第7話 ミレニアム仲間はずれと勇者考

 典華以外の僕を含めた四人はたこ焼きの周囲から全く動いていなかった。

 身体のみならず視線もたこ焼きから釘付けのままであり、結衣はその中で率先してつまようじに手を伸ばしていた。

 誰が用意した物かもわからない、どうして置かれたのかもわからない。

 例えこれが罠であったとしても、結衣なら気にせず手を伸ばす。

 彼女はそういう奴だ。


「んー、食べちゃっていいのかなー」

「いいだろ別に。誰が持ってきたのか知らんけど」

「ブフー」

「おおっ、おふぅっ……! あ、あふっ!」


 結衣が本当に躊躇無くたこ焼きを口に放り込んだ。

 焼きたてのたこ焼きと言えば、中で燻るマグマの如きとろとろふわふわの生地だ。

 何も考えずに一口で食べてしまえば中身が躍り出て口腔内を蹂躙していくだろう。

 予想通りの状況に陥った結衣が、熱さに堪え兼ねて口を開けたまま間抜けな表情で排気を試みる。


 しかし空冷では効率が悪すぎるのか、涙目になりながら悶え続けていた。

 しばらく熱線の吐き方を忘れた怪獣のような動きで部屋中を歩き回って、ようやく熱さが落ち着いたのか、たこ焼きの近くまで戻ってきた。

 そんな目にあってもまだ食おうとするのかこいつは。


「ああ……はあ……はあ……。やばいわ。マジ熱い……。口の中火傷した」

「お毒味ご苦労さまです」

「そんな所にいたらあげないからな」

「あなたのたこ焼きではないでしょう!」


 そうはいいつつも僕や明日香ももう食べてしまった。

 予想通りというか、予想外というか、ちゃんとした本物のたこ焼きだった。

 グルメマンガなら外側の焼き加減と中身の柔らかさ、具材としてのタコやソースなどでについて言及し、数ページかけて褒め称えそうなレベルだ。


「典華ちゃんも食べよう……?」

「わかった、わかりましたから、そういう目で見ないで!」


 明日香の泣き落としは典華に対して効果は抜群らしい。慌てて典華が席を立ってたこ焼きのある席まで近づくと、明日香が一つつまんで待ち構えていた。


「はい、あーん。おいしいよ!」


 少しの間逡巡しつつも、意を決して目を瞑りながら明日香の持っていたたこ焼きを口に入れた。恐る恐る口を閉じると、緊張感に満ちていた表情が、次第に驚きのそれに変化していった。

