第30話 焼きガニの対価
貴史達がジュラ山脈の麓にたどり着く頃にはすでに日は傾き始めていた。
日頃は地平線のあたりの小さなシルエットとして見慣れているジュラ山脈は、近くから見ると壮大な山脈だとわかる。
山脈の北側は降水量も少なく乾燥した平原となっているが、夏を迎えた今は雪解け水を集めた川が深い森の中を横切っている。
冬には枯れてしまうその川の川岸には浸食された土の斜面が連なっており、斜面のそこかしこにはサッカーボール大の穴が開いていた。
「この穴がダンジョンガニの巣穴です」
ララアが自分の物のようにダンジョンガニの巣穴を紹介し、そのうちの一つをタリーや貴史達が取り囲んだ。
「このサイズの穴を掘るのだから大きさはかなりのものですよね」
「そうだな。甲羅の高さが巣穴の直径よりやや小さいとしたら、一匹捕まえれば可食部分はかなりの量があるはずだ」
貴史とタリーはダンジョンガニの姿も見ないうちから食べる話をしているが、その横でララアはイザークに尋ねた。
「イザークさん、ドラゴンハンティングの時に使うワイヤーを持っていませんか」
「細めのワイヤーならいつも持ち歩いているよ」
イザークは背中の荷物を下ろすとその中から、束ねたワイヤーを取り出して見せる。
「それを使ってダンジョンガニ釣りをしましょう」
「いいけどどうやって魔物を釣るんだい」
ララアはイザークの問いには答えずに、来る途中で捕まえてお昼ご飯のおかずにされたサンドリザードの骨付き肉の残りにワイヤーをきつく結びつける。
そして、ワイヤーを結んだ骨付き肉をダンジョンガニの巣穴に投げ込んだ
「そんな簡単な仕掛けで本当に釣れるのですか」
ヤースミーンが首をかしげながら見ていたが、五分もたたないうちにワイヤーが速いスピードで巣穴に引き込まれ始めた。
「来ましたよ。みんなで引っ張り出してください」
ララアの声に、イザークとホルストは慌ててワイヤーを掴むと、二人係で引っ張り始める。
穴の大きさの割にワイヤーを引く力は強かったが、タリーや貴史も加勢してワイヤーを引っ張ると、あなから甲羅の幅が30センチメートルほどもあるカニのような生き物が現れた。
餌と思った骨付き肉を鋏が挟んだまま離すことができなくなり、巣穴の外に引っ張り出されたようだ。
外見はカニに似ているが、体の割に大きな鋏を二つ持ち、甲羅の上部にある目は眼柄の上に丸い目玉が載っていてグロテスクだ。
甲羅の横には太く長い足が六本、しっかりと大地を踏んで大きな甲羅と鋏を支えていた
「甲羅の真ん中に中枢神経があるのでそこを剣で突き刺してください。あの鋏は鋭くて力も強いので人間の手首くらいは一撃で切断するから気を付けて」
イザークはララアに言われるままに剣を抜いたが、そのままの姿勢で横に倒れた。
「言い忘れていましたが、ダンジョンガニは麻痺の魔法を使います。一人でこの魔物に遭遇して麻痺の魔法にやられると仲間を呼ばれて生きたまま食べられてしまうから注意が必要です」
ララアの言葉通りに、巣穴からは同じサイズのダンジョンガニの群れが現れてイザークを取り囲んだ。
「大変だ早く助けなくては」
ホルストが親友のイザークを助けようと剣を抜いたが、ホルスト自身も剣を抜いたままの姿勢で前のめりに倒れた。
「ダンジョンガニと目を合わせると、麻痺の魔法にかかってしまうので絶対に目を合わせないでください。背後から甲羅の真ん中を刺し貫くのがおすすめです」
ララアは貴史達に説明しながら、軽い身のこなしでイザークとホルストに群がるダンジョンガニの背後に回ると、自分の剣でそのうちの一匹の甲羅を素早く刺し貫いた。
甲羅を刺されたダンジョンガニは大きな鋏を二つとも上に振り上げるとそのまま動きを止める。
