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chapter3-1:非英雄の軌跡




 それは夏の終わり際、まだ照りつける陽射しも強い熱い日のことだ。

 もはや誰も人が居なくなって久しい旧商業区の、数多の廃ビルのひとつ。旧暦では隆盛を極めた人気の巨大ホテルであったという巨大な廃墟の、その一室。




「……」



 その酷く荒れ果てた部屋のなかで、俺、「鳴瀬ユウ」は目を覚ました。


 ここに自分が住み始めたのは一月近く前。家族と共に我が家を失って数日後、例の組織から解放された日のことである。



 思えばここに住むと決めた時、俺を助けてくれた組織―――「アンチテーゼ」、その幹部であったレイカには随分しつこく引き止められたものだ。


『うちにも宿舎はあるんだし、ここに住めばいいのにー!』


 こんな調子で延々とすがり付かれたのは記憶に新しい。だが、その選択を俺は持たなかったのだ。


 この場所をチョイスした理由は単純、周りに人が住んでいないこと。組織の宿舎を拠点に選ばなかったのも、「アンチテーゼ」のその本拠点が、自分の想像よりもかなり町中に存在していたからだった。


 万が一にも、「英雄達ブレイバーズ」に正体がバレてはいけない組織だというのに、奴らの影響範囲下に所在を置くその拠点に、俺はとても定住する気にはなれなかったのだ。


 そもそも他の構成人員は訓練を受けて、拠点の所在がバレないように徹底して行動できるのだろうが、所詮俺は素人だ。

 もし自分の軽率な行動のせいでその位置がバレてしまったりなどした日には「アンチテーゼ」自体に大きな被害が及ぶことが予見されるし、そもそも周辺の民間人にも迷惑がかかってしまう。



 ―――そう考えて選択した拠点が、この廃ホテルだった。


 辺りには人の気配が一切なく、屋根もあり最低限の生活を担保できる。

 なにより市街地から大きく離れているというのがいい、もし俺の不手際でここが露見したとしても、自分自身の責任だけで対処ができる。


 ……つまるところは、自身への不信が全ての理由。


 自分自身が人としても、戦士としても未熟である以上、自分の負いきれないタスクは排除する。

 それが俺がこの一月で学習した、ある種の後ろ向きな処世術であった。




 ◇◇◇




 ルーパー・リーパー、及びホロウ・ヴィジョンの一件から早一週間。



 この期間は特に「アンチテーゼ」からの協力要請もなく、俺はただひたすらにここで自己鍛練をして過ごしていた。

 理由は単純、先の一件から俺は、自分自身の無力さを改めて痛感したからだ。


 あの「ヒーロー」という連中は、対怪人戦闘を度重ねているが故に中々どうして手強い。自分自身の能力を正確に把握しているが故に、それを活かして的確な戦いかたで攻めてくるのだ。


 対して俺の能力は極シンプルな「身体強化」ただひとつ。シンプル故に応用などそうできようもないが、変身後のスペックにのみ限れば他のヒーローを凌駕できる自負はある。


 ―――だが、その恵まれた身体性能に俺自身の技量が追い付いていないのもまた事実。いくら性能が高かろうが、それを的確に扱うテクニックがなければそれはただの力押しでしかない。



 今日まではどうにかなった。だが、明日以降にそれで勝っていけるとは、とても思えない。



 ……だから俺は鍛練を始めた。

 本当であればどこぞのトレーニングジムにでもいって鍛えたいところだが、万が一にでも相手方に迷惑をかけるのは真っ平だ、とこの拠点で自己流でやるしかなかった。


 その成果に関しては自分の判断できるところではないが、まぁそれは実際に戦闘に出てから分かることだろう。



「あら、今日もトレーニングに精が出ますね鳴瀬さん!」



 ――その時、不意に背後からかけられた声。


 その声色はよく知った蠱惑的な女性のもので、俺は飽き飽きとしながらゆっくりと振り向く。


「……なんでここにいるんだ、レイカさん」


 目の前にいたのは、スーツ姿の女性。

 彼女の名は「レイカ」。俺が所属することになった組織、「アンチテーゼ」の幹部の一人だ。


 彼女との取引でこの組織に入ることになった俺は、特例として独自行動の権限を与えられた。


特例部隊イレギュラー」、なんて聞こえだけは良いが、早い話が若干独自に活動できるだけの、ただの補欠戦闘要員といった扱いだ。

 通常の部隊に配属されなかった理由は、俺には分からない。



 ―――強いていうなら、協調性のなさ、かもしれない。



 とにかくそんな「特例部隊イレギュラー」は、各幹部が個別に保有する独自の戦力であるらしく、俺はレイカの管轄内の所属として配属された。

 つまるところは、直属の上司。


 そんな彼女が、何故俺の塒に直接現れたのか。

 俺は、頭に浮かぶ無数の心当たりのなかからどれが原因なのか、思案を始める。



「……貴方がまた捕獲対象を殺そうとしたって聴いて、注意喚起に、ね?」


「あぁ、そのことか……悪かった、独断専行が過ぎた」



 レイカの言葉に、俺はやっと納得がいく。

 ―――あぁ、そのことか。


 直近で現れた二人のヒーロー。

 奴らは家を襲撃しただけでは飽き足らず、よりにもよって俺に化け、俺の大切なへと危害を加えようとした。


 ……それに対して、強い憤りと殺意をもったことは事実だ。

 とはいえルーパー・リーパーはきっちり生きたまま確保したし、ホロウ・ヴィジョンもスナイプ・グレイブの妨害により結局


 結果としては問題ないと認識していたのだが……どうやら、ご丁寧にスナイプ・グレイブがレイカに報告してくれたらしい。

 まったく、組織に対してとことん従順なようでなによりだ。


「いえいえ、逃げ仰せたホロウ・ヴィジョンを見付けてくれたことには、とっても感謝してるんですよ?でもその……やっぱり殺そうとかされちゃうと……ねぇ?」


「能力を摘出すれば、ヒーロー達の歪んだ心は記憶ごとリセットされる。それは最初に本部に来てもらったときに説明したでしょう?」


 レイカは、耳にタコができるくらいに聞かされた話を再び始める。

 この一月の間、散々ぱら聞かされた話だ。


 ―――撃破したヒーローは確保された後、組織の研究機関へと移送される。


 その目的は、「能力の摘出」。

 25年前に首都を消滅させた隕石から放出され、子供達に能力を発現させるに至った因子とやらを、記憶触媒に完全に移し代えることでヒーロー達を無能力者化―――すなわち無力化するのだという。


 能力を失った子供は、それに伴って能力に関連する記憶―――つまりヒーローだった期間の記憶もすべて消滅する。

 その結果力によって増幅された悪意もリセットされ、ヒーローでなくなった子供達は本来歩むはずだった真っ当な人生を取り戻せる、というのが「アンチテーゼ」のお題目だった。


 一度みそぎを終えた罪人に、それ以上の罰を与えることは意味のないことだと、そう繰り返し口にしていたのが記憶に新しい。



「……」



 だが、俺はそうは思えなかった。

 何故なら、彼等の唱える理想と真逆の現実を、俺は確かにこの目で見たからだ。



 ―――能力摘出後に、ヒーローだった頃と全く同じ悪行を行った者をみた。


 ―――能力を失ったことで、かえって心を病み重い罪を犯した者をみた。


 ―――敗北の瞬間に罪を懺悔した男が、記憶を失ったことでその罪の意識までもを忘却し、そしらぬ顔で他者に嬉々として危害を加える姿をみた。



 ヒーローでなくとも他者に危害を加える者、ヒーローでなくなったことで他者に危害を加える者。

 それを放置して、みそぎを終えたなんて言葉で片付けるのは、あまりにも無責任ではないか。



 ―――なら、ヒーローであるうち、明確な「悪」であるうちに責任をもって抹殺したほうがいい。


 それこそが一番、他者に迷惑をかけず、本人も他者に危害を加えないで済み、反省も促せる最良の方法だと、俺は思うに至った。


 ……我ながら、ねじの飛んだ結論であることは自覚している。


 だが、納得できなかったし、看過できなかった。

 人殺しがのうのうと、野に放たれている姿を見ているのは、なんというか。



 そう、ただ「気に入らなかった」のだ。



「もちろん、状況にもよるとは思いますよ?でももしも次、理由無く摘出対象者を殺そうとなんてしたらぁ……わたしも、庇えなくなっちゃいますからね」



 レイカはいつも通りの声色で、柔らかくそう注意する。

 だがその普段と同じように聞こえる声のなかに、確かな「圧」があることを俺は聞き逃しはしなかった。



「……分かってるよ、スナイプ・グレイブにも釘を刺されたばかりだしな」


「貴女達には妹を助けてもらっているという恩義もある。……これからは、極力意にそぐえるよう努力するよ」


 この場は、大人しく従ったほうがいい。

 あまり調子に乗りすぎると、切り捨てられる危険性もある。実質ハルカを人質にとられているようなものなのだし、これ以上目をつけられるのも本意ではない。


 その直感から出た模範的な返事を聞くと、レイカはぱっと笑みを浮かべてウィンクした。



「なら、よろしい!じゃまたね♪」


 その声を耳で認識したその瞬間、レイカの姿は視界から消える。

 ―――彼女自身は能力者ではないはずだから、おそらく側近の戦士が彼女に対してなんらかの転移系能力を使用したのだろう。



「……神出鬼没だな、ほんとに」




 ―――正直な話、俺は「アンチテーゼ」という組織を信頼していない。

 妹を助け、「鳴瀬ユウ」という全くの素人を仲間に引き入れてくれたことには感謝している。だが、その組織運営もなにもかも、まともな物だとは思えないのだ。


 最初の疑念は、組織の目的を聞いたとき。


『世界に散らばった全能力の回収と破棄』。


 ―――そんなことが可能だと、本当にこの組織の幹部が思い込んでいるとは思えなかったのだ。二つに割れた日本の、その片方での一都市での活動に終始している現状のこの組織に、そんな大層な目的は分不相応というものだろう。


 現地での戦闘員も、ほとんどが子供のみ(能力者が子供にしかいないのだから当然といえば当然だが)と、傍目からは「大人が子供を利用している」ようにしか見えないのだ。



 ―――だが俺はそんな疑念を抱きつつも、この組織に協力することを選択した。



 何故か、と問われれば、理由は二つ。


 一つは無論、大切な妹―――腕を亡くし、心を病んだ鳴瀬ハルカの治療の為だ。

 あの子の治療には大きな医療機関が必要だが、そんな場所に長く居させるには親の遺産と自分の懐だけではあまりに心もとない。


 当面の生活費を稼ぐためにも、アンチテーゼという組織に属することにはメリットがあったのだ。



 そして、もうひとつの理由は―――



「お、選挙演説じゃん」


「あれ、確かヒーローが出馬するんだっけ?今回の知事選」


「そうそう、「英雄達ブレイバーズ」の幹部だっていう「パワー・ドミナンス」さん!変身前の姿でも顔出ししてて、めっちゃイケメンなの……!」



 ―――社会を蝕み続ける、張りぼての正義への敵意、それだけだった。



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