第22話「アラーム④」

 少し離れた場所で、悲鳴がした。

 ジェットコースターの客だろうか。

 ジェットコースターは、閉園時間までにあと何回運行するのだろう。

 ほかのアトラクションは……。


 そんなことを、ぼんやり考えていると。



「俺はね……記事を書いてたんだ」


 不意に、島雨が、そう切り出した。

 シュウは再び島雨のほうを向く。

 島雨は、涼しげな表情で続きを述べる。


「情報規制の実態や、制度撤廃派の主張をまとめた記事を。撤廃派の主張は、いつも恣意的に捻じ曲げられて報道されてきたからね。

 彼らの主張を――それは、もちろん俺自身の主張でもある――それを、真っすぐありのまま、広く多くの人たちに知ってもらう必要があった。

 ……とはいえ、記事を書いたとしても、今のこの国の状況じゃ、正規の手段で発表の場を設けることは、とても不可能だ。

 だから、仲間と共に念入りに下準備をして、ゲリラ的にネットで記事を拡散しようとしたんだけどさ。――記事の公開直前に、計画がばれちまった」


 そう言って、島雨は一つ、溜め息をついた。

 依然として、涼しげなその表情を崩すことなく。


「自殺志願者がこのように手厚い支援を受けられるのは、我が国だけです。世界中を探しても、我が国にあるような自殺支援制度は、ほかのどの国にも存在しません。そんな画期的な制度をいち早く取り入れた我が国は、世界を率いる先進国として海外からも羨望の的なのです。

 ――メディアでは、いつもどこでも、そんなふうに報道してるよね」


 ……”メディアでは”?

 引っ掛かる言い方に、シュウは眉をひそめた。 


「……本当は、違うっていうんですか?」


 シュウが問い返すと、島雨はその唇の端から、苦笑が不発したような息を漏らした。


「“自殺支援制度があるのはこの国だけ”。それは、確かに嘘じゃない。……ただ、ほかの国にはそもそも、自殺志願者かどうかを診断する一斉検査自体が、存在しないんだよ」



 それを聞いて。

 シュウは、ポカン、と言葉を失った。

 ほかの国には、一斉検査が存在しない? まさか。そんな馬鹿な。



「……だったら、ほかの国では、いったいどうやって自殺志願者を見つけてるんですか?」


 素朴な疑問だった。

 自殺志願者の早期発見は、国を豊かにするため、豊かな国を維持するために必要なこと。

 それは現代の常識だ。

 ニュースでもドラマでもバラエティ番組でも映画でも漫画でも小説でも、それは社会の前提として語られている。


 それならば、発展途上国の貧しい国はともかく、経済的に発展していて充実した福祉のある先進国――この国のような――であれば、国民の中から自殺志願者を選り分けるなんらかの方法を用いているはずではないか。


 しかし、その疑問に対する島雨の答えは、重ねて意外な、そして不可解なものだった。


「他国では、まあ……自己診断かな。十年前までのこの国と同じく、ね。他国は、その政府は、国民の誰が自殺志願者で誰がそうでないかなんてことを、いちいち判別しないし、把握しない」

「……ええ? でも」


 シュウは混乱した。

 島雨が言っているのは、本当のことなのだろうか?

 信じられない。

 だって、自殺志願者の早期発見は、国にとって絶対に必要で大切なことのはずなのに。

 自殺志願者を放置していたら、国が大変なことになってしまうというのに。


(そうでなきゃ、一斉検査にしろ、自殺支援制度にしろ、国がそんな決まりを作るわけないじゃないか……)


 どうも、島雨の話は疑わしい。

 筋が通っていない。辻褄が合わない。


 そうだ。

 相手がおかしなことを言っているのだから、聞いてるこちらが混乱するのは当然だ。


 それに気づいて、シュウは急にバカらしくなった。

 島雨は、どうやら自殺支援制度に反対の立場のようだが、反対派の主張なんて、いつだってこんなふうに支離滅裂。まともに取り合う必要なんてないのである。

 もしもこの場に父か母がいたら、「この手の人は相手にしないほうがいいよ」と言うだろう。妹でさえ、きっとそう言う。学校の先生も、大学の教授も、有名なタレントも、人気の漫画家も、きっとそう言う。


「……それじゃあ」


 シュウは、内心を隠して愛想笑いを浮かべた。


「ほかの国では、自分が自殺志願者かどうかもわからない人が、たくさんいるってことですね」


 とりあえず、ここは島雨に話を合わせてそう返す。

 もちろん、「ほかの国はそんなことで大丈夫なんだろうか」「自分はちゃんと検査があるこの国に生まれてよかった」という思いを笑みに込めて。


 すると。

 島雨は、シュウを見つめたまま、かすかに眉根を寄せた。


 その表情は、悲しそうにも、悔しそうにも見えた。

 あるいは、咎めるようでもあったし――どこか、申し訳なさそうですらもあった。

 つまりは、よくわからなかった。

 それに、表情の変化はほんの一瞬のことで、次の瞬間には、島雨はもうもとの涼しげな顔に戻っていたのだ。

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