3.sword and shield


 ーー小陽と冬月が入部してから一週間が経った。


 放課後の別府雲雀ひばり高校の旧体育館では、バスケットボールが床を叩く音とバッシュの地面を擦るスキール音が鳴り響く。


「ーーはっ、はっ・・・、いちばーん!」

 息を切らせ、旧体育館の扉に手をかけながら小陽こはるは大きな声で叫んだ。


「お疲れ丹羽たんば。それにしてもさすがだな。中学の時陸上の長距離ランナーだったんだって?」

 女子バスケ部の主将、後藤ごとう枇杷びわがバスケットボールを両手で持ちながら言う。

「まあ、そうですね。でも短距離も走ってましたよ」

 小陽は靴を履き替えながら答えた。

 ふうん、と枇杷は呟く。

(こんな小さな体のどこにあんなスタミナとスピードがあるんだか)

 枇杷は小陽を不思議そうな顔で見ながら思った。


「ーーはぁ、はっ・・・。小陽、やっぱし速えなぁ」

 そう言いながら小陽の肩に手を置いたのは、県内でもトップクラスのバスケットボールプレイヤー、『岩飛蹄クリップスプリンガー』の異名を持つ長身の少女、高波たかなみ冬月るなだ。


「じゃ、二人とも水分補給したらちょっと休憩して、そのあと練習に混ざってね」

「「はい!」」

 枇杷の指示通り、二人は体育館の端に座り込み、タオルで汗を拭き、水筒の麦茶を飲む。


 小陽と冬月が座り込んで休んでいると、二人の女子が体育館の入り口に汗まみれで転がり込んでくる。


「はぁ・・・はぁ・・・ランニング、終わりました・・・」

 少し毛先にくせがある、ショートカットの女子が息も絶え絶えに言う。

 もう一人のおさげの女子は喋る気力も無いのか、手を膝に置いて中腰になりながら息を切らせている。


「遅いぞ、中畑なかはたあまね

 枇杷が険しい目つきで言う。


 少しボサッとしたショートカットの女子は中畑蜜柑みかん。小陽と冬月が入部した3日後に入部してきた。

 髪の毛を二つ結びにし、おさげにしている女子は周茘枝らいち。蜜柑と同じく3日後に入部してきた。


 蜜柑と茘枝の二人は中学からのバスケ経験者であり、出身中学も同じである。


 この二人も小陽と冬月と同じように休憩を取り、練習に参加する。




「ーーじゃあ次はドリブル1対1!1年生は未経験者の丹羽にやり方を教えてやってくれ!」

 枇杷が首から下げたホイッスルを持ちながら大きな声で指示を出す。

 部員はそれに従い、攻撃側と守備側に分かれてドリブルをする。


 1年生の4人だけ練習を開始せず、小陽にドリブルのノウハウを教える。


「・・・まず、ポイントとしてはボールを見ながらドリブルしないことが大事かな。慣れないうちは難しいけど、顔を上げたままドリブル出来ないととても試合なんかではドリブルできなくなるからね」

 蜜柑が見本として顔を上げたままボールを突く。

「あと、両手が使えるようになった方が良いと思う。私なんかはPGポイントガードだからドリブルからパスやシュートに移行する場面が特に多くて、利き腕だなんて余裕はなかったよ」

 今度は茘枝が言った。

「練習あんあるのみやね。他にも気づいたこつことがあればどんどん言っちいくけん、とりあえずやろうか」

「うん、よろしくね」

 小陽は頷きながらボールを持った。



 冬月は腰を低くして手を広げ、構える。

 目は鋭く、まるで野生の獣のようだ。


 小陽は慣れない手つきでボールを突き、ドリブルを始める。

 蜜柑と茘枝の二人は1対1をしながら小陽の様子を伺う。


「よし、どっからでも来ていいよ」

 冬月が鋭い目つきのまま言う。

 小陽は左手でボールを突きながら冬月に近づき、距離が縮まると冬月の右側から抜こうとする。


 その瞬間。


 スパァン!

