第8話 勇者の剣のデザインの変遷について
聖剣とか、勇者にまつわる武器とか、そういうものを持ったときに光ったり雷が走ったりとか、アニメなんかだとそういう演出はよくある気がする。
明日香はそれほどアニメを見る方でもないので、どちらかというとファンタジー系の洋画でそういうシーンを見たのかもしれない。
「それにしても、最近はその手の剣は片刃の奴が流行な気がするな」
「えー、昔は違ったのー?」
「親の持ってるゲームの絵とかさ、だいたい真っ直ぐな両刃の剣なんだよな」
「んーと、こんな感じー?」
明日香が少し考えてから、ノートにさらさらと何か描き出した。
ノートには両刃の両手剣が描かれていた。刀身はまっすぐで、先端に近づくほど太くなっていき、先端部は鋭角に尖っている。鍔の真ん中と柄の終端に宝石のようなものが埋め込まれているのが特徴的だった。
「そうそう、こういう感じ。なんで先の方が太いんだろうな。鞘に入らないだろ」
「たぶんねー、パースつけた絵をー、真似して描いたのー。ほらー」
そういうと今度はノートに人物が剣を構えている構図を描き出した。
持っている剣はさっき描いたものと同じデザインだ。
両手で力を込めて構えており、その切っ先はこちらを向いている。
持っている角度の都合で剣にはパースがかかっているため、先端が太く見えるように描かれていた。
画角をかなり極端に広く捉えているため、先端の太さも実際に見えるものよりもかなり太くなっている。
「あー、これをそのまんま平面に持ってくると」
「こうなっちゃうのー。まあそういう説もあるって程度だけどー」
パースのついた剣の絵の比率を維持したまま平面に描き直すと、先ほどの絵と同じになる。
「それでー、最近のはこういう感じー。わたしこういうの好きー」
ノートのページを変えて、今度は片刃の剣を描き始めた。
曲線で構成され、特に峰には何度も波打つような複雑なデザインが施され、刀身にも文様が描かれている。
柄も手を護るための部分が付いて、刃から柄の終端までが一つの塊のようなデザインになっていた。
今まで描いていた剣よりも格段にディテールが細かく描かれ、相当な気合いの入れようなのがわかる。
明日香は普段あんまり描かないけど、やっぱり絵はうまい。
「フヘー」
「そうそうこういう奴。格好良いよな。これはこれで鞘に収まらないけど」
「うんうん! これはねー、聖剣なの! 魔王が現れた時にー、唯一対抗できる武器として星から授かるんだ! それでー、魔王の攻撃を無力化したりー、色々な能力がね……!」
絵のうまさや詳細なディテールもさることながら、剣に関する設定も細かかった。様々なギミックを説明しながら描き足したりしつつ、明日香にしては珍しく饒舌に語り続けた。
「……明日香さんも結構素質あるんじゃありませんか?」
「んー、典華ちゃん、なんの素質ー?」
「あ、いや……明日香さんはそのお話、何かに描かれたりとか……ないのですか?」
「えー、どういうこと?」
「明日香の話が凄く具体的だからな。何かのマンガで使われてるのかと思ったんだよな」
「そ、そうなのです。先輩の言う通りで」
「んー、マンガとかじゃないよー。これはわたしのお話だからー」
典華がほんの少し視線が泳いでから、やがて荒く息を吐いてから明日香に向き直って声を上げた。
「そのー、マンガの、同人誌……でも作ってらっしゃるのかと、その……」
「えー何それー。面白そうー!」
「ああ、そういうのはないのですね。それはそれで凄いですわ」
「うんー。だってわたしのお話だからねー」
本当に何も作られてはいないようだった。
同人誌という単語をわざとらしく強調し、フォントを太くしたり大きくしたりしていそうな感じで発言するところが典華らしい。明日香が全く反応を示さなかった事でちょっとがっかりしているようではあるけど。
それにしても、絵を描くだけでなくお話も創作するというのは僕も初耳だった。
ついでに典華の興味が同人誌に及んでいるというのも初耳だった。
「典華、厨二病仲間増やそうとかそういう事考えてなかったか……?」
「な、なんのことやら……というか私は別に厨二病じゃありませんから!」
「へいへい。みんなそう言うよ」
