第5話 スライムライダー

貴史はギルガメッシュの宿のフロントに座って、泊り客のチェックアウトの仕事を黙々とこなしていた。



最近、キングパオームのダンジョンに入ろうとする冒険者の数が再び増えてきたので、ドラゴン関連資材を買い付けに来る商人と合わせて、宿泊客は多い。



たいがいの客は、既定の料金を払ったうえに、チップも置いて宿を後にするのだが、中には金払いの悪いお客もいる。



「ちょっとお客さん、このコインは一体何ですか。」



そのグループはダンジョンに出かける冒険者のパーティーでヒマリアの通貨「クマ」をかき集めても請求額に足りず、別の通貨を足して支払おうとしたのだ。



「大丈夫じゃよ。ちゃんとした高額通貨で南の国に行けば、馬一頭帰るほどの価値があるはずじゃ。」



グループのリーダー格の僧侶は貴史を相手に力説する。



そこに朝食の後、ギルガメッシュから外に出て森の周辺を散歩していたリヒターが通りかかって覗き込んだ。



ドラゴンハンターチームのメンバーは宿の仕事は自分の仕事ではないと勝手に決込んで、ドラゴンハンティングに出かけるとき以外はプラプラしている連中が多い。


「そいつはいただけねえな。その通貨はジュラ山脈からはるか南にあるヒラニヤガルバ国の通貨だ。このところ交易も途絶えているからもらったところで使えるあてはないっすよ。」



先ほどの言葉をうのみに仕掛けていた貴史は、僧侶の顔をじろりとにらんだ。



騒ぎが大きくなり、やがてヤースミーンもやってきた。貴史から話を聞いた彼女は情け容赦なく言う。




「足りない代金の代わりに使えない通貨をもらうより、そのメイスをもらうのが妥当ですね。」




「ま、待ってくれこれを取られたらわしは丸腰になってしまう。この先の冒険が続けられなくなるからそれは勘弁してくれ。」



僧侶は自分のメイスを取られまいとするように抱え込む。



貴史はため息をつくと彼に告げた。




「わかったよ。今回はその通貨も受け取るから次からはちゃんと使えるお金で支払ってくれ。」




「ほんとかね。そうしてもらえるなら恩に着るよ。」




金がないパーティーのメンバーは安堵どの表情を浮かべる。




「駄目ですよシマダタカシ。そんな甘いことを言ったらほかの宿泊客に示しがつかなくなります。」



「そうっすよ。取れるものを取っておいたほうがましですよ。」




ヤースミーンとリヒターは口々に文句を言うが貴史は譲らない。



「武器を取り上げたら彼らも困るだろう。冒険の成果が出たら、帰りに泊まった時はチップでも弾んでくれるさ。」



「いいことを言いなさるのお若い方。あんたにミスリル神と精霊のご加護があらんことを。」




冒険のパーティーは話がこじれる前にとそそくさと出発していった。




「人がいいんだから。タリーさんに怒られても知りませんよ。」



「大丈夫だ。タリーさんはアバウトだから何も気づかないと思うよ。100クマかけてもいいくらいだ。」



「それもそうですね。」



ヤースミーンはあっさりと同意した。



その時、貴史は出て行った冒険者のパーティーと入れ替わるようにして三人の人影がギルガメッシュに入ってくるのを見た。



「ヤースミーン新しいお客さんだ。」



「泊り客にしては時間が早いですね。」



入り口の方を見たヤースミーンは人影に知人を認めて大きな声で叫んだ。



「ヤン君。ずいぶん遅かったじゃないですか。」




「旅費を節約しようと思って、ヒマリア軍の戦没者再生事業に応募してこの先のダンジョンまで来たのだが、ずいぶん長い間付き合わされる羽目になったんだ。」




ヤンは同行した二人を示した。




「俺が復活させたクリストさんと正体不明の女の子だ。」




「なんですか正体不明って。」




ヤンは肩をすくめた。



「戦闘に巻き込まれた民間人の子供だと思ったのだが、クリストさんに言わせると古代ヒマリア人かもしれないとさ、実態は皆目見当もつかない。」



「古代ヒマリア人ですって。」



ヤースミーンはしゃがみ込んで子供と同じ目線の高さで何か話しかけた。サイズが大きいヒマリア軍の制服をあちこち折り返して着ている子供は、ヤースミーンの言葉を聞いて早口に何か答えた。



ヤースミーンは目を丸くしながら自分を指さした。



「ヤースミーン。」



そして周囲の人々を次々と指さしながらその名前を呼んでいく。



「シマダタカシ、リヒター、ヤン、クリスト。」



女の子は生き生きとした表情で自分を指さして叫んだ。



「ララア。」



「凄い。話ができるんですか。」



クリストが驚いた顔でヤースミーンに尋ねる。




「ええ、魔法学校で古代ヒマリア語を解読する課題があったので、ほんの少しだけどわかるんです。」



ヤースミーンは得意げにほほ笑む。



「成り行きでこの2人も一緒になってしまったが、しばらく一緒に面倒見てもらうわけにいかないかな。」




ヤンが遠慮がちに聞く。



貴史とヤースミーンは顔を見合わせて噴き出した。




「それぐらい大丈夫ですよ。今ではあまり働かないドラゴンハンターチームを抱え込んでいるくらいですからね。」



「それはあんまりっすよ。あっしたちは、次のハンティングに備えて英気を養っていると言ってもらいたいな。」



リヒターがヤースミーンに抗議するが、ヤースミーンはたいして聞いてもいない。



「私は古代ヒマリア語の試験対策メモを取ってきます。」



ヤースミーンは自分の心室がある屋根裏に駆け出して行った。



入れ替わるよう、草原で遊んでいたスライムのスラチンが戻ってきた。



ララアはテンテンと飛びながら室内に入ってきたスライムを見つけて喜色満面になった。




ララアの姿を認めたスラチンは汗を浮かべながら後ずさりするが、逃げようとはしない。




「〇§ΔΔ,*?@$#」




ララアはスラチンに駆け寄ってまたがると指をさしながら何か叫んだ。




スラチンはララアを乗せたまま酒場のフロアを高速で走り始めた。




「スライム使い?。」



「まるでスライムナイトみたいな乗りこなしですね。」



ヤンとリヒターが口々につぶやく。




「ララアってどこかで聞いたような気がするな。」




貴史が見つめる前で、ララアは歓声を上げてフロアを疾走していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る