 冬月が綺麗に小陽のボールをスティール〈相手のボールを奪うこと〉する。


「あっ・・・」

「うーん、正直甘えなぁ。隙だらけや」

 冬月はボールを拾い、人差し指一本でボールを支えスピンさせながら言う。


「そ、そうは言っても・・・分かんないよ」

 小陽も若干困った表情で言う。


 冬月も目を瞑り、顎に手を当てながらうーん、と唸る。



「・・・あっ、そうや!」

 突然冬月が頭の上に裸電球を点灯させる。目を一杯に見開き、小陽を指差す。

「閃いたわ。ドリブルんコツは・・・『剣と盾』や!」

「け、剣と盾・・・?」

 小陽は首をかしげながら言った。

「そ。剣と盾」

 冬月は顔に笑みを浮かべながら言う。

「それって・・・どういうこと?」

「んーっとね・・・」

 冬月はボールを一回地面に叩きつけ、キャッチする。

「ボールぅ持っちょんを持ってる方は『剣』で、持っちょらん持ってないほうは『盾』にするんよ」

「えーっと、つまり?」

「右手でドリブルしちょん時は左手でボールん守るごつ壁を作る。つまり、左手が『盾』っちこと」

「じゃあ、右手の『剣』は?」

「右手の『剣』は、勿論ーー」

 冬月は言葉を止め、小陽の方に向き直り、一気に加速する。

「ーー相手を抜くための『武器』や」

 冬月は小陽を一瞬で抜き去った。小陽の髪が冬月が起こした突風で微かに揺れる。

「わ・・・分かった。やってみるよ!」

 小陽は冬月からボールを受けとると、ドリブルを始める。

 そして、距離を詰める。


 小陽は左手を横にして、壁を作るようにして右手のボールを守る。

 冬月は小陽に対して半身で守り、左斜めに下がりながらディフェンスする。


(このままじゃ抜けない・・・、なら、今さっき冬月ちゃんが見せたような加速をーー)


 つける!



 小陽が床を蹴り、急加速する。

「っーー!」

 冬月が振り切られる。

(速い・・・!)


 だけど!


 バチッ!

「あっ・・・」

 小陽の右手のボールが後ろから弾かれる。

 冬月が伸ばした手が当たっていた。


「ふぅ、危ねかった」

 冬月がホッとしたように言う。

(そうわけのう簡単に抜かるる抜かれるわけにはいかんけんね)


「くぅ・・・、冬月ちゃん!もう一回お願いします!」

 小陽の言葉に冬月はクスッと笑う。

「良いちゃ。どっからでも来ち」

 冬月は身を屈め、低い姿勢で小陽を睨む。

 小陽は決意を固め、ボールを突き始める。


 そして先程と同じように距離を詰めていく。

 冬月の左側から抜きにかかり、加速する。


 小陽は小さな体をさらに屈め、地面すれすれの位置でドリブルする。

(ドリブルが低うてボールがスティールできん!)

 冬月が何とか小陽に食らいつきながら機を伺う。

 そして小陽は冬月を振り切る。

(まだ後ろから狙ゆる!)


 冬月は小陽の右手のボールを狙う。


 しかし、ボールが弾かれる瞬間、小陽はボールを地面にワンバウンドさせ、ボールを右手から左手に移す。

 結果、冬月のスティールしようとした手は空をさまよう。

 小陽はその間に前に駆け抜ける。


 小陽はそのまま何メートルか進む。

 そして、振り返った。

「・・・よっし!」

 得意気な顔で冬月に笑顔を向ける。

「・・・やられたちゃ。『剣』を右手から左手に持ちかえたんやな。あれは『フロントチェンジ』っちゅう技術で、進路を相手に塞がれたりしたときに方向転換しち相手をかわすテクニックなんよ。まあ今は後ろからのスティールを避くるために使つこうたったわけだけんど、そげなそういう応用もあるけん、大事な技術っちゃ」

 訛りながらも冬月が丁寧に説明する。

「まあ・・・あとは体勢を低うしたドリブルも良かったちゃ。あれだけボールん位置を下げらるるとスティールはしにきいし、加えちあん加えてあの加速力。なかなかの武器を持っちょんな」

「いや・・・えへへ」

 冬月に褒められ、小陽は照れながら笑う。

「けど・・・次は抜かせんけんね」

 瞬間、冬月の目が鋭くなり、表情も恐ろしさを含む。

 それは確かに、小陽に『負けた』ことに対する悔しさだった。


(やっぱり・・・負けず嫌いなんだろうなぁ。それが強さの原動力だと思うけど)

 子供みたいで、でも大事なことだと、小陽は冬月の強さのルーツを噛み締め、またボールを突き始めた。

「じゃ、何回でもやろうよ。私ももっともっと上手くなって、冬月ちゃんと一緒のコートに立てるようになりたいから!」

 小陽の言葉に、冬月の表情が和らぐ。

「・・・そやね。もう私も負けん!」

 そして二人は、またドリブル1対1を始め出した。



「・・・よーし、休憩!」

 枇杷がホイッスルを吹いた後に大きな声で言う。

 へとへとになった小陽と冬月が体育館の端の方に座り込み、壁にもたれ掛かる。

 背中に格子が付いた小窓からの涼しい風が吹きつけ、心地よい。

(結局あの後は一回も抜けなかった・・・)

