第21話「アラーム③」
島雨の言うことは、デモを支持するような人間が自分たちを正当化するための
……それに、何より。
「そうやってデモをやったところで、結局、自殺支援制度ができるのは止められなかったわけですよね。……だったら」
やっぱり、意味なんてなかったのだ。
デモなんか起こして大騒ぎしたところで、結局は何も変わらなかった。
変えることなんてできなかった。
つまりはそういうことじゃないか。
それを皆まで言わず、シュウは口をつぐんだ。
その沈黙を受けて、島雨は、かすかに頭を揺らしてうなずいた。
「結果だけを見れば、そうだね。そのとおりかもしれない。……だけど。少なくとも、俺は」
島雨の目は、テーブルの上のチケットを見つめていた。
まだ使われていない、四枚つづりの彼のチケット。
イルミネーションの色を反射する、ずしりと重たい金属板。
「俺は、十年前の当時も、それ以前も、一度もデモに参加しなかった。……そのことを、ずっと、後悔してるんだ」
「……後悔、ですか?」
シュウは、怪訝な思いで問い返す。
当時、デモに参加しなかった。
そのことに、いったいぜんたい、なんの後悔があるというのだろう?
……まさか、「自分がデモに参加していれば、何かを変えることができたはずだ」なんてふうに、この人は思っているのだろうか。
だとしたら、ずいぶんと自意識過剰である。
そんなことを考えながら、シュウは、チュロスの最後の一口を頬張った。
島雨は、まだトレーの上の海老カツバーガーに手を付けていない。
島雨の話の内容なんかよりも、冷めていくバーガーが、シュウはさっきから気になって仕方なかった。
バーガーのことを指摘しようかどうか迷っていると、島雨がまた口を開いた。
「俺もね。当時は、政府への抗議デモなんて、うるさくて、迷惑で、物騒なものだとしか思ってなかったよ。あんなものは、よほどの暇人や、一部の過激な思想を持つ人たちがやることだって。
……けど、あれから何年も経ったとき、ようやく気づいたんだ。
『このままでは人が死ぬ』。そのことは、十年前のあのときから――いや、それよりもずっと以前から、わかってた。今から思えば、あんなにもはっきりと、わかりきってた。だからこそ、彼ら彼女らは抗議してたんだってことに」
「……はあ」
島雨のその話に、シュウはただ困惑の相槌を返した。
人が死ぬ?
そのことがわかりきってた?
……何を当たり前のことを。
そんなの、抗議デモの参加者じゃなくたって、誰でもわかっていただろう、さすがに。
それにしても、十年前に、自分はまだほんの子どもでよかったと、シュウは思う。
もっと早くに生まれていたら、たとえば島雨と同世代くらいだったら、島雨の抱えている後悔とやらをこっちにまで押し付けられそうだ。
使い捨ての紙おしぼりで指についた油を拭き取りつつ、シュウは言った。
「そりゃ、死ぬ人はいるでしょうけど。――それの何が問題なんですか」
こうしてチケットを送られて、遊園地までやってきて。
閉園時間が迫る中、どのアトラクションを選ぶか早く決めなければいけない、という状況で。
なんで今さら、こんな話をしなきゃならないのか。
いいかげん、シュウはうんざりしていた。
「別に、いいじゃないですか。だって、〈自殺支援制度〉で死ぬのは、自殺志願者――死にたい人間だけなんだから。僕たちみたいに」
そう。
自分たちは自殺志願者であり、そんな自分たちが、こうして贅沢な環境で楽しく自殺することができるのは、国からの支援のおかげなのだ。
そのことになんの文句があるだろう。
風が吹いて、どこからか生臭いにおいが運ばれてきた。
トレーの上に置いた、チュロスを包んでいた細長い紙袋が飛ばされ、テーブルから落ちる。
シュウは地面に落ちたそれを拾いに行き、席に座り直してから、紙袋の上にチケットを載せて重しにした。
ふと顔を上げると、島雨がこちらを見つめていた。
島雨は、ゆっくりと唇を開いた。
その唇の隙間から、食い縛るように噛み合わされた歯が、一瞬、覗き見えたような気がした。
「シュウ。――君は」
何かを言いかけ、しかし、島雨はまたゆっくりと唇を閉じた。
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