第2話 ヤン君のお仕事

クリストは夢を見ているような意識のままに乳白色の霞の中を漂っていた。体を二つ折りにして漂うさまは、胎児のようにも見えるし、水死体のようでもある。



どれ位そうしていたか、わからなくなった頃に、クリストは誰かが自分を呼ぶのを感じた。




「おれはこのままこうしていたいんだ。邪魔をしないでくれ。」




クリストは穏やかにたゆとう乳白色の靄から離れたくなくて、呼び声に逆うが、何かにからめとられたように呼ぶものに引きつけられていく。



やがてクリストは自分の肉体の感覚を取り戻した。わき腹から体の奥深くに激痛が走る。それと共に記憶も戻ってきた。



クリストはゲルハルト王子の討伐軍の後衛としてダンジョンの地下2階にいるときに、アンデッドコボルドに奇襲されて倒れたのだ。




目を開けたクリストは、体を刺し貫かれた激痛が甦り絶叫をあげて身もだえした。




「気が付いたようだな。」




僧侶のローブをまとった若い男が自分を見下ろしていた。ヒマリア軍の軍属の記章を付けた男も見える。クリストは激痛に耐えながら地面に手をついて立ち上がろうとした。周囲には鼻を衝く異臭が漂っている。



「大丈夫だ。痛みはすぐに引く。向こうに軍の制服とお湯を準備させるから。腐った死体がまとっていた制服は脱いで、体を洗ってから着替えてくれ。」



クリストは異臭の源は自分が着ている服だと気が付いた。目の前の男が復活させてくれるまでは自分がその匂いを放つ死体になり果てていたのだ。



「何故、俺を再生してくれたんだ。」



クリストはゆっくりと立ち上がりながら二人に訊ねた。傭兵の百人隊長をわざわざ再生するなど酔狂としか思えない。



「ゲルハルト王子様がエレファントキング討伐戦で戦没した兵士を残らず再生するように命令されたのだ。こんな辺境まで来るだけでも大変だったからありがたく思ってくれよ。首尾よく再生できた奴からは10万クマいただこうか。」




軍属らしい男が言った。でっぷりと太った体格が辺境の地のダンジョンで場違いな雰囲気を醸し出している。どうやら彼はゲルハルト王子の依頼を受けて戦没兵の再生を手掛けている商社の一人のようだ。



「偉そうに言うなよ。あんた何もしないでうろうろしているだけだろ。ゲルハルト王子からたっぷり報酬を取っているくせに。再生した奴から金をとるなよ」




ヒーラーを務めているらしい若い男が文句を言うと、太った軍属の男はわめきたてた。



「何を言うんだ。私はダンジョン最深部の再生作業を終えて先に帰投した隊長に変わって残留部隊の指揮を任されたのだ。とんだ貧乏くじなのだからそれ位の余禄があってもいいだろう。」




チャリーン。金属音を立てて数枚の金貨がダンジョンの床に転がった。




クリストがガビガビにかちばった戦闘服のポケットから金貨を取り出して放り投げたのだ。




「それだけあれば10万クマくらいの価値はあるだろう。」




クリストは言い捨てると若い男が示した着替えとお湯があるというテントに向かった。服にまとわりつく腐臭が鼻に付く。死体となっていた自分がそこまで腐り果てていたとしたら。何事もなかったように再生してくれたヒーラーの若い男は相当な術者だ。



太った男は床に這いつくばると目の色を変えて金貨を調べていた。



「こ、これは滅亡した古代ヒマリア王国の金貨ではないか。ダンジョンの中で宝物が見つかったというのは本当だったのだな。」



「アダモ主任、もう少し体裁を考えてくれよ。」



ヒーラーの男は苦言を呈したが、アダモ主任と呼ばれた太った男は、気にする風もなく懐から小さな壺を取り出して、木のへらで金貨を拾って壺に入れ始めた。



やがて、着替えを終えて小ざっぱりとしたクリストが二人の元に戻って来た。



「俺の名前はヤンだ。このフロアの戦没者を再生していくから、全滅した時の兵員の配置を教えてくれ。」



ヒーラーのヤンという男がクリストに訊く。どうやら効率的に作業をするために指揮官の死体を真っ先に再生したらしい。手際のいいことだ。




「その前にお宝をどこで見つけたのか教えてもらおうか。」



アダモ主任が話に割り込んだ。ヤンが眉をひそめたが、クリストは気にする風もなくすたすたと歩いていくと床にあるでっぱりを押して見せた。



それはスイッチになっていた。床の石材が開くと中から大きな石の箱がせり出して来る。クリストは重い蓋を開けて見せた。



「ヒマリア軍の規則で作戦中に発見した財宝の類は発見者のものになる。それはご存じだな。」



クリストの言葉が聞こえた様子もなく、アダモは食い入るように石の箱の中を眺めている。ヤンも後から覗くと、石の箱の中程まで先ほどと同じ金貨が詰まっていた。




アダモ主任はフロアの奥の方に駆け出した。クリストが押したのと同じようなスイッチを見た覚えがあったのだ。



「おい、その辺の宝箱をむやみに開けると危険だぞ。」



クリストは制止したが、アダモ主任はすでにスイッチを押していた。床の石材が開いて石の箱がせり出してきたが、アダモ主任が手をかけるのよりも早く、蓋は勝手に開いた。




そして石の箱から何かが飛び出してアダモ主任を捕らえると、瞬時に石の箱に引きずり込んでいた。




「ミミックだ。」



クリストが一言で説明した。石の箱からはアダモ主任の両足の先がはみ出してジタバタと動いていた。

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