 どんなに速く動いても、体制を低くしても隙を見つけられ、スティールされてしまう。


 ーーまだ初心者で、経験も浅いけど、もっと頑張ってみよう。


 小陽はそう決心し、水筒の麦茶を口一杯に含み、飲み干した。

(それにしても・・・結構バスケって楽しいかも)

 小陽はバスケの面白さを実感しながら、まだ乾いている喉を潤すためにもう一口麦茶を飲んだ。


「二人とも、お疲れ」

 そう言って小陽と冬月の前を横切ったのは2年生の先輩、チーム一の長身の右田みぎたすももだった。

 首にはタオルを巻いており、長めの前髪を上に向けて黒いゴムと白のシュシュで留めている。

 非常に女の子らしい印象を持つ髪型なのだが、長身とくっきりした目鼻立ちが相まって、何故か男子らしさが出ていた。

「それにしても凄いスピードだな。二人とも。もう即戦力じゃないか?」

 李はしゃがみこんで小陽と目を合わせながら言う。

 小陽は「いやいやとんでもない」と右手を顔の前で往復させながら目をそらした。

 冬月は照れた顔で「そうなん・・・そうですか?」と方言を押し込めながら分かりやすく喜んでいた。


「そうよな~。特に小陽ちゃんのスピードが凄いっちゃ」

 李の後ろからおっとりした雰囲気の女子がやってくる。

 身長は冬月より少し低いくらい。メガネをかけており、髪は短めのボブで、やや内巻きになっている。李と同じく2年生の左山さやまあんずだ。

「スピードだけじゃなくてスタミナもあるけんね」

 さらに後ろから2年生の下川しもかわゆずが左手にプラスチック製の箱を持ってやってくる。

「お?何それ?」

 李が真っ先に箱の中身に興味を示す。

 柚は小柄なため、長身の李に見下ろされる形になる。

「レモンのハチミツ漬け。1年生に食べてもらおうと思って」

 柚は上を見ながら言う。

「え~?1年だけ?私ももーらおっと」

 李は言い終わらない内に箱の中のカットされたレモンをつまみ、口の中に運んだ。

「あ、おいしーい♪」

「何勝手に食べちょんの!もう・・・」

 仕方なさそうに言いながら柚は杏にも箱を差し出した。杏は「いいの?」と遠慮しながら言い、柚が頷いたのを確認するとレモンをつまんだ。

 小陽と冬月も箱の中身に手を伸ばす。

「それにしても、小陽は本当に初心者か?シャトルランの時のスタミナといい、バスケ経験がないとは思えないんだが」

 ちなみに前に行われたシャトルランの際に小陽に罰ゲームのマッサージを行ったのは柚であった。

「うーん、走ることは中学の頃からやってましたから」

「え、何をやってたんだ?」

 柚が頭につけたバンダナを外しながら座り込む。柚の前髪は長く、バスケをするときには邪魔になるため、バンダナで視界を確保しているらしい。ちなみに後ろの髪はシニヨンにしている。

「えっと、陸上ですね」

「そうやったんか。どうりでな・・・」

 柚が納得するように頷く。

「でも・・・なんで高校で陸上部に入らなかったんだ?」

 柚が言った瞬間、小陽の顔色が変わる。

 言葉に詰まり、床の板の目を見つめている。


「え・・・あ、っと・・・」

 小陽は言葉に詰まる。上手く声が出ない。

 柚が小陽の顔を覗き込み、心配した表情で見る。

 李と杏の二人もレモンを食べる手を止め、小陽を見ている。


 その時、ホイッスルが鳴り響いた。

「よし、休憩終わり!次の練習に行くよ!」

 枇杷が叫び、部員たちは立ち上がり始める。

 柚たちも小陽への心配を感じながら立ち上がり始めた。李は小陽のほうを二、三回ほどちらりと見た。


(・・・あんまり触れんほうが良いんやろうか)

