第31話 親ガニの逆襲

「みんな起きてくれ。テントの外に何かがいる」



貴史の声に真っ先に反応したのは。イザークとホルストだった。



二人は枕元に置いてあった剣を抜くとテントの外に飛び出していく。


貴史達のテントに並べて設置されていた女性用のテントからは、ヤースミーンとララアが飛び出した様子だ。


少し遅れて、テントから顔を出した貴史の目に飛び込んで来たのは、は先に飛び出した四人が折り重なって倒れている状況だった。


貴史は倒れている四人の向こうに見えている大きな足を見て、目を閉じてテントの中に頭を戻した。



「とんでもない大きさのダンジョンガニがすぐそこにいる。イザークとホルストそれにララアとヤースミーンまで奴に麻痺させられたようだ」



騒ぎに目を覚ましたタリーは、貴史の報告を聞いて状況を把握すると言った。



「そいつのいる反対側に逃げよう。シマダタカシ、テントの反対側を切り裂いて我々が逃げられるほどの裂け目を作ってくれ」


貴史は無言で刀を抜くと、テントのキャンバス地を横薙ぎに切りつけた。


「テントを出たら振り返らずにまっすぐ走れ、」


タリーは小声で貴史とヤンに囁くと、テントの切れ間から除く闇の中に身を躍らせる。


貴史は二人に続こうとしたが、貴史の足は自分の意思に反し、その場に根が生えたように動かなかった。


夕刻に食べたダンジョンガニとはけた違いに大きな個体が、麻痺して動けないヤースミーンとララアそしてイザークとホルストの目の前にいるのだ。


四人を放置して自分の身の安全を確保しようとしたら、その間に四人は大型のダンジョンガニに食べられてしまうかもしれないと貴史は危惧したのだ。


貴史はタリーたちが脱出したのとは反対側にあるテントの正規の入り口から顔を出すと、剣を抜いて小走りに倒れているヤースミーンに駆け寄った。


ヤースミーンは体が麻痺して動けなくなっているが意識はある様子だ、唯一動かせるらしい目の動きで、ダンジョンガニのボスらしき大型の個体を示そうとしている。



貴史はダンジョンガニの目を見ないようにしながら、ヤースミーン達の横を駆け抜け、ダンジョンガニの腹側の甲羅の真ん中あたりに力いっぱい自分の剣を突き立てた。



しかし、貴史の剣はダンジョンガニの甲羅に刺さったまま根元から折れてしまった。


ダンジョンガニは間髪を入れずに貴史の胴体を両断しようと鋭い刃先を持った大きな鋏を繰り出してくるが、貴史はどうにか身をかわす。


そして貴史は手元に残った剣の柄を放り投げると、倒れているヤースミーンの体の下にあったクロスボウを引っ張り出した。


そして、ヤースミーンが背中に担いでいた矢筈と一緒に抱えて、全速力でダンジョンガニのそばを離れた。


「化け物め、お前の相手はここだ」


貴史は、ダンジョンガニに自分の言葉が通じるとは思わないが、ヤースミーンのクロスボウに矢を仕えてはダンジョンガニの大きな甲羅の中央辺りに矢を放つ。


貴史の願いが通じたかのように、クロスボウの矢は次々とダンジョンガニの甲羅の腹側に突き刺さっていくが、ダンジョンガニのボスは次第に貴史との距離を詰め始めていた。



やがて、矢筈の中に入っていた矢は尽きて、大型のダンジョンガニは鋏を振り立てて貴史に襲い掛かかった。


貴史が武器になるものを探して周囲に視線を走らせていると、ダンジョンガニの背後から雄叫びが上がった。


「うおおおおおおおお」


それはヤンの声だった。彼は自分の杖の石突を前にして槍のように構えて突進したのだ。


貴史は、ダンジョンガニの背側から攻撃したヤンの杖がカニの甲羅を貫通して腹側輪に先端が出たのを見て目を見張った。



「ヤン君すごいよ」


しかし、ヤンの攻撃もそれまでだった。


ヤンの杖はダンジョンガニの甲羅を背側から腹まで貫通していたが、魔法の杖の柄の部分まで深々と刺さった杖は抜けなくなっていた。


ヤンもダンジョンガニが振り回す鋏を避けて逃げ始める。


「ヤン君こっちだ」


貴史はヤースミーン達が倒れている場所からダンジョンガニを引き回すすように誘導しながらヤンと合流しようとした。


ダンジョンガニを攻撃するための糸口を掴むためにヤンの知恵も借りたかったからだ。


ヤンが逃げ回るのを援護するように、タリーがクロスボウを射て矢がダンジョンガニの甲羅に突き刺さるが、ダンジョンガニに深手を負わすには至らない。


ヤンはどうにか貴史がいる場所に駆け寄ってくるが、貴史は手詰まりなままだった。


その時、貴史はタリーがダンジョンガニ採取の遠征に加わったときに行ったことを思い出していた。


確かヤンは彼の杖が魔法の呪文を唱えなくても彼の意のままに炎の魔法に早津する火炎攻撃を加えられると言っていたような気がする。


貴史は間近に来たヤンに尋ねた。


「ヤン君、あの杖から火炎攻撃をすることはできないか」


ヤンは貴史に尋ねられてしばらく考えていたが、やがて言った。


「できると思う。ちょっと待ってくれ」


ヤンが精神を統一するように目を閉じるとしばらくして大型のダンジョンガニの動きに異変が生じた。


攻撃を受けた相手を執拗に追いかけていたダンジョンガニが足を止めたのだ。


やがて、ヤンが突き刺した杖のあたりから湯気が出るのが認められ、さらに時間が経過すると、ダンジョンガニは二つの鋏を虚空を掴む世に差し上げた状態で力尽きたように倒れた。


「やったぞヤン君」


「うん、どうやら俺の杖のお手柄のようだな」


ヤンは倒れたダンジョンガニに近づくと、柄の部分まで刺さった自分の杖を力任せに引き抜き、辺りには焼けたカニの香りが立ち込めた。

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