っていることに。

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