第6話


 自分の「ワガママ」の力を自覚したところで、私は自分の足で歩けるようになった。


 着替えた私を見て男性陣に可愛い、似合っているなどの褒め言葉を掛けてくれた。

 さすが長く生きているだけあって見た目の若さに反してここらへんは紳士的だ。


「さて、楓の着替えも終わったことだし次は何だ?」

「貴方達は会社戻ったら?」

「もう退社の時間ですー」

「世のため人のため社員のため、残業でもしてきたら?」

「ホワイト企業バンザーイ!」


 紳士的、だったのにな……


 榊と花梨の言い合いが続く。

 それを呆れたように見る柊の目はどこか優しい。


 こうして見ると本当に、


「仲良いね 」


 バッとこっちを向いた3人の表情はなんとも形容し難く、否定したいような肯定したいような顔をしていた。


『ほらやっぱり仲がいい 』


 まるで兄弟みたいだ。

 私も、この兄弟の一員になれるだろうか?

 これから長い間共にすれば、妹くらいに思ってくれるだろうか?


 淡い期待を抱く。


 会って数時間の彼等にそう思ってしまうくらい、私はこの4人の空間を自分の居場所だと認識している。

 不思議なものだ。

 本能的が仲間だと言っているということか。


 ごほん、とわざとらしく咳払いをし、柊が話題転換に努める。


「そうだ、親睦会も含めて食事でも行かない?」

「!」

「デザートの美味しいお店知っているわ!この日のために色々調べておいたの!」

「!!」

「楓、嬉しそうな顔をしているな 」


 3人の言葉に目が輝く。

 だって嬉しいのだから仕方がない。

 楽しみだ。


 決まれば早いものですぐに出発だ。

 ドレスコードこのままで大丈夫らしい。


 エレベーターで高層ビルの最上階から一階まで一気に下りる。

 エレベーターから見える外の景色が圧巻だった。

 だんだん近く地面とはっきり見えてくる行き交う人々。

 そこで私は衝撃を受けた。


 こんな髪や目の色の人いないじゃないか!


 髪も目も黒や茶、たまに明るい茶色などはいるが白銀の髪に赤色の目など居ない。

 コレは普通ではなかったのだ。


 驚いていると、笑いながら説明を忘れていたと言われる。

 この髪と目の色は魔法使い特有のものらしい。


 私が今日この色にどれだけ驚いたか知りもしないで!

