第1-3話:誘拐されちゃった!?
リンは廊下の窓の向こうから、何か聞こえた気がした。思わず足を止めて、音の方に顔を向ける。
「どうしました?」
妙齢の女性教師が立ち止まって、リンに尋ねた。彼女は一年生の頃から学年主任をしている先生で、リン・ブレックスのことは良くも悪くも知る人物だ。
「あ、いえ。なんでもありません」
「……そうですか」
女性教師は一度窓の外を見ていぶかしみながら、歩き出した。
リンはその背中を追って、必死に前に進む。少し前までは苦でもなかった歩み。それでも、いうことを聞かない足では前をゆく教師との距離を徐々に広めていた。
「復学の手続きは先ほどで以上です。あなたは三年生として、本校で履修できます」
「はい。わかっています」
「くれぐれも選択授業は慎重に」
「わかってます」とリンは答えた。
「その理由は?」
女性教師から即座に切り返しの質問が飛んできた。
「学校の信用に関わるからです」
「よろしい。3年生はこれからの進路もあるのです。オートアスリートのような危険なことはやめなさい」
口酸っぱくいう女性教師の言葉に、リンは静かに返答する。
あまりオートアスリートのことは考えたくなかった。それでも、足元を見れば棒切れのようにいうことを聞かない足がある。
この足でいる限り、忘れることなどできない。
「足も、リハビリを続ければ治るのでしょう?」
「お医者さんはそう言ってました。だから、治るように努力します」
「そうですか」
女性教師は肩越しに視線をくれたが、リンは目を背けた。
リハビリをやめるつもりはない。杖と補助機を使って、少しでも感覚が戻るようにしている。それでも、完治した時を想像できなかった。
治ったらどうするのか。
その先のことまで考えてしまって、何もないことに虚しさを覚える。
「焦る必要はありません。私たちや生徒の皆さんがあなたを手助けします。無理はなさらないで」
「ありがとうございます」
「それに本校のオートアスリートも……」
女性教師がボソッと呟いたが、すぐに咳払いをして誤魔化す。
リンはその言葉に煮え切らない思いがこみ上げてくる。その先の言葉を想像してしまって胸が苦しくなる。
もう関わらないと決めているはずなのに。
「そうですか……」
リンは興味がないように答えた。
彼女の心は揺れ動く。バスで出会ったアイとのやりとりを思い出して、余計に自分の覚悟の無さを痛感させられる。
しかし、その覚悟はなんなのかもわからなくなってきていた。
過去のことすべてを捨てる覚悟なのか、それとも……。
そんな中に、再び窓の向こうからくぐもった音が聞こえた。
「うるさいですね。早朝だというのに」
女性教師が眉根を寄せながらいう。
リンはそういう彼女の冷たい言葉に不快感を覚えた。逆に音は胸を燻らせる。
窓の向こうから聞こえてくる音。その音が自分を呼んでいる気がした。忘れたくても忘れられない、力強い鋼の呼び声が心臓を熱くさせる。
* * *
「もう、蒸し暑い……」
ケイトレットは髪を掻き毟りながら、パソコンのモニタに流れる情報を目で追った。表示されるのは、先ほどまでエンジンに火が入っていた〔スーパーエイト〕の情報だ。
エンジンの燃焼率や回転数、燃焼室の温度など久々に見るデータである。
「エンジンの調子、よかったですよね?」
と、マシーンガレージの二階からアイの興奮した声が落ちてきた。
二階といっても、トタン張りの壁に張り付いたキャットウォークという吹き抜けの空間だ。さらに天井のクレーンから垂れたワイヤーが数本、寂しげに吊るされている。
ケイトレットが背もたれに体重を預けながら、窓を開ける一年生を見上げた。
「エンジンだけです。動くかどうかは別物だって、あなたもわかってるでしょう?」
「だったら、今からでも起動しましょうか?」
アイは目を輝かせて、鉄パイプの手すりに寄りかかってケイトレットを見下ろした。
「よしてください。先生もいないのに、そこまでできません」
「えぇ。チィ先輩はどうですか?」
