第6話 魔王分類学
典華が所謂オタクと呼ばれるレベルの知識量を持っている事は今更疑う余地もない。
的確なツッコミと、わかりやすい解説は部の中でも群を抜いている。
しかし本人はそれでも「そういう人」だと思われていない、という自信があったらしい。
突然かくれオタクと言われ、目を見開いて結衣の方を睨むが、全く悪気も何もない結衣はそれに気付かない。
嘘というわけでもないので、抗議しようにも言葉が出ないのか、口をパクパクあけるに留まった。
「何してんの典華。鯉の真似? 餌ならもうないわよ」
「いりませんわ」
空になったスナック菓子の袋をヒラヒラさせて典華に示すが、もちろん典華はそんなものを要求していない。
「結衣さんのたわ言は無視して下さいね、明日香さん……。偶然知っていただけです」
「二人ってすっごく仲良くてうらやましいなー。こんなにわかりあえる間柄ってないよねー」
言われた二人は否定も肯定もしなかったが、喜ぶどころかお互いを睨みながら心底迷惑そうな顔をしていた。同族嫌悪みたいな所はあるかもしれない。
明日香にしてみれば、その態度すらも素直になれない二人というような解釈をして、さらに喜んで手を叩いて歓声を挙げていた。
つられて麻央も何となく手を叩いてみるが、まばらな拍手と傾げた首の角度は、必ずしも明日香と同意見という事でも無さそうだ。
何やら典華と結衣でアイコンタクトをしてうなずいている。
ここで否定しても、否定する理由を説明させられるだけだろうし、適当な所で誤魔化した方が楽だろう。
おそらく話題を強引に引き戻して誤魔化そうとか、そういう類いの合図と予想する。
「あー、あれな、魔王な。本当の危機の為に自分が犠牲になる感じな」
「とてもスパンの長い投資、という感じでしょうか。自分を倒せるくらいに強くなれば、この後の戦いにも生き残れるだろう、という」
「ラスボス倒したかと思ったら連載延長決まった週刊少年漫画みたいだな」
「そういう例えはお止しになっていただけます?」
「あのね、世界を丸ごと壊しちゃうぞー、みたいな魔王もたまーにいるじゃない?」
「ああ、破壊神系のやつな」
「いつから魔王にそんな系統樹が出来たのですか」
「でもよくあるじゃん」
「……確かに魔王を何のメタファーにしているのか、という点で分類すれば、まあないこともないですわね……。生態系を破壊する外来種的なタイプや、政治的な侵略者的なタイプとか……。うん、確かにないこともないですわね……。とすると破壊神系は……」
「ほらやっぱりオタクだ」
考察に夢中になった典華は周りの声が聞こえなくなる。
僕も典華は知識だけでなくオタク的素養が高いと思っている。
別にオタクが悪いとかそういう事ではなくて、本人に自覚がない事が意外だったというだけの話ではある。
「そういう、破壊神系? みたいな人って壊れた世界とかー、誰もいない世界とかー? なんかそういう所に居たいのかなあ。なんだか寂しいねー」
「ぼっち飯とか好きなんだよきっと」
「でも本当に誰もいないんだよー? こうやってお話する相手もー、一緒にごはん食べようって人もいなくて。寂しいよね……」
言い終えて視線を落とし、シャーペンを動かしていた手も止まった。今にも泣き出しそうな表情のまま、それを弄ぶ。
明日香は感情移入の強いタイプなので、こういう時に過度に思い入れてしまうらしい。
「べ、別に一人でもいいじゃないですか。大して困りませんよ……っと。これで完成かな」
「フホ、フオー」
「ほほう、典華は一匹狼的なアレですか……」
「実際そんなに困る事ってありますか? どうせ家に帰れば一人なのですし」
「わたしはー、典華ちゃんがいないと寂しいよー?」
「う……。うん、そう、ですね。私も……です」
「よかった!」
美少女と形容すべきレベルの女の子が、半ば涙目の状態ですがりつくようにして来られれば、同じ女子であったとしても揺らぐだろう。
