第2-4話:何か、良からぬことでも考えてるのでしょうか?
ハーマン・ヒューズにとって、カワアイ工業高校のオートアスリートチームは一年生の頃から嫉妬の対象であった。
彼が所属するオートアスリートのチームは、企業が運営するクラブチームだ。運営は3社の自動車メーカー。チームのマシーンである〔シュバルツ・レパード〕も運営会社が共同開発したものである。
それだけにクラブチームに掛けられる期待は大きく、結果はすぐに経営に結びつく。成果を出せなければ、運営会社の商品PRにならない。そして、他社との販売競争に負けてしまう。
オートアスリートを構成するすべてが、将来的に一般車両用にデチューンされて生産される。その安全性や性能の高さを披露できなければ、自社以外のメーカー発注も掛からない道理だ。
ゆえにハーマンたちクラブチームの面々も生半可な覚悟でレースに参加をしていないし、クラブチームの運営も手を抜いたりはしない。
メーカーにとって、オートアスリートレースは広大にして強力な広告なのだから。
「次の新人戦、負けは許されない」
ハーマンたち、クラブメンバーは監督からそう言い渡された。
彼らの拠点は星の南方、湿気の多い亜熱帯だ。カワアイ工業高校の地域からすれば、星の裏側に相当する地域で、その気候は春先だというのに暑苦しい空気が立ち込めている。
クラブチームの施設は立派なもので、都心部のオフィスビル一棟となっている。整備施設やテストコースは郊外にあり、ここではレースに参加するスタッフに加えて、広報や事務といった裏方スタッフも多く働いている。
そして、ハーマンたちチームメンバーがいるミーティングルームも清潔なもので、昼間の暑い日差しが差し込む中でも、涼しい冷房が室内を満たしてくれる。
ハーマンは眠気をこらえながら、監督の話に耳を傾ける。
「今回の結果いかんでは、撤退も検討している」
監督が悔しそうにいうが、誰も驚きも憤りも表さなかった。
そうなることは彼らがよくわかっている。
「若いチームの育成は失敗ということですか?」
ハーマンは握りこぶしを作って質問する。
「会社の人はそう思うだろうな。上のクラスも成果が芳しくないものあってな」
監督はここに集まる若いメンバーを見渡して、申し訳なさそうに答えた。
スポンサーであるメーカーも、ハーマンたちだけに投資をしているわけではない。オートアスリートのレースは多岐にわたり、ハーマンたちのようなハイスクール部門もあれば、敷居の高いグランプリ部門、それらの垣根のない有象無象のイベントレースがある。
野球で例えれば、甲子園とプロリーグ、それにアマチュアリーグといったところか。
どの部門にも一定の集客力があり、宣伝効果が見込まれる。ゆえに、複数のチームを経営することは珍しくない。それで得られる技術共有はスタッフの技能向上にも繋がる。
しかし、それらを活かす間も無く撤退するチームは多い。
「上を生かすために、か」
ハーマンは理解できても、納得できることではなかった。
ハイスクール部門のチーム経営は難しい。スタッフは技師の卵。本来なら長い時間をかけて、技術を身につけ、ようやくレースで動ける。
整備士の場合、レースで活躍が望めなくとも、その技術が将来的に会社の技術開発や整備部門で役立つ可能性が望める。
若者の技術提供の場だと思えば聞こえはいい。その実、そんな余裕が言えるのは上位クラスのチームが赫々たる戦績を収めているからこそ言える。
それができなければ、ハイスクール部門のチームなどはお荷物だ。
特にライダーを志しているものは逼迫した状況である。彼らは整備士の知識に加えて、運転技術を磨かなければならない。そして、素養も求められる。
ライダー志望者は数多い。有名無名問わず、どのチームにもライセンスを取った若葉マークの少年少女が集まる。そこから数少ないライダーの座をかけた生存競争が始まる。