 李はそう思いながら練習に参加していった。


 小陽は少し暗い表情のまま、コートのほうへ走っていった。



 ーーそして、日が傾き始め、空が暗くなってきた時間帯になる。


「よし、最後はシューティングして終わり!」

 枇杷のかけ声とともに部員たちはカゴからバスケットボールを取り出し、ゴールに向かってシュート練習を始める。

 小陽も同様にシュートを打ち始めた。

 冬月と蜜柑、茘枝はドリブル同様小陽の横について指導している。

「ーー指導しろって話やけどさ」

 蜜柑が茘枝のほうを見ながら言い始める。

「シュートやたら上手くない?教えること無いんですけど・・・」

「確かになぁ。フォームも綺麗やし。しかもワンハンド」

 茘枝も蜜柑と同意見のようだ。

 小陽がシュートを打つ。ボールは弧を描いてゴールのネットをくぐり抜けた。

「そうやな・・・これやったらもっと上のステップに進んでん良いかも」

 冬月がそう言い、小陽を呼ぶ。

「何?どうしたの?」

 小陽が冬月のもとにボールを持ったまま走ってくる。

「こっから打っちみて」

 冬月は3ポイントラインの外側に小陽を立たせる。

「こ、ここから?」

「良いけん、打っちみ?アーチを描くことを意識すりゃ多分入る」

(アーチ・・・)

 小陽はボールを構える。左手を添え、右手とボールの間に隙間を作り、肘を曲げる。脇を閉め、照準をゴールに合わせる。

 蜜柑と茘枝は小陽を見守る。同じように枇杷や林檎、3ポイントシューターである柚も小陽のほうを見た。


 小陽は地面を蹴り、ジャンプする。

 膝を滑らかに使い、下半身の力が良い具合に上半身に伝わるのが見てとれる。

 小陽の右手からボールが離れる。


 シュートは普通のシュートよりも遥かに高い弧を描き、パスッ、と乾いた音を立ててゴールに入った。


 小陽は自分の心臓が震えたような感覚に陥った。

 この瞬間でしか味わえないような感覚。


 それは体の芯からぞくぞくと溢れ出てくる快感だった。




「ナイッシュ!」

 冬月が言うと、蜜柑も後から「ナイスシュート!」と続ける。茘枝と林檎からは自然と拍手が生まれていた。枇杷は呆然と立っている。驚きを隠せない様子だ。

 反対側でシュート練習をしていた桃や李たちも何事か、と小陽がいる方を見る。


「入った・・・」

 小陽は声を漏らすと、冬月のほうを見た。

 そして、笑った。

「気持ちいいね」

 冬月は少し驚いたような顔をしてから、笑い返した。

「そうやろ?」

 笑みの中には自慢気な表情も混じっていた。少しからかうような悪戯っぽい表情もあったかもしれない。



 この笑顔に出会えて、良かったな。



 小陽はそう思うとボールを拾い、またシュートを打ち始めた。







 シューティングも終わりに差し掛かってきたとき、



 小陽にとって思いがけないことが起きた。








 小陽はまた高いアーチを描く3ポイントシュートを打つ。


 しかし今度はリングに当たり、弾かれる。


 落ちていくボールが別のボールに弾かれ、体育館の扉からてんてんと外に転がっていった。

「わっ、やばっ」

 小陽は急いで靴を脱ぎ、靴下のままコンクリートの地面を踏みしめる。

 ボールはころころと遠く遠くに転がっていく。

 小陽はそのボールを追いかけていった。


 その時、誰かがボールを拾い上げ、小陽に向かって軽く投げた。

「わっ・・・と、あ、ありがとうございます」

 小陽はボールをキャッチし、顔を上げた。

 その『誰か』はかなりの長身で、女子バスケ部一の長身の李よりも背が高かった。

 Tシャツから出た腕を見て、女子の体とは違うごつごつした腕の造形に、相手は男子だと確信したのと同時に顔を上げ、小陽の頭は驚きで満たされた。

「・・・大くん!?」

 小陽の驚きの声と同時に長身の男子が小陽の顔を見た。

「小陽ちゃん!」

 長身の男子の正体は、昔、小陽が神奈川に居たときに一緒に遊んでいた幼馴染み、永野ながの大希だいきだった。



「どうしたの、こんなとこで」

「あ・・・、私、女子バスケ部に入ったんだ」

「女子バスケ部?どうしてまた・・・」

「何か問題があるの?」

「ってか、小陽ちゃん部活入らないとか言ってなかったっけ?」

「そ、そこはもう良いじゃん!で、何か問題があるの?」

「いや・・・、特に問題はないけど。でも俺もバスケ部だから、よろしく」

「え?大くんバスケ部なの!?」

「え、うん。そうだよ」

「そうなんだ・・・。じゃ、これから色々教えてね!」

 小陽はそう言って大希に笑いかける。

 大希は小陽の笑顔を見て口元に手の甲を当てながら目をそらす。


(うわぁ・・・暗くて良かった)