「明日香さんも絵はうまいのですし、せっかくだから真面目に作品描いてみませんか?」
「うん、やるよー。文化祭に間に合えばいいかなーって思ってるんだけどー」
「そうそう。まだ大丈夫だって。本気出せばちょちょいといけるって」
「あら、そうですか。じゃあもう夏休みの終盤に泣きついて来ても助けなくてよろしいですね」
「いやほら、それは、ね。そこはちょっと配慮していただけると……な?」
「配慮の意味が分かりかねますわ」
結衣のごますりを無視して絵に向き直り、集中する。
そこからは今までになく集中しているようで、以後は結衣の懇願もまるで聞こえておらず、顔つきも真剣そのものだ。
無視された結衣の手が所在なげに舞い、その表情がどんどんと暗くなっていくのと対照的に、典華の表情は硬く真剣なものから、少しずつ和らいでいった。優しい顔から次第に笑顔に近い表情にまで変わっていった頃、絵は完成した。らしい。
「……よし、今度こそ!」
「フゴ、フゴー!」
麻央の叫びとも空気漏れとも取れない発言と共に、急に空が暗くなった。
「日没にはまだ早いような……」
「あれー? また曇ってるー」
「なんだよ今日の天気。山の上かここは」
窓の外から少し見下ろせば海が見えるくらい、ここから海はほど近い。
外の光景を改めて見てみれば、急に日が落ちて夜が来たのかと思う程周囲は暗く、ほとんど何も見えなくなっていた。
空を見上げると分厚く黒い雲で覆われ、空の光は完全に遮られている。
「なに? 誰かあのボールを七つ集めたの?」
「ないだろこの世界にあのボールは」
「だってそうとしか思えない光景だよ?」
あのボールというのは、七つ集めると願いがかなうとか言われているオレンジ色のボールの事だが、もちろん漫画の話であって現実の話ではない。
ないのだけど、うっかり信じたくなる位には、今の状況が現実離れしている。
「なんだろ、あれー?」
明日香が見つけたのは、空の上に描かれた光の円だった。円の中には複雑な模様と文様が描かれている。
「アニメとかゲームで召喚魔法使うとあんな感じの魔法陣が空に浮かぶよな。あんな感じに円の中からにゅるーって何か出てきて」
「何かにゅるーって出てきてるよー!」
空に描かれた魔方陣が輝きだし、植物のような、触手のようなものが何本も生え始めた。一本一本が太く、それぞれが絡まりながら次々と生えてくる。
真っ直ぐに伸びていた触手は、ある程度の長さまで伸びると、次第に根を張るように広がり始めた。
「フゴゴ、フゴー!」
慌てた様子で空を見上げ、麻央が今までに無く饒舌に何かを叫んでいる。
「やはり貴女だったのね、麻央!」
「え、なにー? 典華ちゃんどうしたのー?」
「邪神召喚の術式を書いても書いても無効にされたり意味を逸らされたりしていたのは、やはり貴女が邪魔をしていたのね!」
立ち上がった典華は麻央に向かって指を指し、糾弾するように叫んだ。
言ってる意味はまったくわからないが。
言われた側の麻央は、きょとんとした……ような首の角度で典華を見つめ返しつつ、ノートによくわからない文様を凄い速度で書き続けている。
「フフ、貴女が邪魔をすることで初めて正しい挙動をするように組み上げた術式ですわ! 貴女の行いがこの世界を滅ぼす鍵となったのです!」
「なんか物騒なこと言い始めたぞこいつ!」
「えーちょっと何言ってるのー? 典華ちゃんー」
「部活のふりをしてコツコツと築き上げてきた術式、まさか貴女に少しずつ壊されていたとはね……。でも、もうこれで終わりですわ!」
「……たこ焼きは邪神召喚のなれの果てだったってことか?」
「あの空の足が入ってたのかなー」
「うわー。吐き出したい」
気持ちは分かるが今指を口の中に入れるのは止して欲しい。
空中で根のように広がった触手は、今にも地面に届きそうなほどに伸びている。その根元では本体と思われる太い幹のようなものが少しずつ現れ始めた。
「さあ、最後の一筆で長かった召喚術式もついに終わる……!」
「フゴ……」
「おしまい、です!」
典華が不敵な笑いをこぼしながら、カンバスの絵に一筆だけ加えた。
初めて聞いた彼女の高笑いの声が、部屋中に響き渡っていた。
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