「おまえの厨二病うっすいなー」
「明日香さんに言い寄られて困らない人がいて?」
「えー、困ってたのー? ごめんね……?」
「いやそうじゃないのですよ明日香さん。やめてそんな顔しないでください。お願いですから……」
涙目で上目遣いで謝罪というコンボを食らって典華がノックダウン気味。
元々対人スキルが低い典華はこの手のシチュエーションに対する防御力が皆無だ。
偉そうに解説しているが、かくいう僕も同様でね。
こんな時どんな顔すればいいのか、全くわからない。
「典華が明日香のこと好きだってさ」
「わあい!」
臆せず全身を使って喜びを表現し、それに加えてその満面の笑みがあれば、世界を制する事も可能なのでは無いだろうか。
「あ、でもお嫁に行ったりは出来ないけどー、いい?」
「わ、私もそこまで望んでません!」
「告白する前に振られたぞこいつ」
「貴女だって振られたじゃありませんか!」
「フガー」
「そ、そうですね。論点はそこじゃないわよね」
「そうだよー。ごはんとか、みんなと食べるとおいしいよねー!」
結論はそれでよかったのだろうか。
「ところでさ、なんかさっきから、とても良い匂いがするのですが……」
「あ、気のせいじゃないのか。ごはんの話してるせいかと思ってた」
「ソースのにおいだー」
もちろん誰もこんな所で料理などしていないしデリバリーの類いを注文もしていない。
「フグー」
麻央が指し示した先。
部室の隅の机に、たこ焼きが一皿置かれていた。
きつね色に焼けた丸い物体に、ソースと青のりがかけられ、そして鰹節がいかにも焼きたてという風情で踊る。
ご丁寧に経木舟の容器の中で綺麗に整列している上に、爪楊枝が端のたこ焼きに刺され、堂々と立っている。
心なしかここからでも湯気が漂っているように思えるほど、その姿は扇情的だ。
部活が始まってから結構な時間が経過している。
机の上にあったスナック菓子も、ほとんど食べ尽くされている。
食糧の尽きたこの状況でこんなものがあっては、必要以上に食欲が刺激され、空腹を改めて自覚させられるのは致し方ないかもしれない。
腹を空かせたゾンビのごとくたこ焼きにゆらゆらと集まるのもまた、致し方ない。
ちなみにスナック菓子の大半は結衣が食べた。
「なんで……なんでたこ焼きがこんな所に……! まさか……!」
典華だけは内なる食欲の赴くままに動かず、その存在に対し懐疑的な姿勢と表情のまま席から動かなかった。
なにやら一人で呟いた後、慌てて窓側へ駆け寄り、空を見上げた。
窓の外、典華の視線の先には少しずつ紅く変わっていく空と、その光に染まっていく雲が浮かんでいる。
先ほどまであった突然の雨や雷といった天候の変化については、その痕跡は全く見つからず、また、次の予兆も見えない。
雨の降る心配がない事に安堵するのかと思えば、典華の表情は硬く、むしろ疑問がより強くなったように見える。
「お天気がどうかしたのー? 典華ちゃん?」
「なんてこと……また失敗するなんて……」
「典華の厨二病は突然発症するな。秘めた力が暴走でもしたのか」
「あ、いや、なんでもないのです……なんでも……」
肩を落として席に戻り、パレットと筆を手に取る。
しばらく筆を空中に踊らせつつカンバスを眺めていたが、意を決したように一気に筆を走らせ、また絵を描き直し始めた。もはやどれほどの絵の具があのカンバスに塗り込まれているのか想像も出来ない。
「しかし、たこ焼きうまそうだなあ。よし食べよう」
「躊躇なしか!」
せめて一瞬でも良いから逡巡の意を見せてから決意して欲しかった気がする。
いや、したからといって結果は変わらないのだけど。
そして結衣の右手は、悠然と立っているつまようじに伸びていった。
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