第6話 石化の呪い

「シマダタカシ、次はここにリンゴの絵を描いてください。あなたの描く絵は様式化されていてわかりやすい。」



貴史はトリプルベリーの町で買ってきた素朴な顔料を使って言われるままにリンゴの絵を描いて見せる。



アニメ好きの貴史にとって、お絵かきはお手の物だ。



2頭身キャラを描いて見せるとララアどころかヤースミーンまで大喜びするので、もはや調子に乗っているといってもいい。



ヤースミーンは、平仮名積み木風に、貴史が描いたイラストに現代のヒマリア語と、古代ヒマリア文字を併記してララアにヒマリア語を教えようとしているのだ。



「しかし、その試験対策ノートはすごいね。とても学生が作ったものとは思えないよ。」



ヤースミーンが持っているのは、彼女が通っていた魔法学校で古代ヒマリア語が暗号解読の授業の課題とされていたため、歴代の魔法学校の生徒が蓄積した知識が集約されたノートだった。



「毎年試験対策委員が、新しい知識を付け足す上に、間違っている部分は監修していったのでかなり正確なはずですよ。」



「よくそんなものを持ち出せたね。」




「持ち出したわけではありません。これは私が書き写したのです。」



貴史はノートと言うよりは辞典のような分厚い紙の束を書き写したと聞いて、思わず引いた。



自分だったら、コピーして来いと言われてもいやになるほどのページ数だ。



ローテクノロジーの世界に生きる人々の根気強さをリスペクトしてしまいそうだ。




その時貴史たちのいる屋根裏部屋に続く階段を登ってスラチンが飛び込んできた。



その後を追って、ララアが駆け上ってくる。



最近のララアのお気に入りの遊びはスラチンを捕まえてスライムライダーごっこをすることだ。



ララアが乗るとスラチンは普段と違って、滑るように高速で移動する。



スラチンにとっては、魔法のパワーか何かを消費するようであまり好ましくないらしい。



「ララア、夕方の仕事まで時間があるから森に散歩に行こうか。」



貴史はスラチンに助け舟を出すつもりで、ララアに声をかけた。



「ララア、森に行く?。」



ララアは片言のヒマリア語で問い返す。



「うんそうだ。メイジマタンゴを見つけたら、捕まえてきて今夜はキノコのピザを作ってもらおう。」




「わあ、それはいいですね。」




話に乗り気になったのはむしろヤースミーンの方だった。ヤースミーンはメイジマタンゴを使ったキノコのピザが好物なのだ。




結局、ヤースミーンが愛用のボウガンを抱え、貴史とララア、そしてスラチンをお供にメイジマタンゴ狩りに出かける構図となった。




一行がギルガメッシュの勝手口を出て森に向かおうとすると、今度はタリーが納屋から顔をのぞかせた。




「お前たち、森に行くなら俺も一緒に連れて行ってくれ。オラフ達の所に塩とバターを持っていきたいんだ。バーターで野菜を仕入れられるからな。」



タリーといえども、単独で森に入るのは危険だった。



森は魔物たちが住まう場所だ。



「いいですよ。その代わりメイジマタンゴを捕まえたらキノコピザにしてくださいね。」




「お安い御用だ。」




タリーはバターが詰まった缶と塩の袋を荷車に載せる。そして、オラフへのお土産のエールの樽も追加した。



森への道を歩きながら、貴史はこの世界の春の訪れを感じていた。



厳冬期にブリザードが吹き荒れた平原も、いつの間にか雪が解けて草の芽生えが覗いている。



葉を落としていた木々もいつの間にか芽が膨らみ始めているようだ。



森の中を抜ける小道に入り、もうすぐオラフ達が住む小屋が見える辺りで、貴史は遠くから響く叫び声を聞いた。




「今の声は何でしょうね。」



貴史がつぶやくと、タリーは両耳の手を当てて声の方向を探った。



「オラフ達が新しく畑を開いたあたりから聞こえてくるみたいだな。少し遠回りだが行ってみよう。」



タリーの案内で貴史たちはいつもと違う道に入っていく。




やがて道の周囲の森が開け、周囲に畑が広がっている場所に出た。




「凄い。オラフさんがこんなに広い畑を耕すんですね。」



「いや、どうもボーノ一家のほかにもこの森に移住してきたエルフの家族がいるみたいで、今ではオラフが開拓者の村の指導者みたいになっているらしい。」




人口の増加に見合った、畑が必要になったという訳だ。




畑のあちこちで雪が解け、その下からは小麦やニンニクそしてキャベツなどの野菜が覗いている。




「さっきの声は、何処から聞こえたのだろう?。」



貴史が周囲を見回すと畑と森の境の辺りで、数人のエルフが駆け回っているのが見える。



そして、その先の森からは何か茶色い生き物の大群が絨毯のように畑を侵食していた。




「何か妙な生き物に畑を襲われているみたいだな。」



タリーが解説するが、近眼の貴史には茶色い絨毯が押し寄せてくるようにしか見えない。



「あそこまで行ってみましょう。」



ヤースミーンは先に立って駆け出して行った。



森の近くまでたどり着くと、生き物の正体がはっきりと見えた。



それは巨大ななめくじのような魔物だった。背中に貝殻を背負っているのでカタツムリに近いのかもしれない。



「メガスネイルです。見た目よりも動きは速いので油断すると危険です。」



押し寄せてくるメガスネイルは大半が体長60センチメートルほどで直径40センチメートルくらいの殻を背負っている。



しかし、その先頭に立っているのはからの高さが人の身長ほどもある大きなものだった。



先ほどから聞こえていたのは、畑を守ろうとしてメガスネイルと戦うオラフとその仲間の声だった。



「メガスネイルの目が赤く光っているときは眼を合わせてはいけません。彼らは石化の魔法を使います。」



ヤースミーンの解説通りに倒れているエルフが数人見える。石化の魔法にやられたのに違いない。



その周囲には小ぶりのメガスネイルが群がり始めていた。




仲間を助けようとするエルフがメイスをふるうが、エルフの体力では小ぶりのメガスネイルの殻を砕くことさえ難しいようだ。



「メガスネイルって肉食ではないよな。」



貴史が尋ねると、ヤースミーンはかぶりを振った。



「いいえ彼らは雑食性です。石化したまま放置していたら食べられてしまいます。」



「大変だ早く助けなきゃ。」




貴史も事態の深刻さがわかってきた。




「メガスネイルには縄張りがあって普段は群れを作ることはありません。どうやらあそこにいるメガスネイルのリーダーが好物の野菜が大量にあるのを見つけて、森中のメガスネイルを呼び集めてしまったようですね。」




ヤースミーンは森の中から押し寄せるメガスネイルの大群を見ながらため息をついた。

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