第2話:セット!

第2-1話:どんな子たちなのかな……?

 オートアスリート車種の規定は特に設けられてはいない。部品規定も他のモータースポーツに比べて緩いだろう。


 厳守されるのは安全規定の装備、タイヤの大きさやエンジンと発電機の出力、そして車重くらいのものだ。


 事実、ハイスクールのクラブチームなどは下取りに出されたマシーンを買い取っているところが多い。スポーツモデルの一般車両から、クラシックモデル、実際にレースで使用されたものまで多岐にわたる。


 それら車体一式を揃えられる環境ができていても、整備から運用を可能とする技術と設備は別の話。


 そして、旧車ほどデメリットが発生しやすいことを誰もが知っている。


「だ、大丈夫かな? 〔スーパーエイト〕で、勝てる、かな?」

「そういう約束だもの。やってみるしかないよ」


 三年生のリンとチィは廊下で不安げに話していた。


 授業の合間の15分ほどの休憩時間。生徒たちはこの時間に個人ロッカーから荷物をまとめて教室に向かい、各々の授業の準備をする。


 目的の教室に向かう生徒もいれば、授業を入れてない生徒は早めのお昼に向かっている。


「けど、メーカーの純正部品、あんまり出回ってないって」

「先生がそう言ってたの?」

「うん。それと、整備工場の方からもメールで代替え品になりそうなの、ピックアップしてもらったんだけど……」


 チィは抱えていた教科書の束からクリアファイルを抜いて、リンに手渡す。


 リンは窓際に教材を置いて、クリアファイルに収まっている資料に目を通す。


 羅列されている部品はパッと見ても〔スーパーエイト〕と齟齬が起きそうなメーカー品もあった。


「うまく収まっても、正常に動く保証はないって感じね」

「う、うん……」


 チィが肩を落として頷く。


〔スーパーエイト〕も旧車の部類だ。製造は30年も前のもので、部品を製造していたメーカーも徐々にその生産量を減らしている。


「公道で走るパーツはよくあるのに……」

「オートアスリートのレースは最新、最先端がモットーだもの。それに、シャシーに無理させたくないのは、オーナーとして当然だと思うよ」


 リンも不安があったが、諦めるにはまだ早い。


「けど、エイトは兄弟車両のものを使えば、相性はいいはずだよ」


 教師陣は決して不可能を押し付けた訳ではないのだ。


〔スーパーエイト〕のポテンシャルを知っているからこそ、提示した条件であり、教材として選んでいる。


〔スーパーエイト〕には同じ時期、あるいは同じメーカー、または同じコンセプトで作られたであろう車両がいくつか存在する。これらはメーカーが一から作り上げたものではなく、インターネットからサルベージされた設計思想を基に作られた。


