第8話


 目を開け、守るべき風景をしっかりと目に焼き付けながら口を開く。


「私、みんなが好きなんだな 」


 誰かに伝えるための言葉ではなく、自分に確認させるための言葉が開いた口から零れ落ちる。

 そんな床に落ちて消えてゆくだけのような言葉を彼等は聞き逃すことがなかった。


 無言で一層強く抱きしめる花梨に加え、いつの間にか女体化の魔法を使ったであろう女性の姿になっていた榊と柊も抱きしめてくる。

 こうなると辛うじて息はできるが、それしかできない状態だ。

 潰されてまいと必死に足掻いてみる。

 だからなのだろう、普段なら聞こえる周りの音も今は布の擦れる音しか拾えない。


「この世界は貴女のために作ったのだから 」


 そう頭上で呟かれた女性ものの声が布の音にかき消され、耳に届くことはなかった。


 必死の抵抗虚しく揉みくちゃにされ、ついに足掻くことを辞めた手足がぐったりと垂れる。

 その様子を見た3人がようやく我に返り、女体化の魔法を解くことも忘れて慌てて私を席に座らせると、ご機嫌取りのために大量のデザートを持って来させた。


『こんなもので許さないぞっ! こんな……宝石のような……デザートで………』


 目の前に並べられていく煌びやかなデザートの皿達により、怒りが徐々に感動に変わっていくのが分かる。


「……食べて良いの……?」


 こんなに綺麗なものを本当に食べてしまっても良いものかと悩んでしまう。

 皿達に釘付けになっていた両の目を少し上げ不安そうに3人を見る。


「んんーっ! 上目遣い可愛いっ! 好きなだけ食べて良いのよっ!! 」

「お代わりもして良いからね? 」

「そうだ、帰りにケーキ屋寄って帰ろう 」


 3人はもう一度抱きしめようと伸ばしてしまいそうになる手を必死に押さえつけながら食べて良いよと促してくれる。


「い、頂きます!」


 パクッ

 一口目、完全に機嫌が治った。

 ちょろいな自分。


 上機嫌でデザートを頬張る私を見て安心したかのように3人が椅子に身体を沈めていく。


 だってコレ凄いよ? なんでこんなに美味しいものが作れるのだろう、などと心の中でシェフを絶賛しながら食べ続ける。

 そこで3人がデザートを食べていないことに気付いた。


「みんなは食べないの? お腹いっぱい?それとも甘いもの、嫌い?」

「ん? 別にそうい訳じゃないが、コレも食べるか?」


 3人の前には一皿ずつデザートが置かれている。

 これが本来コース料理として出てくる筈だったのだろう。


「要らない。 私だけ食べてるより、みんなで食べたいなって思っただけだから…… 」

「はい、是非頂きますわ!」


 食い気味に花梨が反応しながらデザートを頬張る。


「うん、ここのデザートはやっぱり美味しいわ。 ずっとここに楓を連れて来たかったのよ 」

「連れてきてくれてありがとう。本当に美味しい 」

「まだまだ紹介したい店は沢山あるのよ!楽しみにしておいて!」

「うん!」


 是非とも!と満面の笑みを返せば花梨が真っ赤になった顔を両手で覆う。

 この過剰反応に既に慣れてきた自分が恐ろしい。

 適応能力ありすぎじゃない?

 そんなことを考えながらもデザートを食べる手は止まらない。


「ああ、そういえば、明日からは魔法の練習をしていくね 」


 自分もデザートを食べ始めた柊が何気なく言う。

 しかし、その言葉に私の手は止まった。


『私、ちゃんと魔法使えなかったら捨てられるのでは……?』


 それは恐怖でしかなかった。

 なぜ今まで気付かなかったのだろう。

 自分の中にあるはずの核を上手く扱いきれなかったら、扱えたとしても期待されている程ではなかったら、魔法使いですらな思われてもおかしくない。


「楓? どうしたんだ? 」


 もうデザートはいいのか? と急に固まった私を心配して榊が声をかける。

 そこでやっと我に返り恐怖で声が震えないよう心がけながら返事を口から押し出す。


「ナンデモナイヨー 」


 そして口から出た言葉はカタコトになっていた。

 なんとも情けない。


「あ、もしかして魔法を使うことが不安? 安心して、流石に魔法が暴発して地球を滅ぼしちゃったら大変だから安全対策はちゃんとするよ 」

「……!?」


 使うのが不安ではなく、使えるかが不安だったのだが、それに加えてとんでもない不安要素が提示された気がする。


「今、地球を滅ぼすとか言った……?」

「言ったよ? この世界に満ちている魔力全てを扱える楓にとって地球1つ滅ぼすことなんて簡単なんだよ 」

「…… 」


 改めてはっきりと言われた柊の言葉に絶句した。

 そういえば先ほど榊も魔法を覚えたらこの世界全て私のもの、とかいう恐ろしい事を言っていた気がするが、このためであろう。

 ここでようやく自分の責任の重さについて実感する。


「楓なら大丈夫よ! もしものことがあっても私達がなんとかするわ 」


 そう言い私を励ましてくれる花梨の表情は自信に満ち溢れている。

 その溢れた自信を貰いたいものであるが、それは叶わない。

 彼等に頼りっぱなしの自分も情けない。


 どうやら私は存外小心者らしい。

 だが、小心者だからといって先ほどの誓いに偽りはなく、創造主だろうと敵だと認識したならば排除する所存ではあるのだが。

 そんな事を考えながらデザートを全て平らげた。


 そろそろ帰ろうかという話になりようやく榊と柊は自分達の姿が未だに女体であることに気づくが、遅い。

 その上このままの格好なら楓に抱きつけるしいいんじゃないか? というなんとも迷惑な理由で魔法解除を躊躇っている。

 また潰されてはたまらない。

 もちろん急いで元に戻させた。


 帰り道の途中、榊の提案によりケーキ屋に寄り、全て下さいという人生で一度はやってみたい買い方を柊がしていたのだが私はもう驚かなかった。

 店員はすこぶる驚いていたが、それはケーキの買い方に対してか、魔法使いである3人に対してか、魔法使い特有の髪と目の色を持った4人目の私に対してかは分からない。

 多分全てだろう。


 家に着くと疲れと眠気が波のように押し寄せてくる。

 お風呂に一緒に入ろうと花梨に誘われていたのだが、自室に戻るとベッドに倒れ込み、そのまま眠りに落ちた。

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