第4話 木の枝でリターンマッチ
戦没者再生のために派遣されていた一団はエレファントキングの城と呼ばれていたダンジョンのそばで、王都イアトぺスに帰還する準備を整えていた。
「アダモ主任大丈夫ですか?馬に乗るのが無理なら荷車に乗る場所を用意させますが。」
支援チームの一員が部隊の指揮を取るアダモ主任の体調を気遣う。
「いや、大丈夫だ。何とか乗れると思う。」
アダモ主任は弱々しく答えると、指揮官用の折り畳み椅子に腰を下ろして大きく息をついた。
一週間前までは、制服がはち切れそうなほど太っていた彼の体は、見違えるほどやせ細っている。
遠くからアダモ主任の様子を見ていたクリストは、傍らにいるヤンを振り返った。
「あんたの再生の術は大したものだな。ミミックに食われて干からびたミイラのようになっていたアダモ主任を復活させてしまうのだから。」
「まあな。ただし、本人の心の傷までは癒せない。彼はミミックに食われた記憶を残しているのに、ああやって任務を果たそうとするから大したものだと思うよ。」
ミミックに捕らえられたアダモ主任は3日後に黒ずんだミイラのような塊として石の箱の外に吐き出されていた。
大半の人々が再生は無理だとあきらめたが、ヤンはアダモ主任を首尾よく再生して復活させたのだ。
「出発は午後1時だったな、このあたりも見納めだから散歩でもしておこうか。」
クリストが腰を上げた時に、子供の歓声が耳に入った。
ヤンとクリストが目を向けると、ヤンが再生した正体不明の少女が木の棒を振り回して叫んでいる。護衛の兵士を相手に木の棒で剣術の練習をしていたらしい。
「なんだあいつあの女の子に負けたというのか。」
「どうもそうらしいな。」
クリストは気を変えて少女が棒を振り回しているところまで見物に行くことにした。
暇を持て余していたヤンもその後に続く。
非番の護衛兵がたむろしていた草原まで行くと、女の子は棒切れをもったまま鼻歌を歌っている。
傍らではヒマラヤ正規軍の制服を着た下士官が腹を押えてうずくまっていた。
「何だよペーター、だらしないな。」
クリストは再生されてからの数日で彼と顔見知りになっていた。クリストの軍内部の階級は彼と同じだが、正規軍と傭兵部隊では微妙な立ち位置の違いがある。
ペーターは戦没後に再生されたクリストを妙に尊敬し、たててくれるので仲良くしていたのだ。
「その娘、動きが人間離れして早いのです。」
ペーターはどうにか立ち上がりながら言い訳がましく言う。
クリストは少女に目を向けた。
ヒマリア軍の制服を着せられているがサイズが大きすぎるのであちこち折り返して着るているのがかわいらしい。
ヒマリア人はおおむね肌が白く瞳はブルー、髪は金髪のものが多い。しかし彼女は褐色の癖のある髪に濃い茶色の瞳をしていた。
明るい光の下で見ると一見して他国の人だとわかる。傭兵部隊には彼女のような人種も多くクリストもその例に当てはまる。
当の彼女は棒を片手に、手招きする仕草をしている。
世界共通、ウイナーが次の挑戦者を募る仕草だ。
「ふうん。それでは次は俺がお相手してみようか。」
クリストはピーターが使っていたらしい木の棒を拾い上げた。
軽く一振りしてみると、バランスは悪くない。
「次は俺が相手だ。」
クリストが一声かけると少女は駆け寄ってきた。
そして、持ってきた棒を構えると表情を引き締める。
クリストが一歩踏み出そうとした瞬間少女の姿は消えた。
「!?。」
クリストがかろうじて視野の隅に動きを認めて反応する。
次の瞬間、受けの構えをしたクリストの棒は鋭い打撃を受けていた。
棒を持った手がしびれるほどの威力。
クリストが間をおかずに反撃しようとしたが、少女はすでに間合いを広げて次の機会をうかがっている。
なるほど、ペーターでは相手にならないはずだと、クリストが考えた時、少女は再び跳躍した。
横跳びしてから懐に飛び込もうとする少女を、クリストは左に引いた棒を横なぎする形で迎えた。
剣を使えば相手の首が飛ぶほどの斬撃だ。
しかし、少女はひょいと首をすくめてかわすと、クリストの懐に飛び込んでいた。
クリストは近すぎて剣をふるえないので間合いを取ろうとするが、少女はクリストの左足の甲を踏んづけている。
少女が動けないクリストのわき腹から胸にかけて刺突を放とうとしたとき、クリストはコンパクトに腕をたたみ、逆手に盛った棒で少女の棒を受け止めていた。
少女はピョンと飛び離れると、凄みのある笑顔を浮かべて何かしら言葉を発している。
クリストにはそれが、お互い同じ手は食わないということだなとうそぶく手練れの剣士の言葉のように聞こえた。
少女はもう戦いは終わりと決め込んだらしく、のほほんとした顔でこちらを眺めている。
クリストは鳥肌が立つ思いで少女の顔を見た。
「さすがは傭兵隊長の剣は一味違うね。」
ヤンがのんきに声をかけると、クリスト青ざめた顔で振り返った。
「あんたはとんでもないものを蘇らせてしまったな。」
クリストの深刻な表情にヤンは慌てた。
「一体何の話をしているんだ。」
「この子はダンジョンに迷い込んだ民間人などではない。自らに呪いをかけてアンデッドと化し、アンデッドコボルドの群れを率いて俺たちに襲い掛かってきたんだ。おそらく彼女は古代ヒマリア人だ。」
ヤンはクリストの言葉を理解して愕然とした。彼女の出自の謎がそれですべて説明できるのは確かだ。
二人が見つめる前で、少女は雪原を渡る風が粉雪を巻き上げていくのを目を細めて眺めていた。
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