アイは視線を変えて、〔スーパーエイト〕の膝に乗って胸部のエンジンルームを覗いているチィに訪ねた。
チィは制服のブレザーを車体の肩部にかけて、長袖のワイシャツを捲り、工具片手にエンジンルームのチェックに集中しているようだった。
「チィ先輩ってば!」
「え? あ、ごめんね! わたしに何か用?」
アイの大声に、チィはびっくりして肩を震わせる。そして、慌てて二階にいるアイをふり仰ぐ。
この反応に、アイはふくれっ面を見せた。
「エンジンは大丈夫なんですから、動かしても問題ないですよね?」
「それはちょっとできない、かな。まだギアとか発電機とかも、確認したいし」
「むぅ、残念。先生っていつ来るんですか?」
「今日は授業がないから、どうかな……。けど、職員室に行けば午後とかにはいるかも」
チィの言葉を聞いたアイはそれでひとまず不貞腐れた顔をやめて、さっさと奥の梯子まで戻っていく。
開け放った窓、さらには前回の正面シャッターから冷たい空気が流れ込んでくる。それでもこもった熱気は簡単には出て行かない。
アイが一階につながる梯子に足をかけたところで、ケイトレットが言う。
「それよりも、もう8時です。片付け、間に合いますか?」
「あ、うん。わたし、今日は2限からだから大丈夫だよ」
「と言うか、一年生は午前は必修でしょう?」
「わかってますっ」
アイは梯子の両端を掴んで、レスキュー隊のようにスルスルと一気に一階へと降りて来た。
「だから、余裕を持って来たんです」
えっへんと胸をそらしてみせる。
その様子をチィは微笑みながら額の汗を拭う。
「元気なアイちゃんが来てくれて、本当によかった。ライセンスもちゃんと持ってるし」
「当然です。プロ志望ですもん」
「まあ、リン先輩に比べるとちょっと落ち着きないですけど」
ケイトレットが嫌味ったらしく言うが、アイはきょとんとして彼女を見た。
「リン先輩?」
「聞いたことない?」
ケイトレットが答えるよりも先に、チィが言った。
彼女は少し嬉しそうに〔スーパーエイト〕から離れて、居住スペースの方へ移動する。
アイもそれにつられて、足早に動いた。
「今朝のバスで、三年生のリン・ブレックスって人と会ったんです」
「そう。そうなんだっ! ケイちゃん聞いた?」
すると、テーブルの前に来たチィが勢いよく振り返ってその場で小さく跳ねた。
対して、ケイトレットは口元を歪めて、気難しい表情を浮かべる。
「戻ってくる保証はないですよ。噂だと下半身不随って話じゃないですか? もしそうだったら……。あたしだったら復帰したいとは思いませんよ」
「そ、そうだよね……」
「けど、あの人ならって思いたくなるのはわかります」
ケイトレットは歯切れの悪い口調でいい、作業に戻ってしまった。
アイはバスであったリンのことを思い浮かべて、怒った顔が真っ先に浮かんだ。
「リン先輩ってすごい人、だったんですか?」
「え、うん。これを見て」
チィはテーブルに置いてある雑誌の山から、一冊抜き取って付箋が貼られたページを開いた。
アイはチィに寄り添って、そのページを覗き込む。
一年前の記事だ。プロ・アマが入り混じった大きなクラブレース。会場の様子やコーナーから飛び出してくるオートアスリート、それを操るアスリートの写真が詰まっている。
「これ、地球の旧サルト・サーキットのファンクラブレース! わぁ、これってこれって、確か宇宙自動車連盟に招待されないと出れない、ですよね?」
「ええ。と言っても、チームそのものと言うよりは、ほら、リンが呼ばれたって感じなの」
チィはページの端っこにある切り抜き写真を指差した。
そこにはドライバースーツに身を包んだリンの凛々しい表情が写っている。すぐ横の記事に目を向ければ、アイも胸がドキドキした。
「1年生でハーフシーズン、ハイスクール部門MVP受賞。ファンクラブレースには、クラシックな〔スーパーエイト〕で挑み、数多くのライバルと走る。残念ならが、結果は32位と成績は振るわなかったが、プロチームを相手に見事完走を果たす。今後の活躍に期待……」
すごい、とアイは声にならない感嘆を漏らした。
「1年生の時は先輩の手前なかなか乗せてもらえなかったから、インターハイを逃しちゃったけど、やっぱりリンが乗ってる時の〔スーパーエイト〕はほとんど敵なし。常に表彰台に登ってた」
「招待してくれた連盟の人、よく見逃さなかったですよね?」
アイが素朴な疑問を口にすると、耳ざといケイトレットは言う。
「見た目も綺麗だから写真映えすると思ったんですよ、きっと。レースにもアイドルをってことなのかもしれません。そう言うのはレースクイーンで十分です」
「ケイちゃん、そう言う偏った見方はダメだよ。リンの実力はあなたもよく知ってるでしょ?」
チィの少し怒った声に、ケイトレットは嫌な顔を浮かべる。
「知ってますよ。だから、みんな期待しすぎちゃったんです……」
ケイトレットが尻すぼみになる。
アイはケイトレットとチィの表情が曇っていくのがわかった。彼女たちも負い目を感じているのだろうか。
あと少しで大きな夢をつかめるところで、崩れてしまったことを悔やんでいるのだろうか。
そうだとしたら、とアイは明るい表情を作った。
「だったら、早くレースに出て、みんな頑張ってるぞーってリン先輩に教えてあげなきゃですよ」
「呑気な子よ、あなたは––––」
ケイトレットがため息をついて、アイから視線を外した。すっと外に向いた瞳が向かってくる人影を捉えて、思わず二度見する。
「––––、リン先輩?」
ケイトレットの疑問の声に、チィが慌てて外へと顔を向ける。
「リン先輩……」
チィの震えた声。
アイは彼女たちのこれまでを想像しながら、ガレージに近づいてくる人物に目を向ける。
見えたのは、確かにリン・ブレックスその人である。杖をついて、辿々しい足取りで近づいてくる。
「……っ」
彼女もアイたちの視線に気づいたらしく、ガレージの手前で立ち止まってしまった。澄んだ青空の下、甘栗色の髪が寂しげに揺れる。
「あの人、何をいまさら……、あんな状態で来たって」
ケイトレットは怒りを堪えるように呟き、椅子から立ち上がる。その足先が迷わず、リンの方へ足早に進んでいく。
しかし、彼女の歩み寄りも早く、チィが駆け出していち早くリンの元へ向かっていた。
「リン。あぁ、よかった」
「チィ––っ! その、元気だった?」
リンは勢いよく飛び込んでくるチィを抱きとめて、その背中を優しくさすった。
「ずっと、心配してたんだよ? 連絡なくて、先生も何も教えてくれないし」
そういうチィの声は嗚咽まじりだった。
その声がリンの胸に重く突き刺さり、チィの今にも破裂してしまいそうな鼓動が伝わるたびにリンの心臓が潰されてしまいそうだった。
だから、ゆっくりと彼女の体を引き離して、視線をそむけた。
「心配かけて、ごめんなさい。この通り、なんとか生きてるよ」
「本当に心配ばかりかけさせますね、リン先輩」
そこへ不機嫌顔のケイトレットが合流し、彼女を宥めるアイがバツが悪そうに笑っていた。
リンは一度顔を上げて、ケイトレットとアイを認めて再び目を伏せてしまう。
「ま、まぁ、あの、ケイ先輩。落ち着いてください」
「あたしは冷静よ。ただ、この半年に起きたことはしっかりと報告しておきたいだけ」
「半年––––、そうね。もうそれくらい経つのね」
リンは申し訳なさそうに言った。
それに対して、チィは目元をぬぐいながら彼女の暗い顔を見る。
「リンも大変だったでしょ? だから––」
「戻って来てくれると、あたしも助かります」
ケイトレットが冷徹に言い放ち、リンは少し戸惑った。期待されている、と思うと半年前の事故が脳裏をよぎって、息が苦しくなる。
「今は一人でも多く、人を集めたいんです。先輩にその気があるのなら、ありがたいです」
「一人でも多くって……。他のみんなは?」
リンはケイトレットの鋭い視線をみて、嫌な直感が働いた。
彼女たちがレースに出るのも、言ってしまえば授業の延長にある。参加は強制ではない。それに、履修も三年間継続で受けるものでもない。一年を通して履修しなくても、前後期の過程どちらかだけでも単位はもらえる。