ハーマンはそのライダーとしての座を勝ち取る生存競争に勝ってきた。
レコードタイムのコンマ数秒を争い、切磋琢磨してきた。そして、気付かされるのだ。各々の素養の差を。一人ひとりが違うように、その飲み込みの早さやセンスは違う。努力を積み重ねるほどに、才能という土台の違いがハッキリと見えてくる。
その意味では、ハーマンはチームで才覚のある少年である。
しかし、レースにはそれ以上の強さを持ったライダーはごまんといる。
「だが、常勝チームであったカワアイ工業高校も出場が怪しい。今のお前たちなら表彰台は確実だろう」
監督はそう言いながらも、厳しい口調で続ける。
「お前たちに求めるのはたった一つ。トップだ! そうすれば確実に道は開ける」
チームメンバーが力強く返答する。
負けられない。負けたくない。
「そうだ。絶対に勝つッ」
ハーマンも同じ思いである。
どんな手を使ってでもこのチームを守らなければならない。
「ようやく見えてきたんだ。プロになる道が」
彼らとて、オートアスリートのプロになることを悲願に集まった若者たちだ。
メーカー運営のチームならば、上のクラスチームに採用される可能性だってある。その希望を失うわけにはいかない。
結果だ。結果を残さなければならない。
その障害となるものを排除しなければ、道は瞬く間になくなってしまう。
「どんな手を使ってでも勝ってやる」
ハーマンの決意は揺るぎない。だから、どんなに蔑まれても構わないと思っている。
彼は激しい競争の中に身を置き、自分の実力を知り、相手の力量を測る力もついていた。ゆえに勝てない力の差に対して、絶望もするし、卑屈にもなる。
それを強く自覚させたのが、カワアイ工業高校。そのエースライダーであったリン・ブレックスだ。
彼女が事故で選手生命を絶たれたと知って、同情よりも安心が先立っていたのも事実。それで安心できないのは、一つの噂が彼らにも届いたからだ。
「ミーティングは以上だ。全員、今日のメニューをこなすように」
監督の号令がかかり、ハーマンたちは椅子から立ち上がる。
日々の鍛錬を怠らない。
ライダーは施設にあるトレーニングルームで体を鍛え、整えなければならない。
整備スタッフはマシーンを最高のコンディションに仕上げなければならない。彼らの扱う〔シュバルツ・レパード〕はす、次のレースに向けて最終調整をしている。
チームの命運をかけたマシーンはすでに開催地に輸送され、現地で整備とテスト走行をしている。そこはリンたちがいる地域の側である。
しかし、ハーマンは違った。
「ハーマン。今日も行くのか? 片道2時間かけてさ」
「ああ、そのつもりだ」
ミーティングルームを出てすぐ、ハーマンに一人の少年が話しかけてきた。
彼はチームのセカンドライダーであり、不安げな表情をしている。
星の裏側に行くことは技術的に容易になっていた。ワープゲートを使った鉄道機関の発達によって、人はおろかオートアスリートでさえ運搬は簡単になっていた。
彼らも電車で少し遠出する感覚で行き来しているのだ。
「オレ達は絶対に勝たなきゃならない。それにはアイツらは目障りだ」
「だが、それほど脅威なのか? たとえマシーンが直ったところで、まともに仕上がってるはずがない」
「マシーンは関係ない。問題なのは、ライダーの方だ」
セカンドライダーは不思議そうに首を傾げた。
「ライダーだって? ただの暴力女だろ?」
セカンドライダーはキョーコのことを言った。
ハーマンは首を振って否定する。
「違う。今年の一年だ」
それを聞いては、セカンドライダーも思わず吹き出してしまう。
「一年だと? 冗談だろ? お前だってよくわかってるじゃないか」
「ああ、一年で活躍できるようなヤツはそういない」
だろう、とセカンドライダーも同意する。
「それがなんで?」
「噂だよ。そいつ、元プロライダーの娘だそうだ」
ハーマンの発言にセカンドライダーは一瞬驚いたが、すぐに杞憂だと笑った。
