4.make a choice
「
そう呼ばれたのは練習が終わってからのことだった。
「どうしたの、
小陽が汗で濡れたTシャツを着替えながら言う。
「今度ん休日、暇か?」
「え・・・うん」
「じゃあ決まりやな。行こっか」
「へ?どこに?」
「バッシュ買いにスポーツショップに」
「ば・・・ばっしゅ?」
「バスケをプレーするときん靴んこと。いつまでも体育館シューズってわけにはいかんやろ。それに今セールやっちょったけん、丁度ええ」
「そうだね。行ってみよっか!」
そして休日ーー。
小陽の家のインターホンが鳴った。
「ふぇっ!?まだ30分前!」
小陽はドタバタしながらも準備をし、玄関のドアを開ける。そこに立っていたのは予想通り冬月だった。
「お、お待たせ・・・」
「迎えが早すぎたんはこっちの方
冬月はいつもとは違い、髪を結ばず、前髪をヘアピンで留めている。
下は裾が広い短パンに、上は長袖の上に半袖の服を重ね着している。子供らしい印象を持つ服装だったが冬月が長身で細身なのが幸いし、無邪気で可愛らしい格好になっていた。
小陽はキュロットスカートに白黒のボーダーのトップスを合わせ、薄手の上着を羽織っている。
「今日は一段と
冬月はそう言って笑った。小陽はそんなことないよ、と照れている。
「それじゃ、いってきます!」
小陽は家の中に向かって言う。
「はーい、いってらっしゃ~い」
小陽の母の
小陽は家の外に出て冬月と顔を合わせる。
「え~っと、今は9時くらいだから・・・電車の時間に合わせるとーー」
冬月が携帯を出して電車の時間を調べ始める。
「丁度良いくらいの時間やね。じゃ行こっか」
「あ・・・うん」
冬月と小陽は歩いてバス停に向かう。
「そう言えば、あの後大希はどうやった?」
冬月が小陽に尋ねる。
「え・・・大くん?普通に
「そうなんや。で、他には?」
「え?他?」
「何かなかったん?なんか、こう・・・進展?」
「し、進展!?」
「いや・・・だって」
冬月は歩きながら言葉を止める。
「小陽は大希のこと、好きやろ?」
「な!?なんで?」
「なんで、っち・・・何となく?」
「何となく、ね・・・」
歩きながら話をしているとバス停に到着する。
二人はバスに乗り、最寄りの駅に向かった。
車内でも二人の
「ーーだって小陽、こん前私と大希を恋人同士やと勘違いしたときに『良かった』っち言うちょらんかったか?」
「あ、あれは安心したっていうか!冬月ちゃんが可愛いから大くんとお似合いだなって思って嫉妬しそうになっただけ・・・」
小陽はそこではっ、と気づき、隣を見る。
そこには『あたたかーい目』をした冬月の顔があった。
「・・・もう弁解できんね。まあ他ん人には言わんけんど、私の心の中にこん事実は
「っ・・・もう」
小陽は顔を赤らめて俯く。
そんな小陽を見て冬月はさらに表情を緩ませた。
(べ、別に大くんのことは嫌いじゃないし、むしろ好きだけど、それは友達としてで、異性として意識はしてないっていうか・・・。そりゃあ確かに昔は小さかった大くんがあんなに大きくなってて、カッコいいな、って思ったのは嘘じゃないし、実際顔だって悪くないし・・・。それに、包容力があって優しいし、頼りがいがあるよね。あんまり私は人に頼ってこなかったから大くんには頼っていたいな・・・って思うだけだし・・・)
「ーーる?小陽?バス着いたよ?」
物思いに耽っている小陽は我に帰る。ごめん、と呟いてバスを降りた。
二人はそこから切符を買い、電車に乗る。
そしてさらに到着先の駅からもバスに乗り、20分ほど走行して県内の大型商業施設に着いた。
「あ~、着いたね~」
冬月が大きく伸びをしながら言う。
「遠かったね~」
ずっと神奈川の都会暮らしをしていた小陽にとっては買い物をするためにバスと電車を乗り継いでいくなど考えられないことであった。
「ちいとトイレ行っちくるね。すぐ戻ってくるけん」
冬月は右手を縦にしながらごめんね、といった顔で大型商業施設の中のトイレに向かった。
小陽は近くにベンチを見つけ、腰を下ろして冬月を待つ。
その時小陽の前を通った小太りの男性がハンカチを落としていく。
(あっ・・・、どうしよう、届けた方が良いよね?)