本来、途中で降りるような授業でもない。しかし、強制もしていない。
オートアスリートに直に触れられる機会など滅多にないために、履修者の希望が多くなることはあっても、脱落するようなことはリンが経験した1年半ではなかった。
そう信じたかった。
だが、ケイトレットの厳格な声が現実を突きつける。
「残ったのは、あたしとチィ先輩、それとリン先輩も知ってるあの三人組だけ」
リンは頭を殴られたような痛みを覚えて、片手で顔を覆った。ズキズキと頭痛がする。
「あの三人組は……?」
リンの呂律はうまく回ら買った。
その様子にチィは不安になる。沈鬱な表情で、必死に言葉を絞り出す。
「キョーコちゃんとミミリアちゃん––」
「それとソフィですよ」
ケイトレットもチィと同様に不安を覚えていた。チィのように表情にでなくとも、リンが身体よりも、精神的に参っていることに落胆する。
「今年の一年生がどれだけくるか、わかりません」
「あたし、参加しますよ!」
「わかってるから、黙ってなさい」
アイの主張をぴしゃりとケイトレットは注意する。
しゅんと肩を落とすアイであったが、リンの青ざめた顔が目に入って来ては落ち込んではいられなかった。
「リン先輩。だから、力を貸してください。お願いしますです」
「それは、その……。けど、なんで他のみんなは––、いや、プライベートなことよね。それにわたしのせい、なんでしょう?」
「そんなことないよ。リンのせいだなんて」
チィが力強く否定する。
しかし、リンは自己嫌悪に苛まれ、冷静さを失っていた。きっと事故を起こしたせいで、履修していたみんなに迷惑をかけたのだ。どれほどの努力を積み重ね、どれほどの時間を費やして、レースに挑んで来たか。
全てはインターハイに出場するため。そこにあと一歩で届くというときに、リンが起こした事故で崩れ去った。
恨まれても仕方ない。後ろ指を指されても仕方ない。
リンはこの場から逃げたい衝動にかられていた。
何よりもガレージに座っている〔スーパーエイト〕の無残な姿に胸が苦しくなる。チームと一緒に鍛えてきたたった一台のオートアスリートだ。ライダーを務めてきたリンには、〔スーパーエイト〕が限界を超えているとすぐにわかった。
あんな状態で走れるわけがない。だが、走れなくしたのは自分だ。
「いい加減にしてください。あなた一人のせいにして、何か変わるわけでもないんですよ。あたしが聞きたいのは––––」
「ごめんなさい。もう関わらないから。関係ないから」
リンはケイトレットの言葉を無視して、三人に背中を向ける。
ケイトレットはその背中に舌打ちして、同じく背を向けた。
「そうですか。そういって、他の人も辞めていきましたよ」
「ケイちゃん、リンの気持ちも考えてあげて。幾ら何でも今の言葉は酷いと思うよ」
チィがケイトレットを注意している合間にも、リンはたどたどしく歩き出す。
その肩を慌ててアイが掴んだ。
「待ってください! ちゃんと話しましょう。ケンカしたままなのはよくないです」
「はなして! みんなに迷惑かけて、今更じゃない」
「そんなことないです。先輩が勝手に逃げてるだけじゃないですか?」
アイの声にリンは胸が痛んだ。
そして、彼女の手をふりほどいて、力の限り足を動かそうとする。しかし、一向に歩く速度は上がらない。
すぐにまたアイの手が肩を強く掴んだ。
「一回失敗したくらいで、みんなに顔を合わせられないだなんて、ズルイです」
「あなたに、わたしの何がわかるの? 取り返しのつかない失敗だってあるのよ」
「だったら、取り戻そうとしたんですか? 言葉でも、行動でも、なんでも!」
そこまで言われて、リンは返す言葉が見つからず、下を向いてしまう。
もうこの場から逃げ出したかった。
彼女の視線の先にちらりと腰にあるリモコンが見える。これの出力を変えてば、足に電流を流して走ることもできる。
しかし、それは何かに頼らなければもう歩けないことを認めるも同じだと彼女は思っていた。