「だからなんだよ。血筋云々で決まる話じゃないだろ?」
「そういう家に生まれたヤツが、ライダーになったんだ。なら、ライダーにとって優位な条件を揃えるのも楽なんじゃないか? まして、女なら」
セカンドライダーは少し考えた。
運転技術が血筋で才覚が決定されるはずもない。かといって、元プロの娘である以上、その技術を叩き込まれた可能性は否めない。
「運転を教わったにしたって、簡単じゃないだろ? オートアスリートの免許だって16歳からだ」
「だから––」
ハーマンは語気を強めた。
オートアスリートに触れる機会は多かった可能性はある。それでも、運転ができる環境を用意できる場所は限られてくる。
だが、もっとも効率的で即効性があることは一つしかない。
「そいつはレースに出るために、サイボーグになったかもしれないってことだ。それだけで、身体能力が強化されていれば無視できないだろ?」
セカンドライダーは口を閉じて、気難しい表情を浮かべる。
そんなものは想像だ、と否定したかった。だが、プロの間では、サイボーグ手術は手段だ。機械に頼らないライダーは多数いるが、一部分でも改造しているライダーはそれを上回っている。
「根拠は?」
「情報通な知り合いがいる。信頼できるヤツだ」
「そんなのいるのかよ、本当に? ただのホラ吹きじゃないのか?」
「こんな時代だから、情報を飯のネタにする連中は精査するんだよ。無責任なガセ情報なんてのは、ソイツの信頼を落とすことになるからな」
ハーマンはそういって、セカンドライダーの背中を叩いて急かした。
練習も怠れない。カワアイ工業高校が強敵であったとしても、相手はそれ以外にもいる。たとえ、ライディングテクニックが下だと判断しても、レース本番では何が起こるかわからない。
だからこそ、下準備に彼は余念がなかった。
* * *
レースまで残り1週間。
だというのに、平日の『ヤーヴェン整備工場』第3格納庫にカワアイ工業高校のチームで顔を出している人数は極端に少ない。
当然だ。彼女たちも学生が本分。無理に授業を抜け出して、単位を落としてしまってはそれこそ学校が黙ってはいないだろう。
「ちょっと、ソフィ! あなたも手伝ってください!」
そういうのは、ケイトレット・リーファンで格納庫にある小さな電算室から顔を出していた。
ソフィはケータイ電話の画面から目を離して、ケイトレットの不機嫌顔を見下ろす。
「ケイの仕事の邪魔はできないよ。わたし、これでも営業班だもの」
「嘘ばっかり……」
ケイトレットは口の中でつぶやいて、ソフィのすまし顔を睨んだ。彼女が営業以外にも、プログラミングなどの電子工学を学んでいることは、同じ授業を受けているのだからわかることだ。
「プログラミングの読み上げくらいはできますでしょう? そこから降りてください」
「そんなに怒ってると、また倒れちゃうわよ?」
ソフィはいたずらな笑みを浮かべて、すっと塀の上で寝転ぶ猫のように横になる。
彼女は駐機している〔スーパーエイト〕の背部ユニットの上にいる。制服のまま、冷たい未塗装のルーフで気だるげにケータイをいじり始める。
「あなたが手伝ってくれれば無理はしません。今日は先輩たち、遅いんですから」
「ミミリアも授業だしね。しっかりしなきゃだね、ケイ先輩」
「少しは働いてください! そういう態度がムカつきます」
「働いてるよ。ただ、今はそんな気分じゃないの。アイちゃん以外の一年生組ももうすぐ来るし、いいじゃない?」
馬耳東風とばかりにソフィはだらりと下げた足を左右に振ってみせる。
彼女の意味のない微笑みに、ケイトレットもますます眉間にしわを寄せる。
「チェシャ猫じゃないんですから。少しは先輩らしく振舞ったらどうですか?」
「ま、そう言わない。こっちはこっちで色々とあるの」
ソフィがケータイ電話の画面に一瞬目を見張ったが、すぐに口元にケータイの画面を当てて、綻んだ唇を隠した。