 いや、もしかしたら心を読まれていてわざと黙っていたのではないか、と思うほどに3人は笑っている。


 そうしているうちにエレベーターが一階に着き会社のエントランスとは別の出口から外へ出る。

 プライベートではこちらを使っているらしい。


 外に出ると黒い車が既に止まっていた。

 運転席から男性が降りて来ると車のドアを開けてくれる。

 なんだか、とてもむず痒い。

 男性は私の姿を見ると一瞬とても驚いた顔をしたがすぐに冷静になり、どうぞと声を掛けてくれた。

 プロである。

 そんな彼に私は感謝の言葉を言いながら車に乗り込んだ。


 目的地までの道のりはずっと窓の外を眺めていた。

 見るもの全てが新鮮だった。

 そんな私の様子を優しく見守る3人の目。


 私は、幸せだと思う。

 こんなにも良くしてくれて貰っている。


『神様か 』


 心の中で自分の立場を呟いた。


 店はこれまた高い建物の最上階。

 ホテルの高級レストランだ。


 車を降り、建物に入る。

 すれ違う人はどうやらこのホテルのスタッフばかりで他の客は見受けられない。

 他の客に会わないよう配慮されているらしい。


 そして誰もが私の存在に驚き、深いお辞儀をする。


「私の存在は、貴方達以上に異質らしいから仕方ないね 」


 笑いながら言う。

 私は気にしていないというアピールである。

 ……でないとこの曇った顔をした3人が何を言いだすか分からないのだ。


「クビかな 」

「クビだろ 」

「クビよね 」

「ダメだよ?」


 ほらな。


「私は気にしてない。別に敵意を向けられているわけではないから 」

「そう?気になったらすぐに言うんだよ?」

「ううん?」


 うん、とは言えなかった。

 言ったらその人の人生どうなるの? とも聞けなかったが察しはつく。


 レストランでは夜景が綺麗に見える個室に通された。

 目立つ上に、立場がそうせざるを得なくしているのだろう。


 髪色でも染めようかな? そんな魔法があると嬉しいので聞いてみる。


「あるわ! 明日は髪の色も変えながら服を選びましょう! 」


 正直聞かなきゃ良かったと後悔した。

 しかし、キラキラと目を輝かせる花梨を見ると手遅れだと自分に言い聞かせるしかできなかった。


 席についた後はマナー違反だとは思うが、個室だということもあり、キョロキョロと辺りを見てしまう。

 そんな私を優しく見守ってくれる3人に感謝する。


 食前酒は3人はシャンパンを、私だけノンアルコールカクテルになった。

 別にアルコールを飲んでも法律的には問題ないらしいし、酔っても魔法でなんとかできるらしいが、一応また今度ということになった。


 初めての飲み物。

 初めての料理。


 皿の上がキラキラと輝いて見えた。


「食べないのか?」


 不思議そうに榊が声を掛けてくる。


「綺麗でもったいないなと……」

「「「可愛いっ!!」」」


 顔を赤くしながら正直に答えれば、3人の合唱が帰ってくる。

 というか、男性陣キャラ崩壊。


 初めて食べる食事はとても美味しかった。

 これは食事が楽しみなわけだ。

 なるほど娯楽である。

 美味しそうに食べる私を見て3人満足そうである。


 そして、ふと疑問に思う。


『なぜ、私は楽しみだった……?』


 今が人生初めての食事だ。

 確かにこんなにも食事が楽しいと知っていたなら、食事を楽しみにするのは当たり前だろう。

 だが私は違う。


 胸の辺りがモヤモヤするのを感じる。


「なぜ、私は食事を楽しみにしていたの……?」


 聞いてしまった。

 その言葉に3人は顔を見て見合わせる。

 そして理由を推測し私に教えてくれる。


「核は食事を取れないからね。 人々が食事をし、幸せそうにしているのを見るしかなかったんだ。 実際に食事ができることが嬉しかったのだと思うよ 」

「食事は生き物に必須だもの。本能的に求め、食べることで生き物として確立したと言えると思うの 」

「生まれたての赤ちゃんでもお腹が空いた思うのだからな 」

「……私はこの食事でやっと核から生き物になれたの?」

「人間になったんだ 」

「人間に……なった 」


 人間になった。

 その言葉になんだかなんだか泣きそうになる。

 なぜだろう。とても嬉しい。


 もう、胸のモヤモヤの存在は忘れていた。


 一層幸せそうに食べ始めた私を見て安心したように3人も食事を再開する。

 変な空気にして申し訳なかったなと思うが、今謝ると空気がまた壊れる気がする。


 だから謝罪ではなく感謝を伝えることにする。


「ありがとう。嬉しい。とっても嬉しい言葉 」

「我らが神の憂いは我らの憂いだからな 」


 神、か。


「貴方達が神に縋る必要なんてあるの? こんなにも持っている貴方達に、こんなにも良くしてくれる貴方達に、私は何ができるの? 私は貴方達に既にたくさん幸せを貰っているのに。 私には貴方達の方が神様に見える 」


 何もできない自分が悔しいと思った。

 力が欲しかった。


「楓は僕たちの神様。それに間違いはないよ。楓は居てくれるだけでいいんだ 」

「こうして4人で食事ができている今なんて最高に幸せなのよ?」

「それに何もできないことはない。魔法を覚えたらこの世界全て楓のものだ 」


 物騒な言葉も聞こえたが、3人の優しい表情も優しい声も紛れもなく本物だった。

 だったら私も覚悟を決めなくてはならない。


 俯きがちだった顔を勢いよくあげる。


「私が神様なら貴方達の信仰に応えて、貴方達に幸せを与える義務がある!私は貴方達の貴方達だけの神様になる 」


 神様としての宣言をする。

 他の誰でもない、彼等のために。


 守らなくてはと思うのだ。

 この気持ちは神様だからのものだろうか。


「それなら見つけて、私達の幸せを。私達だけの神様 」


 その宣言に応えるように3人は床に膝をつき頭を垂れた。


 その光景がとても悲しく思えた。

 私は彼等の兄弟にはなれないのだと。

 淡い期待は絶対的な信仰という言葉に消された。


 私は神様らしい。

 私は神様にしかなれないらしい。

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