 もちろん、それはたこ焼きの熱さではなく、味についての驚きであろう。結衣のように口をだらしなく開けたりしていないし。


「よし、これで全員共犯者な!」

「そういうと思いましたわ。まあ……これは誰のものでもないし、大丈夫でしょう」

「やっぱりー、みんなで食べた方がおいしいねー」

「……そうですわね」

「で、魔王なんだけどさ」

「あなたもしつこいですね! まだ語り足りないの!」

「フッ……もう魔王はいいんだ。飽きた」

「飽きたのかよ」


 熱しやすく冷めやすいタイプだ。

 少しはたこ焼きを見習え。


「魔王といえば、やっぱ勇者じゃん」

「夏と言えば水着、くらいの適当なカテゴリ分けですわね……」

「で、勇者ってなんなの?」


 話題の中での勇者は、あくまで魔王を倒す存在、魔王と対になる存在としての勇者に限定されるらしい。明日香がたこ焼きの容器を片付けている間に他の三人は定位置に戻った。


「物凄い根本的な疑問から始めましたわね……」

「うーん、凄い事を成し遂げた人とかー、そういう感じ?」

「いや、よくいるじゃん職業勇者の人」

「職業軍人みたいに言わないで下さいます? ゲームの話ですよ職業扱いされてるのは。最近のゲームだと勇者って呼び方がすでにギャグみたいな扱いになってる気はしますが」

「いやいや、あたしもさすがに現実にいるとは思ってないよ? 君とちがって」


 結衣が顔の前で手を振りながら真顔で否定の意を表示した。


「あくまで厨二病呼ばわりなさいますのね……」

「ほら、生まれながらにして勇者みたいなのいるじゃん」

「親が凄かったとかー、家柄が良いとかー、そういう感じ?」


 明日香はあまりゲームやアニメ等には詳しくない。

 時折おかしな方向に話を持って行ってしまうのは、その辺が要因かもしれない。


「堕天使ですとか、女神の生まれ変わりなんてのもありますわね」

「ああ、あんたの設定はそっち系なんだな」

「私の設定ではありません!」

「典華の言ってた外来種がどうのっていう奴だと、普通に天敵みたいな存在がいて、それが勇者とか言われる感じなのかなーと思ったんだよな」

「それなら特殊な存在っぽい感じになりますね。悪魔に対する天使みたいな」

「お前天使好きだな! あたしが思ったのは暴れる熊に対抗する犬だったんだけど」

「結衣さん、本当に貴女本物の女子高生なのですか?」

「なんだよ急に! こんなピチピチの女子高生捕まえておいて!」

「なんだか、本当は異世界から転生してきた四十代男性とかそういう感じなんじゃないかと思う程に、その……」

「昭和の人だよな、結衣って」


 思わず言葉を継いでしまった。

 というかなんだよ異世界から転生してきた四十代男性って。

 全然活躍出来そうにない設定だな。


「結衣さんだけは、ほら……二十世紀生まれですし……」

「フゴー……」

「百年単位で除け者にすんなよ! みんな平成生まれだろ! 仲間だろ!」

「ミレニアム的には千年単位ですわね」

「無理矢理規模でかくすんなよ!」

「あー、二十世紀ー……」

「明日香まで微妙な顔を!」

「他はみんな早生まれだっけか」


 その理屈で言うと僕も二十世紀生まれの側なのだけど、まあ黙っておこう。

 明日香にあんな表情されたら僕ならしばらく立ち直れない。


「叔母さんが好きだったんだよ、野犬ロマンのマンガが! 異世界に野犬ロマンの漫画があるか!」

「野犬で、ロマンなのー?」

「明日香さん、多分長くなるから聞かない方がよろしいですわ」

「フスー」

「どっちの例もよくわかんないけどー、吸血鬼を退治する小説の主人公はさー、吸血鬼と人間のハーフだったりする事が多いんだよね! そういう感じかな!」

「ダンピールか!」

「それは、実に的確ですね。さすがですわ、明日香さん」


 珍しく明日香が的確な例示を出してきたので周囲が感嘆の声を上げ、軽い拍手が上がった。本人も会心の出来だった上に、周囲のリアクションが良かった事で満面の笑みを浮かべ、小さくガッツポーズを決めていた。


「特撮のヒーローだと、敵の能力と同じ力で戦うっていうのが一つの定番なのですよね。敵の組織に改造されたとか、敵の開発したアイテムで変身するとか、そういう感じで」

「オタクは引き出しが広いな」

「ああもう褒め言葉だという事にしといてあげますわ!」

「典華。結衣は多分本気で褒めてるぞ」


 完全に真顔だったし。

 というか、この部内においてはオタクという呼び方は別に蔑称でも何でもないと思う。

 僕だってそうだし、結衣も十分自覚していると思う。

 麻央も、なんだかんだいいつつ会話について行けているっぽいし。


「え? ……そうなんですの?」

「え? 褒めちゃまずかったのか?」

「いえ……そういう訳ではありませんが……」


 珍しく少し顔が赤くなって、萎縮したようにカンバスに向き直っている。

 普通に褒められるのには慣れていないのかもしれない。


「あ、あのッ! 有名なゲームだと主人公の親が凄くてその息子として期待されて旅立つってのがありましたわよね、確か」


 少し声がうわずりながらも誤摩化すために話を進めようとする辺りは可愛いかもしれない。


「あー、三作目なー。でもそれ五作目辺りで主人公の息子が勇者でしたって話になるんだって。勇者でしか装備できない武器が装備出来たとかそんな理由で」

「ゲームだから仕方がありませんわ。装備の概念をリアルに解釈するのは難しいですし」

「あのね、その人が武器を持った途端にすっごい光り出したりするのー、ない?」

「それだ。特殊な能力を解放しちゃう奴ね。あるある」

「今日の明日香さんは冴えてますね!」

「えへへー!」


 美少女の満面の笑み、頂きました。

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