ケイトレットが次の文句を口にしようとしたところで、格納庫の出入り口から声が響いて来た。
「遅くなってすみません!」
「あれ、ソフィ先輩だけ?」
現れたのは、エリー・エリーナとハルル・モードだ。
ソフィは体を起こすと、腰をひねって彼女たちを見た。
「あら、マルーシャちゃんは一緒じゃないの?」
「実習で遅れるそうです。アイちゃん、来てますか?」
「来てるよ」とソフィは答えて、両の瞳をくるりと一周回して、顎の先にケータイを押し当てる。何事かを考えるときの彼女のくせだ。
「エリーちゃん、今日はよろしくお願いしますね」
そこに電算室から出てきたケイトレットがエリーたちと合流する。
「は、はい。よろしくお願いします」
「ケイトレット先輩。来てたんだー」
ハルルのニコニコ笑顔に、ケイトレットはボサボサの髪を掻きながらため息をつく。
「ハルルも準備をお願いしますね」
「はいはーい。りょーかいですよー」
そこで会話が途切れて、ケイトレットは何か言おうとするも口元がモゴモゴと動くばかりだった。気の利いたことを言おうと思っても、どうも思いつかない。
そんな彼女の反応に困惑するエリーとハルルは互いに顔を見合わせて、助けを求めるようにソフィに視線を向ける。
すると、ソフィはその視線に気づいて、顔を明後日の方向に向けながらいう。
「時間ないみたいだから、早めに準備よろしく」
それを聞いて、エリーとハルルは返答して動き出した。
「そういうことです」
ケイトレットもソフィの言葉に便乗して、気恥ずかしそうに髪を掻きながら電算室に戻って行く。
エリーたちは、そんなケイトレットの背中をチラチラ見ながら、格納庫の端っこにある綿があちこちから飛び出たソファーにスクールバックを置く。
「いい加減で、このソファーも片付けたいねー」
「でも、他は片付けちゃったし、荷物置きできそうなのこれくらいしか残ってないよ」
「むぅ。結局、ボクたちいいように使われてるだけじゃん。つまんないー」
「仕方ないよ。修理を手伝ってもらってるんだから」
エリーは苦笑しながら、一人腕組みをしてブツブツと文句をたれるハルルにいう。
『ヤーヴェン整備工場』に来て、彼女たち一年生はまず格納庫内の掃除をさせられた。不要になった事務所の備品を運び出したり、壊れたパーツの分解までやらされて、下っ端の下っ端がするような仕事をする羽目になった。
廃品回収の手間賃を浮かせたいんだ、と言うのがハルルの意見であったが、エリーは少し違うと思った。
「けどー」
「ライセンス取ったばかりのわたしたちに、いきなり〔スーパーエイト〕––だっけ? を任せるのはやっぱり不安だと思うよ。だから、壊してもいいからってパーツの分解からやってもらうようにしたんじゃないかな?」
なるほどねー、とハルルは少しぶっきらぼうに答えた。
そこにソフィの澄んだ声が飛んできた。
「あ、そうだ。エリーちゃん、この後着替えるでしょう?」
「はい。そうです」
エリーは未だ〔スーパーエイト〕の上にいるソフィを見上げて答える。
「そしたらさ、そこにキョーコのバックあるでしょう? その中の日傘を届けてくれる? 日差しも強いみたいだから、大変だと思うのよね。あ、ハルルちゃんはすぐにモトスパイクを連れてテストコースに出てね」
ソフィの指示にエリーもハルルも一つ返事で了解する。
そこにちょうど電算室からエリーに必要な装備を抱えたケイトレットが出て来て、ソフィの悪戯な笑みを見つける。
「何か、良からぬことでも考えてるのでしょうか?」
ケイトレットは髪の毛を掻きながら、装備をエリーの元に届ける。
「別に……。ちょっと、気になることがあるだけ」
ソフィはケイトレットの言葉に悪戯な笑みを返して答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます