第5話 所詮血塗られた道、的な

 本日二度目の一触即発状態。

 通常、平均すれば一日に三回は起こるこの事態。

 僕はすでに慣れてしまったのでどうでも良いのだけど、麻央だけはいつまで経っても慣れないらしい。

 どちらかというと、麻央のおかげで妙な緊張感が生まれている気がする。

 主に仮面から発するカチカチという音で。


 そして今回もまた、この緊張感を切って捨てたのは明日香だった。


「二人ともにらみ合いはおしまーい」

「……そうね、ここで私と結衣さんが争っていても結局何も生まれませんわ」

「人間と争いは切っても切れない縁か。所詮血塗られた道か」

「ブフー」

「それに気付いた人が争いをしなくなっていけば、いつか争いのない世界が生まれるかもしれません」

「うん……って何この大きな問題を解決したあとのエンディング入る前みたいなノリは! ゲットワイルドか何かが流れてスタッフロールが出てきそうな空気は!」

「それ以前にお前ら二人に言われても全然説得力ない」

「ブハー」

「麻央ちゃんも思ったみたいだけど、結衣ちゃんのネタって、妙に古くさいよねー」

「く、くさ……! 古いはいいけど臭いまで言うか!」

「古いはいいのか」

「しょうがないじゃん! 叔母さんのせいなんだから!」


 自覚はあるようだ。


「あーりつこさんねー。面白い人だよねー」

「叔母さん……? 結衣さんの家に叔母さん一家など暮しておりましたか……?」

「ああ、今年から家にいるんだよね。お母さんの妹で、あたしより二十歳くらい上かな」

「その人の影響がでかいのか」

「小さい頃は叔母さん近所のアパートに住んでて、特に遊んでもらってたからなー。色々教わったもんだ!」

「結衣さんのセンスが古くさいのはそのせいなのですね」


 地域制圧型シミュレーションについての知識も、そのりつこさんという方を経由したのだとすれば納得だ。

 そもそも、僕ですら現物を見た事がない。

 エロゲー知識を姪に仕込む叔母というのもちょっと嫌だが。


「それにしても、そうなると今は結衣さんの家は大家族なのですね。そんなに広い家ではなかったと思いますが」

「ああ……叔母さん独身だから……今年から……」


 今年から。

 この四文字に込められた意味が深過ぎる。


「ああ……ごめんなさい……」


 さすがの典華もこれには思わず謝罪した。

 今までに無い微妙な沈黙が流れる。

 典華と結衣がお互いに顔を伏せる。

 気まずくなった典華も筆を進める事が出来ず、右手で筆を弄び続ける。

 結衣も持ったままのスマホの画面を見る事もなく、どこでもない何処かをただ眺めていた。

 そしてこういった状況を平気で破壊してくるのは、いつも明日香だった。


「りつこさん美人なのにねー。不思議だよねー」

「そうそう。あたしにそっくりなのになあ」

「……へえ。結衣さんに。親族ですし、性格も似てたりするのでは?」

「似てる似てる。最近じゃ姉妹ですかって言われるくらい。見た目だけは若いからね」


 結衣に皮肉は通じない。

 しかし、それを聞いて典華は突然立ち上がり、結衣に向かって派手に指を突きつけた。


「謎は全て解けましたわ……っ!」


 大きな声で謎の解明を高らかに宣告した。

 もし彼女の祖父が有名な探偵であったならば、その祖父の名にかけて真相を暴く事を誓っただろうし、探偵事務所に世話になっていたら、何らかの方法で探偵を眠らせて真相を語ろうとしただろう。


「凄い。名探偵みたい」

「今のどこに推理があったんだ」

「フゴー」


 三人の顔を順に見ながらその表情を確認していく。期待に満ちた表情の明日香、状況が飲み込めていない結衣、鉄仮面の麻央。

 それぞれがそれぞれの表情で典華を見つめ、それぞれの思惑で彼女の次の言葉を待っている。

 僕には一瞥もくれなかった。


「そう。りつこさんが独身の理由がはっきりしましたわ。結衣に似た性格と外見、つまり!」

「典華。それ以上いけない」

「はっ……! そ、そうね、これ以上は新たな争いの火種を生むだけね……」


 典華が深呼吸して席に座る。

 新たな争いは回避出来たようだ。


「本当に、世の中争いってなくならないんだな」


 次の争いの中心になりかねなかった存在が、典華の争いの火種という言葉にのみ反応して呟いた。その火種がなんだったのかはわからないままに。


「この四人の中ですら無くならないんだもの、どだい無理ゲーって話よ」


 四人。


「なあ、人間相手だけ傍若無人に振る舞うなら、化物も結局偉い奴の前では頭下げるわけ?」

「彼らには彼らなりの秩序が存在しうると思いますわ」

「なーんかイメージと違うなー」

「どんなイメージだったのですか」

「自分のやりたい事だけやろうぜ! とか誰の指図も受けねえぜ! とか言いそうな」

「そういう人はそもそも組織に入れませんから」

「魔王の言う事ちゃーんと聞くよい子ってことねー」

「そもそも魔王もすごく頭の良い奴いたりするよね」

「頭の悪い魔王っていうのもちょっとイメージ違うけどな」

「世界を守る魔王なんてのがいても面白いよねー」


 例によって明日香からの変化球が飛び込んできた。

 結衣と違って話の腰を折るほどでもない辺りが絶妙だ。


「守ったら魔王じゃなくね?」

「えっとねー、例えばー、何か敵が来るのがその人にだけわかってるのー。国の人を守るためにー、あえて征服しちゃうの!」


 実に嬉しそうに話し、面白そうなネタである事は理解したが、予想通り話の流れとはかなり食い違うものだった。


「あえて、の意味がよくわからん」

「一緒になって戦うとかすればいいのでは?」

「んー、ほら、魔王がきたぞーって言えば皆団結するじゃない? その中から強ーい人が出て来るかもしれないじゃない?」

「フゴー」

「オオカミ少年みたいな感じですね」

「ボバンババンボン」

「そっちじゃなくて。街中にオオカミが来たぞーって叫んで回るやつ奴です」

「海賊王志望の仲間になるキャラがやってた奴だ」

「ねえ、結衣ちゃんのボンボン……ってなにー?」


 僕もそれが気になった。何かの暗号か。


「ああ、大昔にそういうアニメがあったのです。もう五十年以上前の。オオカミに育てられた少年が主人公なのです」

「結衣ちゃんが知ってるのも凄いけどー、あのヒントでわかる典華ちゃんも凄いねー」

「典華はかくれオタクだから実は色々詳しいんだよ」

「そうなんだー! すごーい」


 かくれてるつもりだったのか、典華。

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