 それら車両の名前には数字が入っており、それぞれのマシーンはフレームこそ違えどエンジンや発動機、サスペンションなど高い互換性を有していた。


 オートアスリート専用のマシーンをメーカーが製造し出せば、そのような互換性など大したアドバンテージにはならない。


 しかし、これまで〔スーパーエイト〕がそれら専用マシーンと戦ってこれたのは、その高い技術力もあってこそだ。


 過去の技術が決して、今の時代に劣っていない明確な証拠である。


「それに新しいパーツが使えないって決まったわけじゃないわ。あとは、わたしたちの知恵の使いどころでしょう?」

「う、うん。そうだね。頑張ろうっ」


 チィは安堵したように答えた。


 リンも安心して、資料と一緒に教材を抱える。


「この資料、少し借りるね。次授業ないから、調べてみる」

「い、いいよ。それじゃ、わたしは授業あるから」


 リンはチィと別れて、図書室へと向かう。


「少しは役に立たないと……」


 ライダーとして動けない上に、レース当日では整備の手伝いすらまともにできない。


 今のリンでは、レース前の準備くらいしか役に立てそうにない。そして、最上級生として、後輩たちを引っ張らなければという責任もあった。


 が、その後輩たちに少しばかり不安を覚えていた。


「新しく入って来た一年生たちのこともあるし、頑張らないと」


 アイの他にもありがたいことにオートアスリートの授業に参加し、レースにも意欲的な子たちが来てくれた。


 しかし、まだ会ったことはない。


「早い時期に来てくれたのは嬉しいけど、どんな子たちなのかな……?」


 ちょうど、次の時間はオートアスリートの一年生向けの授業が開かれる。


 少し顔を出すべきかとも思ったが、今は資料の整理を優先すべきだと首を横に振った。


            *      *      *


 オートアスリートの授業を選んだ一年生が真っ先に取り掛からなければならないのは、ライセンスの取得である。


 教室のガレージに集まったアイたち一年生は、ホワイトボードの前で説明するバルザックに注目する。


「さて、一年生諸君。少し前倒しになるが、三日後のピットクルーライセンス講習に出てもらう。今日はその申し込みと、書類の確認だな」

「はい、先生!」


 アイがいの一番に手をあげる。


「どうぞ、シマカワくん」

「あたしはどうしたらいいですか? ライセンスあります!」

「少し、落ち着こうか」


 バルザックは落ち着きのないアイを諭しながら、他のメンバーをみる。


「他に質問は?」

「あの、いいですか?」


 どうぞ、とバルザックはマジックペンの先をおずおずと挙手する少女に向ける。


 髪をサイドテールにまとめ、少し眠たげなたれ目は不安そうに手元の申込書に視線を落としている。


「これって筆記試験とかあったり、しますか?」

「いいや。講義と簡単な実習だけだね。だが、メカニックとしての知識はちゃんと学んでくるように」


 バルザックの答えに、彼女はほっと胸を撫で下ろす。


「試験苦手なの、エリー?」


 隣に座るアイがサイドテールの少女、エリー・エリーナに問いかける。


「うん。勉強苦手だから、助かったよ」

「そんなの肩肘張っててもしょーがないよ。気楽にやろー」


 そう言うのはアイたちの後ろの座席に座る高身長の人物。


 一見すれば華奢な美少年。短い髪や整った顔立ち、チラリと白い歯を覗かせる笑顔は爽やか。制服をラフに着こなし、学校指定のネクタイもちょうちょ結びにしている。


「ハルの言う通りだよ。ライセンス講習会は楽しいよ」


 アイが賛同すると、背の高い人物は斜めに座り直すと長い足をあげる。履いている真新しいスニーカを指差しては自慢げに言う。


「ま、ボクとしてはココの参考になればいいかなーってカンジ。余裕だって」

「ハルル・モードくん、そこまで単純ではないよ。あと、女の子が人前で足を上げない」


 バルザックは注意しながら、思わず眉間に拳を当てる。


 ハルことハルル・モードは女子である。170センチとモデル顔負けの身長と少年のような爽やかな顔立ちが先立って、スカートなどには誰も目もくれない。


 ハルルはするりと下がるスカートを押さえて、愛想笑いを浮かべる。


「いやぁん。えっち」


 その隣では、髪をお団子にまとめた少女が横目でそれを見て首を横に振った。髪と同じ艶やかな黒い瞳や長い睫毛は上品な趣がある。


 さらに袖口を空いている手で押さえて挙手する仕草は、育ちの良さをのぞかせた。


「先生。それよりも、〔スーパーエイト〕は何処に?」


 やんわりとした口調で質問する彼女は、バルザックに後ろの方を視線で示した。


「マルーシャ・ベルックくん。昨日も同じ質問をしにきましたよね?」

「はて? そうでしたか? 昨日はしてないと思いますが?」

「一昨日もしているがね」


 黒髪の少女、マルーシャ・ベルックは手を下ろして小首を傾げる。


 バルザックははっきりと覚えているのだが、彼女はどうも忘れているようでじっと見つめてくるばかりだ。


「そーいや、事故って整備工場なんじゃないの?」


 ハルルは足を下ろして、体ごと後ろのガレージの方に向ける。


 その先には空っぽのガレージがある。本来あるはずのマシーンもなく、天窓から入る日差しが眩しく床を照りつけている。


「事故じゃないもん。故障だもん!」


 アイが振り向いて、ハルルに怒鳴った。


「故障でもさ、こうなっちゃったら、ダメじゃん」

「そうですね。わたくしたちより、マシーンの方がレースに間に合うのか不安です」

「けど、間に合うんですよね?」


 事情を知らない三人はバルザックの返答を待った。


 バルザックも苦虫を噛み潰したような顔で、首筋に手を当てる。


「一応は僕のツテで見てもらってるが、正直ギリギリだよ」

「え? そんなの聞いてない!」


 これにはアイが慌てて席から立ち上がって、バルザックに詰め寄る。


