第7話 つぼ焼きはサザエだけじゃない

「ヤースミーン、シマダタカシ、助けに来てくれたのか。」



貴史たちを見つけたオラフは嬉しそうに叫んだ、オラフはメガスネイルのボスに石化されないように目線を避けて走り回っている。



「ううん、たまたま通りかかっただけ。でも助けるつもりですよ。」



ヤースミーンは妙に落ち着いた口調で答える。



その横でタリーは荷車から刀を持ちだすと、抜刀してメガスネイルのボスに切りつけていた。



刀は眼柄のある頭らしき部分の下に叩きつけられたが、その部分がぐにゃりとへこむだけで切れていない。



「会心の一撃だったはずなのになぜ切れない?。」



タリーはメガスネイルの粘液にまみれた刀を引きはがした。



「表面が強力な粘液で覆われているから、刃物が効かないのです。」



ヤースミーンの解説が聞こえないのか、タリーは二撃目を仕掛けようとして刀を構えるが、そのままの姿勢でぱたんと横に倒れた。石化の呪いにかかってしまったのだ。



「いい加減にしろ、このカタツムリ野郎。」



オラフは飛び上がって両手で振り上げたメイスをメガスネイルのボスの殻に振り下ろす



キンッ。



澄んだ音を立ててオラフのメイスはメガスネイルの殻にはじき返されていた。



「ヤースミーン、火を噴けっ。」



貴史はヤースミーンをメガスネイルの方に押し出した。



「私はペット用のお座敷ドラゴンではありません。」



ヤースミーンは文句を言いながら、魔法の詠唱を始める。



ヤースミーンは火炎の魔法でメガスネイルのボスを黒焦げにするつもりだった。



覚醒してパワーアップしたヤースミーンにとって、メガスネイル程度の魔物を消し炭にするのはたやすいことだった



しかし、ヤースミーンは自分の杖を振り上げて火炎をメガスネイルに投げつけようとした時に詠唱をやめた。



メガスネイルがその腹足を上手に使って、石化しつつあるタリーを抱え上げて盾にしたからだ。



「シマダタカシ、これでは魔法が使えませんよ。」




「そうだな。クロスボウで狙ってみようか。」




貴史はヤースミーンのクロスボウを手に取るとメガスネイルのボスを狙って発射した。



バシッ。



貴史が射た矢は、メガスネイルの体に突き刺さったように見えたが、粘液が邪魔をしてさほどのダメージは与えていないようだ。



「どうすればいいんだ。」



貴史が途方に暮れて周囲を見回すと、ララアがスライムのスラチンに乗って畑を疾走していくのが見えた。



ララアは押し寄せるメガスネイルの群れの直前を掠めるように過ぎていく。



そしてその後ろには青白い光が雪のように舞い上がりメガスネイルの群れに降り注いでいた。



青白い光が消えた時、光が降り注いだ範囲のメガスネイルたちは真っ白く凍結していた。



「ララアって魔法が使えるのか。」



「魔法には違いないですけど、氷系の魔法であんな使い方ができるものを私は知りませんよ。」



貴史とヤースミーンが茫然と見ている前で、近くまで戻ってきたララアはスラチンから飛び降りると荷車に駆けよっていく。



「ララア、危ないから近寄っちゃだめです。石化されてしまいます。」



ヤースミーンが叫んだが、ララアはお構いなしにメガスネイルのボスに駆け寄っていった。



ララアは片手で、荷台に積んであった塩の袋を抱えていた。



メガスネイルのボスは、眼柄の先にある眼玉を赤く光らせ石化の光線を発しようとする。


しかし、その前にララアは右手一杯に掴んだ塩を、メガスネイルのボスの頭上に振り撒いていた。



塩の粒が降り注ぐと、メガスネイルの目玉はヒュッと引っ込んで見えなくなった。



ララアは鼻歌を歌いながら、さらに塩を撒き続ける。



メガスネイルのボスの体はどんどん縮んでからの中に引っ込んでいく。



「そうか、ナメクジ退治に塩を使うのだから、似たようなカタツムリ系の魔物にも有効なんだな。」



貴史は感心してつぶやいた。



