chapter2:去り行く友よ

chapter2-1:学・園・生・活


 ―――それは、俺の住む街でガス爆発事件が起こった日より、およそ一月経った頃のことだ。




 俺―――イズミ第十四高校に通う男子高校生、「国見ヶ丘くにみがおかダイキ」は授業の最中に外を眺めていた。


 時計の針は既に15時を刺している。

 もう少しこの退屈な授業に耐えれば家に帰れると想うと、少し胸が躍った。



 なにせ、今の学校はひどく退屈なのだ。



 その原因は―――


「―――では教科書のここを……ダイキくん、読んでください?」


「……え?」


 そんな思案は、突然我がクラスの教師、ユイ先生の声で打ち切られる。


 ―――まずい、完全に授業を聞いてなかった。


 今はなんの授業だったか……そうだ、国語だ。

 直近ではどんな授業をしてたっけ……?


 近頃は一切授業内容を聞いていないから、いったい今どれほどまで内容が進行しているのかさっぱりわからない。

 それほどに、俺の気持ちは別の事柄へと囚われていたのだった。


「もう……また聞いてなかったの?」


「あぁ、うん……ごめん」


 どんぴしゃな指摘をされた俺は思わず、いつもの調子で先生―――「勾当台こうとうだいユイ」に話しかける。

 意図していなかったが口調はひどく砕けたものだ。


「先生にタメ口聞かないの!」


 ユイ―――先生はそういって少しむっとした顔をする。


 タメ口なのはただ馴染みの先生というだけではない。

 彼女は、自分ともう一人の親友とで幼少期によく遊んでもらっていた間柄なのだ。

 それが今は何の因果か教師と生徒の関係。


 正直、複雑な胸中でないわけはない。


 ―――だが、今はそれよりも。


「……もう、鳴瀬くんが登校してなくて元気が起きないのもわかるけど、授業はちゃんと聞いててね」


「……はーい」


 こっちのほうが、よっぽど深刻だった。


 そうして俺はふと、隣の空いている席……クラスメイトの一人、「鳴瀬ユウ」の席を仰ぎ見る。



 ―――そう、一月前に街中を騒然とさせた謎のガス爆発は、俺の親友だった「鳴瀬ユウ」の家から起きたものだったのだ。


 住宅街一帯を崩壊させた原因不明の爆発によって、彼の家は跡形もなく破壊され、燃え尽きたという。


 警察や消防の捜査ではどうやら能力による放火、破壊と見ているらしく、一部のニュースでは「英雄達ブレイバーズ」も捜査に加わってるなんて話もある。


 なんにしても、鳴瀬ユウに一切の非はない。

 突然に起きた事件だ、本人にもどうしようもないことだっただろう。



 ―――だがそれ以降、あいつは学校に登校してきていない。


 一時は身体の安否自体を心配していた程だったが、聞くところによるとどうやら本人の怪我は大したことはないらしい。


 だが、両親が亡くなってしまったのだ。

 それは散々ニュースでも流れた情報であったし、俺も会ったことのある人達の死には流石にショックを受けている。


 しかも妹さんも怪我をしたというのだから、学校に来る気分ではないというのも分かる。



 ―――でも、それでも。



「返事、なしか…… 」




 送ったメッセージにいつまでも既読が付かないというのは、流石に少し寂しい気持ちもあるのだった。




 ◇◇◇




 授業が終わり、終業のチャイムがなる。


 8人ほど居たクラスメイト達は一同、帰り支度を整えて次々と教室をあとにしていく。


 俺も特に教室ですることもないし、帰ろう。


 そう考え、それに着いていくようにして教室をあとにする。


 今の新都・青葉では、学校の1クラスは10人ほどが基本上限人数だ。

 しかもそれには一つの理由がある。



 ―――能力者が徒党を組むことを、抑止するためだ。


 結局のところ、従来の40人ほどのクラスでは異能力を持つ子供達を教師が制御しきれないのだ。

 それが全校となれば尚更、だから一つの学校に通う生徒は大体多くても100人ほどに制限されている。


 大人達の都合による、子供達の管理。

 制度が制定された当時はそれに反発する子供達の声も当然あった、が黙殺された。


 大人達はその声に耳を傾けることよりも、自身らの身の安全を重視する選択を選んだのだ。



 ―――とはいえ、少なくとも俺たちの学校の生徒はそれを不満に思ってはいなかった。

 確かに人数は少ないが、だからこそ気軽に仲良くなれるという利点もある。

 それに合同運動祭などの催しでは学校対抗の競争があったりするし、各々の学校全体での連帯感も旧歴のそれの比ではあるまい。


 そしてそのなかでも特にこの「イズミ第十四高校」は、都中随一教師と生徒が仲の良い学校だと言えるだろう。


 ―――でも、だからこそ。


 一人でも仲間がずっと登校してきてくれないというのは、寂しいものがあるのだ。



「……ん?」


 その時だ。

 校門の方から、黄色い悲鳴が聞こえてきた。


 まるでアイドルでも来ているかのような騒ぎように、思わず自分もそちらに吸い寄せられていく。


「あれは……」


 見えたのは、大柄な男性の姿。

 流線型の装甲に身を包んだ男が、女子男子問わずの生徒達に集られ、歓声を上げられている。


『やぁ、イズミ第十四高校の皆!』


「きゃー!「ルーパー・リーパー」様!」


「あぁ、ヒーローが来てんのか」


 俺はふと、そう呟く。

 そういえば今週は月の第二週、防犯強化期間だった。

 こういう日には治安維持組織「英雄達ブレイバーズ」から各校に一人ヒーローが派遣され、登下校の見守りをしてくれるのだ。


 もちろん、警察も派遣されて来る。


 だが、正直その能力の有無も含め、安心感の差は歴然の差であった。

 能力を持つ生徒がなにか法に反するような行為をすれば、屈強な鎧に身を包んだヒーローが確保にくる。

 ともすればそれは看守のような嫌われものの仕事にも思えたが、なかなかどうしてヒーロー達は各地で人気を博している。


 それもそうだ。


 だって、なにも後ろめたいことのない人々からしたらヒーローは、ただ自分達を守ってくれる絶対的な正義の味方なのだから。



「ダイキ、お前は握手してもらわなくていいのかー?」


 クラスメイトの一人が、長い列に並びながら俺にそう話しかける。


 ……にしても長蛇の列だ。

 こんなのに今から並び始めたら、帰るのがいつになることやら。

 並ぶ生徒のなかにはサインを書いてもらう公算であろう色紙を抱えてるものや、花束なんかを手にしている生徒もいる。


 まるでお祭り騒ぎだな、と俺は少し笑ってしまう。


 ……というかヒーローも困るだろう、こんな人数と贈り物。



「いいよ、柄じゃないし。そんなにヒーローに憧れもないしな」


 そう言って俺は列に並ぶ友人達に背を向ける。


 ―――正直、周りほどヒーローに対して特別な感覚を抱けない自分がいる。


 だって彼らとて、自分達と対して年の変わらない者達だ。差なんてそれこそ、「英雄達ブレイバーズ」に所属してるか否か、変身してるか否かだけ。


 それをまるで本物の正義の味方みたいに崇めることには、どうしても違和感が拭えなかった。

 結局は自分が流行に逆らいたがる天の邪鬼なだけなのだろうが、それを直す気もいまのところは特にないし、直しようもない。


 そんな調子でアイドルなんかにもそこまで興味が持てない俺にとっては、ヒーローも似たような曖昧な存在でしかないのだった。






 ……だが、この時俺は気付いていなかったのだ。


 皆にもみくちゃにされながらも挨拶をしている人当たりのよいヒーロー。



 ―――その視線が真っ直ぐと、帰宅する自分の方へと向いていることに。

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