「レースは5月10日にあるんですよ? あと……、えっと……」


 アイが指折り日にちを数えていると、マルーシャとハルルが口を揃えて言う。


「14日」


 アイは二人をピースサインで指差して、強く頷いた。


「そう! それしかないのに!」

「そんなに、時間が必要何ですか?」


 エリーが質問する。


 そうだな、とバルザックが唸るように言う。


「パーツの選定から、だからな。組み上げに時間はかからなくとも、そこから整合性を合わせるのに、どれだけかかることか------」

「事情は概ね、それくらいでよろしいかと」


 マルーシャはバルザックの言葉を遮って、みんなの注目を集めた。


 それには彼女も不躾だった、と口元に手を添える。


「失礼しました。しかし、わたくし、ここでマシーンデザイナーがやれると伺ったものですから」

「ボクもモトスパイクが扱えるからって聞いたんだけど?」


 二人はそういって、少しがっかりした様子だった。


「誰から聞きました?」


 バルザックが質問する。


「金髪の先輩」

「人手不足ですからすぐにでも、と」


 その回答にバルザックも頭を悩ませる。


 実際、人手不足であり、マシーンのカウルも改めて作る方針だ。カウルはオートアスリートにとって、いわばユニフォームのようなものだ。


〔スーパーエイト〕の修理に合わせてデザインも古いものより、最新の空力に基づいた設計をするべきか、と考えあぐねいていた。


 そして、マシーンの靴でもあるモトスパイクもデザインを含めてレースに向けての仕上げをしなければならない。


 マルーシャとハルルはその状況を聞きて俄然やる気を見せているほどだ。頼もしい限りではあるが、その熱意ゆえに『お手伝い』程度で満足してくれるかは、バルザックには疑問である。


「言っておくが、全部は任せられないぞ?」

「承知しております。ですが、この好機を逃すことはしたくありません」

「右に同じでー」


 マルーシャの態度からもわかる切実さと言葉は雑でも目の色を変えるハルルの真剣さ。


 バルザックが指導者として悩んでいると、アイは瞳を輝かせて言う。


「すごいよ、二人とも! だったら、ササーッとライセンス取って一緒に頑張ろうよ! マルちゃんはデザインの案とかある? ハルもモトスパイクのコンセプトとか考えてる?」


 オートアスリートの話ができて感無量、といった様子で自分の席に駆け戻る。


「もちろん。いくらかの案は図面におこしてみました」

「スゲーッ! やるじゃん。見せてよ」


 アイの発言を皮切りに、マルーシャもハルルも楽しそうに話し出す。


 しかし、エリーだけは浮かない顔でその輪の中に入れずにいる。


「すごいな、三人とも。それに比べて、やっぱりあたし……」

「どうしたの、エリー?」


 いち早く気づいたのは、以外にもアイだった。

 

 オートアスリートに人並み以上の関心を持つ彼女だが、熱はあっても人に気を回せる理性があるようだ。


 アイたちの情熱を目の当たりにして、エリーはますます自信なさそうに肩を落とした。


「ううん。なんでもないよ。みんな、難しいこと知ってるんだろうから、すごく頼りになるなって」

「エリーはそういうんじゃないの? ほら、何が好きとか?」


 ハルルは机で頬杖をついて、上目使いにエリーに質問する。


「え? あたし、実のところ、あんまりオートアスリートのこと知らなくて。ただ––」


 エリーは一度区切って、深呼吸する。


 一人だけ素人で、なんの役にも立たなそうという劣等感があった。それでも、オートアスリートに惹かれた理由ははっきりとしている。


「テレビで見たときに、ね。すごく綺麗に走るなって。足運びとか、体の動かし方とか……。やっぱり、変な感想かな?」


 エリーが俯き加減にいう。


「ほう……」


 これには、バルザックが感嘆の声を漏らす。


 オートアスリートを学ぶものは機械工学に基づいた感覚が抜け切れない者が多い。パーツやプログラム、数字化された耐久力や出力に目が行きがちだ。


 しかし、オートアスリートという名称が示すように、アスリートとしての運動能力は機械だけでは推し量れない部分もある。


 エリーが言ったような走行フォームは重要な課題である。


「ううん。むしろ、いい」


 アイが親指を立てて肯定する。


 エリーは共感してもらえたことが嬉しくて、顔が急に熱くなる。


「所作を美しいと感じる心は、とても重要なことです」

「そーだぞ。つか、よくマシーンの動きに目がいくな。大概、レース展開が気になってそういうの見落としそうなもんだけどなー」

「あ、あたし、高校入るまではバレエとかやってて」


 エリーが気恥ずかしそうに答えると、アイとマルーシャとハルルは目配せする。


「レシーブ?」

「トス?」

「スパイク?」


 三人がリズミカルに、それぞれが手先でバレーボールの動きをしながら言う。


「そっちじゃなくて、踊る方のバレエなんだけど……」

「あ、なるほど」


 アイは手を叩いて納得する。


 賑やかに話す生徒たちをみて、バルザックは咳払いをして授業に意識を戻す。


「お互い趣味、特技を知ることはいいことだが、まずはその申込書を書いてくれ」


 バルザックが言うと、四人の生徒は姿勢を直して返事をする。


 アイたちのやる気や互いの距離感が埋まるのに、それほど時間はかからないだろう。


 ただ、バルザックとしては一人複雑な思いを抱いていた。


「しかし、男が一人も来ないとはな……」


 女子生徒だけで授業をする分には問題は少ない。


 しかし、女所帯でチームを作るのは、バルザックも経験したことのないことだ。


 それでも、このチームは着々と進み出していく。


 自分たちの好きなものを守るために、あるいは、自分の能力を伸ばすために。

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