chapter2-2:サクリファイス
学校でのヒーロー騒ぎから抜け出して、一時間ほど。
近くのスーパーで少し買い物をした俺は、長いこと歩きようやく我が家に到着した。
―――賃貸アパート2階の、決して広くはない家。
だが俺にとってはそれがどこより快適に過ごせる場所であり、なにより守りたい大切な場所であった。
所々錆びた階段を上がり、俺は自分の家の前へと到着する。
玄関のドアを開けると、水音が聞こえた。どうやら、母が食器を洗っているらしい。
俺が買ってきたのは自分が食う用のアイスと、家族で適当に分けて食べる用のお菓子。
それを居間に置きに行きがてら、玄関から家族達に向かって挨拶する。
「ただいまー」
「あらダイキ、お帰りなさい」
「おかえり、ダイキ」
その声と共に居間に入ると、テーブルには父の姿。
父は自営業で、特に仕事が立て込んでない時はこうして居間にいることが多い。
そして母はというと、台所で湯を沸かしつつ食器洗いをしていた。
―――あぁ、いつもの我が家だ。
誰一人家族が欠けることの無い、いつも通りの平穏な家庭。
アイツは、このかけがえの無い家族という存在を、一瞬にして―――、
「今日は早かったな?遊んでこなかったのか?」
「あぁ、あれからユウ、ずっと休んでるからさ」
俺はそういうと、鞄を床に置き買ってきたアイスを冷蔵庫へとしまう。
鳴瀬ユウは俺の親友だ。
だから当然、うちに遊び来ることも頻繁にあり、両親とも面識があった。
「鳴瀬さん家の事故、物凄かったものねぇ……ご夫婦も亡くなられたっていうし」
「ガス爆発だったか……うちも、元栓とか気を付けないとなぁ」
両親はそういって深刻そうな顔で口々に言う。
俺の両親とユウの両親も、頻繁というほどではないが親交があったのだ。
流石に中学、高校では会う機会は授業参観くらいしかなかっただろうが、それでも知り合いが亡くなるという事態には思うところがあるだろう。
<お風呂が、炊けました>
その時、会話を遮るかのように電子音声が鳴る。
ちょうどいい、暑い中帰って来て汗だくだったところだ。
「とりあえず先に風呂入ってくるわー」
そうして俺は、一時間ほどの長風呂に浸かりにいくのだった。
◇◇◇
「ふー、いい湯だったー」
俺は髪をしっかりとタオルで拭いてから、脱衣徐を後にする。
風呂から上がると、既に食卓にはほとんどの料理が並べて終えられており、まさに夕食前という様相だった。
俺が席に座ると、片付けをしていた母も居間に戻り一家が勢揃い。
父も広げていた新聞紙を畳み傍らへと置き、準備は完了だ。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます!」
そうして、今日の晩飯の時間が始まった。
「今日は天然マグロの刺身か、ずいぶん高かったんじゃないか?」
「なんか大漁だったらしくて値段が下がってるみたいよ?見たときは合成より100円高いくらいだったわ」
父と母はそんな話をして盛り上がる。
確かに今のご時世、うちのような中流家庭で天然物の魚や肉が食べられるなんてそう多くはない。
―――世界の暦が統一された「新暦」となってから25年。
全世界で同時多発的に発生した隕石騒ぎの影響により野生や家畜の動物達の数は大きく激減し、それに代わる代替食品の研究が急ピッチで進められた。
「やっぱ合成食品より普通の魚のが美味いな」
「「ゴルド・カンパニー」は凄い会社だけどねぇ……やっぱり天然物には勝てないわよね」
それを解決したのが、研究や開発、日用品から軍用兵器までを手掛ける大規模総合商社「ゴルド・カンパニー」である。
その影響力は計り知れず、崩壊した東京から移ったこの国の2つの首都、そのうちの1つである「新都・青葉」の現在の発展は「ゴルド・カンパニー」の存在なくしては成し得なかっただろうと言われるほどだ。
肉、魚などの生物由来の味を人工的に作り出した合成食品は、安価で一定の味で統一されているために貧困層から中流層の生命線だ。
上流階級の人々は多少高い金を出してでも生産量の少ない天然物を食べるだろうが、そもそもの母数が少ないことから大した消費にはならない。
結果として漁獲は一定量で済み、絶滅のリスクを可能な限り抑えられる、というので実施されているのが、今の国の方針なのであった。
まぁ、旧暦で「養殖」などと呼ばれていたものも今の世では「天然物」のくくりに含まれているのだが。
『―――次のニュースです。東部国家および西部国家首相の連名で、近々首脳会談が行うとの共同声明が発表されました。『
TVのニュースが政治の情報を伝えるのを、俺は刺身の最後の一切れを頂きながら聞いていた。
―――それにしても、東西の統一はいつ行われることやら。
そう、この国が隕石の飛来によって2つに分断されてから25年間。
東西の首都同士の交流は、政治的にも、民間レベルでもほとんどされてこなかったのだ。
―――はっきりいって今のこの国の現状はかなり異常だ。
