第3話 この子は何処の子?

「おい、あんたの仲間だろ助けてやれよ。」



クリストに急かされてヤンは自分の杖を取り出したが、箱から飛び出てジタバタ東国足を見て逡巡した。




「俺の杖は攻撃系魔法も使える優れものだが、この位置関係だとアダモも一緒に燃えてしまう。」




「ミミックの殻を貫通できるような石突とかついてないのか。」



「歩いているときに自分の足を突いたことがあってそれ以来取り外しているんだ。」



「くそっ、俺の刀はないのか。」



ヤンは洞窟の中を見渡した。



「その辺にあると思うよ。あんたが倒れていた辺りだ。」



何処に倒れていたか知らないが、クリストがその辺の床を探すと見覚えのある柄が見えた。急いでその剣を構えてみたが、剣の本体はぼろぼろの錆の塊になっていた。



「ああ!、俺が南部戦役で敵部隊を壊滅させた時にもらった邪薙ぎの剣がこんなにボロボロになっている。」



「人間の死体は塩分も水分も含んでいるからな、数か月も死体の下敷きになっていたらそうなるよ。」




死体とは再生される前のクリストのことだ。



クリストは気をとりなして、錆びた剣を振るってアダモの救出に向かおうとしたが、ジタバタしていたアダモの足は動かなくなり、箱の中にするすると引き込まれていった。




「もうダメだな。ミミックは消化液を兼ねた強力な毒をもっているから、どのみち手遅れだったと思うよ。」




「意外と冷たいんだな。」



クリストはヤンの横顔を見つめた。雇い主か同僚か定かでないが一緒に働く人間がミミックに食われたのにクールに見限ったのが意外だった。





「ミミックは二、三日で獲物の体液を吸い尽くして食べかすを巣の外に放り出す。その時に再生の魔法を使ってやるさ。俺はヒーラーだからな。」




クリストは自分が再生してもらった身なのでうなずくしかなかった。



「何かありましたか。大きな声が聞こえましたが。」




数人の男が洞窟の天井から上の方に通じる穴をはしごを伝って降りて来た。アダモ主任が着ていたのと同じような作業着を着ている。




「アダモ主任がミミックにやられた。」




ヤンの言葉に皆は一様に動揺した表情を浮かべた。




「危険な魔物がいるなら、もう事業を中断して帰りましょうよ。どうせうまくいかないんだし。」




気弱な発言をする男たちにヤンはクリストを指さして見せた。




「この人を見ろ。俺がいま再生したヒマリア軍の戦没兵士だぞ。」



男たちは地下2階まで下りてくると、松明の明かりの中でクリストをしげしげ眺めた。




「すごい、完全に復活しているじゃありませんか。ダンジョン最深部で作業したチームはほとんど失敗しているのに。」




「ヒーラーとしての能力の差だな。俺にやらせればうまくいくのに軍の正規魔導士を優先して仕事を振るからそうなったんだ。」




クリストは話を聞いて、気になったのでヤンに聞ねた。




「なあ、再生に失敗した場合はどうなるんだ。」




「失敗したら死体は灰になるんだ。灰からの再生は大司教様でも難しいぐらいだ。一応今回の作戦では失敗して灰になった場合は瓶に詰めて王都のイアトペスまで持ち帰っている。先に帰った本体は灰の入った瓶を運ぶ商人みたいな様子で帰っていったな。」



クリストは自分も瓶詰めの灰になっていたかもしれないと気が付いて冷汗が出始めた。ヒマリア軍でも長期間経過した死体から再生できる術者は少ない。



「さっきあんたに聞こうとしたのは、部隊が全滅した時に何名がここにいたかってことだ。」



「そうだな、俺はシフトを三交代制にしてこのフロアに詰めていた、六名が地下一階に食料を取りに行ったところだったからここにいたのは二十七名か二十八名と言ったところかな。」