そして、メガスネイルのボスの背後に押し寄せていたメガスネイルの群れにも異変が起きていた。



ひたすら前に進んでいた大群が一斉に停止し、森に向かって後退し始めたのだ。



「ボスがやられたから、逃げ始めたみたいですね。」



貴史とヤースミーンが見守っている前で、ララアは縮んでいくメガスネイルのボスに塩をまき続ける。



ついには、メガスネイルの体はからの中に引っ込んでしまい、殻は口の部分を上にして地面に転がる状態になっていた。



その傍らには、粘液まみれになったタリーも倒れている。



ヤースミーンはタリーのそばに膝まづくと、静かに呪文を詠唱し始めた。



やがて、金色の光がタリーを包んだ。



光が薄れた時、タリーはゆっくりと身動きした。



朦朧とした表情で空を見上げていたタリーは、ガバッと跳ね起きた。




「メガスネイルはどうなった。」



「ララアがやっつけちゃいましたよ。」




ヤースミーンが指さした先ではララアが畑から掘り出したニンニクの皮をむいていた、そしてナイフの刀身でつぶしたニンニクをざっくりと刻んではメガスネイルの殻に放り込んでいく。



「ララア、オラフさんの作物を遊びに使っちゃだめよ。」



ヤースミーンは止めようとしたが、オラフが遮った。



「いいよ。ヤースミーン好きなようにさせてやってくれ。それよりも俺の仲間の石化を解くのを手伝って欲しいんだが。」



残っていたオラフの仲間にも魔法が使えるものがいて、すでに助けに向かっているが、石化して倒れているエルフは他にも数人いる。



「わかりました。手伝います。」



ヤースミーンは石化したエルフを助けるために歩いて行った。



その間も、ララアは雪の下にの畑から掘り出したパセリの葉をちぎってメガスライムの殻に放り込み、その次には荷車から缶入りのバターを持ってきて、一缶丸ごとメガスライムの殻の中に投入した。



「何をするつもりでしょうね。」



貴史がララアの様子を眺めながらつぶやくと、メガスライムの粘液を気持ち悪そうにぬぐい取っていたタリーが言った。



「やつを料理してしまうつもりではないかな。」



「料理?、こんな雪の上で薪にする木もないのに。」



貴史がララアの意図を見定めようとしていると、彼女は何かの呪文を詠唱し始めた。



貴史がこの世界に転移した時、それを企てた神のごとき存在はヒマリアの言葉を理解する能力を与えてくれたが、ララアの言葉は理解不可能だ。



ララアが今では理解する者がただ一人となった言葉で呪文を唱え終えると、メガスネイルの殻は炎に包まれていた。



「敵のボスにとどめを刺そうとしているのでは?。」



「それならば、一気に燃やして消し炭にすればいい。あれは程よく火加減を調節しているように見えるな。」



やがて辺りにはガーリックとバターが混じった香ばしい香りが立ち込め始めた。




「なんですか?。この美味しそうな匂いは。」



「素材の組み合わせ的にはエスカルゴに近いと思う。」



タリーが答えたがヤースミーンには何のことだかわからないようだ。



ララアはメガスネイルに程よく火が通ったところで炎を消した。



殻から中身を引き出そうとするララアをタリーが手助けする。



「ちょっと、何をする気なのですか。」



不穏な気配を察したヤースミーンが、タリーに聞く。



「いや、ララアがなかなかいい手際でメガスネイルを調理したから味を見ようと思って。」



タリーとララアは引っ張り出した身の部分を自分のナイフで切り取り始めている。




「ギャー。やめなさいお腹を壊したらどうするの。」




青ざめるヤースミーンを尻目に、タリーとララアはムシャムシャと食べ始めていた。



「なかなかいい味だな、ギルガメッシュのメニューに加えようか。」



ララアにはタリーの言葉はわからないはずだが、ララアは得意げにうなずいて見せた。

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