今のところは東西で戦争になったりしてないからまだいいが、今後いつそのようなことが起こるかも分かったものではない。
国同士の交流もほとんどされなくなった今の社会情勢において、自国間で仲間割れなんてしている場合じゃないだろうに。
「―――ごちそうさまでした」
柄にもなくそんな政治的な話を考えていたところで、俺は食事を完了する。
渡されたご飯はすべて完食。刺身もきっかり1/3の本数食べたから大満足だ。
まったく、普段は考えないようなことを考えてしまったせいで大概頭が疲れた。
普段は気にしない政治のことが不意に気になったのも、疲れている証拠だ。
さぁ、明日の弁当の相談でもしたら自室で携帯端末でもいじろう。
今日の弁当には苦手な合成ソーセージが入っていてとても不満だったのだ。
普通のソーセージなら食えるのだが、合成品はなんだか味が薬っぽい気がしてすきではない。
出来ることなら、いれない方向で話を進めたいのだ。
「母さん、明日の弁当なんだけど―――」
そうして俺が母へと言葉をかけた、
―――その時、頭上から大きな破壊音が響いた。
砕ける天井板があたりへと飛び散り、にわかに辺りを騒然とさせる。
「きゃあっ!?」
驚いた母の悲鳴。
見ると、天井には大穴があきその真下には何かが落下してきたように大きな土煙が上がっている。
そして、土煙の中でなにか影のようなものが蠢いていることが見受けられたのだ。
「な、なんだ!?」
慌てて父も廊下に飛び出す。
吹き荒れる土煙と、パラパラと天井から落ちる木材の欠片。
父も、母も、恐怖の入り交じった怪訝な視線でその箇所を見つめている。
俺だってそうだ、突然の状況の変化に、頭がついていかない。
そして家族一同が向ける視線の雨の中、その中心に蠢く謎の影は、低く恐怖を煽るようなうなり声をあげた。
『グルルルルル……!』
―――人、ではない。
まさか、と思い、思わず声をあげる。
「か、怪人……!?」
―――「怪人」。
能力者の能力が限界まで暴走した際に誕生するという、人を超えた新生物。
その身体はもはやと人間のそれとは完全に異なり、その対処は基本的にはヒーローによる討伐しかない。
というより、敵うはずがないのだ。
通常の能力者では傷すらつけられないほどの強靭な甲殻と、鋼をも両断するような刃や牙。
それを備えた化け物こそが、「怪人」なのだから。
―――そして怪人は立ち上がり、足を一歩踏み出す。
その目線は真っ直ぐと国見ヶ丘ダイキの母へと向けられる。
そう、女子供を優先的に襲う。
それが怪人の厄介にして卑劣な基本的行動原理なのだ。
本能のままに獲物を貪るばかりの彼ら、だがその思考は常に平静で、焦るということがない。
ただ一点、相手の中で弱者を見つけ出しその対象を喰らうことに注視する、それが奴らの―――
「やめろ、妻に手を出すな!」
ゆっくりと歩みを進める怪物の前に、不意に父が立ちはだかる。
母を守ろうとして、だが、それでは……!
父達の世代の人類に、特殊な能力はない。
そもそも怪人という存在は、ヒーローが命がけで戦ってどうにか討伐できるかどうか、というほどの強大な化け物だ。
そんな相手に生身で相対して、無事でなどいられるはずがない。
ならば俺の能力で―――いや、ダメだ。
自分の能力はそんな戦いに役立つような物では決してない。
「温度操作」、そんな能力であの怪物に敵うはずが―――!?
「父さん、危な―――ッ!?」
―――瞬きをした瞬間、怪人は父を獲物と定めたのか凄まじい速度で飛び掛かる。
その鋭い爪が振りかぶられ、その切れ味を以て父を惨殺しようという意志が強く示された。
静止も、なにもかもが間に合わない。
なにもできず、無力な俺は思わず父と、そして自分達の死を覚悟してしまう。
家族と自分の命を諦めるのはいやだ、でも、こんなの勝ち目は―――
「グルルルルァァァァ、ガ―――ッ?」
「え……?」
―――そのとき、怪物と父の間の地点で、光が走った。
「―――うわぁ!?」
―――紫の光。
ともすれば闇と形容してもはなかろうその禍々しい光はかっと辺りを照らし、その場に居た全員の目を眩ます。
土煙が再び巻き上がり、強風が吹き荒れる。
それは空から、新たになにかが飛来したことを意味していて―――、
俺は思わず尻餅をつく。
一体、なにが……?
―――そして、煙が晴れ光が収まる。
恐る恐る、瞳を開くと、そこには。
『……』
そこに居たのは、黒い鎧を身に纏った戦士だった。
その見た目は全身鋭利なパーツに身を包んだ戦士で、その装甲の隙間からは紫色の燐光が噴出する。
腕には学校で見かけたヒーロー、「ルーパー・リーパー」が着けていたのと同じような腕輪が取り付けられており、彼がどのような存在なのかを、ありありと示していた。
「ヒー、ロー……?」
―――そう、そこにはそんなあまりにも禍々しい、黒く煌めいた鎧に身を包む怪しげなヒーローが憮然と立ち尽くしていたのであった。
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