しかし、のしかかる自責の念に、彼女の心が耐えられなかった。手を伸ばして、ダイヤルを操作する。
その瞬間、彼女の足はひとりでに駆け出した。
「うわっ」とリンも思わず短い悲鳴を上げてしまう。杖が手からこぼれ落ちる。
リンは勝手に走る足に戸惑い、上半身が引っ張られるように仰け反っていた。だが、すぐに態勢を立て直し、駿馬のように素早くその場から離れていく。
「走れるんじゃないですか」
ケイトレットは肩越しに離れていくリンを見て、寂しげにつぶやく。
「そういうんじゃないよ。補助機が勝手に動かしてるだけだよ」
チィはリンが履いているハイソックスが補助機械の一種であることをわかっていた。
それだけに、機械によって陸上選手のような速さを実現させた今のリンに追いつけるものではないとすぐにわかった。
しかし、アイだけは怒り肩になってその背中を追いかける。
「待ってください! 話は終わってないですよー!」
リンはその声を聞きながらも、この足を止める気は無かった。
アイの言ったことは図星だ。失敗を理由に、この足を理由に逃げているだけだ。怪我していることを周りが知れば、叱責はなくなると思った。
これまで努力したことを否定されたくない。結果が伴わなかったとしても、リン・ブレックスがどんな想いをしていたのか、周りのみんなが理解してくれていると信じたかった。
リンは自分の意思とは違う運動量に急激に息が苦しくなり、足が全体が痺れてくるのがわかった。
滝のように流れる汗を拭って、彼女は校舎の合間を抜けて正門へと向かう。上半身を曲がりたい方向に傾ければ、足もそれに伴って方向転換。
正門は登校する生徒たちがまばらに歩いてくる。バス停から歩いてくるものもいれば、バイクや自動車で登校してくる生徒もいる。
自家用車は校内の端に駐車場があるため、正門前に留まっているのは友達を降ろす人ばかりだ。
「あれ、あの人……」
リンはすれ違った二人の女子生徒の視線に気づいたが、止まって確認することはできなかった。
それどころか、息苦しさで視界がぼやけてきた。
それでも足は動いていた。補助機械はスイッチ一つで、動かない足を人形のように操ってしまう。反面、スイッチを切れなければ命令は途切れない。その足が負荷に耐え切れず、千切れるまで補助機械は走れと命じるだろう。
「早く止め––」
リンは転ぶのを覚悟して、スイッチに手を伸ばす。わずかに視線を下に向けた途端、クラクションが前から聞こえてきた。
顔を上げると、正門前で発車しようとするサイドカーにリンの体が迫っていた。
フルフェイスのヘルメットをしたライダーがリンを見た。
「ごめんなさいっ」
リンはサイドカーに飛び込む形で転がり込んでしまった。お腹をヘリに打ち付けて、スイッチにかけていた手がその拍子に電源を切った。
リンの体は一気に脱力して、肩で息をしながらサイドカーにもたれた。
「おい、何して––」
と、バイクにまたがるライダーが不満の声を上げるが、リンから一度視線を外す。
その先には校舎の方でキョロキョロと辺りを見回す小さな女子生徒の姿があった。互いの視線が交わる。
その瞬間、ライダーは疲弊しているリンの制服を掴み、サイドカーに引き込む。
「な、何?」
リンはサイドカーの中でのたうって、頭をあげると上からヘルメットを被された。
「いいから! ちゃんと席につけ!」
ライダーの乱暴な言葉遣い。
リンは乾いた喉で反論しようとしたが、サイドカーは急発進した。
遅れて、正門を飛び出したアイは遠ざかってくサイドカーを睨みつける。急に走ったせいで痛む脇腹を抑えながら、息を整える。
「そんな––ッ! リン先輩が誘拐されちゃった!」
アイは一瞬パニックになったが、すぐに別のことを考える。
どうすれば助けられる。サイドカーに追いつける。
その答えを彼女の単純明快な頭脳がすぐに思いつく。
「追っかけなきゃ!」
そういって、アイは来た道をまた全力で戻っていた。
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