第4話 厨二病いつか誰もが通る道

「全く……結衣さんのような方で溢れた魔王の城とか、想像するだに恐ろしいですわ。そういう意味では最適かもしれませんね」


 魔王の城の住人はろくな奴がいないという話から、紆余曲折も殆どないまま結衣がそれに該当するという話に繋がる辺りが、彼女の人となりを表していると言える。

 しかし明日香の感想はひと味違った。


「えー、楽しそうなお城だよー」


 楽しいという言葉の意味をもう一度調べた方がいい。


「とにかく住みやすい世界になりそうもないというのは伝わっただろ。なんであたしがディスられる流れになるのかわかんないけど」

「えっとー、魔王の部下は結局どういう人なのー?」

「フゴー」

「結衣さんみたいな人ですわ」

「楽しくてー、やさしい人?」


 明日香の感想はひと味違った。

 聞いた瞬間結衣の目から涙がこぼれ、ついでに鼻からも涙よりは粘性の高そうな液体がこぼれた。

 こぼれたというよりは一筋流れ落ちた。

 流れ星と違ってあまり美しくない。


「明日香……抱いて……」

「それはー……ちょっと遠慮しておこうかなあ……。あのー、鼻かんでね?」

「なんで下がるの、明日香……?」


 結衣にしてみればどん底まで突き落とされた所に伸びた一本のクモの糸だ。

 しかし明日香の視点で見れば顔面堤防総決壊状態のゾンビがゆっくりと向かって来ているようなものである。

 それは逃げるだろう。


「うう……結局明日香にも拒否される存在……」

「元気だしてー! 結衣ちゃんの事好きー!」

「そ、そうか? そこまで言われたらしょうがないよな!」


 どこまで言ったのかはわからないが、一気に回復したらしく、結衣が勢い良く鼻をすすって袖で涙と鼻を擦り、明るい表情を取り戻した。

 見ているこっちは微妙に引いていた。


「フー」


 今だけは麻央の言いたい事がわかったような気がする。


「うんー、結衣ちゃんは元気なほうが可愛いよー!」

「明日香……! もうめちゃくちゃにして……! あと嫁に来て……!」

「えっと……お友達でいましょー?」

「そう、あたしたちは永遠に友達。むしろ親友。ライバルじゃなくてマブダチと読む方。水中モーターのようにうねり、まっすぐ進む!」

「マブチですわそれは! ってああっ!」


 結衣の言葉に迅速に対応してツッコミを入れたまではよかったが、振り向きざまに筆がカンバスを横断してしまった。

 真っ白い線が絵を上下に分断してしまった。

 その刹那、外では空が光り、雷の音が鳴り響いた。

 部屋が振動するほどの大きな音で。


「え?」


 外を見ても雲もほとんど視界に入らない快適な天気だった。

 既に太陽は水平線に近付き、空は紅く燃え始めていたが、雨や雷とは無縁とも思えるほどの天候だ。


「……雷?」

「すごい音だったねー」

「というか、雲もみえないのにどこで鳴ったの、今」

「今度は雷か……そうか、そうなるのね……」


 後頭部を掻きながら典華は筆をペインティングナイフに持ち替え、描いていた絵の大半を濃いグレーで塗りつぶして行った。


「え、典華、何か言ったか?」

「ブフー」

「ええ、雷になってしまうとはって……あ! いえ! なんでもありませんわ!」

「なに? 厨二病?」

「なんでですの!」

「なんかブツブツ言ってるからさ。設定があるんだろやっぱり。天候を司る系の」

「違います! ほら、絵が駄目になってしまいましたから!」


 駄目も何も塗りつぶしたのは典華本人だが。

 結衣に追求されて珍しく動揺している。

 慌てる様を見て、結衣も真剣な面持ちで典華の顔をじっと見つめて、優しく囁く。


「いいんだよ。厨二病は、皆が通る道だから……」


 柔らかな笑顔でそう言うと、肩を軽く叩き、精一杯の励ましを典華にかけた。

 多分本人としてはこれ以上ないくらい優しい笑顔のつもりなのだろう。

 微妙に神経を逆なでする笑顔になってしまっているのだが。


 優しく諭された典華はきっと自分に感謝して、感激のあまり顔面堤防が決壊するに違いない。そうしたら優しく抱きとめてあげよう。そう思ったのだろう。結衣は目を閉じて手を広げて待った。

 何を考えてるのか実にわかりやすい。

 しかし、数秒後に現れた光景は、結衣の下唇をつまんで引っ張る典華の図だった。


「あにふんひゃ!」

「この程度で済んで感謝して頂きたいわね」

「ちくしょう、人が優しくしてやればつけ上がりやがって」

「ああいうのは優しいっていうのか?」

「皆が通るって事は、結衣ちゃんも通ったのー?」

「フフフ、内緒だ!」


 一般的に厨二病と呼ばれる、思春期によくある特殊な思考及び嗜好そして感情の機微については、それを経験した者の大半はそれを忘れたい過去として封印する。

 さすがの結衣もこればかりは内緒にしておきたいらしい。


「結衣さんが話を逸らし続けてどうするんですの。もう明日香さんが話の続きが気になってしょうがなくなってますわ」


 さすがに話が気になるとまで言われれば結衣も悪い気はしないらしい。


「ふう……しょうがないなあ。まあ、あたしくらいになると皆の興味を引きまくる話術的なものがね、もう、こう……凄いアレよ」

「あなたの語彙が心配になってきましたわ」

「で、どこまで話したんだっけ?」


 自分で整理してください。


「えっとねー、魔王さんの所に悪い人が集まったら住みにくいんじゃないかなーって話」

「それだそれ。さすが明日香は賢いね。嫁にこない?」

「何回プロポーズしたら気が済みますの」

「いいと言うまで」

「うーん、それは諦めてほしいかなー」


 さすがの明日香も少し困ったように笑いながら誤魔化した。


「私も少し考えたのですが……彼らには彼らなりの秩序は存在するのではないかと思うのです」

「わー、典華ちゃん本当に真面目な回答っぽいー」

「ゴフー」


 実は話の続きをしたかったのは典華の方だったのかもしれない。まだ上機嫌な表情のままで余韻を楽しんでいる結衣をよそに、突如持論を話し出した。


「人間なぞ殺しても構わない、扱いも自由だという事で決まっていれば、人間相手の時だけは傍若無人になるのも致し方ないのかもしれません」

「暴力を振るっていいのは悪魔と異教徒だけって奴? よく考えたら人間同士でもそんな争いずっとやってたんだよな……」

「……何ですの結衣さん、急に不真面目な顔をなさって」

「おまえハイスラでボコるわ……」


 多分結衣としては真面目な顔をしていたつもりだろう。


「そういう古いネットスラングを使うのも、あまり感心しませんわね」

「古いって認識出来る程度にはあんたも年寄りってこった」

「屋上へ行きましょうか洗濯板……」


 典華が筆を置いて立ち上がり、それを迎え撃つ結衣との間で再度至近距離でのにらみ合いが発生した。麻央はまたお互いを見ながら仮面をカチカチ言わせ、明日香は再度話が中断してしまった事に対して不満そうな顔で二人の成り行きを見ている。

 今回もまた、しばらく無言のまま、適宜首の角度を変えながら睨み合い続ける。


 さすがに一日に二度も発生してしまえば、そこまで緊張感を高められるものでもない。

 麻央以外は。

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