 空が明るかったら、自分の赤く染まった表情かおが分かってしまうかもしれない。

 小陽はきょとんとした顔で大希を見ている。「どうしたの?」と問いかけるが、大希は「何でもない」と目を合わせないまま答える。


 自分との身長差が約45cmほどもあるような小さな女の子の笑顔の破壊力にたじろぎながらも、大希は何とか平静を保った。


「小陽ー。シューティング終わりやってーー」

 冬月が扉から身を乗り出しながら小陽に向かって言う。しかし冬月は小陽と大希の様子を見て言葉を止めた。

「・・・っと、もしかしてお邪魔さんやったか?」

「ち、ちち、違うよ!?もう何言ってんの冬月ちゃん」

 小陽がしどろもどろになりながら弁解する。

 大希は小陽の言葉に反応したように、体育館の扉のほうを向く。

「冬月・・・?もしかして高波か?」

 冬月は大希の声に反応し、返答する。

「その声、大希か?どげえしたんどうかしたの、女子バスケ部に何か用があるん?もしかしち覗きか?」

「俺はモップを借りに来ただけだ。誰が覗きなんかするか」

 小陽は二人が親しげに話す様子を見て、冬月と大希を交互に見始める。

「え、えっと二人はどういう関係?」

「ただ同じ中学校ってだけだよ」

 大希が答える。

「あ、そうなんだ。良かった~、てっきり恋人同士なのかと」

「そげなわけねえやろ!」

「そんなわけないだろ!」

 冬月と大希が同時に言う。


「とりあえず、戻っちょいで。ミーティング始まるちゃ」

 冬月が小陽を呼ぶジェスチャーをしながら後ろを向いて「誰かモップ持ってきち」と大きな声で言う。

 小陽は大希のほうを見る。

(あ~、びっくりしちゃった。でも大くんとまた会えて、嬉しいなぁ・・・)

 大希は小陽の視線に気づき、目を合わせる。

 2秒も経たない内に大希は目をそらす。

(やっぱり小陽ちゃん・・・可愛いよな。昔から思ってたけど)

 ここで大希は自分の気持ちに補足をつけ始める。


(子供のときから好きだった・・・けど、それは何て言うか、友達としてで、別に、異性として見てた訳じゃなくて・・・)

 自分自身の思考に照れながら、模索していく。

(でも、今はなんか・・・可愛らしくて、違う『好き』って感じで・・・。ってか、いつから俺そんなこと考えるようになったのかな、あれかやっぱり入学式の時に大きくなった小陽ちゃん・・・あ、いやあんまり大きくなってなかったわけだけども、成長した姿が可愛いかっ・・・って俺は変態か!なんだ成長した姿って!一体どこが成長したってんだよ。顔だって童顔だし、身長だって伸びてないし、胸だって・・・って、ぅおおお!?何考えてんの俺ぇえ!?)

「ーーちょい!何ボーッとしちょん?」

 冬月の声とともに大希の目の前にモップの柄の先が突きつけられる。

「え、ぁ、ああ!わりい」

 大希は我に帰り、モップを受け取る。

 そんな大希の姿を見て、小陽は微笑んだ。

「どうしたの、大くん。変なの」

「っ・・・!いや、別に!」

 大希は小陽と目をそらし、モップを持って新体育館の方に猛ダッシュする。

「そ、それじゃ!モップ、サンキューな!」

 小陽は大希の後ろ姿を見る。冬月は「明日返してな!」と叫んでいる。

「・・・おっきい背中」

 そう呟いて、小陽は冬月と一緒に旧体育館の中に入った。

「あ、冬月ちゃん。一つお願いがあるんだけど。・・・大希くんのMINEマイン、教えてくれない?」











 ーーその夜。




 机の上に置いてあった大希の携帯が鳴った。


「ん・・・誰だ?」

 電源ボタンを押す。その途端、大希は目を見開いた。



[丹羽小陽]


【こんばんは。今日は会えて嬉しかったです。これからもがんばろうね(*´ω`*)】




「あんにゃろう・・・」


 高波め、俺の連絡先勝手に教えやがったな?

 まあ、別に良いけど。むしろナイス。



【俺の方こそ。これからよろしく。】




 返事を返し、大希はベッドに寝っ転がる。



 ん?


 そう言えば、小陽ちゃん確か俺が高波と話してたときーー、




「良かった~。てっきり恋人同士なのかと」



『良かった』って言ったよな。




 あれどういう意味だ?





「ーーっ、ぁぁあ眠れねえじゃねえかよ!」





 ・・・彼の恋は、まだ始まったばかりだ。





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