第32話 期間限定のカニ料理フェア

 貴史とヤンが大型のダンジョンガニを倒してから二日後、ギルガメッシュではダンジョンガニの料理をメインとしたフェアが開催され、普段は食べられない幻の珍味とあって、トリプルベリーの町からも富裕層が護衛を伴って来店する盛況となった。

「それにしても、あんな遠いところからよくもダンジョンガニを持ってこられやしたね。あっしはシマダタカシの旦那の行動力に脱帽いたしやすよ」

 リヒターがいつものように自分を持ち上げてくれるのを、貴史はくすぐったいような思いで遮った。

「いや、あのダンジョンガニを持って帰れたのはイザークのおかげなんだ。イザークが旅の途中の隊商が放った伝書翼竜を見つけて、呼び寄せて隊商に輸送依頼のメッセージを託すことができたから、捕まえたダンジョンガニを運ぶことができたんだよ」

「でも、ダンジョンガニのボスを仕留めたのはシマダタカシの旦那とヤンさんでしょう?、

 イザークごときに花を持たそうとするなんざ、憎い心遣いじゃございませんか」

 リヒターはどこまでも貴史を立てようとする。

 貴史はギルガメッシュで提供されるタリーの手によるダンジョンガニ料理の値段を見て、目が点になる思いだったが、ぼったくりと思える値段でもわざわざ食べにくる人々はいる。

 貴史は、ジュラ山脈の麓で、小ぶりなダンジョンガニを一匹丸ごと食べたことを人生の良き思い出の一つに加えることにした。

 貴史とリヒターがのんびりと会話していると、店の外からヤースミーンが駆け込んで周囲を見回している。

 ヤースミーンはドラゴンケバブを売る露店の指揮をするために店の表に出ていたのだ。

「大変です、ゲルハルト王子の親衛隊が表に来て、ゲルハルト王子ご本人がカニ料理を食べたいと所望していると言っているのです」

 貴史は自分の耳を疑った。

 ヒマリアの王都イアトぺスからトリプルベリーまでは騎馬で数日を要するほどの距離があるから、ダンジョンガニ料理の噂を聞いてそれを食べるためにゲルハルト王子が子ギルガメッシュの宿に現れたとは考えられなかった。

 それでも、貴史が先頭になって賓客としてゲルハルト王子を案内しながら側近の兵士たちに話を聞くうちに、真相は次第に明らかになった。

 ゲルハルト王子は、レイナ姫が建設した村が、ガイアレギオンに蹂躙されたという急報を聞いて、精鋭部隊を率いて反撃のために出陣してきたのだと言う。

 ギルガメッシュの酒場に案内されたゲルハルト王子とその側近の士官たちは、しばらくして運ばれてきたタリーのダンジョンガニ料理を前にして喜色満面だ。

「見事な料理だ。ダンジョンガニの素材としの姿を明らかにしながら調理した腕前は称賛に値する」

 食通として知られるゲルハルト王子に褒められたタリーは、まんざらでもなさそうな表情を浮かべて答えた。

「身に余るお褒めの言葉恐縮至極でございます。時にゲルハルト王子さまは私の料理を食べるためにこの辺境に赴いたわけではないと推察いたしますが、何故ここまで進軍なされたのですか」

 ゲルハルト王子は甲羅の差し渡しが三十センチメートルほどの焼いたダンジョンガニの足をむしり取ってその実を取り出そうと奮闘していたが、タリーの言葉を聞いて手を止めた。

「知れたことだ。ガイアレギオンの軍勢がわが妹レイナ姫が統治する村を蹂躙したという知らせを聞き、その場で動かせる全軍を率いて出陣してきたのだ。聞けばそなたたちが敵の手に落ちたレイナ姫を救出するために尽力したそうだが、私としては謹んで礼を言いたいところだ」

 タリーは畏まって礼をしながらゲルハルト王子に答える。

「私どもは当然のことをしたまでです。時にそのダンジョンガニの姿焼きの味はいかがですか」

「見ての通りこれから初めて口に入れるところだ。感想は少し待ってくれ」

 ゲルハルト王子がカニの足を関節の近くでぱきっと折って引っ張ると、きれいに取れた身が割れた殻の端からぶら下がった。

「その身をこちらのソースにつけてお召し上がりください」

 ゲルハルト王子は、タリーの指示通りにダンジョンガニの焼きガニの足の身をたれにつけて口に運ぶが、何回か咀嚼したところで動きを止めた。

 貴史は、何か粗相があったのではないかと青くなったが、ゲルハルト王子は口に入れたダンジョンガニの身を咀嚼してから飲み込むと、感動した面持ちでつぶやいた。

「なんというものを食べさせてくれたのだ。私はこれ以後このカニ以外の甲殻類を口にするのが苦痛に感じるかもしれない」

「程よく火を通したダンジョンガニを地元産のまだ青い柑橘の果汁と魚醤を合わせたたれで召し上がっていただくものです。身に余るお褒めの言葉光栄にございます」

 タリーが嬉しそうにゲルハルト王子に告げ、ゲルハルト王子の配下の士官たちも美味しそうに食事に手を付ける。

 タリーの魔物料理がさらに名声を高めた瞬間だった。

 ゲルハルト王子の一行がダンジョンガニ料理に舌鼓を打つ間に、貴史達はゲルハルト王子の側近にそれとなく王子の近況を尋ねる。

 彼らの言葉によれば、ゲルハルト王子はヤースミーンの幼馴染のアリサを正室に迎え、近々跡継ぎの王子が生まれる予定らしい。

 レイナ姫救援のために駆け付けたのも他意は無く、文字通り妹の身を案じて駆け付けたところだったのだ。  

「ゲルハルト王子様、レイナ姫様は既に自分たちの村ホフヌングの再建のために現地に向かわれています」

 貴史が恐る恐る告げると、ゲルハルト王子はダンジョンガニの鋏の部分を、テーブルに添えられたハンマーでたたき割りながら答えた。

「あいつらしいな。我々はエレファントキングの城に拠点を置いてしばらくの間、ガイアレギオンが再び侵攻してこないか注視するつもりだ」

 貴史はゲルハルト王子に感謝するとともに、ガイアレギオンが再び侵攻してこないことを祈るほかなかった。

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