小陽は男性が落としたハンカチを拾い上げ、男性を追いかける。
「あ、あのっ・・・!これ、落としました!」
小陽は男性を見上げる形でハンカチを差し出す。
男性は静かに笑い、小陽の顔をじっくりと見つめる。
小陽は男性が自分を見つめる目にたじろぎ、疑問を感じながら男性の次のアクションを待った。
「・・・ありがとう。本当に助かったよ。しかもこんな可愛い子に拾ってもらえて」
「えっ、か、可愛い・・・ですか?」
「うん、可愛いよ。良ければお礼なんてどうだい?」
「いえいえ、それは大丈夫ですよ。気持ちだけで十分です」
小陽は笑って一礼し、その場から去ろうとする。
しかし、小陽の細い手首が男性の太い指に包まれる。
「やっ・・・」
小陽は思わず声を出す。
「そんなつれないこと言わずに、ちょっとだけだから。ね?」
そう言った男性の顔はやけに醜く、小陽に恐ろしさを感じさせた。
(こ、これ・・・もしかして・・・ナンパ、ってやつだよね?怖いよぉ・・・)
「駄目かい?僕は良心でこう言ってるんだけどなぁ」
「いや・・・そのっ・・・」
小陽は男性の手を振りほどこうとするが、男性はどんどん距離を詰めてくる。
(やばい、このままじゃ・・・)
小陽の目に涙が溜まってくる。
その時、男性の肩が別の誰かに掴まれた。
男性は振り向く。小陽はその隙に男性に掴まれていた腕を引き抜いた。
「何ですかあなたは?僕はこの子にお礼を・・・」
「嫌がってるだろ。離してやれっちゃ」
男性の肩を掴んだのは背の高い高校生らしき青年だった。身長は大希と同じくらいか、それより高いくらいだ。
「関係ないでしょあなたには」
男性も食い下がる。しかし青年はまったく怯まない。
「ーー関係あるんだよ。その子は俺の彼女だ。だから近づくんじゃねーよ」
「なっ・・・」
「良いから、あっち行きな」
青年が男性を見下ろしながら睨む。
男性は苦虫を噛み潰したような表情ですごすごと去っていく。
青年は小陽の方を向いて笑いかける。
「ーーっと、ごめんね。俺みたいなのが彼氏名乗っちゃって」
「いえいえ。助かりました、ありがとうございます」
小陽も青年の方を向いて深々と頭を下げる。
「いやいや、別に良いよ。それじゃ俺はこれで」
そう言い残して青年は去っていった。
すると後ろから冬月が息を切らせながら来る。
「小陽、どこ行っちょったん?」
「あ、ごめん・・・ちょっと色々あって」
「色々って・・・。まあ、とにかく無事やったんなら良いけど」
「うん。ありがと。色々、は歩きながら話すよ」
そして小陽はスポーツショップに向かいながら起きた出来事を話す。
「なんやそりゃ。
「でも背の高い人が助けてくれて、良かったよ~」
「大希やったら良かったのにな」
「あはは、そんな簡単にラブコメみたいなこと起こんないよ」
小陽は前を向いたまま笑った。
(否定
冬月は怪訝そうな顔で小陽の反応を見ていた。
二人は大型商業施設内のスポーツショップに入り、バスケットボールのコーナーを探す。
店内には様々なスポーツの商品が並べられ、少しだけ心が安らぐような革の匂いが立ち込めていた。
「あった。ここらへんかな」
冬月が言って、狭い道に入っていく。小陽はそれについていく。
「わ・・・」
小陽は思わず声を漏らした。
壁一面にはバッシュが並べられ、陳列棚の裏側には箱が敷き詰められている。あれも全てバッシュなのだろう。
小陽はその内の一つに手を伸ばし、質感を確かめる。
手に革のざらつく感覚が伝わる。
(懐かしいなぁ・・・この感じ。陸上のシューズもこんな感じだったな)
小陽は手にとっていたバッシュを元の位置に置き、他のバッシュも見ていく。
(あ、あれカッコいいかも)
小陽は高い位置にあるバッシュを見上げながら手を伸ばす。
が、背が低いせいで届かない。
「・・・ん~っ」
目一杯背伸びをして頑張るが、手とバッシュの距離がわずかに縮まっただけである。
その時。
「ーーこれ?」
小陽の視線の先にあったバッシュが誰かの手の中に収まり、小陽の目の前に掲げられる。
「あ、はい・・・ありがとうございます」
小陽は若干気恥ずかしさを感じながらも礼をする。
「あれ?君はーー」
小陽はその言葉と声に顔を上げる。
そこには小陽を先程ナンパから助けてくれた青年が立っていた。
「また会ったね」
青年はそう言って笑った。そして小陽の手元にバッシュが渡される。
「あ、ど、どうも」
「どういたしまして」
青年の優しさにありがたさを感じつつ、バッシュの手触りを確かめる。
その時、冬月が小陽のもとにやってきた。
「小陽、良いのあったか?・・・って、え?」
冬月は言葉を止める。
青年が冬月の方を見た。
その瞬間冬月は目を見開く。
「
「冬月?どうしたのこんなところで」
冬月は光太と呼ばれた青年を指差す。
小陽は少し前にもこんなことあったな、と思いつつも二人を交互に見ていた。
冬月は青年と目を合わせると少しだけ頬を赤らめる。
「冬月、久しぶり」
青年が冬月に笑いかける。
「こ、光太こそ・・・久しぶり」
冬月はさらに頬を赤らめながら俯いた。
小陽は冬月の表情を見ながら、やや意地悪そうに口角を上げる。
(ほほう、これはもしやーー?)
意地悪な目のまま小陽は冬月を見る。
冬月は小陽と目を合わせると、「違うっちゃ」と言いたげそうな目で小陽を見た。
(残念、そういうのじゃないのか)
小陽は気を取り直して話を続ける。
「光太くん・・・っていうの?冬月ちゃんの友達?」
「え、あ、そうやけど。同じ中学校やったんよ」
「こ、光太は今どこん高校に通っちょったんやったっけ?」
「俺?別府
「一緒じゃん!」
小陽は驚いて大きな声で言う。思わず神奈川の方言が出てしまった。
冬月と光太の二人は同時に小陽の方を見る。
「えっと、この子は?冬月の友達?」
「そうや。私の友達の小陽」
「へえ。バッシュ見てたってことは、バスケ部?」
「うん」
「もちろん冬月もバスケ部だろ?よく俺たちと一緒に練習してたもんな」
「そう・・・やな」
冬月は若干暗い表情になる。
(・・・?)
小陽はそれを若干不思議に思いながらも、話を続けようとした。
「と、ところで、光太くんもバスケ部なの?」
小陽も二人の会話に入っていく。
「そうやけど」
「あ、そうなんだ。じゃ大くん・・・じゃなかった、
「え、大希知ってんの?」
「それもそうやろ。小陽は大希の彼女なんやけん」
冬月が半眼で言う。
「え、マジで?こんな可愛い子が?」
「ち、違うよ!?幼なじみってだけ!」
「あ~、確かにあいつモップ借りに行ったあと顔赤かったもんな。でも・・・それじゃ悪いことしちゃったな」
「悪いことって
冬月が言う。
「いや、俺みたいなのが彼氏名乗っちゃって」
光太が頭を掻きながら言う。
冬月は急に気づいたように目を大きくした。
「じゃあ今さっき小陽を助けたんは光太やったんか。ありがとな」
「いや、別に大したことやないけど。でも小陽ちゃんにも悪いことしちゃったし、何よりあいつにバレたらまずいよな」
「・・・誰が誰を助けたのがバレたらまずいって?」
光太の後ろからもう一人背の高い男子がやって来る。
「あ、大くん。偶然だね」
「え、あ、おう・・・」
背の高い男子は小陽の幼なじみの永野大希だった。
「大希。言っておくが、俺は別に小陽ちゃんを奪ったわけじゃ・・・」
「奪うも何も俺の彼女じゃない・・・って、え、どういうことだ?光太てめえ小陽ちゃんに手ぇ出したんならお前でも許さね・・・」
大希が光太の首を後ろから絞めながら言う。光太は「ギブギブ」と、大希のしめつける手をタップしながら軽く笑っている。
「違うよ大くん!光太くんは私を助けてくれただけで、別にそんなんじゃ・・・」
小陽は困った表情で言う。
「そ、そうか・・・なら・・・」
大希は光太を絞める手を緩めながら言う。だがまだ釈然としない表情をしている。
《・・・光太、何があったんだ?》
大希は光太の耳元で小声で言う。
《別に、ナンパから助けただけで・・・》
《はぁ!?わっけわかんねぇ!なんだそのラッキーな状況!》
《・・・お前分かりやすいな~》
《っ・・・!うるせえな!》
光太と大希の二人がボソボソと小声で話す。
「どうする、小陽?」
「・・・とりあえず取り込み中みたいだから、バッシュ選ぼっか」
小陽は靴を脱ぎ、バッシュを試し履きし始める。冬月はあれこれとバッシュを用意し、感想を聞いたりしている。
こうなってしまえば女子二人の間に入る余地はない。
《・・・おい大希。とりあえず、俺たちも用事済ますぞ。休日に頼まれた買い物、まだしてねーだろ》
《わーったよ。しゃあねえな・・・》
男子二人はその場から離れ、違うコーナーに行く。
冬月は小陽にバッシュを何個か試し履きさせ、立たせたり軽く走らせたりしている。
「うーん、やっぱりこれかな。軽いし走りやすいし」
「私もそれで良いっち思うわ。小陽みたいに小柄で
「じゃ、これにしよっかな。値段・・・もまあ範囲内だし、何よりデザインが良いし」
小陽はそう言いながらバッシュを脱ぎ、手でバッシュを回転させながらデザインを確かめる。
白をベースに、薄いグレーのラインが横に入っている。シンプルで、それでいてどこか可愛らしい。
「それに、ナシックスのバッシュは日本人ん足によう合うようになっちょんし、耐久性も高いけんね。初心者にはうってつけっちゃ」
「そうなんだ。なら私、初心者だし、これに決定しよっかな」
小陽が手に持ったバッシュを見つめたまま言う。
「ーー決まったっぽい?」
狭い通路から光太が二人に近づきながら言う。光太の後ろには大希もいた。
「あ・・・うん、これにしよっかな、って」
「おー、良いんじゃない?軽いし安いし何より可愛いし。やっぱりデザインも大事やけんなぁ」
「ほんとだ。シンプルで可愛らしいバッシュだな。小陽ちゃんに似合いそう」
光太に続けて大希も言う。光太が大希をからかうような顔で見ながら肘で小突く。同時に小声で《もっと口説け!行け!そこだ!》と呟く。大希は眉にシワを寄せながら光太を一度見て、視線をまっすぐに戻した。
「そうや小陽、靴紐の色、どうする?」
「え・・・靴紐?」
冬月の提案に小陽は若干驚く。既にバッシュには白の靴紐が付いており、靴紐を決める必要などないはずであるからだ。
「雲雀高校のユニフォームは白と水色やけん、その色に合わせて
「冬月はほんとそういうの好きやなぁ。どうせなんも変わらんのに」
光太がけらけらと笑いながら冬月に言う。
「いやでも良いんじゃないか?白ベースのシンプルなバッシュだから、靴紐くらい遊んでも良さそうだ」
大希が言った。小陽はこの言葉に反応し、確かにちょっとカッコいいかも、と呟いた。
「私も水色の靴紐買うけんさ、お揃いにしよ!」
冬月が小陽にもう一押しを加える。
「そうだね・・・冬月ちゃんがそう言うなら、そうしてみるよ」
小陽は笑いながらそう言い、水色の靴紐を手に取った。冬月も同じように水色の靴紐を手に取り、小陽の前に掲げて笑う。
「・・・なんか、俺らが入る余地ねえな」
大希が少し寂しそうに呟く。
「ばーか、何言ってんだ?恋の争いで女の子に引け目感じてどうするよ?攻めるんだよ!」
「いや・・・でもよぉ・・・」
「うだうだ言ってんじゃねーよ!女子同士の方が話が弾むのは当たり前だろ!そんな当然のことにダメージ受けてしょげてどうするよ!?」
声のトーンを抑え、小さい声のまま光太は大希に向かって叫んだ。
「とにかく、折角休日に会えたんだ、少しくらい二人で話せ!」
光太はそう言うなり二人に近づき、何やら会話をする。
その直後冬月と光太が一緒に違うコーナーへ行き、その場には小陽だけが残される。
小陽は近くにいた大希を見る。周りには人はいない。
「えっ・・・と、小陽、ちゃん?」
「なあに?大くん」
「二人は?」
「なんかちょっと買いたいものがあるんだって。またあとで合流するらしいから連絡が来るまで待ってて、って」
「そっか・・・」
大希は薄く笑う。その時大希の携帯が鳴った。
光太からメッセージが送られていた。
[
【お・ぜ・ん・だ・て(*ゝ`ω・)】
「あんにゃろ・・・」
大希は小陽に聞こえないように呟いた。
「どうしたの、大くん」
「あ、いやなんでも。とりあえずここにずっと座ってるのも暇だし、近くのコーナー見てみようか」
「うん、いいよ。そうしよう」
小陽がそう言って笑う。小陽は大希との身長差がとてつもなく大きいため、必然的に大希を上目遣いで見上げる形となる。
その様子が可愛くてーー、
効果は抜群だ。
「光太、
冬月が不満そうな顔で光太を見る。
「あ~、ごめん。買いたいものがあるなんてのはただの口実だよ」
「やっぱりか。なんでそんなことしたん?」
「やだなぁ、言わなくても分かるっしょ。あの二人の進展を促進しただけだって」
光太が緩そうな笑いを見せ、小陽と大希がいる方を向く。
「まあ確かにあん二人、明らかに好きあっちょんような感じはするけどさ。私たちが首突っ込みすぎんのもーー」
「まあまあ良いじゃない。刺激の無い人生なんて面白くないやろ?それに、俺はこうやって冬月と二人で話せて幸せやし」
光太はさらっと冬月を動揺させるようなセリフを吐く。その思惑通り、冬月の顔は赤くなっていた。
「・・・前からそうやけど、光太はずるいわぁ。そうやって冗談言って私んこと困らして・・・」
「別に冗談なんかやない。それに、冬月だってずるいよ。自分の魅力に気づいてなくて、いっつも俺の本気を冗談って決めつけてる。俺は、冬月が思ってるより冬月のこと結構好きなんやけど」
「で、でも私みたいなんと一緒に居たいわけ無いやろ?身長だって男子並みやし」
「俺からしたら十分低いよ。だから、こうやってーー」
光太は冬月との距離を詰め、頭を撫でる。
「『頭ポンポン』も可能なわけやし」
「は・・・」
冬月は言葉に詰まる。光太の顔を見れず、顔が赤いことを悟られないように下を見た。
(・・・やっぱり、光太の方がずるいっちゃ。だって、身長の高い私にこんなことしてくれるの光太しか
こんなの、惚れるしかないやん・・・。
「や・・・やけど!まだ私は恋人やらそげなんな作らんつもりやけん!今んところはバスケ一筋で・・・」
「うん。わかっちょん。やけん、ずぅっと、待っちょくわ」
光太は冬月の顔を覗き込みながら笑う。
少し軽そうに見られることもある光太だが、冬月はこの言葉は冗談ではないと感じ取った。
「・・・わかった」
冬月は光太の笑顔から目を逸らし、何とか答えを返した。
小陽と大希の二人はバスケットボールの周辺のコーナーを見ていた。
小陽は色々な用具を物珍しそうに見ている。
大希はその様子を見ながら微笑ましさを感じていた。
「・・・色々お洒落なものもあるんだね。これとかカッコいいかも」
小陽はプラスチック製のパッケージに包まれたリストバンドを手に取りながら言う。
「みんなマイケル・ジョーダンの真似して左腕に付けてるからな。俺も今小陽ちゃんが手に取ってるリストバンド付けてるし」
「え、そうなの?じゃあ私これ買おうかな」
「な、なんで?別にリストバンドなんて小陽ちゃんには必要ないんじゃ」
「大くんとお揃いのものが欲しいんだ。昔の思い出とは違う、これからの思い出を作りたいから」
「え・・・」
「雲雀高校に入学してきたとき、一人ぼっちで本当は寂しかったんだ。でもいきなり大くんに会えて安心した。自分を知ってる人が居てくれるってだけで嬉しくて心強くて、それから冬月ちゃんとも仲良くなることが出来たんだ。踏み出す勇気を与えてくれた恩人は大くんなんだよ。だから、これからもずっと一緒にいたいんだ」
小陽は少し照れ臭そうに、それでも笑顔のまま話した。
少し自分の弱さをさらけ出したかのような、小動物のような顔だった。
(俺が・・・恩人・・・か)
大希は胸の辺りが暖かくなるのを感じ取りながら小陽の話を聞いていた。
「その証にリストバンドをお揃いにしたいんだけど、良いかな?」
小陽がリストバンドを片手に持ちながら大希に問う。
「もちろん、そういうことなら全然良いよ」
大希は小さく息を吐きながら笑った。
それから小陽は冬月と、大希は光太と合流し、それぞれで別府に帰り四人の休日は終わった。
その夜。
ピロン♪
大希の携帯が鳴った。
大希は携帯を手に取り、画面を見て苦笑した。
[丹羽小陽]
【今日はありがとう】
【それで】
【写真を送信しました】
【・・・どうかな。似合ってる?】
写真には小陽がリストバンドを左手首に付け、自慢気な表情で写っていた。
【似合ってる】とだけ大希は返信した。
その後に【可愛い】の文字を画面に打ち込んで、でも照れ臭くて結局送れなかったことは、自分の心の内にしまっておこう。
「よし!練習終わり!」
休日明けの月曜日、いつものようにキャプテンの
小陽はボールを片付け、床にモップをかけた。
足元を見ながら、自分のバッシュの履き心地と靴紐の色を確かめる。
その後、自身の左手首に視線を移した。
黒のリストバンドが、暖かく感じた。
右手でリストバンドを握り、そして離す。
こうやって思い出を噛み締める時が、これから何度も増えていくのだろう。
「ーー小陽、履き心地、どうやった?」
小陽がモップを片付けていると冬月が話しかけてきた。
「うん、良い感じ」
「
「そうだね。いつか、ね」
「えーー、今週の土曜に県の春季大会があります。ウチは選手層が薄いから一年生もどんどん使っていく。心構えはしておくように。以上!」
ミーティングでの枇杷の言葉が小陽に突き刺さる。
試合と聞いて心配そうな顔の小陽とは対照に、冬月の目は燦然と輝いていた。
小陽が言っていた『いつか』は、案外すぐにやって来た。
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