ヤンの表情が曇った。



「あんたを再生する前に、アダモ主任と一緒にこのフロアを調べたのだが、見つかったのはあんたとそこにある二体だけだ。他の奴は何処にいたんだ。」




「いや、アンデッドコボルドが襲ってきたので全員で円陣を組んでいた。他のものも近くにいたはずだ。」




ヤンは首を振る。クリストは嫌な予感がした。




「ダンジョン最深部からの生還した者の話では、時空移動が出来る魔物がダンジョン内に出没していたらしい。死体がないということは魔物に食われたと考えるべきだろうな。」




クリストは愕然とした、他の兵士たちは再生魔法をかけようにも死体すらなく、不可能ということなのだ。




「みんな聞いてくれ。ここにある二体に再生魔法を施したら我々の仕事は終わりだ。後はアダモ主任の死体を回収して再生魔法をかけてから本国に帰ることにしよう。」



地上から降りてきた男達は歓声を上げかけたが、クリストの顔を見て慌てて口をつぐんだ。



「取りあえず、この人から再生魔法をかけてみよう。」



ヤンは袋に入った白い粉を使って死体の周りに魔法陣のような図形を描き始めた。クリストも近寄って作業するヤンの手元を覗き込んでみた。その死体の襟に付いた記章は見慣れたものだった。



「ベーオウルフ。」




「知り合いなのか。」



作業の手を止めて、ヤンが顔を上げた。



「南部戦役以来の俺の腹心の部下だ。」




ヤンはクリストの答えを聞いて、やりずらくなったなと思った。知人の目の前で再生をしくじると恨み言を言われることも少なくない。




しかし、ここまで来たらやりきるしかなかった。ヤンはクリストが見守る前で一心に再生の魔法を唱えた。そして気力を集中すると腐乱した死体に向けて放つ。



魔法陣の中心に位置する死体は青白い光に包まれた。次の瞬間、死体は姿を変えて白い灰の塊となっていた。



「あちゃー」、とヤンは心の中でつぶやいて頭を抱えた。よりによって腹心の部下を目の前で灰にしてしまったのだ。そしてクリストが怒っていないかと恐る恐る様子をうかがってみた。



しかし、クリストは無言で灰になったベーオウルフを眺めていた。彼と共に過ごした様々な場面が脳裏に浮かぶ。



「友よさらばだ。」




クリストは一言つぶやくと、目を閉じた。互いに傭兵に身を投じた時からいつかはこうなることもあると思っていた。ベーオウルフ自身も魔法で再生してもらえるなどと期待すらしていなかったはずだ。




「つ、次はこっちの子供の死体にとりかかろうか。」



作業員がベーオウルフの灰を瓶に詰め始めた横で、ヤンは最後に残った死体の再生魔法の準備を始めた。



「待てよ、あの時このフロアには一般人の子供などいなかったはずだ。その死体何者だ?。まさか、コボルドの死体ではないよな。」



「俺も調べてみたが、これは人間の死体だ。それにアンデッドなら骨しかないだろ。」



ヤンは手を止めずに準備を進めた。小さな死体に向かって再生の魔法を唱え、愛用の杖から気を込めた。



死体は青白い光に包まれ、次の瞬間には柔らかな皮膚に包まれた人間の子供の姿を取り戻していた。




「すごい。本当に再生した。」




クリストが感心してつぶやく。作業員たちが遠巻きにして眺めているのをしり目に、ヤンは再生した子供を調べている。




「女の子みたいだな。だれか地上から女性スタッフを呼んでくれ。体を洗うのを手伝ってもらおう。」



ヤンの声に反応するように女の子は目を開けた。ゆっくりと起き上がると周囲を見回している。



「お嬢ちゃん気が付いたようだね。名前はなんて言うんだい。おうちの場所とどうやってここに入ったか教えてもらおうか。」




ヤンがしゃがみ込んで子供の正体を明らかにしようと話しかけると、彼女は早口でヤンに向かって答えた。しかし、ヤンは彼女の話す言葉をひとかけらも理解できなかった。




「おいあんた、この子がなんて言ったのかわかったか。」




「いや、俺は南方の数カ国の言葉を知っているがそのどれとも違っている。」




女の子は、立ち上がるとさらにヤンに向かって何か問いかけている。ブロンドの長髪に整った顔立ち。年齢は十歳くらいだろうか。身に着けているのはぼろぼろになった戦士用の防具類で布地は朽ち果てているように見える。



そして、周囲にいる誰一人として彼女の話す言葉を理解できなかった。

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