貴史も剣を抜くとダンジョンガニに立ち向かった。
貴史が持ってきた剣はドラドンスレイヤーソードタイプの邪薙の剣ではなく、刀タイプの軽量なものだが、その切っ先は鋭い。
貴史は素早く一匹のダンジョンガニの背後をとり、甲羅の真ん中に剣を突き立てようとしたが、その瞬間にダンジョンガニはくるりと振り返った。
「あ!」
貴史は思わずダンジョンガニと目を合わせてしまい、体の自由を失った。
剣を構えたままで転がった貴史の目の前に鋭い鋏を振り立てたダンジョンガニが迫ってくる。
貴史は魅入られたようにダンジョンガニの鋏を見ていたが、貴史の目の前でダンジョンガニは鋏を大きく振り上げるとパタリと倒れた。
貴史が身動きできない状態で見ていると、ララアが舞うように剣をふるって次々とダンジョンガニの甲羅を突き刺し、辺りにはダンジョンガニの死骸の山ができ始めていたが、ララア以外の人間はみな麻痺して転がっている。
しばらくして、ララアが魔法を使って麻痺を解いてくれたので貴史はどうにか立ち上がった。
「ララアがいなければ、私たちは全滅していたはずですよ」
ヤースミーンが青ざめた顔でつぶやくと、タリーも硬い表情でうなずく。
「ララア、ダンジョンガニが危険なことを知っているならどうして教えてくれなかったんだ」
貴史がララアを問いただすと、ララアは平然とした表情で答えた。
「みんな知っていると思っていました。私の剣の師匠は、フットワークの鍛錬のために時々ここに弟子たちを連れてきてダンジョンガニパーティーをしていたのです。麻痺してしまった間抜けな弟子はおやつ抜きです」
ララアはダンジョンガニの死骸を積み上げると、ヒマリアの民が知らない呪文を唱え、火炎の魔法でダンジョンガニの山に火を放った。
ララアは巧みに火力を調整しているらしく、辺りには焼きガニの香ばしい香りが漂い始める。
「今日は初めてだから、麻痺させられた人たちも食べていいですよ」
全員が空腹を意識していた上に、カニの甲羅が焦げる香りはさらに食欲を刺激する。
結局、各自がこんがりと焼けたダンジョンガニを抱えて、試食会が始まった。
食べなれているだけに、ララアは器用にダンジョンガニの身を取り出す。
「そうか、足の身を食べるときには関節の手前で足を折ったら中の身がきれいに取れるのですね」
ヤースミーンがララアの真似をしてダンジョンガニの足をパキッと折ると、関節部分にくっついた白い身が殻の中から引き出された。
貴史も同じように足に取り掛かるが、適度にしまった身は調味料を加えなくても十分においしい。
その味は、貴史が数えるくらいしか食べたことがないタラバガニに似ていた。
タリーは甲羅の袴をはがしてカニミソを食べていたが、ララアがとらえたダンジョンガニの山を見ながらため息をついた。
「最高の味なのだが、生息地が遠い上に下手をすれば捕獲する人が返り討ちにされるようでは、食材としてコンスタントに確保することは無理だな」
ララアは無邪気な笑顔を浮かべてタリーに言う。
「だからこそ、こうして修行に来た時に食べると美味しさが格別なのです。ダンジョンガニは森の番人なので私たちは少しだけおすそ分けを貰えばいいのです」
タリーはダンジョンガニをギルガメッシュの看板メニューにすることはあきらめた様子で、たぐいまれな美味を味わうことに専念したようだった。
その夜、魔物とはいえ美味なダンジョンガニを堪能した一行は、昼間の疲れもあって野営地でぐっすりと寝込んでしまったが、夜も更けたころに貴史は木の枝が折れる音で目を覚ました。
何かがひそかに忍び寄っている気配を感じて、貴史は身を固くした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます